シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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目覚め

 

ペケの字と共に窘めるたづなさんは、見たところそこまで怒っている様子はない。

この人のポーカーフェイスも大概と言うか、ルドルフと同等以上に本心が読み辛いものの、何年間も付き合っていれば流石にある程度は察せられる。

とりあえず、今回は一言謝るだけで済みそうだった。

 

「せっかく理事長もサプライズで進めようと張り切っておられるのですから。貴方のチームの状況を鑑みれば、なりふり構っていられないのも理解出来ますが……それはそれ、これはこれです」

 

「すみません……」

 

「まぁ、このような唐突な開催となってしまったのはこちらの不手際でもありますし、現場の負担が大きいことも重々承知してはいますが」

 

頭に載せた、制服と同じ色の帽子を神経質に整えるたづなさん。

なにか気疲れや後ろめたさを感じた時、彼女はよくこうして位置を整えている。本人曰く昔からの癖らしい。

ポスト・ホースがかの幼き理事長の思い付きにも近い発案であることは既に全スタッフの知るところであり、その突発性に関して彼女が責を負うべきところは本来どこにもないのだが。

 

悲しいことに、この学園において現場の中心である我々トレーナーが振り回され、皺寄せを食うことはごく当たり前の光景だった。

元々安定からはほど遠い職業であるがために、それも仕方がないと皆が受け入れている部分もある。

彼女もまた割り切ってしまえばいいものを、それでもこうして背負い込んでしまうのは生来の生真面目さ故だろうか。

 

「それにしても、本当にどこから詳細を仕入れたんです?少なくとも私の認識では、具体的なレース名や形式は最大の極秘事項でしたよ」

 

「そこまで徹底して情報統制してましたっけか」

 

「運営陣においてもかなり。知っているのは理事長本人と、私と……あとは辛うじてルドルフさん程度でしょうか」

 

理事長秘書という特殊な立場にある彼女を除けば、理事と生徒それぞれの長という、学園における二極のみで共有されていたということになる。

そうなれば確かに極秘事項と言ってしまっても過言ではない。同時に、一介のトレーナーに過ぎない私が関知していたというのも不可解極まる。たづなさんが困惑するわけだ。

 

「出所はサンデーサイレンスですよ。理事長が一昨日引っ張ってきたばかりの。昨日の正午、彼女が私に明かしたんです」

 

「あの人………しかし、いくら理事長直々の招致とはいえ、その扱いは貴殿方一般トレーナーさんとなにも変わりません。役職があるわけでもない。それがどうやって……」

 

「それは……私に聞かれても困りますよ」

 

本人から説明されたわけでもないし、加えてこちらからは想像もつかない。

学園への赴任翌日に、理事会や広報部ですら周知されていない情報をすっぱ抜ける太い情報網が存在するというなら、むしろ私の方が是非とも教えてもらいたいものだ。

てっきり理事長本人から伝えられたものだと思っていたし、だからこそ特に確認もせず流出させてしまったわけだが……本当にどうやって抜き取ったのだろう。

協力者でもいるのか、それとも独自の情報収集手段を備えているのか。

 

「ま、今はそれが分かっただけでも収穫としましょうか。ご協力ありがとうございました。トレーナーさん」

 

困惑の表情をパッと切り替えて、ふわりと微笑んでみせるたづなさん。

先程まで見せていたものとは少しだけ色が違う、私情を抜いた純度百パーセントの営業スマイル。どうやら彼女の中でスイッチが入ったらしい。

そう言えば、ここにはまさしくそのサンデーサイレンスに会いに来たわけだから、そのついでで新しい用事が出来たといったところか。

 

ともすれば、そちらこそが本命なのかもしれない。理事長秘書として、不貞な輩を見逃すわけにはいかないのだろう。

身内として庇いたい気持ちもややあったが、矛先が代わりに私へと向いては堪らないので止めておく。

遺憾ながらこの学園において、トレーナーという生き物はたづなさんに頭が上がらない。

 

「さて、それでは話の本筋に入りましょうか」

 

あくまで理事長秘書の顔のまま、たづなさんは少しだけこちらに身を寄せてきた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

たづなさんからの説明も終わり、いつもの部室で椅子を傾ける。

時刻は朝の七時。早朝のトレーニングが一区切りついて、生徒達が続々と食堂に向かう時間帯。ルドルフ達は既に朝食を済ませているものの、他の生徒に合わせて朝練はここで終了だろう。

特にルドルフはこれから生徒会での作業がある。といっても扉の鍵を開けて、夜中に入れられた投書の中身を確認する程度だが。

 

業務用のスマホには、ルドルフからトレーニング終了の旨ならびに本日こなしたメニューの中身についての報告が上がっていた。

それはたんなる事実の羅列ではなく、トレーナーとしての視点から特に知りたいと思う情報については的確に深堀りがされていてとても助かる。姉に似てか、ルドルフも十分に指導者としての素養を備えているのかもしれない。

そして期待どおり、シービーとテイオーの面倒もしっかりと見てくれていたようだ。本当に手のかからないというか、優等生な担当二人だが……そこに私が甘えているのは自省するべき点だろう。

極力用事は手早く済ませたつもりだったが、それでも朝練には顔を出せなかった。夕方からはしっかりと気合いを入れなければ。

 

 

コンクリが打ちっぱなしになったやや寒々しい部室の片隅で、書庫から駆り出した分厚いレース記録に目を通す。

言うまでもなく、かの新レースに向けた対策を練るためだ。

 

たづなさんから聞いた話によれば、ポスト・レースはやはり駅伝形式らしい。チームメイトが順番にたすきを繋いでゴールを目指す集団競技となる。

コースは学園付近の道路を主とするそうで、道中には山道もあるそうだ。高低差は坂路の比ではなく、さらに脇には観客が並ぶ形となることから、レース場での競争とは全く別次元と言ってしまっても構わない。

尤も、学園主催かつ公式戦ではないという前提から、これについては予め予測出来ていたことだ。ゴールが学園内の模擬レース場というのも想像通りであった。あそこなら路上と違って、大勢の観客を詰め込むことが出来る。

 

それより私にとって重要なのは出走人数。一チーム何人でたすきを繋げるのか……すなわち最低何人のウマ娘を揃えなければならないのかという条件。

 

それは四人で確定だという。

駅伝というレース形式を成立させつつ、所属するウマ娘の少ないチームにまで配慮した結果、そう決まったらしい。確かに覚悟していたよりはハードルが低いと感じる。

だが、そうだとしても……うちのチームにはあと一人足りない。テイオーを数に入れるとしたところで、どうにかしてもう一人を確保しなければ出走することは叶わない。

 

重たいため息を溢しながら、読みかけのレース記録をテーブルの上に放り投げる。大前提が満たされていない今の状況では、研究にも身が入らなかった。

不幸中の幸いと言うべきか、レースの開催時期についてはまだ当分先の話。夏を終えて、秋のファン大感謝祭へと意識が移り変わる頃合いとなる。たづなさん曰く、大感謝祭の前座である駿大祭の、さらに前座のような位置づけであるらしい。

想像以上に時間はたっぷりあるので、今の時点で頭を抱える必要もないかもしれないが……私の性分からして、こういった宙ぶらりんはどうにも落ち着かないのだ。

 

 

もやもやと重いなにかが胸を満たし、力なく背もたれへと体を預ける。

その勢いのまま二本脚で椅子を傾ける体勢。だらしなく逆さまに垂れた頭が後ろの正面を捉えたと同時に、視線の先で部室の扉がゆっくりと開かれた。

 

隙間から滑り込むのは、白衣に身を包んだウマ娘。

 

「やあやあトレーナー君。昨日ぶりだねぇ。調子はどうだい?」

 

「すこぶる良好だよ。それからタキオン、入る時にはノックをしなさい」

 

私の小言を微笑と共に受け流しつつ、勝手知ったる人の家とでも言わんばかりに堂々とこちらに歩み寄ってくるタキオン。

私とタキオンは陣営が異なる。すなわち彼女にとってここはアウェイの筈だが、緊張の欠片もないふてぶてしいその振る舞いは、一周回って尊敬の念すら抱かせる程。

 

「……カフェの様子はどうだ」

 

「悪い意味で相変わらずだよ。ユキノビジン君も大層心配しているらしい。例のお友達とやら、日付を跨いでも一向に見つからないらしくてねぇ」

 

「他人事だな。普段カフェにあれだけ世話になってるんだから、こういう時ぐらい恩返しと意気込みはしないのか」

 

「手を貸してやれるなら是非ともそうしたいね。だが方法がないのさ。いくら私でも無い袖は振れない」

 

「袖なら有り余っている癖に」

 

科学に傾倒するタキオンだが、しかしお友達のようなオカルトにもそれなりに理解があった。

非現実的と切り捨てるのではなく、むしろその正体を徹底して暴こうとしている。なんでもウマ娘の起源に迫る一つの手がかりという話らしく、推測として魂やらなんやらを持ち出してくるあたり生粋のロマンチストなのだろう。

見えざるモノが見えてしまう体質から、とりわけ幼い頃は周囲との軋轢に苦労してきたカフェに懐かれたのも、タキオンのその一面があってのことに違いない。

 

「可能なら今すぐ引っ捕らえて、その中身を観察してやりたいぐらいだよ。あれこそまさしく、ウマ娘の一つの可能性さ」

 

「あまり手荒いことはしてくれるなよ。あれも私にとっては友人の一人なわけだからな」

 

「善処するよ」

 

軽く肩を竦めながら、タキオンは足を見せろとジェスチャーで指示を出す。どうやら用件は検診らしい。

 

「手厚いことだな」

 

「一度自分の研究に巻き込んだ以上、最後まで面倒を見る程度のモラルは私にだってあるさ。さぁ、早く足を出してくれたまえ」

 

促されるまま、椅子を反転させてタキオンと向かい合わせになる。

こちらの正面に屈み込みつつ、ズボンの上から白くほっそりとした指で優しく触れていった。内科医が腹の上から具合を確かめるような力加減の触診であり、昨日のような強引さもない。

 

「……うん。特に異常はなさそうだね。正直に言わせてもらえば、なにかしらの変化があることを期待していたのだが、前回と変わりなし、か」

 

何度も何度も繰り返し私の両足の具合を確めていたタキオンだが、数分後いかにも拍子抜けといった表情で立ち上がった。

 

異常なしというのは私にとっては最良の結果であるが、生憎タキオンにとってはそうでないらしい。

気持ちは分からなくもないが、せめて本人の前では隠しておいて欲しいものだと切に思う。医者でもない彼女に、そんな真摯さを求めても仕方ないかもしれないが……。

 

「……いや……モルモット君のとは別に、ウマ娘との比較対照も必要かな、これは……」

 

「もういいだろう。全て元通りならそれが一番だ。あとこれ。返しておくよ」

 

「なんだいこれは」

 

「昨日、君が私の部屋に置いていった記録だろう。あの後寮まで運んでくれたことには感謝するが、出来れば起こして欲しかったな」

 

今朝棚にあった記録用紙がそのままポケットに突っ込んであったことを思い出して、ついでにタキオンへと渡しておく。データ採取ならこれで満足しておけという、無言の釘差しを込めてのことだ。

タキオンは怪訝そうな顔をしながらそれを受け取り、開いて二度三度と見返した後、大事そうに白衣の裾ポケットへとしまいこんだ。

 

 

「…………ん」

 

そんな彼女を見ている最中、急激に眠気が襲いかかってくる。

 

自分でも調子は確めていたものの、他ならぬタキオン本人の口からお墨付きを得たことでようやく心が安らいだのかもしれない。

あるいは単純に日頃の疲れが抜けきっていなかったのか。なにしろこの土日は全く休めていない。

 

「トレーナー君……?」

 

「ん……ああ。悪いタキオン。少し寝る」

 

「そ、そうかい」

 

再度がたがたと椅子を反転させてタキオンに背を向けると、私は腕を枕に机に伏せる。最後に気力を振り絞って、スマホのアラームだけは設定しておいた。

始業まではまだ一時間ある。それだけ休めば今日一日の活動には差し障りないだろう。

 

急速に重くなっていく瞼。徐々に遠のいていく世界から、扉の閉められる音だけが響いてきた。

検診の礼はまた今度でいいだろう。せっかくだから、タキオンにもポスト・レースの見解を尋ねたかったが……たづなさんに怒られてしまうか。

 

そう言えば、たづなさんにもお友達の心当たりがあるかどうか……聞いておけば良かったな。

 

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