「あまり深入りし過ぎるとキリがないから、結論だけ述べてしまおう。皆の話を聞く限り、今回の異変、原因は主に三つある」
カーテンを締め切り、外部の目から完全に隔離されたリビングで、タキオンはそう高らかに宣言した。
なにかを説明する時の癖なのか、一瞬だけ大きく腕を広げたものの、下着の上から直に白衣を羽織った自らの格好を再認識したらしく、頬を染めながらがばりと前を隠す。
下着を残されたのは別に情けというわけでもなく、単純に先程までとは逆の意味でサイズが合わなかったからだ。流石にそれだけでは慈悲がないという、タキオンの必死の抗議によって白衣は取り戻されたものの、そのギャップがかえって凄まじい背徳感を醸し出している。
「イメクラかなぁ」
「ちょっと!トレーナー君!せっかく真面目に考察してあげているというのに、なんだいその態度は!」
「ああ、いや……すまん。うっかり」
あまりにも卑猥だったので、その。
顔の赤色をますます深くしつつ、目尻にはうっすらと涙すら浮かべながらこちらを睨み付けるタキオン。
権力と数の暴力で抵抗すらママならず、いきなり服を剥かれた上にこの仕打ちであるが、それでも彼女を助けてくれる存在はここにはいない。
テイオーとカフェは飽きたのか、さっきから利き珈琲の世界に没頭していた。お友達の行方も一応は知れて、少しは気持ちが落ち着いたらしい。
そしてシービーとルドルフは……私の両脇をがっちりと固め、肩をぴたりと寄せて、その手を腕やら腰やらに回していた。
「ねぇ、その単語がうっかり出てくるあたり、知識だけってわけじゃないよねトレーナー。アタシに内緒で何時どこに行ったの?」
「君とて殿方だったのだから、そういう欲があるのも不思議ではないが……それならせめて、私達にしっかり報告を上げておくのが筋ではないかな、トレーナー君」
「いや、それはセクハラだろう。それより引っ張らないで……」
シービーが馴れ馴れしく私の肩を引き寄せたと思えば、それに負けじと頭を掴んで耳に唇を近付けるルドルフ。見た目は好色な男のそれだが、互いに凄まじい腕力で引き合うせいで大岡裁きでも受けている気分。
それでもヒトより遥かに頑丈なウマ娘の肉体を得たおかげか、一時間前までは恐怖の対象だったそれも特に負担とならない。もっともそれは良いことばかりではなく、むしろ負担とならないせいで、これまではヒト相手故に曲がりなりにも彼女達の中にあった手加減や遠慮が失われてしまっていた。
ヒトだからとか、男性だからだとか、そういった弱者故の特権というものを、失った今になって私はひしひしと実感している。
いくらウマ娘になったとはいえ、相手もまた同じウマ娘。それも二人いて、両方鍛え上げられたトップアスリートとなれば、力で迫られて敵う道理はない。
むしろ火に油を注いでしまいかねない抵抗は諦めて、横に横にと脱線していく話を元に戻すべく、タキオンに続きを促す。
「君の薬と、お友達に目をつけられたこと。二つの原因は分かっている。それで、三つ目はなんだ?」
「恐らくテイオー君だろう。三女神の広場で、手を繋いだとかなんとか」
「え……ボクのせい?」
カフェと戯れていた……と言うより面倒を見られていたテイオーが、突然の名指しに目を白黒させながらタキオンと私の様子を交互に窺う。
実際には手を繋いだどころの話ではないのだが、ルドルフとシービーの同席するここではぐらかしたのは流石の世渡り上手と言ったところか。
勿論私とて、あえてそれを訂正するような真似はしない。あの虚構ですら、先輩二人の目から一瞬光が失われるのを見逃していなかった。
自分の身体も大事だが、それ以上にチームの維持が私にとって喫緊の課題である。
「都市伝説があったろう。トレセン学園における七不思議の一つだったか。あの像の前でウマ娘同士が心を交わすと、想いの継承が起こるとかなんとか。まさしく君自身が彼に言ったことじゃないか」
「でも、所詮都市伝説は都市伝説でしょ。そんなオカルトなんて信じられるわけないじゃん」
「カフェに長年とり憑いていた幽霊がトレーナー君に乗り移って、彼をウマ娘にしてしまった。これがオカルトでないなら果たしてなんと言うのか、後学のため是非ともご教授願いたいものだね」
バッサリとタキオンに切り捨てられ、狼狽えたように耳を伏せるテイオー。
今の今まで自分は蚊帳の外だと思っていたし、そうであって欲しかったのだろう。なにか言いたげに口を開いたものの、弁明は捻り出せなかったのかゆっくりと閉じてしまう。
「……違います。タキオンさん。別に、あの子は私にとり憑いていたわけではありません。……ただ、そこにいただけです……」
そんなテイオーに代わって、カップを皿に戻し重々しく会話に割り込んでくるカフェ。
全身の毛が逆立ち、倍近く膨らんで見えるシルエット。影の差す目元に爛々と輝く満月の瞳は、まさしく血に飢えた猟犬のごとき猛々しさ。そのあまりの剣呑さに、恐れ知らずのテイオーすら思わず唾を飲み込んでいる。
「……そして、勝手にいなくなったと思ったら……兄さんに手を出した。だから、もう知りません。……絶交です」
「随分酷い言い種だねぇカフェ。つい今の今まであれだけ意気消沈していたというのに、薄情なものだ。理解したかい。女というのはこういうものだよトレーナー君」
カフェを煽りつつ、私にも意味深な視線を送ってくるタキオン。この期に及んで喧嘩を売るとは大した度胸だが、そのせいで身ぐるみ剥がされた挙げ句に孤立無援に陥っている事実をいい加減自覚して欲しいものだ。
彼女が原因の一つという理由もあるのだが、それでも仮に居合わせたのがマルゼンやテイオーだったらここまでの憂き目には会っていまい。
「これからは女らしく振る舞えと言うなら、まず始めにその下着も貰っておこうか。さっきからスカートの下が落ち着かないんだ。サイズが違うとはいえ、別に使えないわけじゃない」
「着心地は悪いけどね。まったく、タキオンが貧相だから……」
「私だってそれなり以上にある方なんだけどねぇ。トレーナー君が欲張りなだけさ。身長だって私よりもカフェに近い……なぁカフェ。君のサイズはどうだったか」
「……ぶっ殺しますよ?」
カフェの唇の間からぬらぬらとした舌先が覗き、僅かに顔を覗かせる犬歯の白さが背筋の凍るようなコントラストを演出する。
流石にやり過ぎたと自覚したのか、白々しく目を逸らすタキオン。
狡猾にも、たった今カフェの擁護が入らないことが確定したお友達へと矛先を転じる。
「まぁ、私もテイオー君も確かに原因の一つではあるが、しかしあくまで故意はなかった。過失だ。この際責められるべきは我々の行為の結果を奇貨として、そこにつけ込んだお友達ただ一人だろう」
「それで?肝心のソイツがトレーナー君と一つになってしまったのなら、最早私達には手の出しようがないだろう」
「ああ。だからここは仕方ない。彼女に代わって、製造責任者に責任を取ってもらおうじゃないか」
言うや否や、私をルドルフとシービーから取り上げて立たせると、無理矢理部屋の外へ突き出すように背中を押してくるタキオン。そしてそれを特に止めようともせず、脇を固めたままついてくるルドルフとシービー。
出頭命令が出てるとは言え……というより、出頭命令が下されるほど機嫌の悪いあの人のもとに顔を出すのは甚だ不本意であるが。こういうのは時間が経てば経つ程悪化していくタイプなので、ここで観念するべきだろう。
今の私なら、最悪力でどうにかなるだろうし……たぶん。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
テイオーとカフェ、そしてどこに出しても恥ずかしい格好のタキオンは部屋に残しておき、私は担当二人を連れ立ってサンデーサイレンスの部屋へと訪れる。
あまり大勢で押し掛けても、かえって向こうの反感を買うだけというルドルフの助言あってのことだ。正直カフェには一緒にいて欲しかったが、あとの二人が心配なので渋々留守番させておくこととなった。
やはり母は大層機嫌が悪かったそうで、ストレス発散相手として晩酌に付き合わされた先輩共々恨みがましい目を向けてきた。
が、事情を呑み込んだ直後、さも可笑しくて堪らないといった様子で腹を抱えだす。
「ふっ……ぶっははははは!!げほっ、ははっ……あー……そうかそうか。一人頭数が足りてない問題の答えがそれか。流石にその発想はなかったわ。お前の勝ちでいいよ、もう」
「斜め上に突き抜けてんな。こんな面白珍生物この世にいていいんか」
人の不幸をこれでもかと笑い飛ばす母を止めるどころか、先輩は便乗して同じぐらい適当な事をぬかしている。
そのまま何気ない様子で私のスカートの裾を指で摘まみ、捲り上げた。まぁ、性別を一目で確かめるなら最も手っ取り早く確実な方法だろうが……妙に風通しがいい。
ああ……そうだ。なにも着けていないんだったな、そこには。
なにぶんスカート自体そうそう着る機会などないので、その違和感すら服由来のものとして意識の外へと出ていってしまう。
見られて恥ずかしいかと言われれば、まだ自分の身体だという実感が乏しいので曖昧なところではあるが。
もっとも、私の認識がどうであろうと、今現在さらけ出されている事実に違いはないわけで。
気まずそうに目を逸らした母が、固まってしまった先輩をテーブル越しに勢い良くぶん殴る。
盛大に壁へと吹き飛ばされた彼は、よろめき立ち上がりながら悪態を溢した。
「……ってえなこの。ふざけやがって」
「コイツはウマ娘に成り立てほやほやなんだぜ。恐らく俺達なら出来て当然の力加減すらままならない。反撃食らえば死ぬぞ?トレーナーならそんぐらい頭を回しとけ」
「………」
しっしとサンデーサイレンスに追い払われて、不承不承に部屋から出ていく先輩。ようやく解放されることへの喜びが痛みに勝ったのか、その足取りはどこか軽やかだった。
「ま、挨拶はもういいわ。んでお前はこれからどうすんの。家に戻って俺の代わりにチビ共の面倒でも見るか?力仕事も出来て育成のノウハウもあるウマ娘なら大歓迎だぜ。頃合いを見てバカ息子の嫁にでもくれてやる。元々義理の家族なんだから丁度いいだろ」
「いいや駄目だサイレンス殿。トレーナー君にはシンボリ家でお抱えの講師をやってもらう。将来のスターウマ娘を育てるんだ」
「シンボリなんて既に人材飽和でしょ。それよりウチに来てよトレーナー。お母さんがあっちのトレセンで仕事しててさ、人手が足りてないんだって」
「なんかもう一生このままなこと前提なんだな。嫌ですよそんなの。私は絶対に元に戻ります」
「へぇ。どうやって」
「私にとり憑く直前、お友達はポスト・レースへの未練を口にしていました。きっと、あれに出走すれば満足して出ていくでしょう。たぶん」
断言出来ないが、現状最も現実性の高い筋道がそれだった。
お友達が抜けたところで、ウマ娘のまま変わらないという結果も十分にあり得るが、とにかく主犯である彼女をどうにか退散させないことには話にならない。
「知らないようなら教えてやるがな、トレセンで走るにはトレセンの在校生っていう資格が必須だ。お前はここに籍がない……なんなら役所にすら籍がない、ただの不審バだぜ」
「そこも含めて、とりあえず秋川理事長に話をつけてみますよ」
理事長にしても生徒会長にしても、この学園における統治者二人は権限が非常に強い。特に理事長の場合、秋川家が代々世襲で勤めるというあたりからも、他の教育施設との乖離が窺える。
それが良いか悪いかはこの際置いておくとして、現状最も頼りになりそうなのが彼女だった。もし拒まれた場合、母の薦めに従って田舎に帰るしかない背水の陣であるが。
「ただ、流石にノーパンノーブラで伺うのは失礼なので、身内のよしみで貴女の下着の予備を……あ、やっぱそれはいいです」
「なんでだよ」
「だって……その、絶対に合いませんし。だって母さん、その、カフェより多少大きいぐらいで……」
「ぶっ殺すぞ?」
……ああ。やっぱり親子だなぁ、二人とも。