シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話   作:くまも

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歪み

春、それは出会いの季節である。

先月巣立っていった先輩方と同じだけ、新たな生徒がこの学園の門を叩き、新鮮な風が吹き込む頃合い。

私が副会長として籍を置く生徒会もまたその例に漏れず、四月はにわかに浮き足立つ。

 

全校生徒の代表という手前、新入生の管理監督も職務の一つであるし、なにより生徒会にも新顔がやってくるからその指導も欠かせない。

馴染みの深い顔がどこにも見当たらないことに一抹の寂しさを抱えつつ、初々しい新入りの面倒を見るとなると、既に何度も経験済みとはいえやはり気が逸ってしまう。

 

そしてそんな私達を、落ち着いてまとめあげてくれるのが他でもない生徒会長シンボリルドルフである。

正規会員の中では最古参の一人である彼女は、こんな忙しない季節でも常に堂々と落ち着いている。

生徒会は快適な学園生活維持の要だ。決して自分を見失わず、威風堂々と皆を引っ張っていくその姿はまさにその二つ名通り。この大組織の長として相応しいと言えよう。

 

「ほら、いくよパーフェクト。君の服を買いに行こう。トイレは一人で出来るかい。そうか、それは結構……ではエアグルーヴ、ブライアン。後は任せたよ」

 

「はい。お気をつけて会長」

 

だというのに、これは一体どういうことだろう。

昨日の昼まで泰然自若としていた会長が、今日になってもう浮かれに浮かれていた。

 

「……おい、ブライアン」

 

「……………………」

 

それはもう、我が道を往くもう一人の副会長すら、気まずそうに目を逸らす程には。

 

 

会長達が去っていった扉を観音扉を眺めつつ、背もたれに全体重を預けて腕を組む。

デスクに残った書類は残り僅かだが、それに片をつける程度の集中力すら捻り出せない。

 

 

……思えば会長は朝から様子がおかしかった。

調子が出ていないとか、体調が悪そうという話ではない。むしろその逆で、これまでになく快調なのだ。

 

大規模な生徒の入れ替わりが生じる年度初めの数週間は、どうしても生徒会の業務は肥大化する。言うまでもなく、最もその皺寄せを食らうのは最高責任者たる生徒会長に他ならない。

さしものシンボリルドルフとはいえ、その処理能力にも限界はある。積み上がる案件に消化が追い付かず、やむを得ずデスマーチに突入することも多々あった。

良くも悪くも責任感の強い会長のこと。放っておけば自らのキャパシティを無視していつまでも仕事を続けてしまうので、私と彼女のトレーナーで半ば力ずくで切り上げさせるのが常だった。

今日もまたそうなるものと覚悟していたのだが、しかしたった今、会長のデスクはさっぱりと片付いている。

 

 

ようするに、案件を全て片付けてしまったのだ、あの人は。

文字通り山のように積まれていた書類を、まだ日の高いうちから。

 

 

「あり得ない。もしや、これまでずっと手を抜いていらしたのか……?」

 

「それこそあり得ないだろう。たんに、今日になって会長のやる気が燃え上がっただけじゃないのか」

 

そんなブライアンの言葉にはなんとも気持ちが籠っていない。私へ反論する体でありながら、まるで自分自身に言い聞かせているような声色だった。

 

なにが恐ろしいかと言えば、それも決して嘘ではない……というより、そう考えざるを得ないということ。

自分で言っておいてなんだが、会長は自らの手抜きを許すようなウマ娘では断じてない。むしろ甘えからは対極に位置するような人物である。

 

「そうか………そうだなブライアン。やる気でどうにかなるといった精神論、私はあまり好きではないが」

 

「アンタの好みの問題じゃない。私達が知る限りおいて、そうとしか考えられないだろう」

 

「ああ」

 

これ昨日までも全力だったし、今日もまた全力だった。そこに違いがあるとするなら、やはりやる気の違いという一言に尽きる。

気合いの入れよう一つで不可能が可能になるなんて、余りにも古臭い根性論としか思えないが、事実それが現実に起きているのだから認めるしかないのだろう。

 

「きっかけはあの研修生か。いくら新顔とはいえ、ああもつきっきりなのは珍しい。別に、ここの会員というわけでもないのにな」

 

「聞くところによれば、ご実家と縁のある者らしい。会長が世話役ということなんだろう」

 

「初耳だな。そんなキナ臭い奴だったとは」

 

「キナ臭いか。酷い言い種だが、まぁあながち的外れでもない……のか?」

 

あくまで邪推の域を出ないが、やはりあの名前が引っ掛かる。

 

我々ウマ娘には名字というものがない。

私自身、エア家だかグルーヴ家だかの出身ではなく、『エアグルーヴ』で一つの名前を成している。ブライアンなんかは特に分かりやすくて、実姉のビワハヤヒデとは何一つ被っていない。

 

しかしメジロやシンボリのような、所謂名門と呼ばれる一族のウマ娘になると、名前にそれぞれの家名を含めることが大半である。これは名字ではなく、俗に冠名と呼ばれるものだった。

メジロアルダンやメジロライアン、それから今年度の入学試験を賑わせた内の一人であるメジロマックイーンは皆メジロのウマ娘であるし、会長やその姉、シリウス先輩なんかはいずれもシンボリのウマ娘である。

無論、絶対的な決まりというわけではないのだが。しかし、研修生として送り込まれていながら、名門の自負と連帯を象徴する冠名を戴いていないとなると、やはりあのウマ娘は異質な存在と言えるだろう。

 

そのわりに、つけられた名前は完璧(パーフェクト)などというなんとも大仰なものときた。期待されているのかされていないのか、一体どちらなんだか。

 

「それにしても、あの入れ込みようは仲睦まじいの範疇を越えている。あれでは縁者というより、まるで恋人かなにかだ。皇帝を誑かす傾城傾国の女さながらだな」

 

「実際には会長は堕落するどころか、かえってますます精強になられているわけだが」

 

「会長のトレーナーはなんと言っている?たしか、同じチームで面倒を見るんだろう。テイオーを引き入れたばかりだというのに」

 

「知らんな。彼は今朝から実家で療養中だと聞いている。まぁ、実績欲しさで悪戯に担当を抱えまくる立場ではない。育成の目処は立っているんだろう」

 

彼も彼とて多忙な日々を送っていた。

若手にして前代未聞の大記録を打ち立てたはいいものの、お陰で本業のみならず学園の広報にもしばしば駆り出されるようになった。加えて生徒会の業務の手伝いまで。

若さにものを言わせてこなしていたが、ここに来てその無理が祟ったというところだろうか。幸い学園にはリモートワークのマニュアルもある。しばらくは健康と折り合いをつけながらこなしていくのだろう。

 

「……ん」

 

そこでふと、私は気づく。

ひょっとしたら、会長がかの研修生にやたら目をかけているのも、彼の不在こそが原因なのかもしれないと。

 

なにも入院したわけでもなく、あくまで療養に過ぎない。とはいえ、それでもトレーナーと引き離されたという事態は、会長にとって大変なストレスを伴うものであった筈。

生徒会長として、皇帝として、誰よりも体面を重視するあの方のことだ。内に秘めた精神的疲労の解消手段として、頼れるのが血族だけだったとしても不思議ではない。しかし実姉やシリウス先輩があの調子であるが故に、選択肢が実質的に一つしか残されていなかったのだとしたら。

 

すなわち、あの研修生はシンボリルドルフのトレーナーの代替であるというのが、私が導き出した一つの解答だった。

真実そのものではないにしても、当たらずといえども遠からずな部分に着地を決めた自信がある。答え合わせが出来そうにないのが、少しだけ残念だった。

 

「なにやら思いついたらしいが……真相なんて、別になんだって良いんじゃないか。私達にとってはありがたいという、ただそれだけの話だろう」

 

「ああ……まぁ、そうだな」

 

トレイの中に収まった、僅か五枚程度の交付申請書に目を落とす。

後はこれにダブルチェックを通し、付属の名簿欄にサインを入れれば今日の事務作業は終わり。あろうことか、残業どころか太陽が真上の時点で全て片付いてしまうこととなる。

書類を滞りなく捌けたことによって、会長のみならず生徒会全体の能率が向上していた。ブライアンの言うとおり、ありがたいの一言に尽きる。

 

さっさと終わらせて、会長に続いて校内の巡回にでも出るとしよう。

そう意気込んで、私はトレイからまとめて全ての紙を取り上げた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「こんにちは会長」

 

「会長さんこんにちはー」

 

「ああ、こんにちは皆。今日も元気そうだね……私かい?私は元気だよ」

 

昼下がりの本校舎。

授業も一段落ついて、やれランチだ昼練だと大勢の生徒が行き交う廊下を、ルドルフは私を引き連れながら巡回していた。

元気、との言葉にはいささか疑問が残る。心なしか力の抜けた笑いに、重力に逆らえず頭を垂れた尻尾。時折気だるそうに細められる紫の瞳からは、幾ばくかの覇気が失われていた。

はなから残業を前提にしているとしか思えない膨大な業務を、ものの半日で処理した直後なのだから無理もない。ベテラントレーナーですら悲鳴を上げるような苦行をこなした上で、その疲労を一見分からない程度にまで誤魔化せていること自体が驚異だった。

 

ルドルフがここまで自らを追い込んだ理由は、ひとえに限界まで生徒会室に籠る時間を短縮するためである。

 

研修生という身分である私には生徒会に加わる資格がない。『極力私の近くにいて欲しい』とは言うものの、この繁忙期ではその極力の幅がだいぶ狭まってしまうのだ。少なくともプライベートでは、殆ど行動を共にすることが出来ない。

かといって、生徒会長としての務めを投げ出すというのもその性格からしてどだい無理な話。結局、彼女が導き出した解決策は、『極限のパフォーマンスで強引に作業時間を半減させる』といういっそ清々しいまでの力押し正面突破だった。

それが出来るなら初めからそうしろと言う者もいるかもしれないが、ルドルフ曰く自由自在に引き出せるわけではないらしい。とことんまで行き詰まった果てに発揮される火事場のバ鹿力の産物なんだとか。

 

筆記試験終了間際の集中力に近いと考えれば、言ってることは分からないでもない。

が、それにしたって限度があろう。ルドルフが内に秘めている潜在能力は底が見えない。

 

「ほら、ぼうっと歩いていては駄目だろうパーフェクト。危うく置いていってしまうところだったじゃないか」

 

「あ……ああ。ごめん」

 

気を散らしている内に歩幅が乱れたのか、いつの間にやら半身ほど後方にズレてしまっていた。

そんな些細な立ち位置の変化を見逃さず、そっと私の肩を抱いて引き寄せてくるルドルフ。

 

端から見れば、それは同伴者を労る慈悲深い所作。周囲のルドルフへと向けられる視線が、一層尊敬の色を深めていく。

この、私の肩にやんわりと添えられた指……優しいのは見た目だけで、骨と筋肉に伝わってくるのがあたかも猛禽の爪のごとき力強さであるという真実は、実際に抱かれている私だけしか知らない。

 

なにが危うく置いていってしまう、だ。

逃がすつもりなんか更々ない癖に。

 

「なぁ……ルドルフ、その」

 

「なにかな、パーフェクト」

 

「その……ちょっと、トイレに行きたいんだけど」

 

「そうか、なら私も一緒に行こう。如何せん男女の体の差違が顕著になる行為だ。君も未だに慣れていないだろうからね」

 

「……………」

 

やはり遠慮がない。この言い方からして、当然のように個室の中までついてくるつもりなのか。

昨日、大浴場ではカフェと共につきっきりで色々と教えてもらったものの、寮のトイレは一人っきりにしてくれていたのだが。二人きりの寮部屋と昼の校舎ではまた別ということなのかもしれない。

 

「……別に、必要ないよルドルフ。既に何回も済ませていることだろ。むしろ君がついてくる方がよっぽど不自然だよ。怪しまれる」

 

「しかし」

 

「幼い子供じゃないんだから。いくら勝手が違うとはいえ、排泄ぐらい一人で出来るよ……」

 

「う、うむ……」

 

自分でも無茶苦茶を言っていると自覚してはいたのか、ルドルフは尻込みしたように言葉を詰まらせた。

ついでに指の力が緩んだのを見逃さず、その隙を突いて振りほどくと私は廊下を逆に走る。流石に目立ちすぎると判断したのか、後ろから追ってくる気配はない。

 

そのまま突き当たりを折れた目の前にあるトイレへと侵入する。

今の性別なら少なくとも見た目の上では問題ないのだろうが、やはり肩身の狭さが半端でないのだ。かと言って男性用トイレを使用すれば一発で学園当局にお縄なので、仕方がないのだと自分に言い訳しながら個室を借りる。

 

「ふぅ……」

 

この学園は恵まれた職場だが、それでも不便な部分がないわけではない。その一つが男性用トイレの少なさだった。

組織としての性質上、女性の占める割合が圧倒的に多いので仕方のない話ではある。しかし催すたびに階の移動を求められ、場合によっては別の建物との往復までをも要求されるのは中々に大変だった。

この姿になってからは気軽に使えるので快適極まりない。今にしても、排泄ではなくルドルフに一呼吸入れさせることが本命だったが、そういう仕切り直しの手が打てるのは便利なものである。

 

種族を転換するリスクと比べれば、余りにも些細な改善点であることは言うまでもないが。

しかしこうしてチマチマとメリットを見つけて蓄えておかないと、ただでさえ不安定なメンタルに歯止めが効かなくなってしまう。

 

洗い場で両手を清めつつ、鏡に映し出された自分の顔を眺める。

実年齢より遥かに幼く見えるのは、決して顔の造りのせいだけではない。内心のアンバランスさが、そのまま表情に出てしまっている。

覇気に満ち満ちたルドルフの顔とは大違いだ。ただでさえ子供らしからぬ貫禄を備える彼女のことだから、今の私なんかより余程大人びて見えてしまう。

 

性差というのは、なにも見た目の違いだけに留まらない。分泌されるホルモンや、それによる精神面情緒面の差違を筆頭に、多くの要因が複合的に絡んでいる。

そこも一度に弄くられたお陰か、この姿になって以来どうも精神的に退行しているというか。これも早急に克服しなければならない課題の一つだろうか。

 

ハンカチで手を拭きつつ、背中を丸めてトイレから出る。ルドルフも、この間に少しでも落ち着いていれば良いのだが……。

 

 

 

そう心の中で祈りながら、廊下を曲がろうとした矢先。

不意に背後から肩を掴まれ……私は死角となる壁へと勢い良く叩きつけられた。

 

 

「ぎっ……!!」

 

 

腐ってもウマ娘の肉体。怪我には至らない。

それでも痛いものは痛くて、打ち付けた脇腹を庇いながら蹲る。

 

えずく間にも容赦なく……霞んだ視界の片隅には、私の襟首へと四方八方から伸びてくる手だけが映った。

 

 

 

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