他の方はどう折り合いを付けているのでしょうか、気になります。
Side: Night
「姉様、入ってもよろしいですか?」
ノックに続いて聞こえてきたのは、妹の声であった。
誰が訪ねてきたのかと緊張してしまっていた私は、安堵のため息をつき新鮮な空気を吸ってから、入室を許す返事をする。すると、少しだけドアを開け、妹はその隙間からひょこっと顔だけをこちらに見せて、部屋の中を覗き込んで来る。
妹は私と同じくウマ娘だが毛色は私と違う。
珍しい月毛であり、とても綺麗な黄白色の髪と尻尾を持つ。身長は同世代に比べると高く、まだまだ成長は続いているようだ。既に私をは越されてしまっており、姉としては少し情けない気持ちになってしまう。
容姿はまだ可憐さが勝っているが、将来は多くの人生を狂わせてしまうような美しさを得るであろうことが予想できる。
年齢は11歳で、競バ界の良家生まれのトレセン入学前のウマ娘たちによる交流レースでの走りを見たお偉方たちからは競争バとしての将来を有望視されているらしい。
「ユエ、あまりそうしていると、お父様やお祖父様に見られるかもしれませんよ。早く入ってきなさい。」
妹の名前は2月生まれということと夜空に浮かぶ満月のように綺麗な毛色からハンガームーンと名付けられたのだが、女の子にしては少々物々しい名前に思えてしまい、私はユエと呼ぶことにしていた。
彼女もそうなのか、ユエと呼ぶと嬉しそうにパタパタと寄って来てくれる。
その勢いのまま抱きついてきたので、受け止めて「おかえりなさい」と言って頭を撫でる。
そうすると、「ただいま帰りました、姉様」と言い、もっと撫でろと言わんばかりに頭を擦り付けてくるという大変愛くるしい行為を見せてくれる。
そうやってしばらく戯れていると、ふと妹が少し暗い顔をしていることに気が付く。
どうかしたのかを問うと、
「姉様、母様から聞きました。明日には家を出てしまうのですね。」
辛そうな顔でこちらを見上げながらそう聞いてきた。
感情が表に出やすく表情がころころと変わるところはとても愛らしいが、このような顔をさせてしまうことは非常に心苦しい。
元凶であるあのジジイどもは早くどうにかしてやりたい。
どうやら私の部屋にくる前に母から今日の顛末について聞かされていたようだ。
私の自惚れ分を差し引いても妹は少なからず私に懐いてくれていると思う。
出来れば私から妹に伝えたかったが、母の方が私より事情に詳しいだろうし、その方が良かったのかもしれない。
「ええ、お父様が決めたことだもの。私には逆らえないわ。」
「いえ、私は姉様がこの家を出ること自体には賛成です。姉様の近くにあいつがいるよりは家を出た方がよっぽど安全でしょう。でも、これ以上あんな奴の言うことなど聞く必要ないのですよ?あいつ……いや、あいつらは世間体を気にして見栄を張るくせに自分たちの行いを客観視することのできない人種なのです。大して手間もかけてないのに、義務教育を卒業させれば娘に対して最低限の義理は果たしたとでも思っているのでしょう。私はあいつらの命令のせいで姉様が傷つくのが許せません。」
「いいえ、それでもこの歳まで生きながらえさせてもらったのだもの。少なからず恩はあるわ。」
「姉様……、それは……。」
妹は申し訳なさそうに私の左足を見る。彼女は非常に賢く、私を原因とした我が家の複雑な家庭関係や各個人の状況などをほとんど理解してしまっている。
私が生まれなければ彼女をこのような目に遭わせる必要もなかったと思うと、せめてもっと早く居なくなるべきだったとも考えてしまう。
「姉様。」
そんな考えを見透かしたのだろうか、妹は咎めるように声を出した。
「いいですか、姉様。姉様が私のことを大事に思ってくださるのは私としても大変喜ばしい限りなのですが、姉様自身を犠牲にしてまで私の周りをどうこうしようとは考えては駄目なのですよ。姉様が私を大事に思ってくださってるように、私だって姉様を大事に思っているのです。姉様の身にこれ以上何かあるようでは、私は気が気でなりません。」
「ええ、そうよね。ごめんなさい、ユエ。」
なんだか、私の想像以上に妹は私のことを思ってくれているようだ。
こんな情けない姉をこれほどまで慕ってくれていることに申し訳なくなってしまい、つい謝ってしまう。
「なんとなく伝わりきってない気がするのです……。それに謝って欲しいわけじゃ……。」
「ふふ、ありがとう、ユエ。私もあなたに大事に思ってもらえるのは本当に嬉しいわ。」
「むぅ……。」
まだ不服そうだが、これ以上ない本心なのだ。言葉では伝わらないかと思い、この家に妹一人を残してしまう懺悔と強くあって欲しいという願いを込めて、妹のおでこへとキスをする。
妹は不意を突かれたからか、「ピャッ」と声を上げ、少し顔を赤らめていた。直後に私が照れ隠しとして妹の髪をわしゃわしゃと掻き乱しても反応が薄い。
私が不思議に思って、伺うように顔を覗き込むと、ハッとしたようにこちらを見て「仕返しです!」と私の髪もぐちゃぐちゃに乱されてしまった。
妹の力加減のおかげか案外髪をわしゃわしゃされるのは心地よく、妹が満足するまでなされるままにしていたが、時計を見るとそろそろ使用人が食事を運んでくる時間になっていた。
「ユエ、そろそろ行った方がいいわ。見つかってしまっては私だけでなく、あなたにまでお仕置きがあるかもしれないわ。」
「大丈夫ですよ、あいつらは私には甘いのです。言いくるめてしまえば……」
「ユエ、駄目よ。そういうのはいけないと思うわ。」
「はい……、わかりました。」
拗ねたような顔をしているが、納得してくれたようだ。妹はこの年ながら、とても思慮深い。父や祖父と過ごすことの多いのに、彼らの価値観に染まってしまうこともなく、何が善い事か悪い事かを柔軟に判断することができている。
「あの、姉様。今夜は一緒に寝ても良いですか?今日は最後ですし……。」
妹は最後にとても可愛らしいお願い事をしてくれる。普段、父も祖父も家にいる日には万が一を避けるためにもこのような願いは心苦しいが断るしかない、そもそも妹も断られるのが分かっているのでして来ないのだが。しかし、妹の言うように今日は私がこの家に居れる最後の日なのだ。もし、バレたとしても理事長さんとの約束もあるので、過度な罰が下されることもないのではないか。多少の罰を覚悟してでも、この願いは叶えてあげたいと思った。
それに父も祖父も早い時間から酒を飲んでいる、部屋の外の様子からしても酒盛りはまだまだ続くようだし、今日はかなり飲むつもりなのだろう。夜は起きてくる心配はしなくてもいいかもしれない。というか、明日の昼に約束したのに、大丈夫なのだろうか。
「ええ、もちろん良いわよ。今日は一緒に寝ましょう。」
そう答えると妹は花が咲いたような笑顔を見せてくれる。それを見るだけでこちらまで嬉しくなる。
「さぁ、部屋を出る時は周りを確認して見られないようにするのよ。夜、こっちにくる時もね。」
私が妹の髪を整えながらそう言って、部屋を出るように促すと、「わかりました!」と元気に返事をして窓に向かって行く。窓……?扉ではなく?と不思議に思っていると、窓を開けた妹は上に合図を送り、それに呼応するように上からロープが降りて来た。
私が呆気に取られているうちに、妹はそのロープにしがみつくと、私に手を振りながら小説に出てくる怪盗さながらに上へと引き上げられていった。
我が妹はどうやら想像以上にやんちゃに育っているようだった。
というわけで尋ねて来たのは妹でした。
姉視点での妹紹介回といった感じです。
ユエちゃんは秋田犬をイメージして書いています。
日本犬は多くが猟犬として飼育された犬種であり、総じて忠誠心が高く、警戒心が強いという特徴があります。主人を裏切らず、敵には厳しく。そんなところが大好きです。その中でも秋田犬は体高が60cmを超える日本犬唯一の大型犬で、熊の狩猟も行ったマタギ犬を祖先に持ちます。強くて格好良くて可愛い一縷の隙のない生き物です、好き。そんな秋田犬なので、初対面の相手は基本的に警戒の対象となり、飼い主との仲良しな触れ合いを見て「私も触りたーい!」と安易に近付くと吠えられるだけで済めば御の字、最悪のケースではガブリといかれて大変なことにもなりかねません。秋田犬、日本犬に限らず誰ぞの飼い犬に対して飼い主の了解も得ずに触ろうとするのはやめましょう。
ユエちゃんのイメージを伝えるために秋田犬の基本情報とついでに秋田犬への愛を垂れ流したのですが、最後は注意喚起のようになってしまいました。オタクくんめっちゃ喋るじゃん(笑)というやつか。でも好きなことについて喋るのも書くのも楽しいからしょうがないよね。
それでは今回はここらへんで、次回はいつだって未定ですが、またお読みいただけると幸いです。
ありがとうございました。