おかしいなぁ……
Side: Night
食事が終わってからはベッドに座って、色々な物の数を数えて暇を潰していたが、そろそろ数えられる物がなくなって来たと思い始めていた。
こうなると娯楽物の所有を認められなかった私にとって学校で出された宿題は、私の知識欲を満たしてくれるだけでなく、良い時間潰しにもなっていたのだな、と実感する。
卒業と同時に教科書も全て捨てられてしまっていたので、これからどう時間を消費しようかなどと考えていたところ、ドアが開く音がする。
反射的に私は布団を被り、息を潜めて寝たふりをする。
ドアを開けた人物は中の様子でも伺っているのか少し間が空いてから部屋の中へ入ってくる。
そのまま私のいる方へと近寄ってくる気配がするが足音は軽く、妹か悪くても比較的小柄な女性使用人であると分かり、息を吐く。
手の届きそうな位置まで近づいて、私のいる付近の布団をポフポフと叩きながら、声をかけてくる。
「姉様、お待たせしてしまい申し訳ありません。もう寝てしまわれましたか?」
やはり妹だった。普段、一緒に寝る時よりもこちらに来る時間は遅かったが、約束していたのにも関わらず、既に寝てしまってるかもしれない私を見ても怒ることもせずに、申し訳なさそうな声を出す。
反射的なこととはいえ、つい寝たふりをしてしまったことに一瞬罪悪感を覚えたが、その後も頻りに「ねーさまー?」と声をかけ続けてきたことで、妹も私が寝たふりをしているだけだと気づいていることが分かった。
そうと分かると、バリエーション豊富に「姉様」と呼びかけてくる妹が可笑しく思えてしまい、自然と笑みが溢れてしまう。
もっと色々な呼び方を聞きたいという思いもあったが、いつまでも焦らしてしまうのは可哀想なので、妹のいる側だけ布団を上げて声をかける。
「ふふ、ごめんなさい、まだ起きてるわ。さ、入ってらっしゃい。」
そう言うと、妹は電気を消してから、布団の中に潜り込んで来る。
少しの間でも暗闇の中にいた私は、電気が点けっぱなしであることを失念しており、気の利く妹に感謝を告げる。
それを聞いた妹は暗闇にまだ慣れきっていない視界でも分かるほどに満足げな顔をする。私が感謝するだけでこのような顔を見せてくれる妹が愛おしく思えて、また妹の髪を掻き乱したくなってしまった。先ほどは、まだ夕食前であったが、今はもう寝るだけなので、遠慮なしにわしゃわしゃと掻き乱す。
妹はしばらくキャーキャーと騒ぎながら、なされるがままにされていたが、私が勢いを弱めるとニヤリと悪い顔をする。そして、予想通りに仕返しにと私の髪もぐしゃぐしゃにされてしまう。
妹が満足して私の髪を掻き乱すのをやめると、私たちは互いの髪が酷くボサボサなのを見て、笑い声をあげてしまう。
その時、部屋の外から廊下を歩く足音が聞こえてくる。
私は咄嗟に妹の口を塞ぎ、口元で人差し指を立てて静かにするように合図をする。
二人で息を潜めていると、足音の主はすぐに部屋付近から離れて行った。
やり過ごせて良かったと息を吐くと、妹は悪戯が成功したような顔をして「ヒヤヒヤしましたね」と、先までの反省をしてか押し殺したようにクツクツと笑い出す。
妹のそんな様子を見て、仕方がないなと思いながら、もう一度人差し指を口元に立て「しーっ」といい、静かにするように念を押す。
妹が無言で頷いたのを見て、私は妹の頭を優しく撫でてあげる。
妹は私の手で自らの頭を撫でられる感触を堪能するように目を細めた。
そのまましばらくの間、互いに無言で妹の頭を撫でていたのだが、嬉しそうにしてくれている妹の姿を見ていると、ふと手を止めてしまう。
『妹一人をこの家に残して去ってしまっていいのか』
この家から出て行くことになると分かってから、ずっと考えていたことだ。
外部から見た我が家の家庭環境は、経済的に厳しい状況にはあるものの、然程問題のある様には見えないだろう。けれど、内情は複雑なものになっていた。
私自身、当時のことは良く覚えておらず、母から教えられたことなのだが、私は事故に遭ったことがあるらしい。実際に、後遺症が残っているので、その事実は疑うべくもない。
問題なのは、この後遺症によって私の競争バへの道が完全に閉ざされたことだ。
父も祖父も過去の風潮や偏見に凝り固まっていたことで、生まれた私を見てすぐに嫌悪感を抱いたようだが、良家に生まれたウマ娘として「何かの間違いで重賞レースで勝てるかもしれん」と嫌われていてもまだギリギリで見放されてはいなかったらしい。
しかし、私は競争バとはなれなくなった。
さらに、悪いことというのは重なるもので、私が事故に遭う少し前から我が家が経営している会社の業績が悪くなり始めたらしく、父と祖父は原因を私に押し付けた。
祖父曰く、「不気味な娘が生まれたのは凶兆だったのだ」とのこと。
競争バにもなれず、禍をもたらす私を二人は家から排除しようとした。
最初は直接的な方法を取ろうとしたようだが、それに関しては母と祖母による必死の説得で止めさせたらしい。
最終的には、他家への私のお披露目がまだだったこともあり、私に関する情報の外部への緘口令を敷くことで実質的に私の存在をなかったことにしようとした。
ただ、このことで家の中では私の処遇に関することで、使用人まで巻き込んだ父・祖父派と母・祖母派との対立が出来てしまった。
私としては外出は出来ずとも、書庫には実質自由に出入りでき、生き続けるに問題ない程度には食事も取れていたので、不満はなかったのだが。
そもそも私自身、事故の後遺症で出来ることも限られていたため、制限されていてもいなくても大きな違いはなかったように思う。
しかし、母・祖母派の方々は私の世話を担当してくれた人も多かったためか、納得がいっていなかったようで、全く改善する気のない父やそれを支持する人達とで確執は深まっていった。
それを一時的に止めたのが妹の誕生だ。ほとんど期待していなかった二人目のウマ娘。
父と祖父は狂喜乱舞の大騒ぎだったらしい。
私が競争バとなれなくなったことや家の経済状況の悪化、内部分裂など、悪いことが続いていたことで妹には家中の期待が一身に集まってしまった。
妹は今までその全てに完璧と言っていい形で答えてきたが、これからも上手くいくとは限らない。
私が家にいれば、父の不満から来る悪意もほとんど私に向けて発散されるので、ある程度妹を守ることもできるが、私がいなくなった後、父の悪意の対象が誰に向かうのか分からない。
私の一番の不安はそのことだった。
父や祖父たちの悪意が妹に向かうかもしれないと考えるだけで私の指先が冷えていく。
「姉様、……泣いているのですか?」
思考の海に沈んでいたところを妹の声によって引き上げられる。どうやら泣いてしまっていたようで、頬が濡れて冷たく感じる。
「大丈夫ですよ。」
妹が私を抱えるように抱き締める。妹は私よりも体格が良いこともあり、包み込まれているような安心感を覚えた。
「私は大丈夫です、姉様。安心してください。」
私の背をトン…トン…と叩きながら、妹は優しく囁く。
少し気恥ずかしさはあるが、それ以上に余裕のなかった心に充足感が広がる。
そのせいか、留まっていた涙がまた溢れてくる。私は妹に気付かれたくなくて、できるだけ声を押し殺すように努める。
妹はそれを察してか、私が泣き止むまで何も言わずに一定のリズムで背中を軽く叩く。
「……ごめんにゃひゃひ。」
泣き止んだ私は恥ずかしさに謝るが、まだ落ち着かないせいかしっかり噛んでしまった。
更なる恥ずかしさの上積みに思いっきり俯き、妹の反応を待つが、待てども妹からは何も反応がなかった。
様子を確認しようと見上げて顔を覗き込む。すると、妹と目が合うのだが、彼女は驚いた表情のまま固まってしまっていた。
不思議に思って首を傾げると、ようやく動き出し、さきほどよりも強めに抱き締められる。
「ユエ……?」
「1年です。1年後にはトレセンへ入学できます。そうすれば私もこの家から出ることができます。だから、そんなに不安そうにしなくても大丈夫ですよ。」
「あっ……。」
そう言われて妹のトレセン入学も来年に迫っていること、生徒は寮生活が基本で望まない限りは家に帰って来ることがないことを思い出す。
「もしかして忘れてましたか?ふふ、姉様は結構おっちょこちょいですよね。」
妹はからかうような口調だが、優しく微笑む。その笑顔は言葉以上に私を安心させるもので、私は一番の心配事がそこまで悲観するものでなかったと実感し、憑き物が落ちた気分になる。
「そんな事よりも姉様、トレセンでお世話になるということは、環境もやることも新しい事尽くしですよ。そちらの心配をした方がいいんじゃないですか?」
痛い所を突かれる。確かに、人の心配よりも自分の心配をした方がいいのかもしれない。ほぼ引きこもりだった私は対人スキルは絶望的だ。妹が無事に一年過ごすよりも私が無事に一年過ごす方が難しい気がする。
「ど、どうしようかしら……、何か…ふぁ……。」
何かいい案がないか考えようとしたけれど、一気に眠気が込み上げてきて上手く頭が回らない。
今日は珍しく外出したことで思っているよりも疲れがあったのか、眠気を自覚すると一気に意識を保つことが難しくなる。
「まぁ、姉様なら、そう身構えなくてもきっとなんとかなりますよ。それよりも明日寝坊してしまう方が問題です。今日はもう寝てしまいましょう。」
「そう…かな……?そう…だとい…な………。すぅ…」
眠気が限界で妹が言った言葉もほとんど頭に入って来ないが励ましてくれたことは雰囲気でなんとなく分かった。お礼を言いたかったが、堪えきれずに意識が途切れてしまった。
起きてから忘れないようにしないと。
今回は姉視点でのお家事情でした。最後までお読みいただきありがとうございました。
もっと良い書き方があった気もします。
でも、妹と布団の中でイチャイチャしているところを書きたい欲に勝てませんでした。
書きたい部分とそうでもない部分の筆の進み具合の差が激しすぎるのを本当になんとかしたいです。
次回も筆のノリ次第ですが、忙しくなってきて、今回以上に遅くなってしまうかもしれません。
更新された時にはまたお読みいただけると幸いです。