ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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プロローグ
きっかけ 天皇賞(春)


「4コーナー回ってライスシャワーが先頭にたった!あーやっぱりこの馬は強いのか!」

 

実況の杉元アナウンサーが興奮している。それだけではない。場内がどよめいている。92年の菊花賞でもない、93年の天皇賞(春)でもない。このどよめきは、ライスシャワーへの祝福、勝ってくれという願いから生まれたものだ。

 

「ライスシャワーが先頭だ!ライスシャワー先頭!ライスシャワー先頭!」

 

皆ライスシャワーを見ている。不調を乗り越えて、悪役の罵りを越えて、先頭を駆けるライスシャワーを見ている。

 

「インターライナー来る!内からエアダブリンが差を詰める!ライスシャワー完全に先頭だ!ライスシャワー完全に先頭!」

 

皆の視線の先にはライスシャワーがある。ライスシャワーが懸命に走っている。

 

「外からステージチャンプ!外からステージチャンプ!ハギノリアルキング来た!ハギノリアルキング来る!」

 

脚色が鈍ったライスシャワーを見て皆不安になる。応援の声に悲鳴が混じる。

 

「ライスシャワーが完全に先頭だ!外からステージチャンプ!」

 

外から驚異的な末脚でステージチャンプが上がってきた。逃げ切れ!逃げ切るんだ!がんばれライスシャワー!そんな声がスタンドのあちこちから聞こえてくる。

 

「ステージチャンプが二番手に上がったぁーライスシャワー!」

 

実況はライスシャワーが勝ったと宣言、しかしガッツポーズが上がったのはステージチャンプ。

 

「ライスシャワーとステージチャンプ!」

 

1着、2着は写真判定。その結果をみんなが見守る。

 

「やーやったやったライスシャワーです!」

 

どこからともなく的場コールが聞こえる。

 

「おそらくミホノブルボンも、メジロマックイーンも喜んでいるんではないかと思います!ライスシャワー今日はやったー!」

 

おじさんがひとり、騎手の名前を叫ぶ。

 

 

まーとーば!まーとーば!!

 

 

私はその声に重ねて、叫ぶ。

 

まーとーば!まーとーば!!

 

どこからともなく子供の声が重なる。

 

まーとーば!!まーとーば!!

 

それはいつしか、スタンドの観客全体の声となって。

 

 

まーとーば!!まーとーば!!

 

そのコールは、勝ち馬、ライスシャワーが検量室に戻ってもなお、続いた。本当に、アナウンスで制止されるまで。

 

 

 

 

 

私はそのレースで、とある騎手に憧れた。

 

その騎手は、馬に乗ってから、降りるまで、ずっと馬を第一に考えて騎乗する。

 

その騎手は、ウィニングランはしない。走り終わった馬の健康を確認することが優先されるべきだと考えているから。

 

その騎手は、勝ってもガッツポーズはしない。主に頑張ったのは馬であって、騎手は乗って、ペース配分を手伝い、道を示しただけだから。

 

その騎手は、強い。

 

その騎手のかっこよさ、謙虚さは、当時中学三年生の私の進路を150度ほどねじ曲げるには十分な輝きだった。

 

これは、私が騎手になって、愛馬と共にとある海外G1を勝つまでの記録を記した物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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