この作品では、飼葉慧をはじめとする架空騎手、リアルヘリオスやセンリノヒメなどの架空馬が出てきております。もちろん彼らは史実にはいなかった連中ですので、すでに史実改編は発生しています。
お知らせしたいのはその先です。ここから先のお話では、本作主人公飼葉慧の登場によるバタフライエフェクトで、史実で種牡馬が引退する年が変わったり、史実有名馬の父馬が変わったりします。もっと言うとG1勝ち馬が変わりますし、史実で途絶えているとある血統が飼葉騎手のせいでSS系とタメ張り始めます。
それでもいいよ、この作品は面白いよ、そう思える方のみこの先へお進みください。
ちなみにとある血統のヒントは…とりあえずヘイルトゥリーズン系のスタミナ&末脚担当としておきます。
なお史実で馬齢表記が改定されるまでは旧馬齢表記です。
火曜日の朝。月曜の休日が開けてジョッキーたちの一週間の始まりである。
私はいつも通りリアルヘリオスとセンリノヒメの調教に騎乗する。センリノヒメは寝起きの気性が特に荒いので先にリアルヘリオスの調教が行われる。その間センリノヒメは猫と一緒に寝起きで荒れる精神を落ち着かせるのだ。
中岡先生からの指示はダートコース2周、馬なりで走らせた後に坂路を一回。なおすべて同厩舎のヒメカミブルースと併せて行うことになっている。おそらく最終直線での追い比べに強くすることが目的だろう。
準備運動を終えて、ヘリオスは他の中岡厩舎の馬と列をなして美浦トレーニングセンターの南調教馬場に向かう。4月も終わりであるが、日の出前の早朝の時間帯はまだ気温が上がっておらず寒い。ヘリオスたち競走馬からは湯気が立ち上る。調教が始まっていないのにすでに私のジーンズは馬の汗でビシャビシャであるが、まあこれは毎度のことなので仕方がない。
さて、列の最後尾でのんびりしていたヒメカミブルースがダートコースに到着したので併せ馬開始である。ブルースの鞍上は牧山先輩。土曜に私が京都で七連戦している間に阪神で9連勝して晴れてあんちゃん卒業だそうだ。私があんなに苦戦している間に…と考えると悔しい限りであるが、それは四年の年の差、技術の差であるからこれから腕を磨く他ない。牧山先輩には夜道は馬の後ろ蹴りに気をつけて頂くとしよう。しばらく先輩と談笑しつつ馬場の外側を早歩きさせてウォーミングアップを済ませた後、ヒメカミブルースとリアルヘリオスの併せ馬が始まった。
馬なりであるからコース取りは馬場の中央からちょっと内側にずれたライン。ブルースの半馬身後ろを追走している。馬なりとは言うがヘリオスの馬なりより少し速いのではないだろうか。
そんなことを考えながらヘリオスの様子を見ていると、最内を交流重賞に出走する馬が全速力で駆けていった。それに刺激されたのかヘリオスが思いっきり掛かってしまい、前に行きたがってしまった。まだ半周しかしていないのに全力でハミをとるヘリオスに私は少々びっくりしながらも手綱を引いて鞭を見せて抑える。
ヘリオスは未勝利であるが、3歳の6月からほぼずっと連戦していてレース経験は24戦と豊富である。しかし24戦している割にはめちゃめちゃピュアな性格をしていて、先程のようなことですぐに掛かる。その上人の選り好みが激しく、嫌いな人は振り落としたり蹴り飛ばしたりする一方、好きな人には顔をすり付けたりべろべろなめ回したりする。
性格を考えると「ほんとに24戦した歴戦の未勝利馬なのか…?」と疑問に思うことはあるが、乗ってその能力を実感してみると、「こいつはなんで未勝利なんだ?」という疑問に変わるのがヘリオスの面白いところである。
さて、話は戻って鞍下の様子である。掛かったのはすぐに抑えて馬なりに戻ったものの、めっちゃ走りたがってウズウズしているようだ。ハミを引っ張ってこそいないが脚を余してますよアピールがかなり激しい。全力は坂路調教まで待ってくれ、これが終わったら坂路コースで全力出していいから。
一周を終えて二周目に入るが、ヘリオスはほとんど疲れを見せない。馬なりだから当然では?と思うかもしれない。ところがどっこい、美浦トレーニングセンター南調教馬場のダートコースは一周2000メートル、例え馬なりであっても少しは疲れるものなのだ。それを少し疲れていると言うにはあまりにも余裕な様子でまだ走っているのだから能力の高さが伺える。
もしかして前走は仕掛けるのが遅かったのではないか、コーナーを曲がるとそんな考えが頭をよぎる。この持久力なら、京都の登りから仕掛けてもバテなかったのではないか、斜行を恐れて早めに外に出さなかったのが敗因だったのではないか。今となっては後の祭りだが、どうしても思い出してしまう。
ーーヘリオスとヒメカミブルースのダートコースでの併せ馬は、ヘリオスが少し先着する形で終った。
…この後ダートコースから坂路までの移動中に柵を飛び越えてショートカットしようとするヘリオスを止めるのが大変だったのは言うまでもない。
さて、寝起き不機嫌で暴れ狂うセンリノヒメをリンゴでなだめて調教を終えた後は調教スタンドで朝ごはんである。お腹が空いてついたくさん食べそうになるがここは我慢。体重47kgをキープするのだ。まだ新人騎手だから負担重量48kgもあり得る。そんなときに乗れないとあっては騎手として下の下の烙印を押されてしまう。…喜多村君の卵焼き美味しそう。
「…っ!あげないぞ!」
「とらないよ!」
同期の喜多村くんであるが、めっちゃ仲良くしてもらっている。喜多村くんの独身寮での部屋が階を挟んで真下であるので、夜中に騎乗の反省をノートに書いているとそのわずかな音も丸聞こえのようだ。
「はっはっはー。若いのは元気でいいねえ。隣失礼するよ」
「岡辺先輩、おはようございます!」
先週から私たち競馬学校15期生はやたら岡辺先輩に話しかけられるようになった。最初は自分がしょっちゅう惜しいところで負けるからかなと思っていたが、どうやら15期生全体にコンタクトを取っているようだった。
さて、岡辺先輩の朝ごはんであるが…本当にそれは朝ごはんなのか?そんなに食べて体重超過しないのだろうか。見るからにたんぱく質が多すぎる気がするのだが…
(喜多村、突っ込め)
(やだよ、レジェンドのごはん事情に口挟めるかよ)
(レジェンドだから聞くんだろ、どうやって体重抑えてるのか)
(自分で聞けよ)
(やだよ怖いもん)
お互いに聞きたいが聞けないことを押し付け合っていると、ついに助けがやって来た。
「おはようございます岡辺先輩」
「おはよう、横矢間君」
「最近ごはん多いみたいですけど、体重大丈夫ですか?」
「最近筋トレをはじめてね、」
「なるほど~それで最近量が多いわけだ」
((ナイスノリさん!))
筋トレか、なるほど。確かに筋力をつければ多少無理な姿勢でも維持しやすくなるな…でも私は体重が増えやすいからな…
朝ごはんを食べ終えると、特に取材もなかったため私はすぐに厩舎に戻った。
厩舎に戻ると、見知らぬ男性がいた。中岡先生によるとリアルヘリオスの馬主さんだという。気合いを入れてペコペコ頭を下げていると、馬主さんから驚きの発言が飛び出した。
「飼葉くん、ヘリオスは青葉賞を勝てるかな?」
その言葉に、私だけでなく中岡先生も硬直した。
すぐさま思考に入る。競馬四季報や優駿、サラブレなどの雑誌の情報、美浦トレセンでみた他の馬たちの様子などから東京2400メートルを全力で再現する。うん、勝つ可能性は十分にある。だが、出走できるのか?
「勝てる可能性は十分にあります。しかしそもそも出走できるのかどうか…どうですか、中岡先生」
「いや、今年の青葉賞はフルゲート割れるから出走自体は大丈夫だ。」
馬主さんの一瞬の安堵。しかし中岡先生は現実を突きつける。
「青葉賞は勝てるかもしれません。しかし、青葉賞に出すということはダービーを狙うんでしょう?はっきり言います。ヘリオスはダービーを勝てません。屋根が慧なら入着はしますがダービー馬になるのは限りなく無理に近いです。」
中岡先生は、少し間を空けて馬主さんに聞いた。
「それでも、青葉賞に出ますか?」
馬主さんの答えは、YESだった。
しかしこれは、暗に私に重責を乗せることを意味する。
青葉賞でヘリオスに騎乗するには、それまでに20勝をあげなくてはいけない。
ダービーになると32勝をあげないといけない。
私は現状、17戦9勝。まずは、後二週で11勝をあげなくてはならない。
試練が、始まった。