ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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更新は不定期です。完結する頃には第三次競馬ブームが終わっているかも知れませんが、よろしくお願いします。


いざ重賞。とどけタイトル

「本日ゲストとして来ていただいたのは、今年デビューの新米にして現在平地27勝、障害3勝の大記録を挙げた飼葉慧騎手です!」

 

なんでだろう。まだ重賞競走を勝利どころか騎乗してもいないのにゴールデンタイムの番組のコラム的なコーナーで私の特集が組まれている。本当になんでだろう。頭の中でユートピア牧場の青い勝負服を着た人と出口牧場の赤い勝負服を着た人がギターを弾きながら踊り始めた気がする。つまるところ私はひどく混乱しているようだ。

「どうもっ!飼葉慧ですっ!」

声が上ずる。落ち着いて脳内深呼吸していると司会のお姉さんが少し助けてくださった。

「もしかして緊張していらっしゃるのかしら?」

少し落ち着いた。ここは第一印象が大事だ。気合い入れて行こう。

「そりゃあ初めてのテレビですから緊張しますよ。僕はどこぞの二世騎手じゃなくて一般家庭出身ですから。」

ちょっとした冗談を加えた渾身の回答。ヘリオスの馬主さんから「困ったら竹豊をいじるといい」と言われていたが本当だろうか。笑いをとることには成功したようだが不安でしかない。

「ははは、今から竹騎手と比較するようなことはないと思いますよ。」

…三重春さんは察しがいいんだか悪いんだか。私は美浦の人間だから栗東の人間ほど話がうまいわけではないのを理解してくださったのか、それとも竹豊をいじられて悔しかったのか。真相は本人が知るのみである。

 

さて、私の今までの来歴のVTRと称する事実上の黒歴史公開ビデオが公開された。やはりそのなかでは、95年の春の天皇賞で二番目に的馬コールを始めた中学三年生の背の高い少年の姿がピックアップされていた。私である。

恥ずかしながら私がコールをしたのは最初にコールを始めたおじさんの声が聞こえてきたのにつられたからという理由であるが、それでもこのレースでコールを始めずにはいられなかった。それほどに、あのときの的馬均とライスシャワーのコンビというのは私の脳みそに焼き付いて永遠に離れないのである。

「飼葉騎手はこれがきっかけで騎手を目指すようになったのね」

司会のお姉さんが、私に発言を促す。これは何分ほどしゃべればいいのだろうか。カンニングペーパーのスタッフの方をチラッと見る。いや白紙かよ。なにか教えてくれよ。

「はい。話せば長くなるので簡潔に済ませますが、このときに的馬騎手に感動したのが一番の決め手ですね。」

あんまり長々と話してもいけないので簡潔に済ませる。周りから感嘆の声がでる。…やっぱりこういう番組は苦手だ。大勢の間合いをとりながら発言するのは僕には難易度が高い。

「そんな飼葉騎手ですが、巷では乗っている馬によって騎乗の格好が大きく違うとの噂です。飼葉さん?そこのところどうなのかしら」

「あんまり教えたくないんですが…」

「そこをなんとかしてくださらない?」

…………………………………………

ところ変わって、ここは栗東の多原厩舎。元天才ジョッキーの多原調教師が珍しくゴールデンタイムにテレビをつけていた。目的はただひとつ。今波に乗っている若者が失態を犯さないか見守ることだ。

 

テレビを食い入る様に眺める多原調教師がさすがに気になったのか、とある調教助手が声をかけた。

 

「テキ、そんなに飼葉が気になりますか。」

「そりゃあ気になるさ。自分と同じタイプのジョッキーだもの」

 

多原調教師と同じタイプのジョッキー。その言葉が意味するところは、飼葉慧が希代の天才ジョッキーの素質を持っている、そんなところだろう。しかし、レース映像をみる限り、私にはとても…そうは見えなかった。

 

「飼葉はそんなにすごいジョッキーなんでしょうか。私にはテキほど馬乗りがうまいようにはとてもみえませんが。」

 

「バカなことを言うんじゃないよ!」

 

突然の大声だ。最近の多原調教師は声を荒げることが多くなってきたが、今の叫びはその比ではなかった。そして多原調教師は調教助手の襟ぐりを掴み、怒鳴り付けた。

 

「君は騎乗の本質を理解していない。馬に乗るということは馬に負担をかけるということだ。馬にとってジョッキーは本来邪魔でしかない。」

 

そういうと多原調教師は調教助手を投げ捨て、壁にかけてある騎乗用の鞭を手に取り力説した。

 

「いいか、競馬というのは馬が本来出さないような力を無理やり引き出して行われるものだ。この鞭が使われることからもわかる通り馬が走るのを嫌がる馬でさえ無理やり走らせている。」

 

「鞭を打ったら走るのをやめてしまう馬にたいしても鞭を見せることで今走るのをなめたら叩くぞと脅す。」

 

「それが飼葉と何の関係が…」

 

これは失言だった。この調教助手の一言が、多原の怒りに油を注いだ。いや、油どころではない。ガソリンを注いだに等しかった。

 

 

「君は本当に飼葉ジョッキーのレースをみたのか!?彼はほとんど鞭を使っていない!」

 

言われてみれば確かにそうだと調教助手は思った。しかし多原調教師は考える暇を与えず捲し立てる。

 

「彼はここぞと言うときに鞭をあまり入れずとも馬に合図している。それに馬もしっかり反応している。その時馬が飼葉ジョッキーに反抗していたか?最初の4、5レースは馬が反抗していたが、それも馬自身に納得させて走らせている。ここまで馬と会話できるやつが私と彼以外にいるか?いたとしてもそれこそ福長祥一くらいだろう?」

 

「でも…彼は多原さんほどじゃ…」

 

多原調教師はかなり声のトーンを落とし、落ち着いて調教助手に一言吐き捨てた。

 

「ここまで言ってわからないようなやつは私の厩舎にはいらない。今すぐここから出ていきなさい。」

 

厩舎開業の時からいた調教助手をクビにするほどの激情のなかでも、多原調教師は飼葉が失言を仕掛けたのを聞き逃さなかった。飼葉慧は若い頃の多原と似ている。だからこそ、しっかり守り、進むべき道を彼が納得できる形で見つけさせなければならない。この飼葉慧という若い芽を、全力で育てよう。多原調教師の目標が、明確に転換された瞬間だった。

 

翌日、多原は違法薬物と酒をすべて処分した。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は青葉賞本番。第9レースまでに2勝を挙げ、東京競馬場の走り方も慣れてきた。私は控え室からパドックを歩くリアルヘリオスを見つめていた。東京までの短距離輸送では特に疲労もないようで、町山厩務員が持つ引き綱を右へ左へと元気に振り回している。癖馬であることに変わりはないようだ。

 

青葉賞に出走している馬は1勝馬か2勝馬がほとんどだ。そのなかにポツンと1頭未勝利馬、リアルヘリオス。優先出走権は三着までだが、未勝利馬は二着に入らないと優先出走権が得られない。だから確実に、絶対に勝つ。

 

 

 

騎手騎乗の号令がかかり、厩務員からヘリオスを受けとる。歩様問題なし、入れ込む様子なし、闘志よし。ヘリオスは万全の状態に整っている。

 

「しばらくレースに出ていないせいで勝負勘が鈍っているかもしれません。けど飼葉君ならそこもしっかりフォローできるよね?」

 

「どんとこいです。ヘリオスとダービーへの切符、つかんできます。」

 

青葉賞、馬場入りまでもうすぐだ。

 

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