ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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大外、八枠十六番、リアルヘリオス

ゲート前まではすぐだ。しかしちょっと準備運動、返し馬をしてヘリオスの調子を見る。調子はよさそうだ。

 

東京競馬場芝2400メートル、青葉賞。ダービーと同じコースのトライアルであるが、未だここの勝者からダービー馬は出ていない。ヘリオスをそのジンクスを打ち破る最初の馬にする。そう覚悟を決めて、ゲート入りを待つ。

 

少々首のふりが激しい。しばらくレースに出ていなかったから久しぶりのレースに緊張しているのだろう。大丈夫だ、大丈夫だと首を撫でる。すると首のふりがだんだん落ち着いてくる。

 

発走準備の赤旗が上がり、ファンファーレが鳴る。それにつれて歓声も大きくなる。青葉賞の発走位置はスタンド前だからこの歓声がなかなかに曲者だ。周りを見るとこの歓声のせいなのか、ペインテドブラックが入れ込み始めた。少し前まで大人しくしていたのに、首を左右に振っていてまったく落ち着きを見せなくなった。

 

そのペインテドブラックもゲート入りして、刻一刻とレースが迫ってくる。頑張ろう、ヘリオス。ここで勝ってダービーに行くんだ。

 

どんどん枠入りが進んでいく。大外枠はゲート入りからスタートまでの時間がほとんどない。そこに注意して乗らないといけない。内枠と違ってまったく余裕がない。

 

ついに大外16番、私とリアルヘリオスの枠入りが終わった。

 

「よーい!」

 

ガコン!

 

『スタートしました!まず先手をとるのはスティアーズマンか、いやしかしケイエムチェイサーに譲って控えるが、大外からなんと!リアルヘリオスがハナをとりに来ます!…がこれも後ろに控えました。乱れた展開です。』

 

青葉賞は東京競馬場2400メートル。スタートしてほぼすぐに一回目の4コーナーが来る。ハナをとるならそれまでに先頭を主張しておかないといけない。なぜなら向こう正面で先頭に出ようとすると急坂を駆け上がることになり最終直線までに脚を残せないから。

 

今日の作戦は先行押し潰し。ヘリオスは連闘のしすぎで古馬並みのスタミナがついている。それに前に行きたがる気性もあるから、これらを余すところなく活かす作戦だ。

前にはスティアーズマンとケイエムチェイサー。スティアーズマンは我々の外側斜め前で控えるようだが、まずはこれを突っついていく。スティアーズマンの視界にはバッチリ入り、鞍上の勝浦騎手の視界にはチラチラ入るように内につけながら、だんだんと、気付かれないように増速していく。一気に増速するのはまだだ。まだそのときではない。

 

ヘリオスは珍しく掛かっていない。ハミの引きもそこまで強くないし、指示を伝えるのに支障は出ていない。むしろこのちょこまかとした動きを楽しんでいるようだ。よし、この調子ならヘリオスのスタミナはゴールしても尽きないだろう。

 

『各馬第3コーナーを回っていきますが、ケイエムチェイサーが先頭で二馬身のリード、続いてスティアーズマンとその内並んで16番リアルヘリオス鞍上はこれが重賞初騎乗の飼葉慧、その後ろ一馬身に2番のフューチャアイドルが中団の先頭………』

 

 

チラッと後ろを確認する。この先行押し潰し作戦は後ろがついてきていないと意味がないが…ついてきているようだ。

前に向き直るとケイエムチェイサーが少しペースを落とそうとしている。スローペースに持ち込もうとしているのか。私たちとしてはスローペースになると不利だ。どうにかしてスタミナ勝負、地獄のステイヤー決着に持ち込みたい。

 

問題はここからだ。自分だけハイペースではいけない。他の馬もハイペースにさせて疲れさせないといけない。そのためには前で競り合い、その上で後ろについてきてもらわないといけない。しかし、リアルヘリオスはオッズの上でも、他馬の騎手からも注目されていないから、あまり前に出ても「どうぞどうぞ、勝手に逃げて自滅してください」となりかねない。いつ、仕掛ければいい。

 

ゴール板までの距離が残り1500メートルしかないことを示すハロン棒が横を流れていった。

 

 

 

「ありゃあやっちまったなぁ~」

今リアルヘリオスを駆る若人が所属する厩舎の調教師である中岡調教師は、そう呟いた。

その気持ちはわかる。とてもよくわかる。こんな場合は控えずにさっさとハナをとって逃げるべきだった。もし私が乗っていたとしてもそうする。間違っても控えたりはしない。出遅れでもしたら出ムチを使うことさえ厭わないだろう。

 

現に彼は迷っている。迷う事態になっている。三番手に控えてしまったことで、有効に競りかける方法を見失っている。

 

「もしああなってしまったら、多原さんならどう切り抜けるかい?」

 

彼から会話が振られる。さてどうするだろう。競りかけるなら…ケイエムチェイサーがペースを落として、スティアーズマンが追い付きかけたくらいで………そうか。そのタイミングだ。

 

「もうすぐ、仕掛けますよ。」

 

私には、勝ち筋が見えてしまった。

 

 

 

 

『前半の1000メートルをただいま通過致しまして、そのタイムは1分ちょうどであります、速くもなく遅くもなくといったところか。先頭は変わらずケイエムチェイサー…』

 

もう仕掛けよう。このままぐずぐずしてたら拾える勝ちも拾えなくなる。手綱を緩めて軽く鞭でたたく。さっさと先頭にいってしまおう。このスローペースで末脚勝負になるとヘリオスは不利だ。

 

ヘリオスがじわじわと上がっていく。スティアーズマンを抜いてケイエムチェイサーに追い付いていく。後ろの先輩方は驚くだろうか。想定内だろうか。私としては焦っていてほしい。

 

3コーナー入り口でケイエムチェイサーを追い抜いた。ヘリオスの息づかいにはまだ大きな余裕が見える。大ケヤキで息を入れる必要はないだろう。もうここまで来たら後に引けない。ここから力押しで勝つしかない!

 

『おおっとリアルヘリオスがあがっていきます、外目を突いて上がっていく!遅いと見た、このペースは遅いと見た飼葉慧騎手!』

 

さあ勝負だ。他の馬みんな潰して勝ちにいくぞ!ヘリオス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の更新はたぶん一年以上後です。
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