ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

3 / 13
覚めない熱気と爆走を

『スタートしました。リアルヘリオス好スタートしかしゆっくりと下げていきます、ハナを切ったのはトマトマトマト鞍上は竹豊、あまりリードはとりませんしかし二番手ジークカイザーに一馬身のリードを取りました。』

 

ゲートが大嫌いなヘリオスらしい飛び出しで好スタートを切った私たちはそのままスッっと後ろに下げた。下げたというよりは飛び出したあと他の馬よりゆっくり加速した感じである。

 

中岡先生の指示通り中団後方に位置どることができ、さらにコース内側を周っている。脚をためるには絶好のチャンスであるが、4レースを走った馬体重612kgの巨大馬が荒らしたのか馬場状態が悪い。ちょっと外にコースを取り直したいが斜め後ろに馬がいて、このまま横移動すると進路妨害になってしまう。

 

ややスローペースで1コーナーを曲がっていく。馬場状態の良いちょっと外側をとるべく、例の斜め後ろの馬が外にふくれたタイミングでこっちもわざとちょっとふくれる。ヘリオスが少し抵抗する。ヘリオスは馬場状態より距離の方が疲労に繋がると思っているのか、それとも木曜の調教で内を走ったら褒められると思っているのか。

 

『さあ、各馬1コーナーを曲がって2コーナーを駆けていきますが先頭トマトマトマトが少しづつリードを広げ始めましたがしかし他の馬はあまり反応しません。ジークカイザー守安照正がペースを上げたのみです。先頭から位置取りを確認しましょう。トマトマトマトが先頭、3馬身開いてジークカイザー…』

 

バックストレッチに入った。この直線が終わったら3コーナー、通称「淀の坂」。中岡先生には坂の終わりがけから仕掛けろと言われているが、すでに内埒一杯に囲まれて抜け出しようがない。どうする。どうすれば良い。

 

ヘリオスの方も耳を絞っている。ヘリオスは前の馬が蹴り上げた土をもろにかぶって冷静でいられる馬じゃない。ヘリオスがかかってコントロールできなくなったら、ここで外に出ようとして斜行してしまったら。ヘリオスはもう23戦して未勝利だ、今年は2月からずっと連闘している。ここで勝ち上がれないと、ヘリオスは終わってしまうかもしれない…

 

いや、集中するんだ。どこか、一瞬でも進路は開けるはずだ。コーナーでも、直線でもその隙を見逃してはいけない。先頭トマトマトマトは3コーナーをゆっくり進むだろう、おそらくそのまま4コーナーまで息を入れて、直線でスパート。ならばこちらは中岡先生の指示より少し早め、坂の下りを利用してロングスパートを掛けてやる。ヘリオスはフラストレーションを溜めに溜めまくっている。これなら。

 

『…7番手に2番リアルヘリオス関東馬、続いて10番のブレザームーン、その横に4番のコメノカケユがいて、後ろに5番ゴールドツアー、並んで11番のダンツアサシン、最後方8番のトライピオで先頭から殿まで17馬身開いていたのが3コーナー入って縮まっていきます!』

 

3コーナーの坂に入る。ヘリオスも他の馬と同じようにペースを落とすまいと力んで行く。私は登りで力まないように手綱を引く。ヘリオスの耳の絞り方が変わる。今まで泥をかけてくる前の馬に向いていたヘリオスの怒りが鞍上の私に向いた。ヤバい。今指示聞いてくれたら後で角砂糖あげるから。勝ってくれたら2倍あげるから。今は言うことを聞いてくださいヘリオス様。聞いてくれたら勝たせてあげるので。

 

坂の下りに入る。まだ進路は開かない。ヘリオスは未だ私に怒りを向けている。ヘリオスが他の馬を威嚇してくれたら簡単に進路が開きそうなのになあ…何て軟弱な考えをしてしまう。仕方ない。横目で後ろを確認。ちょっと空いてる。少し強引だが今ならいけるかも。

 

手綱を一気に緩めて、鞭を持っている方の手でゴーグルを拭う。調教の時にヘリオスに勝手に思い込まれたスパートの合図。するとヘリオスが尻からロケットを噴射したような加速度でスパートしていく。こんな馬がなんで今まで未勝利だったんだ。もっと早く勝ち上がって朝日杯とか弥生賞を勝っていてもおかしくない。そう感じさせるには十分なスピードで二番手集団まで上がっていく。

 

『トマトマトマトは依然3馬身のリードを保ったまま、ジークは一杯になって後退していく、しかし後方からなにか1頭スッと上がってきた、リアルヘリオスだ!鞍上は今日が初騎乗の飼葉慧!しかし依然トマトマトマト先頭で第4コーナーをカーブして最終直線へと入っていきます!』

 

さあ行くぞヘリオス!今日とるのはいつもの二着じゃなくて映えある1着だ!カーブの遠心力を利用して馬場状態の良いコース中央を走るぞ!斜行しちゃダメだ!そっちは観客席!まっすぐ進むんだ!

 

『先頭はトマトマトマト!トマトマトマト!しかし二番手にリアルヘリオスが居る!左に斜行しているが取り直した飼葉慧!さあリアルヘリオスが追いかける!!届くか、トマトマトマトに届くか!』

 

ヨシ立て直した!良い子だヘリオス!そのまま行くぞ!気合いいれた方がいいか?鞭をいれた方がいいか?いれるぞ!それイッパーツ!

 

『さあ届くか、届くか、並んだ!並んだ!そして今ゴールイン!』

 

 

 

 

勝てたのか?差しきれただろうか?いや、そんなことよりヘリオスは大丈夫だろうか?

 

 

「1着2着は写真判定です。着順が確定するまでお持ちの馬券は捨てずにお持ちください。」

 

ヘリオスの呼吸、歩調共に問題無さそうだ。ヨシ、検量室まで行こうヘリオス、後で角砂糖をあげよう。勝ってくれたからリンゴもあげよう。この前青森の親戚がくれた高級品だぞ。

 

竹豊がウイニングランをしてない辺りヘリオスが勝ったのだろうか?少なくとも竹豊に敗けを実感させるくらいには走れたということで良いんだろうか。

 

「ブルルル」

 

「あっごめんよヘリオス、ちょっと考え事してて…」

 

俺の上で変なことを考えるなとばかりに嘶くヘリオス。私たちはそそまま後検量に向かった。

 

 

検量中、竹豊騎手とお話をすることができた。

 

「お疲れ様、慧くん、すごい追い上げだったね。差しきられたかと思ったよ。」

 

「ハハハ…」

「まだ審議してるね。どっちが勝ったのかな。」

 

あの竹豊からの「勝ち負け」に関する話題。どう答えれば良いのか。ゴール板の地点でほぼ差はなかったのだからあまり謙遜してはいけないのかもしれないし、竹豊様の手前、不遜な発言をしてはいけない。どう答えるのが良いのだろうか。

 

「僕はね、まだトマトの方が残ってたと思うよ。」

 

「えっと…好き嫌いの話ですか?」

 

「どうしたらそうなるの?」

 

ヤバい。完全に間違えた。どう考えてもレースの話で、豊さんが言った「トマト」は競走馬の「トマトマトマト」であってナス科のトマトではない。

 

「慧くん、深呼吸深呼吸。」

 

そうこうしているとアナウンスが聞こえてきた。

 

『6レースは次のように確定しました。1着、トマトマトマト、勝ち時計1:59.7。2着リアルヘリオス、ハナ差。3着トライピオ、5馬身。4着…』

 

「おめでとうございます、竹先輩。」

 

「ありがとう慧くん、君も頑張ったね。」

 

「頑張ってくれたのはヘリオスです。僕は乗っかって指示を出した重りに過ぎないです。」

 

初騎乗初勝利は成らなかったが、リアルヘリオスを勝ち上がらせるためのヒントが見えてきた気がした。

 

 

 

ところで私はリアルヘリオス専属みたいなことをしていて良いんだろうか?リアルヘリオスが早く勝ち上がってオープン馬になる…というより菊花賞の出走権を獲得してしまったら血統から見ても成長から見ても菊花賞に行くだろうからそしたらヘリオスから下ろされちゃう…

 

そんなのは嫌だ!ヘリオスの主戦は私だ!絶対に菊花賞までにかちあがらせて僕もそれまでに32勝を上げるんだ!これは絶対だ!確定事項だ!誰がなんと言おうと諦めないぞ!えいえいおー!

 

 

などと心のなかで叫んで居ることは中岡先生にも竹先輩にも丸見えなことも知らず、一人奮起する私であった。

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。なにか感想などありましたらよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。