ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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暴脚DASH~新人騎手は狂気の馬を卸しきれるか~

私は今週の平日にリアルヘリオス以外の馬の調教にも行っていた。無論中岡厩舎の競走馬ではあるが、ヘリオスと違って一般的な競走馬ではない。

 

何を隠そう、暴れ馬だ。

 

名をセンリノヒメという。四歳の牝馬で、父は気性難サンデーサイレンス、母はフライングローパス、母父は狂気の馬ディクタス。ご存知、勝たない馬ステイゴールドと父、母父が同じである。

 

私は競馬学校にいた頃、ステイゴールドのレースを何度かテレビで見たことがある。騎手に絶対に心を開かない、開いてやるつもりのないプライドの高い馬という印象が強かった。私の同期に芝浦という奴がいて、馬とうまくコミュニケーションをとれずにやめてしまったのだが、なんとなくそれに似ている。芝浦はかなり努力し、訓練馬とコミュニケーションをとろうとしてたまたますべてのアプローチが裏目に出た可哀想な状況であったが、熊沢騎手とステイゴールドの場合は熊沢騎手がどんなに譲歩してもステイゴールドがはねのけているように見えた。

 

それとかなり似通った血統の馬に私が乗るのである。先週まではヘリオスと同じ騎手が乗っていたが、こちらもヒメに完全に嫌われて降りたそうである。

 

水曜に交代して初めて騎乗しようとした際に蹴りが飛んできて焦ったものである。センリノヒメは感情が読みづらい馬で、本当に何を考えているのかわからない。トレセンに居るときは常に暴れている感じで大人しいのは猫が馬房に持ってきたネズミを嬉々として踏み潰しているときくらいである。私はヒメに乗ることがサイコパスの手綱をとることとあまり変わらない気がしてその夜は眠れなかった。結局その後、ヒメの調教は怖くて乗れなかった。いや、乗らなかった。…それに比べてヘリオスのなんと優しいことか。

 

そして今、京都競馬場第8レース、4歳1600万下、牝馬限定の芝1800メートル。

 

『今ゲート前の映像ですが、未だにセンリノヒメがゲートインを嫌がっています。飼葉騎手と町山厩務員が必死に引っ張っていますが一向に動く気配がありません。』

 

厩務員からヒメを受け取って返し馬をしたは良いが、ゲートインを嫌がり全く動かなくなってしまった。泣きたい。

 

ヘリオスと違って、ヒメはご褒美を用意するという方法では言うことを聞いてくれない。ヒメ自身が納得するまで動いてはくれない。ヒメはしっぽ引っ張ったらキレるから通常の方法が取れない。どうしたら良いの(涙)?

 

厩務員さんが引っ張ってくれてるけど一向に動く気配がない。どうしよう。このままじゃヒメが競走除外になっちゃう。馬上で土下座でもしてみるかな?

 

「お願いします動いてください絶対に走りの邪魔はしませんから」

 

「慧くん、そんなのじゃヒメは動いてくれないよ…」

 

「ヒメ大好き!世界一愛してる!ゲートインしてくれたら慧くん嬉しいな!」

 

「ヒトの娘でもそれじゃ動かないんだからダメでしょ」

 

「うわっ気持ち悪」

 

「生添先輩…そりゃないですよ…」

 

私がヒメに頼み込み、ヒメが拒否し、厩務員が感想を述べる混沌としたゲート前に、生添先輩とゲートを潜って飛び出したローリングフローラ号が戻ってきた。そしてゲートインしていく。ご感想は…ごもっともである。

 

「ねえ頼むよヒメ、ゲートインしてくれよぉ。生添先輩もうゲートインしちゃったじゃん。」

 

「他の馬と比べてもヒメちゃんうごいてくれないよ…」

 

何度でも言おう。泣きたい。なんだよもう。騎乗二回目にしてとんでもない気性難に乗る羽目になるなんて。ああ競馬の神よ。私はなにか悪いことをしたのですか?何の罪に対する何の裁きですか?

 

 

「ヒメータノムカラゲートインシテクレヨオ!」

 

『おおっと飼葉騎手の魂の叫びが響きわたりますが…動きました!センリノヒメようやくゲートイン!』

 

なんだよ。素直じゃないか。今までのイヤイヤはなんだったんだ?

 

ええっと忘れかけてたけど、中岡先生からの指示は「3コーナーまで抑えて、そこからは好きなように走らせろ。ただしできるだけ進路を広くとること」…要は京都競馬場だけど外側を走れ、ということだろう。けど結構馬場の内側が荒れてきたからみんな外よりに進路をとるんじゃないかな…そしたら外の方が進路狭くなるんじゃ…

 

「よーい!」

 

「ヒヒーン」

 

「うわっ!」

 

立ち上がらないでよ!危ないじゃんか!

 

『おおっと一番人気センリノヒメ立ち上がった!』

 

ガコン!

 

ゲートが開く!

 

『センリノヒメまた立ち上がった!出ない出ない!1万大観衆からどよめき!』

 

ええ…

 

もうカオス。ワケわかんない。8馬身遅れてしまった。

 

『各馬向こう正面を駆けて行きますが先頭はローリングフローラ、二馬身のリードです鞍上は生添謙一、続いてマリモアクセル…』

 

しかしヒメにもプライドというものはあるようでじわじわ詰めていく。こちらとしても3コーナー…いや、せめて4コーナーまでには馬群後ろにはついておきたい。

ただ、ヒメがだいぶイラついている。耳をおもいっきり絞っていて、その怒りはなぜか私に向いている。極端に乗り心地の悪い走りをしているのもわざとだろう。水曜に初めて乗ったときはもっと乗り心地はよかった。

 

ハッ、これではいかん、ちゃんと騎手としての仕事をせねば。

コース取りはほぼ自由、かなり遅れてしまったので荒れてないところを自由に走ることができる。ヒメも自然と荒れてないところと荒れてるところの境界くらいの馬場を選んで走ってる。あんな生活をしててどうやったらこんなに賢くなるのか。

 

ハッ!殺気!どこからか?前の馬か?…違う。ヒメからだ。変なことを考えていては振り落とされてしまう。現に振り落とされかけている。

 

『…9番手に5番メグロアツコがいて、最後方に出遅れたセンリノヒメでありますが8馬身あった差を今2馬身まで詰めました、見事な手綱捌きです飼葉騎手!』

 

直線半ばまでにセンリノヒメ自身の力でだいぶ遅れを取り戻した。だがここからが問題だ。もうすぐ京都競馬場第3コーナー、坂に差し掛かる。中岡先生に聞いても今までヒメは本気らしい本気を出したことがないらしく、ここまで勝ち上がったのも流れに乗っただけだそうだ。つまりヒメの力は未知数。あまり高く評価して拍子抜けな結果になってもいけないし、あまり低く評価して乗るとヒメの機嫌を損ねる。さあどうする。今追うか、後で追うか。勝利のため、選択を迫られる。回答期限の第3コーナーは、もう、すぐそこに迫ってきている。

 

メグロアツコに並んだ。位置取りはアツコの外。アツコは後ろに位置どっているからここから内にはいる事も可能ではある。さあどうする。先頭のローリングフローラまでおそらく20馬身。

 

 

『依然先頭はローリングフローラ、気持ちよく逃げております。リードは2馬身から3馬身、一番人気センリノヒメは今後ろから2番手、なんとあの出遅れがありながらもう上がってきています!』

 

下手な追い方をするとヒメの気分を害してやる気をなくしてしまう。しかし追わないと負けてしまう。さあどうする。ヒメは私に殺意を向けている。

 

今なら芝浦の気持ちがわかる気がする。どんなに祈っても、馬に気持ちが届かない。無理に伝えたら気分を害してしまうし、何もしなくてもなにか気に障ることがあると殺意を向けてくる。よくよく考えたら当然だ。僕ら人間は肉だって食べる捕食者。馬からしたら敵も同然。わかり合えない個体とは永遠にわかり合えない。

 

『さあ第3コーナーに差し掛かっていって10頭が固まっていきます。さあ、どの馬が勝ち、条件を突破するのか。晴れて自由の身になる馬はどの馬か!』

 

場内実況が微かに聞こえてくる。そうか。自由の身になる、か。

 

第3コーナーの坂の上、私はムチをズボンの中に押し込み、いつも短く持っている手綱をこれでもかと長く持ち、込めるちからを弱めた。

 

 

私の答えは、ノーコントロールだ。

 

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