ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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スーパールーキー

木曜日の美浦トレセン。

曇り空で日が照らない南調教馬場の発馬訓練場に私たちはいた。今週末のゲート再審査を最優先目標にして、センリノヒメの調教が行われている。しかしそれでもヒメはゲートに入ろうとしない。尻尾吊りを使ってゲートより尻に注意を向けさせても、ゲートに入ろうとしない。なお尻尾吊りの取り付けの際に町山厩務員がヒメの蹴りを見事胸部に食らってしまい気絶、馬の足音響く美浦トレーニングセンターにサイレンを響かせること無く救急車が飛び込む事態となったのは数分前の出来事である。

今ヒメに騎乗しているのはまさかの中岡先生であるが、歴戦の元騎手をもってしても全く動かない。ゲートを横目に睨み付けて一歩も動かない。尻尾吊りのロープを引っ張ると今度は虚空に向かって蹴りを放つ。こうなったヒメには手がつけられない。

 

「中岡先生…代わりますよ。」

 

「慧、お前はこのセンリノヒメを少なからずコントロールしていたな、」

 

「??いいえ???全然言うことを聞いてくれないので匙を投げただけですけども??」

 

「いいや、あの1600万下でお前はヒメを乗りこなしていた。少なくとも4コーナー以後はな。」

 

「いや…まあ…確かに直線でやっとヒメが走ってくれましたけど…」

 

「お前のような免許とって二週の若造に乗りこなせてワシに乗りこなせん訳がない。」

 

中岡先生が乗っていたのは結局元騎手のプライドからだったようである。私の感想をはっきり言おう。ワケワカンナイヨー!ナンデヒメニナカオカセンセーガノッテルノー?

 

中岡先生と林調教助手がセンリノヒメと格闘するのを補助し続けて30分。

 

「こりゃダメだ。慧、やってくれ」

 

中岡先生が折れた。

 

よっこいしょっと声を出して中岡先生がヒメの鞍から降りようとする。するとヒメは胴をぶるぶるさせて先生を振り落とす。定年まであと6年の老体は、バランスを崩して頭から地面に突き刺さった。

 

…合掌。あっけない最期である。

 

念のため確認。

 

「中岡先生!!大丈夫ですか!?生きてますか!?」

 

「生きとるから、慧、乗れ」

 

一安心である。

 

なお私が乗った後のヒメは、しばらくごねた後にしぶしぶゲート訓練を行った。その間、リアルヘリオスがウッドチップコースからこちらを羨ましそうに見てしまい調教にならなかったという話を昼に調教助手から聞いた。

 

 

 

若手騎手の木曜の午後というのは、結構忙しいものである。

まず、所属厩舎の馬の出馬投票を任される。今週末に中岡厩舎から出走するのは14頭。内3頭が重賞競走に出走するためすでに投票が終わっている。今回投票するのは一般競走に出走する11頭。

 

今週の当番は4つ上の牧山騎手。お世辞にも騎乗成績がよいとは言えないため中岡厩舎に残って騎乗技術を磨いている先輩である。

 

そしてその14頭にリアルヘリオスもセンリノヒメも含まれていないし、中岡先生から新しく乗る馬の指示もなかった。

ということで私は今週末は完全にフリーなのだ!よって今さらではあるが他厩舎に営業に行ってくるナリ!

 

私のちゃりんこはどこにおいとったかな…と、自転車を探していると、厩舎のインターホンが鳴った。中岡先生は朝の調教で異常のあった馬の様子を見に行っているため私が出ることになった。…のだが。

 

「はい!中岡次郎厩舎です!」

 

「飯柄厩舎から来ました、山内調教助手です。」

 

「国江田厩舎から来ました、内田調教助手です。」

 

「栗東の調教師の白伊じゃあ。よろしゅう。」

 

「調教師の児島太です。」

 

「栗東で調教師やっとる大窪や。」

 

…ん?結構な権威のある方々が来てる気がするんだが。

 

失礼があってはいけないため、とりあえず室内に招き、お茶を用意する。むぎ茶の淹れ方ってこれで良いんだっけ…なんてトンチンカンなことを考えながらいれていると、白伊調教師から爆弾が投げられた。

 

「お前さん、若手のくせして良い乗り方するのぅ」

 

「そっ…そんなに褒められることは…」

 

「いやいや、あの乗り方は馬をよぅ理解して心を通じ会わせとるもんにしかできん。お前さんの持ち味じゃ。」

 

「…っそんなことは。馬の言葉なんて未だにさっぱりです。」

 

ピギャー!白伊さん怖い!眼光と表情だけでもチビりそうなのにこんなしゃべられたら大が漏れてしまう!

 

「まあまあ、白伊さん、ひよっこをそないにいじめたらあかん。ほら、慧君が小そうなってもーてるがな。」

 

「むっ。いじめていたつもりはなかったのだが…」

 

大窪さんナイスフォロー!

どう言うことだ!みんなして集まってきて僕をほめにきたのか?煽てても転厩しないぞ?

いや違うだろう!何か目的があって中岡厩舎に集まってきたんだ!それを聞かなくては!

 

「ええっとぉ…皆さんお揃いでどのようなご用件でしょうか?」

 

僕の発言から数秒間。皆さん黙って顔を見合わせていた。いやどう言うこと?私変なこと言いましたか?(不安)

 

「そんなの決まっておろう。騎乗依頼じゃ。」

 

…………

 

……………

 

………………

 

…………………は?このひよっこを乗せるためにわざわざ栗東から?調教師御自ら?

 

訳がわからなくなった私は調教師さんたちの依頼をイエスマンの如く全受けしてしまい、土曜は京都で合計7レース、日曜は中山で合計8レースに騎乗することになった。

 

その後、この話を聞いた中岡先生が独身寮に寿司を出前してくれた。しかし量が多かったので先輩と一緒に頂いた。なお好物の赤身は全部先輩が持っていってしまったので先輩の好物のウニを全部食ってやった。

 

部屋に戻って、受け取った勝負服を確認していると、大窪調教師から受け取った勝負服にミスがあるではないか。柄がよく似ているし、会社は違えど社長が同じなのだから間違えるのも仕方ないとは思うが…

明日、京都の調整ルームに入る前に栗東トレセンに寄って代えてもらおう。

 

なお明日、初めて新幹線に乗る。今まで遠出と言えば飛行機であったし、先週京都に行ったのは中岡先生の希望で寝台列車であったのでとても楽しみである。

 

 

 

 

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