ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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気を引き締めて、いざ

迎えた土曜日。京都競馬場の調整ルームにある木馬を使って、私は騎乗フォームの確認をしていた。

 

有名どころの騎手は、騎乗フォームについて「馬の邪魔にならないように気を付けている」とよく発言するが、私はこれに当てはまらないタイプであるらしい。

 

私の騎乗フォームは「馬の好みに合わせる」ことを重視した格好である。

例えば、中岡厩舎のリアルヘリオスの場合は「背中にちゃんと信頼できる騎手が乗っている感覚」があるとヘリオスは安心して勝負に出てくれるので、ヘリオスの背中を少しだけ脚で挟むようにして、あなたの背中には私がちゃんと乗っていますよ、という存在感を与えてやることに一番注意して騎乗する。

逆に癖馬、センリノヒメの場合は「走っているときの後ろに引っ張られる感覚と前から押し返される感覚が大嫌い」であるので、空気抵抗の小さいフォームをとることを最優先する。体の姿勢は勿論であるが、鐙の踏みかた一つとっても空気抵抗はおいくらニュートンと変わってくるので細部まで注意を払う。

 

さて、話は変わって今日のレースである。私は1レースから7レースまでぶっ通しで騎乗する。内訳は平地レースが6戦、障害レースが1戦。騎乗するどの馬も他厩舎の馬。

私にとって、この状況は非常によろしくないものである。

前述したように、私の騎乗は馬とコミュニケーションがとれていることを前提に行われるものである。普段から調教で乗っていたからこそ、信頼関係を構築でき、気性難の馬からもわずかながら心を開いてもらえたのだ。

だが今回はそれが全くない。騎乗依頼が来たのは木曜日の午後。その後に騎乗予定馬の調教に乗ろうとしても、美浦の馬が京都競馬場に行くときは前日の午前3時には出発するから乗れなかったし、新幹線は6時からしか動いていないので関西に着くのは早くて9時だから栗東の調教には間に合わない。飛行機で行けば間に合ったかもしれないが、羽田も成田も空港に着く前に調教が終わってしまうし、茨城空港から神戸空港に行けばそこから栗東までの移動中に調教が終わってしまう。(滋賀県が「びわこ栗東駅」を新幹線に作る運動をしているので私はそれに期待する)しかも公正競馬に努めるため全部JRAの許可を得てからチケットをとるので木曜日からだとどれも間に合わない。

つまり、今日騎乗予定の馬たちとはほぼコミュニケーションをとれていない状態でレースに望むのだ。今の心境は不安でいっぱいである。

 

心を落ち着けるため、本日騎乗する競走馬たちのことを考えてみる。

 

1レース、芝2000メートル、4歳未出走戦。騎乗馬は7枠7番のマサコゴールド、牝馬である。父サッカーボーイ。管理している白伊先生によると、厩舎に来てから調教をいやがり、とりあえずレースで勝てるようにするまで2ヶ月を要したそうだ。なおゲートなどの狭いところに入ると寝てしまう癖がある。

 

2レース、ダート1200メートル、4歳未出走戦。騎乗馬は8枠11番のスタンドゼファー、牡馬である。父ヤマニンゼファー。美浦トレセン飯柄厩舎所属で、スピードとパワーのある馬。少々虚弱な体質であるためスタミナを伸ばす調教ができなかったそうだ。

 

3レースはダート1400メートル、牝馬限定の4歳未勝利戦。騎乗馬は2枠2番のヒトミユウコ。父リアルシャダイである。栗東トレセン大窪厩舎所属で、坂路を6回走ってもまだダートコースで暴走する余力があるという素晴らしい持久力を持つ馬。

 

4レースもダート1400メートル、こっちは普通の未勝利戦。騎乗馬は8枠11番のサクラリクオウ。父にイブキマイカグラを持つ牡馬である。美浦トレセンの児島太厩舎所属。大人しい、肝が据わっている、図太い、聞き分けが良い、調子が悪いときは仕草で伝える、それでいて勝負根性はある。一見扱いやすそうな競走馬であるが、いったいなぜ未勝利戦に?

 

5レースは障害芝3180メートル。古馬オープン戦。騎乗馬は1枠1番のリゲルロードスター、父はダイユウサク。国江田厩舎所属で、先生によると飛越が非常に上手な馬らしい。何と新馬戦から前前走まで四連勝だそうだ。なおすべて別々の騎手による勝利。馬主さんは勝ち方に納得がいかなかったのだろうか。

 

6レースは芝1600メートル、4歳未勝利。騎乗馬は6枠11番のクリドクター。父はドクタースパート。管理する飯柄先生によるとデビューが遅かったのとこの距離の適性が合わないのが重なってなかなか勝てないそうだ。

 

私のの今日のオオトリ、7レースは4歳500万下。騎乗馬は6枠6番のオトコマエ。父はサッカーボーイ。白伊厩舎所属で、ゲート縛りの被害者第二号らしい。私はこういう調教は動物虐待な気がしてあまりよろしくない感情を抱くが、馬の精神面に影響が出ていないことを望む。…ヘイローみたいな馬だったら嫌だなあ。

 

こうして頭に浮かべてみると、どの馬も初対面の騎乗であることが1番の不安材料となる者ばかりである。とても心配だ。

 

改めて木馬にまたがり、フォームを確認する。六時には調整ルームからジョッキールームに移動しなくてはならない。それまでに各馬が好みそうな騎乗フォームを見つけなければ。

 

勝負開始まで、あと5時間。

 

 


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