ヒットマンに憧れて   作:エタノールの神様

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複勝が万馬券なら単勝は十万馬券

中山競馬場第3レース、4歳未勝利、ダート1200メートル。私が騎乗するのはスターリンピンク。牝馬だ。

父ソヴィエトスターから連想で名付けられたそうだが、牝馬にスターリンはいかがなものだろうか。申し訳程度にピンクがついているが、もしかして蹴りグセ注意のリボンからつけられたんじゃなかろうか?

そして縁起が悪い。ソビエトは八年前に崩壊した。崩壊した国の指導者の名前を競走馬につけるのは、私としては受け付けない。崩壊…故障されたらたまったものではないからである。私の騎乗精神上、どうしても一頭一頭に深めの愛着がわいてしまうため故障されたら涙が止まらなくなるのは目に見えている。経済動物である以上は競走馬に感情移入することはあまり好ましくないのだろうが、彼らは騎手と馬券と金だけでなく夢も乗せているから、感情移入するなという方が無理だ。

 

話は戻ってスターリンピンクである。入れ込む様子もなく、落ち着いていて、それでいて闘志を感じる歩き方だ。これなら十分に勝ち上がれる。

 

「スターリンピンクの鞍上、飼葉慧だって。」

「もしかしたらこれは複勝万馬券あるんじゃないの?」

「マジかよ鞍上乗り変わって飼葉だったのかよ。てっきり今まで通り豪腕の号原かと思ってたわ。スギノクリスティー軸で買っちゃったけど今から買い直し間に合うかな」

 

あれが俗に言う競馬生活者ってやつだろうか。万馬券?と言うことはオッズが100倍越えてるんだろうか。

 

誰かそういうの知ってそうな先輩いないかな…いた!横矢間先輩!あの人ならそういう賭け事とか詳しそう(偏見)だから聞いてみよう!

 

「横矢間先輩、僕って今万馬券なんですか?」

「君じゃなくてスターリンピンクがね。オッズ見てみなよ、複勝125倍だって」

「????なんで???」

「珍しいよね、未勝利戦なんて賭ける人少ないのに。」

「よくわからなくなってきたので騎乗イメージに集中します…」

「ははは、それがいいね。かずおもたけしもまだそういうのは理解できてないし」

 

聞く人を間違えたかもしれない…普通こんなに仕上がった馬が125倍ってあり得ないと思うんだけど…。あっ、横矢間先輩が自分の馬のオッズ見てめっちゃ納得してる。

さっき5歳児や0歳児と同列に扱われた気がするが気のせいだろう。きっと気のせいだ。気のせいということにしておこう。

 

騎手騎乗の号令がかかる。ゆっくりと鐙をふんで騎乗する。

 

「今日は頑張ろうな、ピンク」

「この子ピンクって言われても反応しないので同志スターリンって呼んであげてください」

「今日は頑張ろう!同志スターリン!」

「ヒン!」

「ええ…」

「なんでもオーナーさんが共産オタクだそうで。」

「厩舎でまでそう呼ぶ必要はないじゃないですか」

「先に馬に刷り込まれていたんじゃあ直しようがありませんよ。走る調教と呼び名の調教を一緒にしてたら未勝利がなくなるまでに間に合いません。」

「それもそうですね。」

 

まあ馬名はただの馬名だ。馬名というのはその馬の競走人生を彩る一つの要素でしかない。スッゴク恥ずかしい馬名で登録されたとしても、強ければその名前は恥ずかしくもなんともないのだ。一気に勝ち上がって一着をとり続ければ『なんと強い馬だ!スターリンピンクの独裁レースでした!』なんて実況されるかもしれない。逃げ馬だし。

 

そのためにも、まずは1勝。私と一緒に勝つんだ。頑張ろうな、スターリンピンク。

 

 

 

 

 

さて時は進んで枠入りであるが、暴れるということも特になくすんなり入った。本馬場入場の時からちょっと感じたのだが、同志スターリンは少々寡黙なようだ。鞍上を信頼して身を任せているようにも感じるし、鞍上にしたいことを要求すれば応じてもらえると思っているようにも感じる。

 

大外の15番クールフレンドがゲートインして、発走合図がかかる。

 

「よーい!」

 

ガシャン!

 

ゲートが開き、レースが始まった。同志スターリンはグイグイとハミをとって先頭に立つ。芝からダートに移り、他の馬がピッチ走法に切り替えるなかスターリンピンクはストライド走法のまま先頭で砂の上を駆ける。良馬場のために脚が深く沈むダートコースであるが、しっかり地面をとらえて走っている。いい調子だ。

 

『先頭を駆けるのはスターリンピンク、3馬身のリードをとっている鞍上は飼葉慧騎手。続いて15番クールフレンド…』

 

埒から少し離れたところを走るようにコースをとる。ハミを引くとスターリンピンクは素直に反応する。「わかってるじゃない」と言わんばかりの身のこなしだった。スターリンピンクは少しばかり斜行癖があり、あまり内に寄せておくと埒と接触する危険がある。自覚があったのかと思いつつ、指示にしたがってくれる馬のありがたみを噛み締めた。

 

ペースはどうなっているだろうかとハロン棒を見る。景色の流れからすると1ハロン11秒前後。しかし事前の風向きとヘルメットの紐の風切り音からは1ハロン11.5前後と読み取れる。どちらにせよ少々ハイペースか。中山の下りであるから少し危ないかもしれない。

 

直線が終わり第3コーナーにかかっていく。…ちょっとペースを落とそうか。ここまでかかり気味に走ってきたのだから少し休ませて直線で勝負すべきだ。ゴール前の急坂に備えて体力を温存しておきたい。あとコーナーは落ち着いて内を周りたい。

スターリンピンクの手綱を引く。少し抵抗して加速しようとしたものの、すぐにペースを落としてくれた。だんだん後ろがつまって来ているがスターリンピンクは気にしていない。

 

ふと右後ろを見る。エイシンシャーロンが最後方でポツンしている。横矢間先輩の得意技だ。馬の調子から考えるとあれは絶対に後ろから伸びてくる。横矢間先輩が少し笑っている。不気味だ。悪魔の笑みに見えてきた。正直に言うと怖い。

 

ふと横矢間先輩と目が合った。面白いものを見せてやるとでもいうようなニチャアとした笑みに変わった。横矢間先輩が追い始める。まだ3コーナー終わりだ。いやポツンだからここで仕掛けないと間に合わないのか。

 

『未だスターリンピンクが先頭で第4コーナーに差し掛かりますが、後ろからエイシンシャーロン横矢間典弘が上がってきた、クールフレンドは一杯になったか後退していく!』

 

まだコーナーだが仕掛けよう。直線で仕掛けていたら加速が間に合わない。そう思って私は手綱を扱いて追い始める。スターリンピンクはすぐさま反応してペースをあげる。ピッチはあまり上げずストライドを大きくするスターリンピンクの走法では加速に少々時間がかかる。今からでも間に合うかどうか。

 

『4コーナーをカーブして、スターリンピンクが先頭だ!スターリンピンク先頭!外からエイシンシャーロン!外からエイシンシャーロンが中団から一気に追ってくるぞ、すごい脚だ!』

 

スターリンピンクは少しずつ加速している、もう少しでトップスピードだ、と思ったところで後ろから大きな足音が迫ってきた。おそらくエイシンシャーロンだろう。でも抜かせはしない。私はゴール前でも冷静に姿勢を崩さぬよう全力で興奮する精神の安定に努める。

 

ゴールまであと200メートル、視界にエイシンシャーロンが入ってきた。落ち着け、今は坂だ、中山の関門だ、勝ちたければ絶対に姿勢を崩すな。スターリンピンクならこのまま追えば勝ってくれる、ゴールまでリードを残すことができる。

『スターリンピンクが逃げる!外からエイシンシャーロン追い上げる!その差は一馬身から半馬身まで詰まったか!』

 

エイシンシャーロンが視界に堂々と入ってくる。しかしまだゴーグルの左側に映るだけだ。まだ行ける、まだ勝ってる、がんばれ、がんばれスターリンピンク!あと二完歩、一完歩!あと少し!

 

『スターリンピンクとエイシンシャーロンが全く並んでゴールイン!わずかにスターリンピンクが優勢に見えましたがどうでしょうか!』

 

 

 

 

よし、まだ残ってたはずだ。よくやったぞスターリンピンク、あれは絶対にお前の勝ちだ。

 

掲示板を見る。一着二着は写真判定になっているがあれは絶対にスターリンピンクの方が残っていた。そう思いながらスターリンピンクの首を撫でる。ブルブルと鳴くスターリンピンクの手綱をとって口向きを変え、検量室へ向かう。

 

道中で着順確定のアナウンスを聞き、スターリンピンクの馬上から掲示板を見る。一着の欄には3番、スターリンピンクの馬番号が光っている。おめでとうスターリンピンク。これで未勝利脱出だぞ。

 

勝利の喜びもつかの間、私は次のレースのため道を急ぐ。今日この後も連闘で8レースまで騎乗が入っている。斤量に影響を与えぬよう、2倍に薄めたスポーツドリンクを三口だけ飲む。体調管理が思っていたより大変であるが、そういうのを任せられるバレットがいないのは若手騎手だから仕方ない。

 

次のレースも勝たなくては。本日の第11レースが皐月賞なせいか、勝利に焦る私だった。

 

 

 

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