【悲報】ワイ転生者 前世でやらかしまくったゲーム世界に逝き無事死亡【速報】   作:Hydrangea

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※サブタイトルは演出の一環です。残念ながら13節以前も15節以降もございません。


第14節:想い 焦がれて

 ――皇都アルビオンが中心、ペンドラゴン宮。皇国の、その最高権力者の威光を示すが如き豪奢な装飾の施された廊下を、眩いばかりの煌びやかさへ目を向ける訳でもなく、上質な絨毯の感触を踏みしめる訳でもなく、ただ目的地へ続く道として一人黙々と往く。

 「平民出身の元冒険者」という身分に即せば、護衛という名の監視も無く、下賜されたマントを纏ってそこを歩く事は破格の栄誉ともなるのだろうが……驕るつもりも無いが、そんな世間一般の憧れに反し、今の気分はおよそ歩調を緩めるに値するものではなかった。

 

「まぁ、アルトリウス様よ。今日も素敵ね……」

「ええ、本当。ああ、どうにかご縁が無いかしら……」

「冒険者上がりの若造が。“円卓”に選ばれたからと何を偉そうに……」

「全く、陛下は何故あのような出自も定かでない卑しい者を重用なされるのか……」

 

 伴う者も寄り付こうとする者も無く、あるのは身分と地位(うわべ)しか見ていない、打算や嫉妬に濡れた好奇と憎悪の視線ばかり。

 それも嘗ては一つの勲章(成果)と好意的に捉えてはいたが、今となっては纏わりつく汚泥としか思えず、只々不快なばかりの空気に自然と足音も硬くなる。

 

 

 

「おお、これはこれはアルトリウス殿。奇遇ですな、このような場所で」

「……猊下こそ、本日はエハングウェン大聖堂での礼拝へ臨席されるご予定では?」

「なに、後進へ任せるのも先人の務めでな。其方は司教達が万事恙無く進めてくれているだろう」

 

 そのままあと幾つか曲がれば目的地といった所でしかし、反対の角より掛けられた声で歩みを止める。

 本音を言えば、気付かないふりをして素通りしたい声ではあったのだが、暴力を至上(ルール)と仰ぐ戦場やダンジョンならばいざ知らず、ここはマナーこそが鎧となる宮中。今となってはこんな自分でも推挙された立場や恩があり、「数少ない友人の顔に泥を塗る訳にはいかない」と()()()()()()程には丸くなってしまった己がいるのだ。

 故にこそ、思わず顰めそうになった顔を鉄面皮で繕い、暗がりに潜む声の主へと向き直る。

 

「今日も今日とて特使の務めか、精が出ますな」

「は、皇帝陛下からの勅命ですので」

「いや結構。してどうかな、“魔女”の様子は。如何に武勇の誉れ高い貴公とはいえ、奸智に長けたあの相手を一人でこなすのは流石に荷が重かろう。この件については教会も支援を惜しまぬ故、何かあればどんな些細な事でも構わぬ、遠慮せず相談してくれたまえ」

 

 物陰から音もなく現れたのは、まだ幼い教皇に代わって教会の実質的なトップに立ち、その権力を一手に握る枢機卿その人。

 だが、平時の尊大な態度とは打って変って、今の様子はまるで周囲を憚るかのようであり、その上で尚厚かましい事に、この遭遇がさも偶然であるかのように振舞っていた。

 

 無論、その真意は言わずもがな。

 一刻も早く“彼女”を排したい一部の「熱心なる教徒」の長として、何とかしてその口実となるもの……例えば、特使として現状唯一の接点となっている自分からの進言なんてものが欲しいのだろう。

 これまでも司祭からのそれとないアプローチに始まり、シスターによる誘惑まで様々な手でちょっかいをかけられてはきたが、遂には枢機卿自らお出ましとなる辺り、彼らの信仰心は余程厚いと見える。

 

 

 

「……お気持ちはありがたいですが、猊下のお手を煩わせるような事はありません。万事、恙無く進んでおります故」

 

 ――だが、残念ながらその勤めが実を結ぶ日は当分来ないだろう。

 

 そも、彼らが「後は口実ばかり」と強硬な姿勢を取っていられる最大の理由こそ、教会の保有する“神殺し”……彼らが言う所の「聖遺物」の力に依るのだろうが、並の上位存在であれば確かに討ち取れもしようそれが、果たして“彼女”の肌に傷をつけられるのかと問われれば、いち武芸者として「否」と言わざるを得ない。

 皇国五指の戦力と数えられる自分から見ても、彼の武力は正しく次元違い。まだ出会って間もない頃の遠征任務の折、偶発的に遭遇したエルダードラゴンを単身片手間に屠って見せたその姿は己の自信と価値観を根底から叩き壊すに余りある光景であり……監視役でもある立場としてはとても口にできないが、仮に武力衝突が生じた場合、例え現在の人類が総力を束ねられたとしても、彼我の戦力差は薄板一枚分さえ縮まらない事だろう。

 

 何より、自分が少しでも“彼女”を排する道に繋がるような行動を選ぶ筈が無い。

 この立場である限り、例え拷問にかけられたとしてもそのような事は口にせず、仮に立場を奪われたとしたら……或いは、皇国への叛逆さえ選択肢に入るかもしれないのだから。

 

 

 

「では失礼します。ご婦人(レディ)を待たせておりますので」

「……若造が。所詮は政も知らぬ薄汚れた血、皇家の面汚しか」

 

 これ以上、お前と話す事は何も無い。言外にそう滲ませて翻した背に、人々の安寧を祈るものとは到底思えぬ、腹の底から湧き出たような呪詛(つぶやき)が掛けられる。

 決して明るいものとは言えないこの身の上を知っているからこその、およそ考え得る最上級の侮辱。それでも、荒み尖っていた嘗てならばいざ知らず、今の自分にはそれこそ己でも驚く程に何ら響くものではなかった。

 

「後悔するぞ。如何に貴様とはいえ、我々に盾突きあの売女に与するなど……」

「――――」

「な、なんだ。何が言いたい」

 

 ――ああ、そうか。自分()はこうも変わった。変わったからこそ、それだけは許せないのだろう。

 床に罅を入れそうな程強く踏みとどまり、沸騰しかけた激情を押し込めてゆらり向き直った身体に反しどこか冷めた心は、己の変化をそう分析していた。

 

「――自分は特使として、また“円卓”の一員として、皇帝陛下より本件に関わる全ての決定権を委ねられています。我が行いは即ち陛下の御心。忠言も過ぎれば叛意と捉えられかねない事を、どうかお忘れなく」

「……ッ!」

 

 叶うのならば、今この場でその薄汚い口から上下に二分してやりたい。騎士や紳士としてより以前の一人の人間(おとこ)として、この男が吐いたのはそれ程までに許されざる暴言であった。

 けれども、それによる己の処遇は兎も角、もし短慮からそんな事をしてしまえば、彼奴らの欲しがっている口実(もの)を自ら与えるようなものであり……何より、もう自分が“彼女”と真っ当に会う事は二度とできなくなってしまう――嗚呼、今となってはそうなる事こそ、死よりも恐ろしいのだ。

 

「では、今度こそ失礼します」

 

 逸る己の心に打算をちらつかせつつ使命感で締め付け、あまり振るいたくはない立場(もの)も使い努めて穏便に、しかして速やかにこの茶番を打ち切る。

 聖職者としてはあるまじく/その例に漏れず権謀術策へ注力したこの男の事、後からあの手この手での嫌がらせを講じてはこようが、一方で自分が態々陛下の名前を出した事の意味を図れぬ程愚鈍でもないだろう。

 

 言葉にもならない唸り声を一瞥もせず、今度こそ当初の目的地……“彼女”の待つ離宮へと足早に向かった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「遅刻だな。貴公にしては珍しい」

「……申し訳ありません。道中で「みなまで言わずとも知れた事。玉座の煌びやかさに惹かれた虫の羽音なぞ、今生まで耳を傾けようとは思わん」……は」

 

 そうして離宮……ティンタジェル宮に到着して開口一番。眼前の貴人から掛けられたのは、挨拶でも労いでもない冷ややかな声であった。

 そのドレスと同じ漆黒のベールが下より見つめる眼差しもまた氷のように鋭く、良くも悪くも「言葉通り」と、一切の情も取り付く島もそこには感じられない。

 

 確かに、彼女がばっさりと切り捨てた通り、此方側の実に勝手な事情で遅れたのは事実ではある。だが、自分もまた皇国最高権力者の名代であり、決して捨て駒の使いや彼女の臣下でもない。

 如何に客分とはいえ、このような物言いや「いいからついてこい」とばかりに無言で背を向ける態度とを見せれば、並大抵の事でもない限り非礼の謗りは免れず……それでもこうして様になっているのは、ひとえに彼女が生粋の「王」であるが為か。

 

 ともあれ、眉一つ動かさず淡々と言い切ってしまえる姿とが合わされば/そこまでしか知らなければ、成程世間一般が凡そ抱く印象は「冷酷無比、心を持たない氷の女王」ともなろうか。

 

 

 

「ああ、それと……」

 

 だが、言われるがまま後を追い、水の膜を抜けるような感覚――離宮全体を包むように/閉じ込めるように張られた結界――を越えた所で、おもむろに振り返った彼女はそのベールを冠共々脱ぐと、白く細い指先で額のあたりを指しながら表情を崩した。

 

「何か嫌な事でもあったのでしょうが……眉間に皺が寄っていますよ? いけませんね、貴方には穏やかな顔こそ似つかわしいというのに」

 

 耳を撫でる柔らかな声、灯りに照らされたその横顔は真実人間の美しさ(もの)ではなく、ただ振り向いたその一所作を以て、簡素な調度しか施されていない離宮の入り口は、忽ち万雷の喝采に溢れた劇場へと早変わり。

 そして、その舞台上で微笑を湛えるのは、冷たい彫像でも時の止まった絵画でも無い、手を伸ばせば息遣いさえ感じて取れる“温かさ”。

 

 

 その微笑みはまるでアピエンの花。香りに触れただけで得も言われぬ多幸感が全身を駆け巡る。

 

 その微笑みはまるで魔性の宝石。自分だけが知っているという薄ら暗い喜びが、騎士(ひと)としてあるべき高潔さに影を落とす。

 

 その微笑みはまるで血濡れの玉座。手に入れる為ならばどれ程の労苦も罪業も厭わぬと、そんな狂おしい感情さえ沸き起こる。

 

 

 ――ああ、これが嘗ては禁忌の果実とさえ謳われた、この世で最も有毒にして甘美なる「愛」なのだろう。

 

 ◇

 

 星霊女王エレイン。この世で最も神に近しきモノにして、その逆位置に座す存在。何よりも弱かった人類(ヒト)を誰よりも愛し、愛するが故に何よりも多く殺めた者。かつて在りし神秘の溢れた空へその居城と共に君臨し、神秘()の落日と共に姿を消した星霊族最後の一人にして、一族全てからの寵愛と共に不死の祝福(呪い)を授けられた亡国の姫君。

 

 今でこそ万物の霊長と謳う人類はしかし、遥か古の神代にあっては数多く存在していた人型種(ヒューマン)の中でも最底辺。森人(エルフ)の魔力も蛮人(オーク)の膂力も獣人(ビースト)の感性も持たぬ人類の強みはと言えば、まるで食物連鎖における最下層のように(その地位に即せば必然として)「ただ数が多い」という一点のみ。

 なけなしの意地を振り絞って手に取った剣も、震える口でも紡いだ魔法も。最盛期の亜人に対してはまるで脅威足りえず、食料(エサ)或いは慰み物(おもちゃ)とされぬよう、いつも息を潜め続けていた。

 

 然して一方彼女ら星霊は、亜人さえ容易に屠る竜や天魔その他の上位存在が跋扈していた時代にあって尚、絶対的存在としてその代名詞たる浮遊大陸アヴァロンと共に遥かな空へ君臨していた。

 竜を狩り、天魔を弄び、並み居る亜人達に首輪を掛け、果てはこの世の摂理を司る神座にまで手を伸ばしたとも伝えられているその力は、世界中に溢れる神秘により現代の「奇蹟」が「常識」と呼ばれていた時代にあって尚奇跡的。一度振るわれれば鉄の大地は焼かれ、壮健なる種族も一昼夜に滅び、世の理たる時間さえ傾いだと語られている程である。

 

「それにしても、こうして貴方と話すのも随分久しぶりに思えますね。最後に会ったのは……どれくらい前だったでしょうか」

「最後にお会いしたのが前回の定例報告ですので、およそ二月ぶりかと」

「早いものですね、もうそれ程経っていたとは。……どうりで、拙い”庭いじり“もそれなりの形になる訳だ」

 

 して、その両者……生きる世界からして天地程の差があり、本来であれば同じ空気を吸う事さえなかったであろう星霊と人類はしかし、こうして今自分が彼女の傍らを歩いているように、一見して奇妙なる縁で結ばれていた。

 今となってはその馴れ初め(きっかけ)まで明らかにする事こそ叶わないが、しかし各種の歴史書などにも残されている史実(事実)として、何よりも弱く力なき人類はしかし、次席、三席につける他の上位存在や亜人種を押しのけ、この世全てを睥睨する星霊(彼女)達の寵愛を受けていた。

 

 勿論、「愛」とはいってもその尺度(スケール)は“与える側”たる星霊のそれであり、他に適当な形容の思い浮かばなかった人類側が暫定的にそう呼称しているだけの感情(もの)

 「禁忌」とまで謳われたその愛は恵であり試練であり、蜜にして毒。他種族が一方的に蹂躙される中、人類にのみ授けられた教えと導きにより今日に至る武器……剣を造る鍛冶が、魔法を編む術が、戦を運ぶ道理が確立されていった一方で、竜の鱗を砕き天魔の翼を毟るその掌による()()で村が、街が、国が焼かれた事は数知れず、理性を蕩かすその囁きに踊らされて人類同士の争いが引き起こされる事もしばしば。

 

 当時はまだ純粋に人々を束ねる旗印であった信仰も、神さえ降し得る彼女達にあっては滑稽な人形細工と映ったのだろうか。経典や彫像は焚火の燃料とくべられ、宗派の違いはチェスの黒白よろしく殺し合わせる為の目印(ざいりょう)にされたとも伝えられており、比喩や誇張を抜きに「神代において最も多くの人類を能動的に殺傷した」という過去も合わされば、現在の教会のように彼女らの存在を快く思わない考えがある程度多数派となるのもまた道理と言えよう。

 ……紐解けば教会の行使している奇蹟もまた彼女達より齎されたものに由来しているのだが、それもまた人の業か。

 

「さぁ、此方へどうぞ」

 

 ともあれ、人類の歴史において彼女ら星霊が人類の上に傘のように/瘤のように存在していたという事に変わりはなく、なればこそ、その存在が世に溢れていた神秘と共に消え去り、併せて他種族の凋落をも齎した「落陽」は、人類にとって正しく我が世の春の訪れであり……およそ一年前の浮遊大陸(アヴァロン)再浮上と星霊女王(エレイン)の名乗り上げが、数百年に渡り永らえた砂上の楼閣を一息で吹き散らしたのもまた必然であったのだろう。

 

 何せ、一切の前触れなく今や希少種となった上位存在の頂点が、失われたとされる居城共々その爪を錆びつかせた様子も無く、歴史書に語られる“絶対者”そのままに蘇ったのだ。

 名指しで会談の場を求められた皇国は言わずもがな、「人の人による人の為の神」を掲げ現代人類社会に多大な影響力を有する教会にとっても寝耳に水の出来事であり、それを境に場末の小競り合いから大国間の睨み合いに至るまで人類間の表立った諍いはピタリと静まり、やがて世界の全てが彼女の一挙手一投足へ注目する事となった。

 

 尤も、それらの中にあって、伝承の仔細を知るが故に「如何に被害を抑え/利を引き出せるか」と頭を巡らせられたのは極一部。大多数の力無き人間達にとっての認識は、「嘗て人類を蹂躙していた上位存在が蘇った」という表面的なものに留まり、自然誰が言い出す訳でもなく“星霊の復活”は人類史にとっての冬の訪れと扱われ、悲嘆は伝染病の如く瞬く間に広がっていった。

 

 

 

「これは……」

「ふふ、驚いて貰えて何よりです。まだ温室()の中でしか育ちませんが、数輪だけであった前回に比べれば随分と進歩したでしょう?」

「ええ、流石は森羅万象を意のままとする星霊の女王。その雷鳴に相応しき御業かと」

「いえ、それ程でも。ひとえに、この子達の“生きたい”という意志あってこその成果です」

 

 ――だが、その認識は誤りだ。或いは、そんな考え方こそ人類が抱く原罪の一つなのだろう。

 

 仄暗い廊下を抜けた先に広がっていたのは、天窓より差し込める光に照らされた庭園と、陽光に負けずとも劣らぬ輝きを纏った一面の花畑。

 嘗ての神代にあっては大地を染め上げる程に咲き誇り、しかし今や世界の何処にも見当たらず、人類が何百年もの歳月を賭して尚その端にすら届かず……されども彼女が僅か数か月でゼロから蘇らせた、世界に生命を吹き込む“彩り”そのもの。

 

 ◇

 

 落陽(トワイライト・グレイス)

 およそ数百年前に起きたとされるその現象が、一体何故生じたのか、具体的にどのような作用が働いたのか等々。その仔細は、長きに渡って研究が続けられてきた現代においても未だ明らかとなってはいない。

 ただ、歴史書や碑文、はたまた古代遺物(アーティファクト)などの記録が指し示す“事実”として、それを境にまるでひび割れた器から水が漏れ出るかのように世界から神秘が失われ……同時に彼女ら星霊は、僅か一昼夜にして翼を失った浮遊大陸共々海に沈んだ。

 

 或いは星霊が姿を消した事で栓が抜けたのかもしれないが、ともあれ世界に満ちていた神秘の総量が減った事によって、所謂生態として有する魔力炉に力の多くを依存していた上位存在や亜人種達はその勢いを失い、一方で弱さ故に神秘とは距離のあった人類の相対的な地位は向上。星霊より齎されていた「武器」もようやく訪れた実践の場で次第に鍛え上げられてゆき、まるで積怨を晴らすかの如き勢いを以て、世の勢力図は瞬く間に塗り替えられていった。

 ――所説あるとはいえ、人類史という視点において「落陽」が黎明と同義と扱われる主な理由はこの辺りにある事はまず間違いないだろう。

 

 

 

 だが、世にそう都合の良い話がある筈もなく、人類が謳歌してきたその繁栄もまた、内に多大なるリスクを秘めたものであった。

 

 そも、現在「神秘」と呼ばれているそれは、一部では「より強く、より色濃く超常の力を現出する、魔力の単純上位互換」等と良いように喧伝されている事もあるらしいが、その本質は動植物のみならず大地河川をも含めた世を遍く巡りゆく“星の生命力”そのもの。

 確かに、エネルギーの密度・純度からして同量の魔力と比較すればより強大な出力を可能とはするものの、同時にその影響力は編まれた術式の演算結果(そうてい)を容易に越え、また循環が滞る程に総量が減れば、当然として依存度の高い亜人・上位存在のみならず、やがては天地自然そのものにまで悪影響が波及するもの。

 

 事実、各種の歴史書を見ても「人の時代とは、亜人種といった分かりやすい外敵から、逆風の吹き荒ぶ大自然との闘いへの移り変わり」とも言われており、疫病や不作、異常気象等々、「落陽」以来およそ平穏無事な時代が長く続いた試しは無く、大地同様に荒んだ人心は生態系の頂に立って尚同族での争いを引き起こし、少ない資源を奪い合う日々を繰り返すばかり。

 

 無論、人類の中にも事の深刻さに気付いた者達はいたのだが、世界という大河にあっては剣も魔法も導にしてはあまりに心もとなく、声ばかり大きな多くの船頭は目先の繁栄に惑わされ、自分達が泥船に乗っている事さえ気づかず足を引っ張り合うばかり(本来ならば船首像として導き手となるべき教会が、美辞麗句を並べ立てた挙句にそれなのだからなんともはや)。

 結局、「失われた神秘の復古」という課題に対し人類が出した解答(せいか)はと言えば、遺跡から出土した古代種の種を、百年近くの歳月と少なくない犠牲を払いなんとか数個発芽させられた程度。世界を動かすような技術革新もみられなくなって久しい昨今にあっては、いつしかそれが人類の限界とさえ思われていた。

 

 

 

 ――そして、そんな静かな閉塞と絶望を、歴史の表舞台に蘇った彼女は()()()()()()。城はあれど民も国も無い、世界で唯一人の星霊として遺されながら、その言葉をして「星霊の王たる者の務め」として神秘の復活に着手し、こうして着実に成果を出している。

 「自分だけの力ではない」と謙遜してはいるものの、そんな声さえ聞くことの叶わぬ人類だけの力で、果たしてこの慎ましやかな庭を満たすのに、一体どれ程の時間と労苦と犠牲とが必要になるだろうか。

 

 当然、如何に知らず自らの首を絞め続けている程愚かとはいえ/だからこそ、それだけを理由に心を許し過去を水に流す程人類も(めくら)でも無し。

 直接手を下したかについては触れていないものの、彼女自身が認めている通り、人類の価値観に即せば星霊という種族が希代の殺戮者であるという事実(れきし)に相違は無く、そのふとした気紛れ、或いは心変わりを止められるモノは現在に至るまで誰一人として存在してはいない。なればこそ、その力の片鱗を見せる度に遠征はおろか近隣への外出さえ許されなくなり、遂には「領土として譲った」というこの離宮へ軟禁状態となるのも、自衛の為の牙さえ持たない民衆にしてみれば至極当然の処遇であり、かく言う自分もまたそれに何の疑問も抱いてはいなかった。

 

 

 

 けれども、今なら断言できる。彼女は決して冷酷なる圧制者などではない……否、思い返せば初めからその在り方は一貫しており、人形の様に整った貌の下には、紡ぐ言の葉の端々には、何時だって慈しみの心があった。

 

 嘗て、自身が特使を拝命し彼女と出会って間もない頃……復讐を成し遂げ、しかし満たされる事もなく燃え尽き、世の全てがどうでもいいと感じていた頃。思いつくがままに――或いは、眼前の絶対者の不興を買い首を刎ねられる事さえ厭わず――尋ねた事があった。「星霊の王たる者の務めとして今の世に神秘を蘇らせる」とは言うが、ならば態々醜い人間社会のしがらみに飛び込まずとも、まるで下人のようにその白い手で自ら土いじりなどせずとも、今ある世界を全て焼き払ったその灰を以てする方が遥に容易いのではないか と。

 思い返せば剣を振るうより取り柄の無い若造が、たかが使いの者が、皇帝陛下自ら同位の国賓とした貴人相手に無礼千万。その手を汚させるよりも前に人間から背を刺されても文句の言えない非礼を働いたものであったが、しかしそんな態度については気にする素振りさえ見せず、まるで不貞腐れた子どもへ諭す母親のように、彼女は務めて穏やかに語りかけてくれた。

 

――確かに、ただ神秘を蘇らせるだけであれば、それでも可能でしょう。

  ですが、そうして「咲かされた」ものは本当に花と呼べるのでしょうか――

 

――決して優しいだけではない世界の中で、それでも咲き誇るからこそ花は美しいもの。

  貴方達もそうでしょう? どんな苦境も乗り越えてゆくからこそ、人は愛おしい。

  少なくとも、私はそう思っています――

 

「……どうかしましたか?」

「いえ、以前のその……無礼な振る舞いをしてしまった時の事を思い出したもので」

「ああ、あの時の。真面目ですね、気にせずとも……いえ、それも貴方らしい と言うべきでしょうか」

 

 そも、彼女が本当に世の全てを我が物と捉えているのであれば、繰り返す通り王としての務めであろうと/だからこそ、一人気ままにやっていたであろうし、ともすればその障害とも扱われよう人類の居城に自ら足を運び、礼を尽くし、あまつさえ「世界とは今を生きるモノの為にこそあれ、過去の遺物でしかない我らの物にはなり得ない」なんて言葉が出る事は無いだろう――それでも彼女を「人でなし」と罵るのであれば、獣にされ成り切れぬ人類が真心を示す事など到底叶わないのだから――

 

 ◇

 

「さぁ、立ち話もなんですからお掛けください。すぐに支度をしますから」

 

 ――やや熱くなってしまったが、兎角彼女は彼女なりの価値観を以て今を生きる命に敬意を払っており……さりとて真実神のように超然とした、ともすれば世を動かす為だけの機構染みた存在という訳でもなく、こうして人間のような“可愛らしさ”と呼べるものも有している。

 

 慣れた様子でそのまま案内されたのは、庭園の一角に設けられた、ささやかながらこの世で最も高価であろう「お茶会」の席。

 そうして促されるまま席に着くと、これまた手慣れた様子でてきぱきとお茶と菓子との準備を始めるその横顔にあるのは、離宮の入り口で垣間見せた芸術品のようなそれともまた異なる、より近しい存在として焦がれる美しさか。

 

「いつもすみません。やはり何かお手伝いを……」

「駄目です。大人しく座っているように。形だけとはいえ、今や離宮(ここ)は我が城であり私はその主。なら客人をもてなすのは当然の務めでしょう。一体どこに客にお茶を入れさせる王がありますか」

 

 変わらず尊大な口調ながら、表情は柔らかく。その微笑ましいノブレス・オブリージュに、世話焼きの姉 なんて例えがふと頭をよぎる。

 

 勿論、自分もここに遊びで来ている訳ではない。

 この会談も、本来の意図は軟禁状態となっている彼女に外部の情報が与えられる唯一の場であり、自分の役割はそれを届けつつ成果と動向とを監視する事。

 

 けれども、厳かであったのも初めの頃ばかり。いつしかその場は離宮入口での結界越しから結界の中、やがてその更に内の庭園となり、こうして手ずからの茶と菓子まで振舞われるようになっていった。

 彼女曰く「軟禁状態となる事は理解しているが、そうはいっても一人で籠り切りとなるのは息が詰まってしまう為、友人と語り合えるこの一時が一番の楽しみ」との事であり、彼女の「ご機嫌取り」もまた務めの一つとして多方面から求められていた経緯も手伝って、こうして一介の騎士が国賓の貴人“に”もてなされるという、何やら奇妙な会談の形が半ば公認されているのである。

 

「ああ、それと……」

「前にも言いましたが、女王の称号(エレインの名)は衆生あってのものであり、私と貴方だけのこの場では些か不似合いです――せっかく貴方にだけお伝えしたのですから、ぜひ“女王として”ではない本当(わたし)の名前で呼んでください」

「かしこまりまし「そうじゃなくて」わかり……わかったよ、モルガン」

「はい、よくできました」

 

 そして、今や自分にとってもまた、この一時は大切なものとなっていた。

 少なくとも、自分がこの誘いを断れないのは立場だけが理由ではなく、未だ「女王としてではない、一人の星霊(じょせい)としての名前」呼びに慣れないのは、畏れ多い事だけが理由ではないのだから――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――楽しい時間とは得てして短く感じられるものであり、だからこそ貴重なもの。

 「身柄や立場を守る為」と設定された上限一杯の時間も気づけばあっという間に過ぎ、日暮れも待たず今日の定例報告(お茶会)はお開きとなった。

 

 無論、本来の務めは確実に済ませており、むしろ早すぎたが為に半分以上が歓談に費やされた訳だが、再三の通り彼女の接待もまた大切な御役目の一つ。事前の準備も含め、ある意味では本業以上に気合を入れて臨んだからこそ得られた余暇 と考えれば、なんら問題は無いだろう。

 誰に充てるでもない言い訳染みた理屈で、少しばかりの罪悪感をそう納得させる。

 

 夢のような一時の名残惜しさと、澄み切った庭園と比較する事さえ憚られる粘り気に満ちた人間社会へ戻る事に気が沈むが、別れ際に「また来てくださいね」と一言微笑まれただけで向こう二月分のやる気が湧く辺り、自分も大概単純な人間である。これが、少し前まで復讐を終えて燃え尽きていた男の姿というのだからお笑い種というよりない。

 

 

 

 

 ――皇国、延いては人類にとって彼の存在が有益か有害かを見定める全権特使として改めて考えるに、やはり星霊女王エレインの存在は、少なくとも人類社会にとっての冬の訪れなどでは無いのだろう。

 

 まず初めに、彼女が人智を遥に越えた上位存在の頂である事自体は疑いようがなく、またその認識は決して違えてはならない。

 本日の報告事項の目玉は、近頃復活の兆しを見せ始めている魔王眷獣――人類にとっては唯一絶対的な「()」である魔王の眷属にして、文字通りその手脚となる獣――についてであったのだが、現生人類にとってはたった一頭の顕現だけでも師団規模での対応が必要となるその上位存在の再活性に対し、彼女は一抹の恐れさえなく、あまつさえ「随分昔に狩り尽くしてしまったのでは と心配していましたが、また数が増えているのは喜ばしい事です。今度はちゃんと種としては存続できるよう、慎みをもって狩るとしましょう」と微笑を湛えながら宣ってみせたのだ。

 まさしく次元の違う、往年の絶対者の姿が垣間見られた一幕であり、その嗜虐性が人類へ向けられなかった事を喜びこそすれ、侮るような事があってはならないだろう。

 

 一方で、少なくとも人類に対して と注釈をつける必要はあるが、単なる暴君や圧制者の類ともまた異なる様子もみてとれている。

 彼女自身が現状の待遇を「人類の総意としては止む無し」と認めている事からも察せる通り、自らの立場や振るう力が如何程のものか、そして振るわれる者の脆さを凡そ理解し、上位存在なりに弱きものへの付き合い方を弁えている、或いは模索している状態ではあるのだろう。

 伝え聞く歴史とはやや異なる印象であり、それが自分達(星霊)を「過去の遺物」とする彼女のみの特異性なのかは定かではないが、彼我の力の差にあってこれ程までに人類側に都合の良い形で同盟が成り立っている事こそ、ある意味一つの証拠ではないだろうか。

 

 

 

 加えて、ここから先は個人的な感情が多分に混ざりはするが、さりとて彼女は人類にとって理想的な……それこそ、教会の謳う「神」のような都合の良い偶像(そんざい)という事も無い。

 圧倒的な力を有し、ともすれば世の全てを意のままにできる身でありながらしかし、自分達と同様に……或いはいっそ()()()()()()()()感情の機微を、心を有していると思えてならないのだ。

 

 実の所陛下にさえ伝えていないのだが、以前……彼女との同盟が締結してより半年の節目を迎え、皇国秘蔵のワインを始めとする各国からの贈り物を携えたお茶会が夜会となった折。酒が効いたのか、はたまた積もった気疲れが出たのか、珍しくその白い肌に赤みを差した彼女がぽろり零した事があったのだ。女王(エレイン)ではない、ただ一人の星霊(モルガン・ル・フェイ)としての「願い」を。

 

――女王としての責務を、取引の材料にするのが許されない事は十分判っています。ですが、それでも私には願いがあるのです。いつか、この世に再び神秘が満ち溢れたその時に、今を生きる人間にこそ叶えてもらいたい、たった一つの願いが――

 

 後悔とも諦観とも違う、祈りとも憧れとも異なる、たかが二十数年しか生きていない自分には形容できないその表情(かお)――今でもこの両目に、心の奥底にまで焼き付いているもの――が湛えていた想いは、果たしてどのようなものであるのだろうか。

 翌朝になって言外に口止めを頼まれたのが、一方で「忘れろ とは言いません。貴方になら伝えても良い」と言われた事もあり、こうして先方の意向を尊重し、自分もまた胸の内に留めていた訳だが――思えば、これが彼女を明確に意識しはじめた切欠だったのだろう。

 

 

 

 とはいえ、これらも所詮は復讐しか知らなかった男の身勝手な考えでしかない。

 枢機卿にはああ啖呵を切ったものの、公の裁定は陛下に報告した上で“円卓”も交えた協議によって出される為、如何に全権特使とはいえ自身の考えがそのまま国策となる訳でもなく――そも、今の自分におよそ公正・冷静な判断などできはしないだろう。

 

 魅了魔法(チャーム)や魔眼の類ではない。

 現代における最高水準のレジスト能力は特使候補者の最低条件の一つとされていたが、冒険者や円卓の騎士の一員としての……“戦う者”としての力量以前、この身には“王”としての(レアスキル)が流れているのだ。

 真の心から全てを捧げるに足ると信じぬ限り、例えそれが神と呼ばれるモノであったとしても力づくで隷属させられる事は決して無く……それでなくともこの感情を、心の底から湧き上がる衝動を、他人の所為にはしたくない/他人に奪われたくはない。

 

 ああそうだ、自分は一人の男として彼女を好いている。この世という汚泥の中で、それでも凛と咲く一輪の花のような美しさにこそ魅了されているのだ。

 

 ああ、もっと彼女の事を、その微笑の奥にある本当の心(もの)を知りたい――

 

 

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