【悲報】ワイ転生者 前世でやらかしまくったゲーム世界に逝き無事死亡【速報】 作:Hydrangea
――20XX年12月24日 S県童拓市。後に「鮮血のイヴ」と呼ばれるその戦いは、夜の深まりと共に佳境を迎えていた。
月と星の歩みが数百年ぶりに重なる希代の暦にあって、大禍時を越え陰陽の均衡が傾けば、即ち陰の気を糧とし犠牲者の血で喉を潤す彼ら
その日、私立憧侘玖学園……若き戦士達を教え導く学び舎であり、現代の至宝たる
空を地を海を埋め尽くすのは瘴鬼の大群であり、しかも単なる大量発生に非ず。
平素であれば互いに蹴落とさんと反発する爵位持ち……それも計七騎の子爵級が手を結んで旗頭となり、その下に付き従うは二十一の男爵級。通常であればそれだけで一団の頭を張れる騎士級が文字通り尖兵として使い潰されるその“軍団”は、まさしく恐怖と暴力の大津波。それが、奸智により外界と断絶された学園を飲み込まんと、その大口を開けて迫ってきたのである。
街はおろか、巨大な都市さえ容易く壊滅し得る黒塗りの狂瀾怒濤。だが、そんな
確かに、種としての能力は遥かに劣るだろう。だが、そうした中であっても……そうした者を背に負うからこそ、人は立ちはだかる瘴鬼という名の恐怖へ抗うのである――その胸に、勇気という名の輝きを抱いて。
そこに集いしは、嵐の大海原を乗り越えるべく研鑚を重ねてきた次代の星々。たとえ一人ではか弱くとも、隣人と手を取り、好敵手に背を預け、仲間と心を重ねる事で束ねられた力はやがて研ぎ澄まされ、暗雲を断つ刃と成る。
陸海空の道を断たれ、破壊工作と扇動とに気勢を削がれ。戦いの火が上がった当初こそ、その謀略のまま瘴鬼らの侵攻を許した学園島であったものの、物陰で震えるだけであった弱き者達が声を上げ、爪弾きとされていた落伍者達が意地を見せた事で、反撃の熱意は徐々に確実に冷え切っていた五体へと伝播。やがて立ち上がった若者達が一つ、また一つと瘴鬼軍団の要を打倒してゆくその姿は、まさしく新時代の英雄譚が序章か。
そして、そんな大舞台より少し離れた学園島の僻地で今、“もう一つの戦い”にも終わりが近づいていた――
◇◇◇
『――バレル内圧力、危険域に到達。全攻勢術式を停止し強制排熱を実行します』
「済まない……無茶をさせたな」
『それはお互い様です、マスター』
仲間達が身を賭して生んだその刹那に渾身の一撃を見舞った
幾度となく限界を超えた心身は既に悲鳴すら枯れ果て、それを代弁するかのように相棒たる
だが、手応えは確かにあった。この半年の中でも最も冴え渡っていたと言い切れるその一閃は、嘗てのように片手であしらわれる事も軽々と避けられる事もなく、今度こそ芯を魂魄を捉え、屈強なる瘴鬼の肉体を打ち砕いた。
「も、もう無理ですぅ……こ、今度こそほんとに、魔力切れでふぅ」
「ハハ……私も、正真正銘
「……投げちゃうくらいなら貰えますか?」
「oh……祈里のその食い意地はドコから来るんですかねー」
玄人だけではない。援護や陽動に徹していた仲間達も既に満身創痍であり、真っ当に立っていられた者なぞ一人として残ってはいない。それでも、例え泥に塗れ地に倒れ伏していたとしても、そこに集った戦士達は確かに生きている。誰も欠けてはいないのだ。
如何に彼らが学園内でも躍進著しい注目株とはいえ、個としてのみならず固い絆で結ばれた連携により数倍の戦力になるとはいえ、その身は未だ学業を本分とする若者。加えて、瘴鬼の“本隊”を相手取る即席の防衛戦線から遊撃隊として分けられたのは、臨時隊長となった播廷玄人以下、剣士:
その寡兵で、同じく本隊から離れた単騎とはいえ爵位持ち、それも“四大貴族”に席を置く伯爵級と渡り合うばかりか会心の一撃さえ見舞ったこの戦果は、(決してここまでの彼らの努力を否定する訳ではないが)奇跡的と呼ぶより他ない。
男子、三日会わざれば とはよく言ったもの。四人が力を合わせた事で成しえたその一手は、全く歯が立たず、恩師の再起不能と引き換えに悔しさと絶望に濡れた生を拾う事となった半年前の敗戦を鑑みれば、千金にも値する大躍進であったのだろう。
「! あれを受けてまだ立つか……さすがは伯爵級、敵ながら
――そして、それでも尚立ち上がるモノこそ伯爵級……それ以下とは明確に一線を画す、上位貴族としての力なのである。
元より瘴鬼に単純な物理攻撃は然程有用ではなく、真に打倒し得るのはその魂にまで響く
勿論、そうは言っても全くの無傷 という訳ではない。現に人間を模した上皮は剥がれ落ち、瘴鬼としての肉体こそ粗方再生してはいるものの、返す刀を振るうだけの余力は無いのか、未だに息を荒げてはいた。
だがそれでも、金の双眸には依然として力強さが宿っており――その源は、単なる爵位持ちの瘴鬼としての力だけが理由ではなかった。
「何故だ……何故こうも邪魔をする。私はただ、反源鏡を使い生まれ変わりたいだけだ。彼奴等のように無為な殺戮なぞするつもりはない」
その嘆きはまさしく魂の叫び。獣の唸り声とは明確に異なる、人間同様、或いはそれ以上の高い知性を備えた高位瘴鬼ならではの……愛を知ってしまったが為の悲しき声。
◇
その伯爵級瘴鬼……個体名グラーフの特異性に玄人達が気づいたのは、敗戦の傷も癒え雪辱に燃えていた夏合宿の折、合宿先の島で出会った心優しき盲目の少年と
今や幼子でも知っている世の摂理として、こと現生人類と瘴鬼は決して相いれぬ存在である。
それは、“原初の人”から陰陽として分かたれた半身としての
和平、共存、不干渉etc.長きに渡る歴史の中で幾度となく模索され、しかし一度として成されなかったその事実こそ、両者を隔てる何よりの証左と言えよう。
だが、対極図において陰中の陽があるように、完璧に計算し尽くされた、あたかも精密機械のような世の摂理にも……或いは
兎角、その時
そも、玄人ら通称“満足同好会”のメンバーは部長である桐生を筆頭に、その生まれや有する才・能力に対し根底はどこまでもお人よしな面々の集いであるのだ。なればこそ、そんな
「……悪いが、それはできない。反源鏡は霊地でもある学園に張られた守護結界の要。無理に取り外せば…………いや、それだけなら、もしかしたら早乙女先生や司馬教授、藤木戸さんなら何とかできるかもしれない。
――それでも、お前に反源鏡を使わせる訳にはいかないんだ」
それでも、少年達は武器を取り立ち向かう。彼らにもまた守りたいものが、守らなければならないものがある為に。
衝動による殺戮そのものが目的であったり、拠点としての霊地を目的とする他の瘴鬼達とは異なり、此度の争乱においてグラーフが目指していたのは、学園が保有する絶級特異構造物“反源鏡”の入手ただ一つ。
故に、人の多い場所を手当たり次第に破壊して回る本隊からは離れ……ともすればそちらを囮として単独行動をとり、また彼の出現を察知して遊撃部隊と割り当てられた玄人らとの遭遇時には、先の通り自らこの場での殺戮が目的ではないことを明かしてきた。
これまでにも口先だけの甘言で謀らんとする瘴鬼には何度も出会ってきた玄人達ではあったが、グラーフの眼差しと言の葉とにそうした色は見られず、ともすれば彼自らが持ちかけてきたように、反源鏡を渡す事と引き換えに、今も学園内で暴れている他の瘴鬼達をグラーフが一掃する事さえ本当なのかもしれない。
「貴方がヒトと同じように、人間を愛するのは分かりました……でも、それならもっと穏便な方法は無いんでしょうか」
「如何な絶級特異構造物だろうと、制御するだけであれば造作もない……
「それでも、別の何処かで誰かは沢山死んじゃう。それは、貴方が人間になる為に沢山の人を殺すってコト……それでも、あの子の所に行けるの?」
だがそれでも、例え今この場での危機が去ったとしても、グラーフの望む「反源鏡を使用した“新生”」までがそう都合よく運ぶ訳ではない。
時に人間を瘴鬼に変生させ、またその逆も然り。反源鏡の有する最も特異にして強力なるその極意とは即ち陰陽の反転であり、そこに求めらるるは魂の質量としての等価交換。
なればこそ、伯爵級瘴鬼を人間に“漂白”する為に必要となる贄の数を少しでも考えればこそ。人類を守る防人として、何より人として、その
「利いた風な…………利いた風な口をきくなぁ!!
有象無象を犠牲にする事の何が悪い! 貴様ら人間とてそうだろう。大義を振りかざし、他の種族を……同族さえ平気で踏みにじる。それと何の違いがある!」
「っ……」
けれども、その戦いは単なる眼前の相手との……人類対瘴鬼という枠組みすら超えた、少年少女らにとってはあまりにも重すぎるものでもあった。
自分や特定の個人の為に、顔も名前も知らない“誰か”にババを引かせる。グラーフが行わんとしている
無論、それだけで容易に傾く程玄人らは、彼らをここまで見守ってきた大人達の想いは軽くはない。だが、ある意味ではそうして真っ当に育ってしまったからこそ、避けては通れぬ世の不条理に胸を締め付けられるのである。
「世直しなどと大層な事は考えていない。他の貴族共や魔王も……人の世がどうなろうと知った事か! 俺はただ、普通になりたいだけだ!」
「そんなものは単なる身勝手だ! 例えそれが望んだものでなくとも、自らが振るった
「勝手は承知! 元より一個体にできる事なぞたかが知れている。この広い世界を意のままにするなぞ、神でもまかり通らぬ事――ならば、自らの願いの為にもがく事の何がおかしい! 他者を抱きしめる事さえ叶わぬこの苦しみが、貴様らに分かるか!」
いつしかその戦いは、鍛えた肉体でも磨いた技でもなく、只々胸の内の
繰り返す通り、人間と瘴鬼の戦いとは突き詰めれば魂のせめぎ合いに外ならず、故に両者共に武器を持ち直して尚、拳ではなく言葉を、想いをぶつけ合い、拳以上に互いを、そして自分自身をも傷つけてゆく。
「何が原罪だ! 何が生まれついての魔だ! ふざけるな! ならば、俺達は何故生まれた。俺達の行き着く先は何処だ。この胸には、何故心が宿っている!」
もはや、その慟哭は眼前の相手にではなく、この理不尽なる世界そのものへ嘆きとなり、生まれた意味さえ問うその悲憤に少年少女らは言葉を詰まらせ、夜闇を震わせる叫び声に応えられる者は誰一人としていない。
「俺が……
「存在そのものが罪だ! 死ねぇ!」
「グワーッ!」
――否、ここに一人、その叫びに応える者がいた…………ただし、それは拳でではあったが。
◇◇◇
一陣の風……否、風と呼ぶにはあまりにも激しすぎる赤い
勿論、先程までのシリアスさをきりもみ回転と共に霧散させてしまったとはいえ、被害者たるグラーフはれっきとした爵位持ち瘴鬼。普通であればそも不意討ちなど許す筈も無い強者ではあるのだが……今回ばかりは如何せん相手が悪いだろう。
魔力も霊力も持たないが為に通常の感知では捉えきれず、だというのに謎のエネルギーにより学園島全体をカバーできる機動力と射程距離を有し、何より相手が瘴鬼とあらばどんな事情があろうと一切躊躇わない苛烈さを兼ね備えた理不尽の権化が相手であれば、一転してギャグめいた扱いとなるのも止む無しか。
「えっと……礼香、さん? 封心橿に閉じ込められたって聞いたんだけど」
「ごめんなさい、また迷惑をかけてしまって…………でも、もう大丈夫。迷いは晴れたから」
「いや迷いとかじゃなくって絶級の封い「大丈夫だから」アッハイ」
赤いマフラーをたなびかせて降り立ったのは、緑の黒髪を三つ編みで纏め、厚縁の眼鏡をかけた小柄な少女……源 礼香その人。
先の声の主とはとても思えないその佇まいは、
基本的には物静かであり、ともすれば地味とも言われかねないが、さりとて他者を寄せ付けない程陰気という事も無し。その内には誰にでも分け隔てなく接する優しさと、己が信条の下学園における授業や各種訓練はおろか、例え自分の身に危険が迫っていたとしても他者へ暴力を振るう事を由としない、芯の強さと少々の危なっかしさを秘めた古式ゆかしい文学少女。
その人当りの柔らかさと、着飾らないながらも(或いはだからこそ際立つ)整った容姿その他もあり、密かに想いを寄せる同年代も多い彼女ではあるが、一方で魔力・霊力を有さず、その根幹として対瘴鬼の戦闘を想定している学園にあって、実働部隊・支援部隊・研究部門ほか何れにも属さない在り方はやや異端。先述の要素も踏まえれば、こうして自ら戦場へ赴く事の違和感は言わずもがな。
「ぐっ、馬鹿な……封心橿は確かに作動したはz「うるせぇ!」グワーッ!」
だが、玄人らは知っている。つい数瞬前までの穏やかな物腰は何処へやら、グラーフが口を開きかけた途端、ページの欠落した漫画よろしく一瞬でその顔面へめり込む程の強烈なパンチを見舞ったこの姿もまた礼香であり、源礼香という少女を語る上で決して欠く事のできない要素なのだと。
母を亡くしても尚、
麗らかな昼下がりに木陰で本を読む、その静かな一時が好きだと語った。
困っている人の為に奔走する玄人らを決して笑わず、「立派だ」と真正面から褒めてくれた。
魔力や霊力といった超常の力が日常の一部となっているこの世界にあって、少しばかり浮いている少女はしかし、人としては至極真っ当に在り、平和を尊ぶ優しさを有しており…………しかし一度瘴鬼を前にすればこの通り。怒りや憎悪をも越えた衝動を以て、苛烈にして無慈悲なるその拳を振り下ろす修羅と化すのである。
魔力・霊力ほか既存の如何なる術式体系とも異なる暫定希少技能……何やら仄かに翠に輝く未知のエネルギーによる力もさることながら、特筆すべきはその精神力と行動力。西に瘴鬼が現れれば音よりも早く駆けつけて頭から両断し、東に百鬼夜行が出現すれば一団まとめて謎ビームで蒸発させる。例え火の中でも水の中でも草の中でも便所の中であってもそこに瘴鬼あらば即応即殺慈悲は無い という在り方は、まさに暴力と理不尽とが美少女の姿を執った羅刹か。
いっそ顔が同じだけの別人と言われた方が納得もできようこの豹変ぶりについて、一応周囲は幼少期の辛い体験による一種の多重人格と捉えているのだが、他でもない礼香自身から、珍しく強い意志の籠った眼差しで「復讐なんかじゃない。私は私として、自分がやりたいと思った事をやる」と言われた玄人達だけはそうでないと認識しており……しかし、如何にお人よしの集まりである彼らでも、それ以上は踏み込めずにいた。怖いので。
例え礼香がその暴力性を決して人間に対しては振るわないと分かっていても、例えそれがどれだけ逞しくも尊い信念であったとしても。あたり一面にさっきまで
「一秒でも早く死ねぇ!」
「一秒でも長く苦しんでから死ねぇ!」
「ど、どっt「黙れぇっ!」グワーッ!」
そうしている間にも蹂躙は続くよどこまでも。
玄人らがあれ程苦戦した相手であっても、礼香にとっては皆等しく
一端距離を空けようと飛翔したグラーフの股座を投擲したトマホークで打ち据えると、怯んだその隙を見逃さず尾を掴んで地面へ(それも態々尖った岩場へ)叩きつける。そうなってしまえばもはやのがれられず、腹ばいとなった背を足蹴に両翼を毟り尾を引き抜き、藻掻く手脚はトマホークの棍棒部分で丹念に
ただでさえ遥か格上の戦いだというのに、それがヒールも真っ青な残虐ファイトとくれば、とてもではないが少年少女らに割って入る余地など無く、玄人らはまるで一般人のように遠巻きに呆けるばかり。
くどいようではあるが、
故にこそ、重要となるのは魔力・霊力等を介して「まいった」と心の底から思わせられるだけの魂への一撃であり、それこそ資質を持つ玄人らが学生の身でありながら対瘴鬼の最前線に立ち、また彼らが日々戦闘技術だけでなく精神面の鍛錬を積み重ねている理由でもある。
然して一方、世に王道あれば邪道ないし外道……もとい覇道あり。即ち、敢えて肉体への苦痛を伴うダメージを与える事に重点を置き、瘴鬼自身に「俺らこんな世界嫌だ」と心を折らせご退去願うスタイルである。
無論、ただでさえ素の身体能力に大きな隔たりのある中でそれを成すのは容易ではなく、一山いくらかの雑魚相手ならば兎も角、ある程度の実力者……必然、縦横無尽に天地を駆ける力を持った瘴鬼相手にそれを成すなどまず現実的ではない。
「馬鹿な、魔力も霊力も無い人間に、この俺g「やかましい!」グワーッ!」
――だがここに例外が存在する。再生する度にモグラ叩きよろしく潰し、反撃の芽あらば即座に摘み取り、その上で目だ耳だ鼻だといわんばかりに急所を穿ち、止めに人格否定にも近い口撃とが合わされば、如何に面の皮が厚い瘴鬼でも打ちのめされるは必定であり、それを現実に成すは如何なるモノか。
今もグラーフを無理やり立たせた礼香は、ようやく再生したその足を器用にもトマホークで地に縫い付けると、棒立ちとなった瘴鬼をサンドバックが如く殴る殴る殴る。阿修羅が如きその姿を前にした観衆は只々口を押えるばかりで、先程まで声高に叫ばれていた異種族間の愛といったお題目も今やお星さまの彼方。
いつしか掠れた悲鳴すら途絶え、肉を殴打する生々しい音だけが月下の空にこだましていた――
◇◇◇
岩を砕く膂力も、刃を寄せ付けぬ皮膚もまるで意にしない、真の暴力による嵐の只中にあって、グラーフの
如何に瘴鬼の中でも有数の実力者たる爵位持ちであっても……否、
徐々に、そして確実に迫りくる終焉の足音。それでも、グラーフの胸中にあったのは苦痛でも恐怖でも怒りでもない、純粋なる「何故」という疑問であった。
――昔は違った。世界はもっと単純で、だからこそあの優しい微笑みにも簡単に手が届いて、だというのn
「誰が浸っていいっつったぁ!」
「アバーッ!」
◇◇◇
『臨時本部より通達。各拠点を襲っていた瘴鬼の数、確実に減少している との事です。
えぇ……普通こんなペースで減る……?』
「……まぁ、さっきから方々で断末魔も聞こえてくるしな……」
「こ、怖かった…」
「さ、流石は刀子。こんな時でも平然と……立ったまま気絶してる……」
赤いアイツが現れてより数分の後。描写する事さえ憚られる有様となったグラーフ(だったもの)を最後に
……尤も、彼女がそうまで言う事など瘴鬼の殲滅以外に無いであろうし、現にこうしている間にも、感知できる瘴鬼の数は目に見えて減少していた。今頃は各地で阿鼻叫喚……もとい獅子奮迅の活躍を見せている事だろう。
ともあれ、これで当初の目的である学園の防衛は果たせるだろう。
孤立させられていたとはいえ、基本的にはホームグラウンドでの防衛であり、立地面でも人類側の有利。そうした事情もあって瘴鬼軍団も様々な手を……それこそ、人間さえ手駒に加えた策を弄していた訳だが、然してグラーフの存在もあったように、元より瘴鬼側も一枚岩とはいかぬもの。競合相手を出し抜こうという思惑は詰めの一手を見誤らせ、最終的には戦力外と侮っていた一部の「弾かれ者」の奮起により盤面をひっくり返されたのだからなんともはや。
勿論、学園側も設備や建物など相応の被害を出してはいるのだが、雨降ってなんとやら、この経験を以て最大の財産である人同士の結束は深まるだろうし、何より四大貴族の一角が崩れたのだ。その点を鑑みれば、決して悪い事ばかりではなかったのだろう。
「! なんだ!?」
『魔力の急速な隆起を確認。ですがこれは……転移ではない……?』
――だが、一方でそんな結末を快く思わない者達もいた。
例え歯牙にもかけぬ木っ端共の暴走であろうとも/だからこそ、人々の「畏れ」により成り立つ者として、「上に立つ者」として、今この場で一言言わねば気が済まないのだ。「自分達はこんなものではないぞ」と。
「あれは……」
「嘘でしょ、まさかこの状況で……」
「四大……貴族……」
静けさを取り戻していた月下へ突如として雷鳴が轟き、やおら暗雲が満ちたかと思えば、空に浮かぶは巨大な三つの影。
その力を、威容をそのまま表現したかのような姿は、まさしく彼我の差を現しており、人間を「虫けら」と宣う彼らの傲慢さそのもの。
『騒ぐな、人間ども。……今宵は、ほんの挨拶に来ただけだ』
静かに、そして厳かに。腹の底に響くその一声が、ただの一声で場を支配する。
戦場に立つ者達の「目」からも、そして各種の観測機器が示す数値からも、現れた三つの影が実体ではない単なる映像である事は明白。だというのに、その存在感は息が詰まる程濃密にして圧倒的であり、唯の虚像でさえこれなら、本物は一体どれ程のものか という絶望を人々へ植え付けるのには十分過ぎた。
『グラーフを破るなんて、褒めてあげましょう……と言いたい所だけれど、アレは我ら四大貴族の中でも最弱の未熟者』
『愛などという下らぬ情に溺れて力を蔑ろにするなど、四大貴族の……いや、瘴鬼の面汚しよ』
同族が、末席とはいえ四大貴族の一角が崩れたというのにも関わらずの物言い。
けれども、一部のより強者こそ肌で、本能で理解していた。この言葉に嘘偽りはないと。現れた三人は、散っていったグラーフや同族に対し欠片の情も抱いておらず……今日学園を襲った全戦力を束ねても尚、このうちの一人にさえ及ばない事を。
そも、瘴鬼における爵位とは、全ての瘴鬼の頂点に立つ“魔王”ザータンよりその殺傷能力を認めた証として個別に与えられる称号であり、人間のように受け継がれてきた血や家柄を指してのものではなく、グラーフのように一切の部下や軍団を持たない単独主義も珍しくは無い。
故にこそ、そうして単純だからこそ、その序列が表すのは残酷なまでに絶対的なる力の差。
四大貴族 と態々銘打たれているのは、ひとえに
無論、人類側もその戦力は把握しており、世界中の識者実力者が対策を講じてはいるものの、現状で彼らと渡り合える戦力は、人類の中でも極僅かの最上位層のみ。「脇目もふらず逃げる」という、およそ作戦とは言い難い選択肢が最適解の一つと認められている事実こそ、如何に彼らが破格の力を有しているかの何よりの証拠と言えよう。
『弱き者達よ、心して聞くがよい。
――刻は満ちた。我ら瘴鬼はこれより、人間界への全面侵攻を開始すr
「アアアアアクシャイイイイインブラスタァァァァァッッッ!!!」
『『『グワーッ!』』』
――などと、ここまで御大層な事を長々と連ねはしたが、それはあくまでもこの世界の常識にあっての話。
元よりその起源をこの
彼方より迸る翠の極光が空を割き、虚像でしかない筈の四大貴族らを焼き焦がす。
まるで一世一代の大魔法行使にも匹敵する光景でありながらしかし、それを放った当人はといえばさしたる消耗をした様子もなく、あまつさえ「ようやく温まってきた」とばかりに満月を背に夜空へ仁王立ち。
焔の如く立ち上る返り血で赤に染まったマフラー。矮躯を感じさせぬ威圧感。深淵よりも深いその瞳へ宿した力の輝きが示すは、神か悪魔か、鬼か明王か。
「ようやく出てきたなデーモン共。飛んで火にいる夏の虫、今度こそ三頭纏めて全滅だ!」
『一体何事……
くっ、今宵はここまでとしておいてやる。覚えておけ人間共、我らは必z
「逃がすかぁ!」
ウワーッ! 追ってきた!』
果たしてその言葉通り、残像が見える程のスピードで飛び立った礼香は、まるで薄いガラスのように空間
超常の力による騒動が全て無くなった訳ではないが、それでもこれまで日常であった戦いはやがて非日常へと代わり、血の宿命や在りし日の因縁といった鎖は積み上げられてゆくささやかな幸福で解かれ、世の少年少女らと同じく、騒がしくも愛おしい青春を送るようになったのである。
――どこかの魔界では、魔王の更に上に立つ魔界神が出てきたり、予想外の窮地に立たされた礼香がしかし宇宙から降り注いだ謎の力で覚醒したり、そのまま銀河の彼方へ大いなる戦いへと飛び立って行ったりしたのだが、まぁ関係ない話である。