テノヒラノキヲク   作:unko☆star

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BATTLE.1

お盆の初日に日本を縦断した台風は、雲という雲を吹き飛ばし、地表を焼く熱気と淀んだ湿気を残していった。

まるでサウナのような蒸し暑さは人間のやる気まで蒸発させてしまうらしく、連休中だというのに街の人影はまばらだった。

 

(いくらなんでもこれは酷すぎるわ…肌が焦げてしまいそう)

 

如月千早(きさらぎちはや)は日傘越しに太陽を睨みつけたが、それでも目を開けられないほどにまぶしい。

墓参り用の花を抱き寄せるように傘の影に入れ、日光でしおれてしまわないようにして道を急ぐ。

 

(でも、プロデューサーがやっと作ってくれた休みに文句は言えないわね)

 

今年の夏は諸々の事情で目が回るほど忙しく、事務所の同僚たちは今日もそれぞれの持ち場で仕事に励んでいる。

そんな状況にも関わらずプロデューサーが無理をして千早のスケジュールを空けたのは、彼女の事情を特別に理解しているからに他ならなかった。

 

 

幼いころ、交通事故で命を落とした弟――如月優(きさらぎゆう)の存在と一家離散がゴシップ誌によって暴露された騒動からもう2年になる。

あたかも自分が弟を見殺しにしたかのように書き立てられ、心無い大衆のバッシングに晒された千早は歌うことができなくなり、一時は命を断つことを考えるまで追い込まれていた。

 

しかし、プロデューサーと仲間たちの協力によって歌を取り戻した彼女は、より大きな翼を携えてステージに舞い戻った。

そして復帰公演の様子が放映されると、あれほど激しかったバッシングはぴたりと止み、むしろ辛い過去を乗り越えた人物として注目を浴びるようになった、

 

そういった「悲劇のヒロイン」のような扱いに不満がなかったと言えば嘘になるが――ともかく彼女は過去と決別し、今では順調にファンを増やして人気アイドルの仲間入りを果たした。

 

そしてそれ以来、お盆になると必ず弟の墓前に詣でるようになったのだ。

 

 

――――――――

――――――

――――

 

 

(ふう…)

 

少し歩いては汗を拭うことの繰り返しで、下ろしたてのハンカチがあっという間にグショグショになっていく。

熱中症になっては元も子もないので、最寄りのコンビニで飲み物を買うことにした。

 

「いらっしゃいませー」

 

店員の声と冷たい風が千早を迎え入れる。

近頃は店員が挨拶をしてくれるコンビニもめっきり少なくなったように思う。

 

(少し、冷房が効きすぎね…。この暑さでは仕方ないけれど)

 

商売道具の喉を傷めないためにも、買い物は手早く済ませなくてはならない。

千早は飲料コーナーからミネラルウォーターを掴み取り、足早にレジへと赴いた。

 

「98円になります」

 

財布から小銭を取り出そうとしたが、急ぎすぎて手元が狂い、小銭を何枚か落としてしまう。

 

「すみません」

 

小銭は勢いよく床を転がっていき、1枚は店の入り口近くまで到達した。

それを拾い集める最中、ふと、店の外の道を走る1台のスポーツカーに気づいた。

 

(ブガッティ…だったかしら。このあたりでは珍しいわね)

 

 

そう思った瞬間、スポーツカーが進路を変え、猛然とこちらに向かって突っ込んできた。

 

 

「えっ」

 

 

ドクン、と心臓が収縮し、おぞましい冷気をまとった血液が胸から背筋、首筋を通って脳天まで駆け登る。

 

すぐに逃げなければいけないのに、足が動かなかった。

眼前まで迫った車のフロントガラスに人影が映るのが見える。

 

それは、恐怖に歪んだ自分の顔―――

 

 

 

「危ないっ!!」

 

 

何者かが千早の腕を引っ張るのと、車が自動ドアを突き被るのとは、ほぼ同時だった。

凄まじい破裂音とともにガラスが四方八方に飛び散る。

腕を引っ張った人物は瞬時に千早に覆いかぶさり、それらを全て背中で受け止めた。

 

「大丈夫ですか?」

「は……はい…」

「良かった」

 

間一髪で千早を救った人物――スーツ姿の中年男性が安堵のため息を漏らす。

歳は50代後半といったところだろうか。刈り上げられた頭髪には白いものが混じり、分厚い眼鏡の奥に映る目には深い皺が刻まれていた。

 

「ゆっくり立ってください。私の手を掴んで――」

「いえ、一人で立てますから」

 

そう言って立ち上がろうとした千早だったが、足に力が入らず、ペタンと尻もちをついてしまった。

 

「無理をしないでください。腰が抜けた状態で立とうとすると怪我をしますよ」

 

渋々握った男の手は、まるで岩のように固く、それでいて温かく、大きかった。

 

 

ゴッ!!

 

 

ちょうどそのとき、突っ込んできたスポーツカーのドアが乱暴に開き、中から大柄な男が出てきた。

服装は黒のシャツに黒のジーンズ、真夏だというのに革のコートを羽織り、その顔には鼻の上を一直線に横切る長い傷跡が刻まれている。

 

 

鬼龍(きりゅう)っ!!!」

 

眼鏡の男性がドライバーを怒鳴りつける。

 

「なんだ静虎(せいこ)、お前も来てたのか」

「お前何をしとるんやっ!もう少しで死人が出るところだったんやぞ!」

「“だった”ということは誰も死んでないということだろ。ゴチャゴチャ言うな」

 

たった今事故を起こしたばかりだというのに悪びれる様子すら見せず、男はレジの裏で震えていた店員の襟を掴んで強引に立たせた。

 

「ひっ…なっ、なにをっ…!?」

 

「“あたり”だ。交換しろ」

 

 

 

 

そう言って男が店員に付きだしたのは、アイスの当たり棒だった。 

 

 

 




ハーメルンにタフ二次創作を放てっ


猿先生がヤクザとサド看守の次に好きなテーマとされる「家族愛」…実際タフ以外にも傷だらけの仁清、ロックアップなどでも親子を題材にした良エピソードが描かれているんだよね

自分でもあんな作品を書いてみたい!ならやっぱり主人公は千早だろう!という思いつきで執筆した今作、「ウソやろ…こ…こんなものが…こ……こんな手垢のついた題材が許されるのか」と心の中のキー坊に言われ続けたけど書きたくなっちゃったんだから仕方ない、本当に仕方ない

楽しんで頂ければ幸いです
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