テノヒラノキヲク   作:unko☆star

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BATTLE.3

「いったいなにが起きたんですか、あれは…」

「さあ…。でも、よくあることなので」

 

どこか腰を落ち着けられる場所を探して、二人は事務所近くの公園まで来ていた。

ちょうど木陰になっているベンチを見つけ、腰を下ろす。

 

「よかったらひやし飴でも飲みませんか。自家製で恐縮ですが」

 

そう言って静虎は鞄から水筒とプラスチックのコップを取り出した。

 

「いつもそんなに持ち歩いているんですか?」

「こっちではあまり馴染みがない飲み物なので、よく味見してみたいと言われるんですよ。私のような西の人間は夏によく飲んでいたんですがね」

「たしかに…。私も、名前を聞いたことはあるくらいで、飲むのは初めてです」

 

 

生まれて初めて飲むひやし飴は、薄い麦茶のような褐色の液体だった。

口に含むとほんのりとした甘みを感じ、それを追いかけるようにしてピリピリとした刺激が口に広がっていく。

 

 

「けほっ……すこし、辛いですね、これ」

「生姜を煮出した汁に麦芽水飴を溶かして作るんですが、市販品だと砂糖やハチミツを加えてもっと甘くするんです。ただ、私の場合は水飴の優しい甘みを壊すのはもったいないと思ってまして」

「たしかに。これくらいスッキリしてたほうが暑い季節にはいいかもしれませんね」

 

飲み続けるうちに口の中がスースーしてくる。

夏の飲み物として親しまれたのも納得できるな、と思った。

 

「生姜は昔から漢方の材料に使われてきた栄養の塊なんです。ビタミンやカルシウムに加えて、血行促進作用のあるショウガオール、ジンゲロン…。ただ、ほとんどの成分は皮のすぐ下に含まれているので、皮を剥かずに調理するのがお勧めです」

「詳しいんですね」

「息子が生まれた時に、色々と勉強しましてね…。まあ、当の本人には『オトンの料理は気を遣いすぎで味気ないわっ』なんて言われましたが」

 

静虎が自分のコップ注いだひやし飴を一気に飲み干し、ほう、とため息をついた。

 

「ウチは代々古武道をやっている家系でして、息子に家を継がせるために随分厳しくしてしまいました。おかげでしょっちゅう喧嘩したものです」

「息子さんと喧嘩を?」

「ええ。私ら武道家は口よりも拳で語り合う生き物ですから。息子が思春期のころは私が厳しくして、息子が反抗して、喧嘩して、渋々息子が従うことの繰り返しでした」

 

「なんというか…派手、ですね」

「言いたいことを言えずに悪いものを溜め込むより、発散して気持ちをぶつけあったほうがずっといい。息子もなんとか腐らずに成長して、立派に家を継いでくれましたよ。まあ、その後もいろいろとトラブル続きだったんですが…」

 

そう言って苦笑する静虎の顔に、千早は少し物淋しい感情を抱いた。

両親の離婚後、父とは一度も顔を合わせていない。

今ではどのような顔つきをしていたのかすらも曖昧になっている。

 

「ごちそうさまでした。……事故の件ですが、私、本当に気にしていませんから」

「…そうですか」

「そろそろ戻りますね。律子も落ち着いた頃だと思うので」

 

 

静虎に見送られて事務所へ引き返す千早の胸中に、かつての両親の様子が浮かぶ。

優の事故以来、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた二人。

それが嫌でたまらなかった千早は進学と同時に1人暮らしをはじめ、間もなく離婚が成立して一家は離れ離れになった。

 

 

(言いたいことを言えずに悪いものを溜め込むより、発散して気持ちをぶつけあったほうがずっといい――か)

(私には、ちょっと理解できないな)

 

 

 

振り返ると静虎はまだ公園の入り口で千早を見送っていて、ぺこりと頭を下げてくれた。

 

 

――――――――

――――――

――――

 

 

静虎の事務所訪問から2週間が過ぎた。

 

夏休みが終わったことで学業とアイドル活動の両立を余儀なくされた千早は、文字通り目の回るような忙しい日々を送っていた。

あの事故で延期せざるを得なかった墓参りのことはずっと気がかりだったが、個人的な事情で再びプロデューサーの手を煩わせるわけにはいかない。

なにより、自分はなんともないのだと自分自身に言い聞かせたかった。

 

 

 

与えられた仕事をこなし、学校の課題をひとつひとつ片付け、ようやく取れたオフの日の朝。

前回の猛暑とはうってかわって小雨が降る曇天で、半袖で外に出るのがためらわれるほどの涼しさだった。

 

(まあ、これくらいのほうがずっと過ごしやすいわね)

 

仏花を携え、日傘ではなく雨傘を差して家を出る。

秋雨がもたらす湿気は台風のそれとは違い、どこか清浄な、心地のよい空気をもたらしていた。

ついこの間までうだるような猛暑が続き、ひやし飴で涼をとっていたことが信じられない。

 

 

――――――――

――――――

――――

 

 

墓地の休憩所で線香を買うと、「外は湿気っていて火が点きにくいですから」と、管理人のお婆さんが点火してくれた。

鄙びた香りを薫らせながら墓に到着し、墓石を洗い、花と線香を供える。

 

(優、遅くなってごめんなさい)

 

手を合わせ、目を閉じて、胸のなかで優に語りかける。

 

前回の墓参りから今日までの出来事――

アイドル活動のこと――

事務所の仲間たち、プロデューサーのこと――

 

ひとしきり語り終えて目を開くと、雨は既に止んでいた。

 

(じゃあ、また来るからね) 

 

 

 

後片付けを済ませて帰ろうとしたとき、ふと墓地の入り口からこちらへ向かって歩いてくる人影に気づいた。

ややうつむき加減の姿勢で傘をかぶるように差しているため顔は見えないが、背の高い男性であることはわかる。

なにやら考え事をしているのか、雨があがっていることに気づいていないらしい。

 

 

 

(あれ…?)

 

 

妙な胸騒ぎを感じる。

理由はわからなかったが、なぜか男から目が離せなくなった。

静まりかえった墓地の中、ピチャピチャと路面を踏みしめる音が妙に大きく聞こえる。

 

 

千早から3,4歩離れたところまで来て、男が傘を上げた。

 

 

目が合う。

 

 

 

 

バコン!

 

 

 

 

心臓が音を立てて凹む。

 

 

男の目が見開かれ、半開きになった口から声が漏れる。

 

 

 

 

 

 

 

「千早?」

 

 

 

 

 

7年ぶりに再会した父の手から、ばさりと音を立てて花束が落ちた。

 

 

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