テノヒラノキヲク   作:unko☆star

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BATTLE.4

気が付いた時には、傘を掴んで飛び出していた。

下を向いて、地面と自分の足だけを見ながら、父の脇をすり抜け、急いでここから立ち去りたかった。

しかし、そんな願いもむなしく腕を掴まれ、引き留められてしまう。

 

「千早!」

 

大きな声。

部屋に閉じこもり、耳を塞いで、布団にくるまっても聞こえてきた、大嫌いな声。

 

「やめて…」

「え?」

「やめてえッ!」

 

父の手を振りほどくと、掴んでいた傘がすっぽ抜けて飛んで行った。

しかし、そんなことは構わない。

振り返ることなく墓地を後にし、一目散に家を目指す。

 

(思い出したくない)

 

そう思っても、堰に穴があけられたかのような記憶の奔流は止められなかった。

ここ数日、思い出しそうになるたびに無理矢理記憶の隅に押しとどめていた父の声が、それを聞くのが嫌でたまらなかった日々のすべてが、はっきりと蘇りつつある。

 

(嫌だ)

 

自然と速足になっていく。

いつの間にか帰り道から逸れ、見覚えのない光景の中を走っていたが、どうでもよかった。

どこでもいいから遠くに行きたい、()()()から離れたいという気持ちでいっぱいだった。

 

 

赤に変わりかけの信号を渡り――通ったことのない路地に入り――見知らぬ道を進み続け―――

 

 

 

 

 

ドンっ!

 

「あうっ」

 

どこかの曲がり角を曲がったところで誰かにぶつかり、派手に尻もちをついてしまった。

 

「如月さん!?」

 

聞き覚えのある声。

衝撃でくらむ目をこらすとはたして、宮沢静虎の顔がそこにあった。

初めて出会ったときと同じように、大きな手の力を借りて立ち上がる。

 

「すみません、その、少し慌てていて――」

 

「静虎。まだ話の途中だぞ」

 

またしても聞き覚えのある声がした。

静虎の背後に目を向けると、そこにいたのは顔に傷を持つ大男――

 

宮沢鬼龍。

 

「言ったはずや。お前と討論する気はない」

「ほう、なら優希(ゆうき)を見捨てるということか?」

「そうは言っとらん。せやけど――」

龍星(りゅうせい)はもう参加を決めている。師匠のお前が逃げ出すはずがないよなあ?」

「う…」

 

また連絡する、と言い残し鬼龍は近くに停めてあった車に乗り込んだ。

先日の事故のときとは違う、白のレクサスがしぶきをまき散らしながら走り去っていく姿を見送る静虎の横顔から、ギリ…と歯を食いしばる音が聞こえた。

 

――――――――

――――――

――――

 

 

服を濡らしてしまった千早は、静虎の道場に招かれていた。

距離からいえば真っすぐ自宅に帰ったほうが近かったのだが、女性の服を汚して知らんぷりすることはできないという静虎の申し出を断りきれなかった。

 

「あちゃー、派手にやったねえ」

 

道場に着くなり、出迎えてきた女性に洗面所に引っ張り込まれ、あっという間に服を脱がされてしまう。

歳は20歳そこそこといったところだろうか。ボーダー柄のシャツにジーンズといった少々垢抜けない服装でありながらも、快活な雰囲気が見て取れる女性だった。

 

「泥はそんなに付いてないし、石鹸でこすれば綺麗になると思うよ。乾くまで私の服着てて」

 

借りた服が存外ぴったりなサイズだったことに奇妙な安堵を覚えつつ、道場で洗濯が終わるのを待つ。

もともとは倉庫だったのを改造したのだろうか、コンクリートの壁に囲まれた広い空間の中に四角いリングが鎮座し、それを囲むように様々な形状のサンドバッグが吊り下げられている。

どれもテープでぐるぐるに補修されており、相当年季が入っているものらしい。

 

 

「どうもすいません、殺風景なところで…」

 

お茶を運んできた静虎が道場の一角にぽつんと置かれたちゃぶ台に千早を誘う。

床にシートが敷かれただけの簡易な食卓だったが、埃ひとつないほど丁寧に掃除されていた。

 

「あの、さっきの方は…」

「姪です。小倉優希(おぐらゆうき)ちゃんと言いましてね。いろいろあって今は私の身の回りの世話をしてくれてるんです」

 

 

姪ということはすなわちあの大男――鬼龍の娘ということになる。

そして、優希という名前には聞き覚えがあった。

 

「その……さっき、“見捨てる”とか、“逃げ出す”とか話していたのは…」

「ああ、そのことですか」

 

静虎の声が低くなる。

ちらりと洗面所に目をやり、彼女がまだ洗濯中であることを確認する。

 

「くれぐれも内密にして頂きたいんですが、あの娘は少々厄介な病気を抱えてまして…。完治するためには特別な手術を受ける必要があるんですが、その費用を一部、援助しろとあの娘の父親…鬼龍に頼まれましてね」

「そうだったんですか」

「まあ、私としては優希ちゃんのためならどんなことでもするつもりでいるんですが…今まで家族に散々迷惑をかけてきた奴がさも当然のような態度でそういう話をしてくるのは、どうも………いや、こんなことを言ってはいけないんですが」

 

ははは…と愛想笑いをした静虎が茶碗を掴み、口から湧き出す兄への不満を押し流すかのように中の液体を飲み下す。

 

「でも、素敵なお父さんだと思います。静虎さんも、鬼龍さんも」

「いえ、私などは…」

「私の父は、ぜったいそんなことしてくれませんから」

 

一瞬、なぜ自分がそんなことを口走ったのかわからなかった。

ついこの間知り合ったばかりの人に、自分はなにを言っているのだろう――と後悔したが、同時に静虎の言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 

(言いたいことを言えずに悪いものを溜め込むより、発散して気持ちをぶつけあったほうがずっといい)

 

 

千早は決心した。

もう、自分ひとりで抱え込むのは限界だった。

 

 

 

「少し前、私の家族についていろいろと騒ぎになっていたの、ご存じですか?」

「…………多少は」

「あのときだって何もしてくれなかったんですよ。私も期待してませんでしたけど。何年も前に出ていった父が娘のピンチに名乗り出るとか、そんなマンガみたいなこと起こらないって、わかってましたけど」

 

「それならそれで良かったんです。もう昔の家族のことなんて思い出したくないと思われてるなら、そのほうが楽ですから。そんな人のことなんか忘れちゃえって、私も決心できますから。今日までそう思って生きてきました。今日まで…」

 

無意識に両手で湯呑みを掴んでいた手に、じわりと汗がにじんでくる。

 

「さっき、父に会ったんです」

「…………」

「優の――弟のお墓参りに来たところで、ばったり。私たちのことなんて忘れた、冷酷な人だと思ってたのに、そうじゃなかったんですよ」

 

 

墓地で出くわしたとき、父は花束を抱えていた。

予期せぬ再会にも関わらず、迷わず自分の腕を掴んで呼び止めようとした。

家族を捨てた薄情者のすることではない。

 

 

「知りたくなかったです。そんなこと。嫌な奴だと思ってたから、忘れられてたのに。乗り越えられたのに」

「全部思い出しちゃいました。弟の事故があるまですごく優しい人だったんです。大好きだったんです。父のこと」

 

「思い出したくなかったです。こんなこと。なんで、いまさら――――」

 

 

 

復帰ライブの日、仲間たちにかけられた言葉が思い起こされる。

 

 

 

『あなたなら大丈夫です。存分に羽ばたいてください』

『ミキ、千早さんの歌チョー楽しみなの!』

『千早ちゃんはひとりじゃないよ』

 

 

「みんなが……プロデューサーが……助けてくれたのにっ…!」

「どうして、私は……っ!」

 

 

まだ、過去にとらわれているのか。

いつまで、前に進めないでいるのか。

もう、この呪縛からは逃れられないのか。

 

締め付けられるような胸の痛みで、それ以上は声が出せなかった。

目頭が熱くなるのを感じ、慌てて顔を伏せた。

静虎はなにも語らず、長い沈黙が流れた。

 

 

 

 

「親を忘るるは易きも、親をして我を忘れしむるは難し」

 

「え…?」

 

どれだけの時間が過ぎただろうか。

不意に声をかけられて顔を上げると、沈黙する前と寸分変わらぬ姿勢の静虎と目が合った。

 

「荘子は、子供は親を簡単に忘れられるが親はそうではないと説きましたが…私はそんなことないと思うんですよ。どんな理由があれ、生まれて初めて愛情を注いでくれた人との関係を絶つことは容易ではない」

「……そうでしょうか」

「今のあなたは、それを思い知っているはずです」

「…………はい」

 

静虎がお茶を勧める仕草を見せる。

握りしめていつの間にか手と一体になったかのように錯覚していたそれを喉に流し込むと、少しだけ胸が軽くなったような気がした。

 

 

「知り合いにブル・マツダさんという格闘家がいるんですがね、自分のDVが原因で離婚して、別れた奥さんは1人で娘を育てるために働きづめになって、ついに体を壊して亡くなってしまった…。娘さんからもずいぶん恨まれていました」

 

「まあ、最低の父親ですね。奥さんが亡くなってようやく過ちに気づいて、子供ができた娘さんのために金を稼ごうとしたんですが、持病と荒んだ生活のせいで体がボロボロで…。けっきょく、通り魔のような野良試合をして売名しようとし始めた」

「そんなの犯罪じゃないですか」

 

「ところが、その相手に選んだのが私の息子だったんですよ。戦いは息子の圧勝でしたが、それがきっかけでブルさんは息子に弟子入りして、今度こそ心を入れ替えて、素晴らしい試合を娘さんに見せることができた…。今は和解して、一緒に暮らしているそうです」

 

「息子のしごきは並大抵ではなかったと思います。それでもやり抜いたのは娘さんの存在があったから…。一度は自暴自棄になって投げ捨ててしまったけれど、本当に忘れることはできなかった。そしてそれは、娘さんも同じだったのだと思います」

「もちろん、子供を何とも思わない鬼畜な親も大勢います。しかし、話を聞く限り…如月さんのお父様は、そうではないのでは?」

 

「………」

 

「立ち直るために助力してくれた仲間たちに対して申し訳ないと思うのはわかります。もしかすると、今日再会しなければ何事もなかったのかもしれません」

「しかし…過去の傷というものは、ある日突然開いてしまうことがままある。私ら格闘家にとっては完治したはずの古傷に悩まされるなんて日常茶飯事です。そうなったときには……立ち向かうしかないんです」

 

「………立ち向かう…」

 

 

再び墓地での出来事が脳裏に浮かぶ。

手を振り払い、駆け出す直前に目に移った父の表情を思い出す。

 

その顔は、確かに――――哀しげだった。

 

 

(私は…………)

 

 

がらりとドアが開き、洗濯が終わったことを告げる優希の声が道場に響いた。

 

 

――――――――

――――――

――――

 

 

静虎は巨大な鏡の前に佇んでいた。

 

大神鏡(だいしんきょう)(おぼろ)”。

灘神影流に伝わる神具で、歴代の当主はこれに向けて何千、何万と正拳を繰り出す修行に励む。

そうしていずれは鏡に映る自分より早く拳を放つことができるようになり、とある奥義を習得することができる――そう伝えられている。

 

 

 

「…………………」

 

 

ピシッ。

 

 

「古傷に立ち向かえ、やと」

 

 

ピシッ。

 

 

「……なにを偉そうに…人に講釈垂れる資格のある人間か、ワシは…」

 

 

ピシッ、ピシッ。ピシッ。

 

 

 

拳が空を切る音が、何度も、何度も響いた。

 




今週の龍継ぐはまさかの東京グルメネタで大満足だったんだ
うーん猿先生は思い付きで漫画を描くから脈略のないローカルネタやヘンテコなネーミングのキャラが登場するのは仕方ない本当に仕方ない

ドラゴン・ラッシュ以降は良い意味で先の読めない展開になっているから毎週月曜日が楽しみなんだ

急げっ!本屋でプレイ・ボーイを手に入れろっ!モンキー・ラッシュだっ!
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