静虎の菩薩拳は完璧に鬼龍の心臓を捉えていた。
拳が肉にめり込み、“気”が衝撃波となって心臓に放たれるのを確かに感じた。
しかし、確かに心臓に向けて放たれたはずのそれが、ぐにゃりと軌道を変えた。
「なにっ」
驚く間もなく鬼龍の腕が後頭部から首に絡みつき、静虎の頭部を脇に抱えるような体勢で締め上げる。
ギロチン・チョーク。
「バカが。お前の考えなぞ最初からお見通しだ」
頸動脈がせき止められ、急速に意識が遠のいていく。
腕と首の間に指をねじ込んでなんとか血液を通そうと試みたが、鬼龍の膂力の前にそのような小細工は通用しない。
(しまったっ…“
あらゆる攻撃を皮膚で受け流す灘神影流の奥義。
極めれば心臓に命中した弾丸でさえ、心臓の表面を伝わらせて排出することができるようになる。
よもや、鬼龍がその域に達していたとは―ー
「俺と戦う奴の狙いはいつも同じだ。俺の唯一の弱点であるバースト・ハートの誘発…そのための心臓一点狙い」
「しかし、敵に弱点を知られているということは必ずしも戦闘において不利なことではない。むしろ…“相手がかならずここを狙ってくる”という絶大な情報をもたらしてくれる。それがわかっていれば、技を受けた瞬間に弾丸滑りで無効化するくらい造作もない」
すべて、読まれていた。
飛び道具を使わせるための夜叉燕も、受けた飛び道具を利用して一発逆転を狙う思惑も、すべて兄の手のひらの上だった。
「俺を失望させた罪は重いぞ」
「ぐっ……」
「その罪、己が命で贖え!」
鬼龍が地面を蹴り、静虎の頭を抱えたままその巨体が宙に舞う。
そして空中で下半身を反転させ、全体重を首にかけて落下する――。
「灘神影流“
ゴッ!!
静虎の頭部が限界を超えて曲がり、地面に叩きつけられた。
鬼龍の腕を必死で掴んでいた手から、ふっ、と力が抜け、それきり動かなくなった。
「………」
鬼龍が技を解き、ゆっくりと体を起こす。
静虎の体は地面に仰向けの状態で倒れていたが、その首は雑巾のように捻じれ、後頭部がこちらを向いている。
首落としは確実に頸椎を破壊していた。
「ガキの頃からずっとこうだっただろうが…お前が俺に勝てるものなど、なにひとつなかっただろうが……」
同じ子宮で、同じ胎盤から母親の血肉を与えられて育った双子の弟の死に対し、鬼龍は驚くほど冷静だった。
まるで天気の話でもしているかのような静かな口調で語り掛けるが、返事が返ってくるはずもない。
「まったく、つまらん戦いだった…」
吐き捨てるように言い残し、立ち去ろうとする。
ガシッ。
その足が、
「なにっ」
静虎の体が跳ね上がり、鬼龍の体に覆いかぶさるようにして押し倒す。
そしてその首に両足を絡ませ、左足を抱きしめるように抱えて動きを封じる。
奇しくも鬼龍は、先ほど自分が仕掛けたのと同じような形でマウントを取られる形になった。
(バカなっ…完全に首が折れているのに……なぜ生きているっ…)
「わかっとった…お前がワシの考えを読み切るであろうことも…躊躇なく殺人技をかけてくることも……」
驚愕する鬼龍に対し、静虎は文字通り背中越しに声をかける。
鬼龍から見て静虎はうつ伏せの状態で自分に覆いかぶさっているのに、頭だけがこちらを向いて話しかけてくる。
「だから信じた。ワシは必ず殺されると。………そしてこの瞬間に賭けたんや!」
ギコッ、ギコッ。
左足を軸にして静虎の体が回転していく。
首に絡んだ両足も捻じられ、鬼龍の首がいやな音と共に折れ曲がる。
「がっ……あっ………」
懸命に首の拘束を外そうともがくが、両腕しか使えない鬼龍に対し静虎は全身の筋肉を使って技をかけている。
脱出は完全に不可能―――。
(こっ……れ、は……。この、技は…………)
「灘神影流“
ボーン・トルネード。
「おおおおおおおおおおおおっ!!!」
バキィッッ!!!!
最期の瞬間、鬼龍は、木の幹が折れるような音を聞いた――――