【悲報】起きたらウマ娘になってたんだが【助けて】   作:らっきー(16代目)

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イッチの固有スキルはデバフをイメージしています


おまけ5

 秋。菊花賞。

 

 クラシック三冠路線の終着点。

 距離は3000m。今までの二つに比べて更に伸びた距離は、出走するウマ娘達に膨大なスタミナを要求する。そして当然の事ながらレースに勝つ為の速度や位置取りの巧みさも。

 

 突出した何かが必要とされる訳では無い。だが、ただひたすらに全てにおいて高い能力が要求される。だからこそ菊花賞はこう呼ばれるのだ。

 

 最も強いウマ娘が勝つレースと。

 

 

 

「フォルティ大丈夫? お腹痛くない? トイレは済ませた?」

 

「大丈夫だよ。貴女の方が緊張してどうするのさ」

 

 何度目かの確認をするトレーナーと、笑っていなすフォルティシーム。その余裕の有無だけを見れば、どちらがレースに出るのだか分からない。

 三冠のかかったレースという状況を考えれば、自然なのはトレーナーの態度の方ではあるが。鈍感さも極めれば特技である。やはりバカは悩み事が少なくて幸せなのだろう。

 

 皐月賞の時のように他愛の無い会話を──交わそうとしたが、トレーナーが緊張しきっているせいで中々上手くいかない。

 

 そんな中でフォルティシームがとった方法は黙ってトレーナーを抱き締める事だった。

 こんだけ緊張してるなら抱き締めても有耶無耶に出来るのでは? という童貞特有の都合のいい妄想からである。あと見た事ない程に緊張してるトレーナーの愛らしさに我慢が限界を超えたからである。一歩間違えば犯罪者だと理解しているのだろうか。

 

 身長差の関係で、丁度トレーナーの顔がフォルティシームの胸に埋まる。一瞬、と言うには少し長すぎる時間硬直した後、ジタバタと抵抗を始める……が、ウマ娘の力に敵うはずも無く、しばし呼吸の苦しい時間が続く。

 

 抵抗を感じたからか、満足したからか、これ以上は本当に酸素不足になると判断したのか。フォルティシームはようやくトレーナーを解放して、いつもの如く顔を真っ赤にしたトレーナーは新鮮な空気を取り込んでいる。

 

「落ち着いた?」

 

 悪びれずに微笑んでそんな事を聞くあたり大物なのかもしれない。或いは有耶無耶にしようと必死なのかもしれない。

 口を尖らせつつもこくりと頷くトレーナーとはいいコンビとも言える。

 

「大丈夫。今日の終わりには貴女は三冠ウマ娘のトレーナーさ」

 

 平然と大口を叩いてみせる。それは実にいつも通りの彼女の姿で。

 

「頑張ってね、フォルティ」

 

 だからトレーナーもいつもの調子で、レースへと向かう彼女を見送った。

 

 

 

 パドックに姿を現したフォルティシームを割れんばかりの歓声が迎える。元々人気の高かった彼女ではあるが、皐月賞とダービーを勝ったことによりその人気は更に高まっている。

 皐月賞を勝って、強いウマ娘だとは思われてもあと二つだと思う人は少ない。三冠は分け合うものという認識の方が多数派であるし、一度だけならフロックだと思う人間もいる。

 

 だが、ダービーを勝てばどうか。

 あと二つとあと一つ。言葉にすれば数字が一つ減っただけだが、周りに与える印象はまるで違う。

 フロックで二連勝出来るほどG1レースは甘くない。ならばその結果は、強さの証明と言って良いだろう。

 

 シンザン以来誰も達成しなかった御伽噺の中の存在だった三冠を現実に再現して見せたミスターシービー。

 

 それが神の気まぐれでも奇跡でもなく、人の起こせる事象であると証明して見せたシンボリルドルフ。

 

 その再現を人々は望んでいる。二度あったのならば三度目もと期待するのは仕方の無い事だろう。

 

 偉大なる二人のウマ娘の姿を見た者達はフォルティシームに期待する。御伽噺の再現に血筋も歴史も必要無い事を証明してくれと。誰でも努力さえすれば三冠に手が届くのだと。

 

 二人のウマ娘を見た事のない者達はフォルティシームに期待する。私達にも夢を見せてくれと。あの熱狂に、私達も呑んでくれと。

 

 最早絶叫に近しい歓声を、期待と羨望と、敵意と好奇の入り交じった視線を。フォルティシームはいつもの微笑みで受け流す。

 彼女は本質的には、レースの事などどうでもいいと思っているから。三冠への緊張も、みんなの期待という重荷も感じはしない。

 

 適当に他人に放り投げた、生きるためのとりあえずの目標と、あとはトレーナーの喜ぶ顔が見たいから。彼女の走る理由などその程度だ。

 

 気負った様子を見せずに、友人に手を振るような気楽さで指を三本掲げ、ウインクを一つ。

 敵も味方も、全ての注目は彼女に集まった。

 

 

 

 続々とウマ娘達がゲートに入っていく。

 覚悟を決めた顔のウマ娘がいる。敵意を向けるウマ娘がいる。悟ったような様子を見せるウマ娘がいる。鼻歌交じりの気楽そうなフォルティシームがいる。

 

 ゲートが閉じて、僅かな間。

 

 開くと同時に、飛び出した影が数個。

 誰の背中も見えない最前列。フォルティシームの指定席であるその場所を奪い取るための熾烈な争いが始まった。

 

 彼女達は、覚悟を決めたウマ娘達だ。

 まともに逃げで戦っても、百回やって百回負ける。それ程の差が私達とフォルティシームの間にはあると認めた彼女等は、博打に出ることにした。

 

 それが、今現在行われている作戦。レースの最序盤、スタートの直後から全力を超えた全力を出し切って死ぬ気でフォルティシームより前に出る。

 後は、必死でそのリードを維持する。千回やって九百九十九回は負けるだろう。

 だが零ではない。ならばその賭けに出た彼女等を誰が責められようか。善戦など要らない。よく頑張ったねなどと褒めてもらいたくはない。勝ちたい。ただ、勝ちたい。

 

 そんな彼女達の執念も、覚悟も勇気も何もかも、銀の彼女には届かない。フォルティシームは誰の事も見てはいない。

 

 そのおかしさに初めに気づいたのは遠くからレース全体を見渡せる観客達。次に後ろの方に控える差しウマ娘達が気づき、最後に先頭を争っていた逃げウマ娘達が気づいた。

 

 彼女がいない。常に先頭を悠々と走っているフォルティシームの姿が見当たらない。

 指定席の先頭にいない。逃げウマ娘達の狂奔を避けたかとやや後ろに視線を向けてもいない。まさか出遅れたかと真ん中辺りを見てもいない。

 

 最後方まで視線を動かして、ようやくそこに見つかる白銀。

 

 まさか故障かと動揺の声が上がる。レースを捨てたかと失望の声が上がる。何を考えているんだと疑問の声が上がる。全てを無視して悠々と最後方を走る。

 

 この時点で、先頭に出た逃げウマ娘達の負けは決まったと言っていい。狂った勢いで前に出ても、肝心の相手がいない以上ハイペースはいつまでも続かない。後に残るのは無駄にスタミナを浪費した事実。このまま走ればその内にスタミナが切れて沈む。かといって周りに他の逃げウマ娘がいる以上ペースを緩める選択肢は選べない。つまりは、共倒れである。

 

 ならば差しウマ娘達にとっては楽なレースなのかと問われれば、否だ。まず前方の逃げウマ娘達のせいでレース自体がハイペースになり展開が難しいというのが一つ。そして何より、後方で不気味に沈黙するフォルティシーム。

 相手は逃げウマ娘のはず。私達の方が前にいる以上、アイツの事はもう考えなくていい。必死に自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、不安が襲ってくる。

 本当にそれでいいのか? 今のうちに一センチであろうと差を広げるべきなのでは? 

 

 自分の決心と心中出来るウマ娘は少ない。大半のウマ娘は状況次第で動きを変え、それを臨機応変と呼ぶ。別にそれが良い悪いという話では無く、何もしない事を選ぶのは難しいというだけだ。

 

 ここで脚を使うべきではないと判断したのは極わずか。大半は前につられて少しずつ、少しずつペースを上げていく。少しでも体力の使用を避けるべく内側へと固まりながら。

 

 フォルティシームは未だに沈黙を保っている。観客達の動揺と疑惑が失望と罵声に変わっていく。そんな声など知らぬ存ぜぬと最後方を進む。

 

 いよいよダメかと思われた第三コーナー。

 坂を上るために全体のペースが落ちたその時、ようやく彼女は動き出した。

 上り坂を、全速力で駆け上がる。周りの速度が落ちているのと併せ、止まった時の中を一人で動く様な姿。

 

 そっちが空いてるならそっちを走るとしよう。そう言わんばかりの大外からの逆襲劇に観客達は言葉を失い、ウマ娘達は憤怒する。

 今までのは遊びだったとでも? どこまで私達をコケにする気だ。

 

 一人、また一人と抜かして前に出る。全速力での坂の疾走は、下り坂を終える頃にはフォルティシームを先頭に運んでいた。

 

 巫山戯るな。巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな──

 

 観客達は先程までを忘れたかのように熱狂している。ミスターシービーの再現だと。三冠バの誕生だと。

 

 巫山戯るなよ。私達はお前の踏み台なんかじゃない。まだだ。まだ終われるものか。

 

 一人のウマ娘がバ群から飛び出して食らいつく。とっくにスタミナを使い果たした筈の逃げウマ娘の一人だ。

 全力で序盤を駆け抜けて、終盤で沈んでもまだ諦めなかった一人。何故脚が動いているのか自分でも分からない。息はとっくにもう吸えなくなっている。

 根性と、執念と、意地と憤怒とよく分からない何か。そんな物の寄せ集めで脚を動かす。

 

 最後の直線。そのウマ娘は逃げウマ娘にも関わらず再度加速して見せた。それは過去にフォルティシームがやった事と同じで。

 僅かずつ、気の遠くなるような体感時間の中で、フォルティシームとの距離を詰める。

 大差からあと十バ身へ。十から九に。八へ、七、六──

 

 初めて、フォルティシームが後ろを振り返った。視線が、その逃げウマ娘を捉えた。

 

 まず感じたのは今まで感じたことの無いような重圧。それから五感が無くなるような感覚。

 何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。もしや自分はレース中に死んでしまったのでは? そんな錯覚すら覚える。

 

 キョロキョロと視線をさ迷わせながら、闇の中を歩く……と言っても、足を踏みしめる感触すらも無いから本当に歩けているのかは微妙なところだ。

 

 やがて、真っ暗闇の中に、白銀の彼女を見つける。フォルティシーム。そう言えば、話した事なんて一度もなかったっけ。

 ねえ……と話しかけようとする瞬間、彼女がこちらを見た。

 憎悪、憤怒、絶望、殺意の混じった眼。見られた瞬間、身体が動かなくなった。ああ。きっと私はここで殺されるんだ──

 

 世界が元に戻る。

 

 フイっとフォルティシームが顔を正面に戻したことで、その逃げウマ娘は彼女の世界から解放された。体感時間とは違い、レースは極極わずかな時間しか経っていない。つまり、まだ差しきれる可能性が──

 

 あの瞳を思い出し、身体の動きが鈍くなる。五が六へ。七、八──

 結局、引き離されただけだった。フォルティシームには勝てなかった。

 

 最後方からの強引な追込という今まで彼女が一切とったことの無い作戦で、フォルティシームは三冠を成し遂げた。

 

 フォルティシームがいつもの通り微笑みを浮かべ、指を三本立ててみせた時、観客達の興奮は最高潮に達した。ミスターシービー。シンボリルドルフ。その次はフォルティシーム。中には三人のウマ娘を全て見てきたファンもいる。

 

 歓声は鳴り止まない。他のウマ娘達の健闘を称える声も、次の活躍を祈る声も飲み込んで、世界は彼女に染まっていく。

 フォルティシームはいつも通りの微笑みを浮かべて。本当につまらなそうにそれを眺めていた。

 

 

 

「ルドルフが面白そうな子がいるって言うから来てみたけどさ……」

 

 トレセン学園の制服に身を包んだ、焦げ茶色の髪に白いミニハットが特徴的な一人のウマ娘。

 観客達の熱狂も何処吹く風と冷静に勝者である銀色のウマ娘を観察している。

 

「ま、アタシなりにやれることはやりますよっと」

 

 




Q 最高に頭のいい作戦
A これで逃げ対策は全部無駄やで!

Q ナイトブラ一緒に買いに行きな
A コミュ障だからそんな誘い出来ないよ

Q 裸で布団に潜り込んだの?
A 裸族も人前では服を着ます

Q トレーナーと胃薬
A お友達

Q 実装して
A 実装した時の反応みたいなおまけ一話書く?

男トレ×フォルティシーム

  • 焼き直し部分はカット
  • 被りも書く

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