【悲報】起きたらウマ娘になってたんだが【助けて】 作:らっきー(16代目)
日本国内で一番の名誉あるレースとは何か。そう聞かれた時に帰ってくる答えは様々であろう。
一生に一度しか挑戦出来ないクラシック路線。ファンの期待を背負って走る宝塚記念や有馬記念。外国のウマ娘も来るジャパンカップ。盾の栄誉こそが至高ですわ! という天皇賞。
だが、世界で一番の名誉あるレースならば多くの答えは一致するだろう。
即ち、凱旋門賞。本日開催されるレースである。
レース前。控え室。ダンシングブレーヴの、控え室。フォルティシームの姿はそこにあった。
何故そこにいるのかと言われれば、まあ単純に訪ねて来ただけなのだけれど。入ったタイミングがまずかった。
部屋をノックして、Just a moment. なんて英語の意味が分からなかったフォルティシームは返事があったからいいだろうとドアを開けて。
苦痛に喘いで、薬を必死で飲み込んでいる少女を見た。
マリー病。ダンシングブレーヴの身体を蝕む病の名。症状は骨の肥大化、関節の腫れ。そしてそれらに伴う発熱と、全身を苛む激痛。
罹る原因は分かっておらず、治療法も無い。出来るのは精々症状に対応していくだけ。
勿論フォルティシームはそんな病気について知らなかったけれど、何かがヤバいというぐらいには分かったから。
とにかく誰かを──誰を? 彼女のトレーナー……いや、何処にいるかも分からない。救急車? この国ではどう呼ぶんだっけ──連れてこようとして、他でもない彼女にその動きを止められる。
「I'm alright……薬、飲メば……」
振りほどこうと思えば、そう出来たはず。ただ、行かせまいとするその腕には力以上に何かが込められている気がして、何も出来なかった。
薬を飲めば。という言葉は嘘では無いのか、彼女の荒かった呼吸が段々収まっていくのを聞き取る。
「全ク……女の子の秘密を知っテしまいましタね?」
少し余裕を取り戻したのか、そんな軽口が聞こえてくる。ただ、顔色は相変わらず悪いままだ。
「そんなに心配しナイでください。何時ものコトですから」
何時もの事。つまりはこの苦しみようは初めてでは無いということか。そんな身体で、レースを? 狂気の沙汰だ、とフォルティシームは思った。レースというものに、それほどの価値を見出していなかった過去があるから。
「なんで……走ってるの? そんな身体で」
思わず、そんな言葉が出てきた。
もしもフォルティシームが苦痛を押して走るとしたら、それはトレーナーの為だろう。ならば彼女の走る理由とは? そんな好奇心が皆無だったとは言えない。
「ソレしか無いカラ」
返ってきたのは、そんな単純すぎる答え。
「昔カラ身体が弱くて、寝てバカリいたんですけど。……イイエ、だからこそ。ズッと思ってタんです。走りタイって。それニ……」
柔らかい笑みを。どこか壊れたような笑みを浮かべる。
「知ってマスか? 強いウマ娘には、皆優シイんです。強いウマ娘には、皆が憧れルんです。強いウマ娘は、全部手に入れられルンです。お金も、愛も、家族も」
「……だから、君は?」
「ええ。今更、手放しタクないですから」
それは、フォルティシームには分からない理由。レースに伴って手に入る物なんて、地位も名誉も金も何も興味無かったから。ただトレーナーの笑顔が見たいから。繰り返しにはなるがフォルティシームの走る理由はそれが一番だ。
「私には、分からない。何となく気に食わないとは思うけれど、それは私の価値観だから。ただ……」
しかしどうにも、走る理由がもう一つ出来てしまった。
「ただ。君の地獄を今日で終わらせよう。今日、勝つのは私だ」
「例え地獄ダろうと、そこで得られるモノを手放すつもりはアリません。勝ちます。今日も、コレからも」
たった三分で終わるレースに、思いを、夢を、人生を託す。ならば、これ以上ここでの語り合いに意味は無いだろう。
泣こうが喚こうが後三分。それで全てが決まるのだから。
ゲートに各ウマ娘達が入っていく。横一列に並んだウマ娘達は、この一瞬だけは平等だ。フランス総大将も、ドイツの絶対王者も、英国最強も、日本の魔王も。誰もが信じている。私こそが最強だと。
最早、言葉も不要。ゲートが開く。
矢のように。真っ先に先頭を奪ったのはフォルティシーム。逃げウマとして、気が遠くなるほど練習した動きだ。
ほんの極僅かに遅れて、他のウマ娘達が飛び出す。その差はゼロコンマ何秒というレベルだろうが、フォルティシームにはそれで充分だ。
逃げウマとして頭を取る事に成功する。まずは一つレースの流れを掴んだと言っていいだろう。なにせ──視線だけで後ろを見る。
なにせ、後ろで行われているのは化け物共の食い合いだ。
真っ先に自分の世界を作り上げたのは、やはり意地があるのかフランス総大将のベーリング。
嵐の世界に他のウマ娘を引きずり込む。単純に走りにくい嫌な世界だ。
周囲のウマ娘を引きずり込んで、そのまま先頭と最後方を呑もうとする。
大逃げでもしていれば話は別だったかもしれないが、このフランスの芝はそんな事を許すほど軽い芝では無い。
嵐が──雨と暴風が、迫ってくるのを感じる。フォルティシームが呑まれてしまえば、後はしれっとした顔で最後方に控えているダンシングブレーヴだけだ。
ジリジリと迫ってきて──世界が切り替わる。
次に広がるのは、雄大な山。フォルティシームにも見覚えのある世界。ドイツのアカテナンゴの世界。
だが。ああ、この山は静けさとは無縁の物だ。その世界を噴火のように、火砕流のように駆け抜けるドイツの絶対王者。
時代を作るようなウマ娘はそれぞれ世界を持つ。ならば、そんなウマ娘が集まってしまったこのレースで起きることとは何か。
世界の奪い合いである。
嵐が山を飲み込んだ。噴火が風を吹き飛ばした。
紫電がそこに加わった。龍が、狼が、武神が世界を奪わんと挑みかかる。
もし、ウマ娘達の世界を視認できるものが観客にいたのなら。きっと世界の最後というのはこんなものだと思っただろう。
飲み込まれないよう最後方外側を走るダンシングブレーヴ。飲み込まれないよう必死でリードを広げるべく走るフォルティシーム。対極的な両者のうち、より警戒されていたのはどちらかという問いに、答えることは難しい。
前に意識を割けば後ろから一気にぶっちぎられる──かもしれない。
後ろに意識を割けばその隙に届かぬところまで逃げられる──かもしれない。
フォルティシームの内心としては英国最強を警戒してくれと祈っていたが。生憎警戒対象として選択されたのは日本の魔王の方だった。
つまり、こういう事だ。
嵐が。噴火が。紫電が龍が狼が武神が。互いに喰らい合いながら迫ってくる。冗談じゃないと思わず零してしまったのも仕方の無いことだろう。
だがまあ、予測していた内の一つだ。
スタートから今まで、思考を一つの方向に向けてきた。その甲斐あって急拵えだがこちらの世界も見せてやれそうだ。
思い出すのは、かつての精神性。トレーナー以外の世界の全てを塵と断じる。どうだいお嬢様方。今までこんな目をするやつは居なかったろう? 幸せなアンタらが知らない世界があるんだよ。
暗い世界。レースへの情熱も、勝利への執念も、世界への興味も無い。彼女にとって輝くものなどこの世界に存在しない。だから。迫ってくる他のウマ娘の世界を全て飲み込んで──
マイナス成長したもしもの話としてなら、これで終わっていたのかもしれない。呆気なく他のウマ娘達を萎縮させて、残る相手は──耐えられそうなのは──ダンシングブレーヴくらいだったろう。
ただ現実はそうも上手くいかない。ミスターシービーに壊された──これは、世界をという意味でもあり、その精神性をという意味でもある──彼女の世界はそう長くは続かないし、負の感情に慣れていないウマ娘でも踏破出来るぐらいには絶対性が揺らいでいる。
だから、稼げたのは一秒とか二秒とかその程度。だけど、その僅かな時間が欲しかった。
その隙に数歩踏み込んで、些細な距離を稼ぐ。その些細な距離が、値千金の価値を持つ。
なにせ元々他のウマ娘にスタミナを削ってもらう作戦なのだ。ならば世界を喰い潰し合っている今の状況は正に望み通り。本音を言えばダンシングブレーヴをこそ巻き込んで欲しかったのだが……まあ、欲張り過ぎるのは良くないだろう。
重い芝を踏み込んで。一センチでも遠くへ、コンマ一秒でも速く進む。逃げる。逃げる。必死で逃げる。
背後の威圧感に心が磨り減っていく。なるほど、これが逃げウマ娘が味わうレースの怖さか。フォルティシームの笑みは未だに崩れない。
これならまだ、シンボリルドルフの方が恐ろしい。
中団のウマ娘達の喰らい合いは、先頭を逃げるフォルティシームには有利に進んだと言っていい。差してくるウマ娘達は既に体力が削られている。ならば二の矢で突き放せる。
狼が槍を飲み込んだ。龍と巨人が相打った。嵐が山を支配した。世界が、終わる。レースが、終わる。
捻じ伏せられたウマ娘が沈む。捻じ伏せたウマ娘がフォルティシームを差しにかかる。
ここだ。と確信を得て。逃げながら溜めた脚を使おうとする。逃げて差す。フォルティシームの原初の戦術。ただの逃げウマ娘だと思っている奴等への奇襲。
それら全てを。世界の押し付けに勝利したウマ娘を、二の矢を放たんとしたフォルティシームを。全ての思考を御破算にするウマ娘が動き出した。
最終コーナー。とうとう、勇者が全力を出した。
垂れてきていたウマ娘達を一瞬で追い抜く。そのまま、中団で勝利したウマ娘達への距離を一気に詰める。
最早周囲が停止しているのでは無いかと錯覚する程の速さ。誰が彼女が病んでいるなどと信じるだろうか。
他のウマ娘が一歩踏み出すうちに二、三回脚を回転させる。脚の速さはそんな単純な理屈。
すぐに、そのウマ娘達を追い抜く。残った相手はただ一人。
先頭で待ち受けていた魔王と、喉元まで迫った勇者の一騎打ちだ。
まずはフォルティシームが溜めていた二の矢を放つ。常識では有り得ない逃げウマ娘の再度の加速。だがその程度でダンシングブレーヴは怯みはしない。その程度で勇者から逃げ切れはしない。
ただ淡々と。ダンシングブレーヴは自分の走りをするだけだ。それだけで差が縮まる以上、そこに駆け引きも奇策も必要無い。
だからそれを行うのはフォルティシームの方。と言っても、奇策と言うほどのものでも無いが。
行うのは二つ目の世界の構築。狙うは自己の強化。参考にするのはシンボリルドルフ。核にする思いは、ただ負けたくないと。
そう。負けたくない。仰々しい風景など要らない。他を貶める必要も無い。誰かを巻き込む必要も無い。ただ、全力を。本気を。
その世界がもたらすものを無理矢理言葉で表すのなら、脳のリミッター解除といったところか。
ただ自己で完結した世界。自分だけを変革する。脚を無理矢理動かして、心臓を異常に鼓動させる。人為的な限界突破。言うなれば三の矢か。
加速に加速を重ねる。最終直線の五百三十三メートルのうち半分は過ぎたか。
この場で唯一つ、フォルティシームに有利な点がある。
ダンシングブレーヴは世界に入れない。絶え間なく続く激痛から逃れるための薬。麻薬の一歩手前とも言えるようなその薬が彼女から世界を作る為の集中力を奪っている。その上で、肺はその機能を放棄し始めているし、彼女の体温は異常と言える高さに達している。
だが、それでも。
ただ単純な肉体のスペックによって、勇者は魔王に迫って行く。
あと百五十メートル程か。とうとうダンシングブレーヴがフォルティシームに追いつく。最早逃げとしての貯金は尽きた。
しかし。これで終わる程度ならフォルティシームは魔王と呼ばれてはいない。都合、四度目の加速。ほんの僅かに抜け出して。
すぐに勇者に追い付かれる。
相変わらず。どうにも私はいつもギリギリの勝負になる。フォルティシームは頭の片隅でそんな事を思う。
トレーナーは心配しているだろうか。大丈夫だよ、私は勝つから。貴女の為に。可哀想な勇者の為に。負けない。負けたくない。絶対に勝つ。
全ての意志力を振り絞って脚を前に進める。無理矢理推し進める、五度目の加速。限界? そんなものは知らない。私はフォルティシームだ。私は最強だ。ならば私の身体もこの程度は出来るはずだ。
それでも。魔王の覚醒は、勇者に打ち倒されるのがお約束だ。
五度目の加速は、ダンシングブレーヴの加速に及ばない。距離の差が、位置関係が逆転する。ほんの数ミリだけ、ダンシングブレーヴが前に出る。
最早終わったと観客達は判断する。凱旋門賞の栄誉は、英国最強の元に渡ったのだと。
否だ。フォルティシームはまだ諦めてはいない。
何でもいい。世界を作り上げろ。スペックで勝てない相手なら武器を磨き上げろ。
残りは百メートル。じわりじわりと勇者が前に出る。距離の差が開いていく。観客達は歓声を上げる。
とうに呼吸の止まったフォルティシーム。酸素の足りていない脳で、世界を作るために極度に集中して。
残り七十五。ダンシングブレーヴとて尋常ではない状態になっている。肺は役割を放棄した。身体の激痛は最早薬で抑えられなくなっている。それでも勝つ。勝たなければ全てを失う。だから。負けない為にお前が負けろ。
フォルティシーム。視界はボヤけて、脚はもう感覚を無くして。呼吸も出来なくて。最早何も考えられなくて。アレ? 私、なんで走ってるんだっけ──
気がついたら、大きな扉の前に立っていた。
何の理屈もなく、直感した。きっとこの扉を開けば新たな世界に到れる。きっと、勝てる。
しかし、何か大事な事を忘れている気がする。少し考えて──諦めた。元々考えるタイプでは無いから。求めているのは勝利だから。
扉を押し開けようとして……何かに、誰かに腕を引っ張られた。
はて、これは……いや、この人は誰だっけ? 何かを口にしている。恐らくは引き留めようとしているのだとは分かるのだけれど。
関係無いか。私は勝利が欲しい。勝利を捧げる──誰に?
そこまで考えて、ようやく思い出せた。そうだ、私が誓ったのは勝利だけど、私が求められたのはそうじゃなかった。
負けてもいいから無事で帰ってきてと。そう祈られた事を思い出した。
ならば。きっとこの扉は開いてはいけない扉だ。この先に行けば、きっと神の領域にも到れるのだろうけれど。神になろうとした人間の末路などロクなものじゃない。私の一番の望みは貴女の……トレーナーの笑顔だけれど、私が一番望まないのはトレーナーが悲しむ事だ。
だから。フォルティシームは扉に背を向け、敗北を受け入れ──ない。
気合いの雄叫びを一つ上げ、飛び蹴りを扉にぶち込み勢いよく開く。
勝利する。無事に帰る。どちらもやってみせよう。何故なら私はフォルティシームだから。無事に帰ると誓った。勝利を持ち帰ると誓った。地獄から解放すると誓った。ならば全ての誓いを果たして見せよう。
残り五十。フォルティシームの意識が戻る。脚に力が戻る。強く、強く踏み込んで、離された距離を一気に詰める。
二十五。再び並んだ。
十。最早数歩で勝負は終わる。
五。バキリと脚から不吉な音が聞こえる。激痛。知るか。全ては誓いの為に。
最後の一歩。へし折れた脚で踏み込む。痛みを感じている暇があればゴールに突っ込め。ハナ差一ミリだろうと前に出ろ。
それは文字通りのハナ差一ミリで、判定に暫く時間を要するものだったけれど。
勝った。と思った。
負けた。と思った。
「……全ク。酷い人。私から、勝利スラ奪うなんて。これで、何も無くなっチャいました」
「ならば代わりに、君に友をあげよう。何も無くなったというのなら、どうだい? 私と共に日本に来るといい。生きる理由は、追々探せばいいさ」
「傲慢デ、ズルい人。……仕方ナイから、乗せられて上げマス」
掲示板に表示が灯る。一着、フォルティシーム。二着、ダンシングブレーヴ。
勝利の誓いも、勇者の呪いを解く誓いも、無事に帰る誓いも。全てを果たした。いや……無事かどうかには一考の余地があるかもしれないが。
「フォルティ! 脚!! 担架!!」
動揺やら何やらで喋り方がおかしくなっているトレーナーが近付いてくる。ああそういえば脚折れたんだっけと思いつつ、そんな事よりもっと大事な事があるんだと話しかける。
「トレーナー。そんな事より、私、勝ったよ」
「そんな事!? 脚を変な方向に曲げながら何言ってんの!?」
「そんな事さ。約束、覚えているかい?」
「え……? え……! いや、今じゃ無いでしょ!? みんな見てるし──」
「関係無い」
近くにはダンシングブレーヴ。遠くには無数の観客達。
重なり合う二人の姿。
Wowという驚きの声が聞こえる。
こうして見事フォルティシームは本懐を遂げて。
力を使い果たしてパタリと倒れた。
以下読まなくていい書けなかった妄想メモ
ダンシングブレーヴ(本小説)は家族から疎まれている(子馬の時に散々な見栄えだった原作リスペクト)更に病気が伝染ると友達も出来なかった(マリー病のせいで相手が見つからなかった原作リスペクト)
しかしレースで勝つと家族は手のひらを返して擦り寄ってきたし、街ゆく人も憧れてくれるようになった。そこからレースで勝てば愛される。レースで勝てば何でも手に入るという思想に目覚める。
負けたら全部無くなるというのは強迫観念であって実際には多分何も無くならない…けど、多分いいきっかけとして日本には行く。トレセン学園留学生的な?トレーナーちゃんが担当しそう
男トレ×フォルティシーム
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焼き直し部分はカット
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被りも書く