【悲報】起きたらウマ娘になってたんだが【助けて】   作:らっきー(16代目)

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フォルティシームことイッチの前世の掘り下げです。シリアスが苦手な人は読まない方がいいです。鬱要素がダメな人も
死人が出るくらいには暗い話です。完全に手癖で書いたので


リクエスト集
リクエストその1(イッチの過去編)


 物心がついた時には父親はいなかった。病気や事故で死んだという訳じゃないらしい。母曰く、『いつか私達の所に帰ってくる』のだそうだ。アホらしい。

 

 母親はウマ娘。……と言っても、G1で勝利を上げるようなスターウマ娘では無く、夢を抱いてトレセン学園に入って、周りの才能に心を折られ、一勝も出来ずに学園を去る。そんな何処にでも居る、ありふれた可哀想なウマ娘だった。

 

 さて、そんなトレセン学園を退学になるようなウマ娘がどうなるのか。華々しい活躍にばかり目がいって、その辺りを気にかける人というのは案外少ない。

 

 まず一つ。地方レースに移動すること。これは最上の選択肢と言っていいだろう。ある程度──中央では無理でも地方なら活躍出来る程度の──才能があるウマ娘はそうする。少し環境は変わるが、概ねトレセン学園にいた頃のように生活出来る。地方のスターにでもなれば、少々格は落ちるが夢を叶えたと言えるだろう。

 

 二つ目。普通の人間と同じように普通の学校へ通ったり、就職したりする事。

 これが、案外難しい。今までレースに全てを賭けていたようなウマ娘が、今更普通に馴染めるか。周囲の理解を得られるか。

 まあ、言ってしまえば運次第だ。そして、堕ちるウマ娘というのは得てして運の無いものだ。勿論、楽しく学生生活を送っていたり、肉体労働の楽しさにハマるウマ娘もいるが。

 

 三つ目。何処にもしがみつけなかったウマ娘の堕ちる先。母親が堕ちた先。

 ウマ娘達は、種族的特性として美しい女性である。そして、絶対数が少ない。つまりはそういう需要を満たせて、しかし供給量が少ない。

 

 楽な金稼ぎの手段として。或いは承認欲求を満たす手段として。

 生活費を稼ぐためならまだ良い方。最悪なのは後者。

 トレセン学園で得られなかったモノを、手軽に得る。それも大量に。その偽物の幸せにハマってしまえば、後は堕ちるだけだ。

 

 余談が長くなってしまった。私の悪い癖だ。

 まあ別に大した話をしていた訳では無い。只、ロクでもない家庭環境だと、それだけの話だ。

 

 

 

 さて、そんな両親……というか、母親だったから。案の定というべきかロクな幼少期は送れなかった。

 家に代わる代わる男が来るようになったのは三歳か四歳頃。連れ込んだ男と母の行為を初めて見たのは小学校に入学するよりは早いくらい。……とはいえ、義務教育なんて上等な物は私は受けられなかったが。そもそも私に戸籍があるのかも怪しい。

 

 そんな生活ではあったが、私は別に自分の事を不幸だとは思わなかった。何せ、普通の人間の生活を知らなかったから。そういう意味ではマトモに学校に通っていないのもいい事だったのかもしれない。

 

 ただ、少しずつ、少しずつ。男達を疎ましく思うようになった。母を気持ち悪く思うようになった。今にして思えば、きっと思春期の始まりだったのだろうけど。十二かそこらには、最早嫌悪感しか残っていなかった。

 

 男達が動物にしか見えなくなった。母がおぞましい汚物にしか見えなくなった。母以外に女を、ウマ娘を知らなかったから、憎悪はそこにも及んだ。

 世界の全てが汚く思えた。

 

 決定的だったのは十四歳の時。

 男を連れ込んでいない日の事だった。母は男に溺れるか酒に溺れるかしかしない女性だったから、恐らくその日も酔っ払っていたのだろう。

 

 いつものように母の財布から金を抜いて食事を買って。寝ている母を起こそうとした時に、グイっと引き倒された。

 寝惚けているのかと文句を言おうとして、狂ったような母の目を見て何も言えなくなった。

 

 おとうさんに、にてきたね。

 

 普通の家庭ならきっと何でもない一言なのだろう、と今ならば言えるが。その時は吐き気を堪えるので必死だった。

 母の抱擁という、普通の子供であれば恥ずかしがりつつも喜んだであろうソレに限界が来て、突き飛ばした。

 

 世界も、自分も。全てが悍ましかった。

 その日の夜に、なけなしの金を盗んで家を飛び出した。

 

 

 

 学も無ければ生きる為のスキルも無い。本来だったらこんな反抗心だけの家出などした所で警察にでも保護されて終わっていたのだろうけれど。生憎私にも一つ……いや、二つだけ取り柄があった。

 

 一つは両親譲りの……母曰く父親によく似ている顔。結局美形というのは得だ。美しくて幼い少年。それだけで庇護欲を引き出すことが出来る。

 

 二つ目は母譲りの人誑しの才能。声質とか、言葉選びとか。何となく相手が求める物が分かってしまう。相手の求める自分を演じて、相手が欲しがる言葉を並べる。それだけで大体の人は心を許してくれた。

 

 何をしていたか。結局は母の真似事だ。バカな女を誑かして、宿と食事と、人間並みの生活を得る。狙い目はウマ娘だ。種族的特性なのか弱者を放っておけない優しさを持っているし、大体は承認欲求……誰かの愛に飢えている。ついでに金持ちも多い。

 

 少し小汚い格好をして、繁華街で蹲る。そんな子供に話しかけてくるのはお節介で、他人との関係に飢えているバカだけだ。

 

 薄汚い血にはそういう才能が受け継がれていたのだろう。

 

 繰り返しになるが、母の真似事をしていた。身体を売って、対価を貰う。

 男に身体を売った。心のどこかが削れていった。女に身体を売った。心のどこかが削れていった。何奴も此奴も気持ち悪かった。

 

 そんな生活を数年続けて、限界が来た……と言っても、心が折れたとかそういう話じゃない。単純に、警察に見つかった。十六か十七か、とにかく未成年だったから親に連絡を、となった所で自宅の電話番号も住所も知らない事に思い至る。分かるのは名前ぐらい。

 

 ただ日本の警察というのは存外優秀なようで。それだけの情報でも結局家をつきとめて見せた。それなりの日数はかかったが。

 家に送り届けられて……つまりは、母と再会して。三、四年ぶりに見る彼女は随分とやつれて見えた。

 

 どうやら子供に出ていかれるというのは彼女のような女性でも結構堪えたようで。久しぶりの実家での生活は随分とマトモな物になった。

 家に見知らぬ男が来る事も無かったし、酒に溺れる姿も見なくなった。マトモな仕事に就いたのか規則正しく生活している母の姿を見るようになった。

 

 多分、私の人生で一番幸せだった期間だった──ほんの数週間程だったけれど。

 

 さて、少々話は逸れるが、父の話をしよう。当時の私が母から聞いた事もあるし、後述するとある事情で知った事もある。

 

 父は母の現役時代のトレーナーだったらしい。学生を妊娠させて退学後も連絡を断つというのは控え目に言っても屑の所業だと今ならば言えるのだが、その頃の私にそんな分別は無かった。

 

 そんな父も今では敏腕トレーナーと持て囃されているそうで。G1レース──当時の私は勿論それが何かを理解していない。ただのテレビ番組程度の認識だった──で担当しているウマ娘と一緒にインタビューを受けている姿を母と共に見た。お父さんだよと言われても何の実感も湧かなかったが。

 

 まあ屑が今では社会的名誉を得ているとだけ覚えてもらえればいい。

 そして世の中にはそんな人間を許せない正義感の強いバカと、ゴシップネタで喜ぶバカが蔓延している。他人の不幸はいつだって娯楽として消費される。

 

 何があったのかと言えば、週刊誌のすっぱ抜きだ。『G1トレーナーの闇』だなんてありふれた見出しの。

 

 私としては別に父親だとも思ってないし、知らない人の関係無いニュースぐらいにしか思っていなかったのだけれど。世間からすればそうでも無かったらしい。

 

 名誉あるG1トレーナーの醜聞に蝿が集っていた。

 

 それだけなら私はどうでもいい事だった。母は悲しむだろうが、話題が収まるまでテレビを付けないようにすればいいだけだ。

 問題だったのは。鬱陶しかったのは、母を追い詰めたのは。正義の元に事実確認を行おうとする屑共。

 

 どうやって突き止めたのか、家や母の職場にまでやってきて、下世話な質問を投げてくる。元々良い噂の流れるような人じゃなかったから、後ろ指を指されるようになるのも早かった。

 

 淫売だとかなんだとか、そんな言葉を向けられて。職も変えざるを得なくなって。また酒に溺れるようになった。暴力を私に向けてこなかったのが救いだけど──老いたとはいえ、ウマ娘の力でそんな事をされたら死んでいただろう──帰ってきて家具が壊れているのをよく見た。

 

 限界だったのだろう。元々強い人では無かったから。よく私に縋り付いて泣くようになった。

 

 ある日、母が私の事を違う名前で呼んだ。

 知らない名前だったけれど、その壊れた顔で何となく察した。多分、父の名だ。

 違う、と否定したけれど。そんなものは何の意味も無かった。

 

 今まで私が利用して捨ててきたような女達と似たような顔をして。後は私が家出した時と同じような事の焼き直し。

 違いは私が拒絶しなかったことか。全てがどうでもよくなったから。そして、それが私の一番の間違い。

 

 全てが終わった後、ごめんなさいと泣きながら謝り続ける彼女の姿を見て、ああ、私は間違えたんだなと悟った。

 

 翌朝目を覚ますと、母は首を吊っていた。

 

 ああ、これはもう手遅れだなと変に冷静な思考を回して。然るべき手続きを……いや、何をすればいいのかなんて分からなかったけれど。

 

 母が死んでも、屑共の追求は終わらなかった。矛先が私に変わったという変化はあったが。おかげでマトモな仕事に就けやしない。

 

 死んだように生きていた。生きる理由なんてもうどこにも無くて、それでも生きていたのは、このまま死ぬのが気に食わなかったから。

 人は泣きながら産まれてくる。ならば死ぬ時は笑いながら死ぬべきだろう。母のような死に方は御免だ。

 

 それだけの為に生きていた。いつか笑える、なんて気楽に思えはしなかったけど。ただ生きて、生きて──

 

 

 

 

 

 目が覚めた。懐かしい、昔の夢を見た。

 すぅ、すぅと聞こえてくる寝息に、そういえばブレーヴと一緒に寝たんだっけと思い出す。あれほど母を、ひいてはウマ娘を嫌っていた自分がこんな距離感を許すようになるとは。人も変わるものだ。

 

 あの頃に比べれば、随分と楽しく日々を送れるようになった。三女神の気まぐれか、気が触れた私の見ている夢なのか、未だに理解は出来ていないけれど。

 

 このまま笑って死ねるのかは分からない。幸せになる物語はあっても、幸せであり続ける物語は存在しないから。

 

 それでも、今は明日を信じてもいいと思える。

 

 昔の私へ。死なないでいてくれてありがとう。

 おかげで私は今、幸せです。

 

 

 




喪中みたいな話を書いていといてアレですがあけましておめでとうございます

男トレ×フォルティシーム

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