【悲報】起きたらウマ娘になってたんだが【助けて】 作:らっきー(16代目)
この小説はハッピーエンドだし過去以外に鬱要素もありません
因みにタイトルはヴァイオレットエヴァーガーデンifから来てます。どうでもいいね
秋。菊花賞を終えて。つまり世界最強の素質のあるウマ娘、フォルティシームが三冠バとなって。
彼女はトレーナー室で自分のトレーナーを煽り倒していた。
「どうよトレーナー君! これで三冠バのトレーナーとして有名人だね! おめでとう! ねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?」
「最高に最悪。お前強すぎんだよ。可愛げが無い……というか、有名人ならお前の方がよっぽどだろう。散々取材の申し込み来てるぞ」
その言葉にうぐっと勢いを失うフォルティシーム。それ程までにマスコミが嫌いなのか。嫌いなのだろうけど。
「お前……取材ぐらい受けたらどうだ? 昔、一回受けてただろう」
「……あの一回で嫌になった。元々嫌いだったけど。トレーナー君がどうしても受けろって言うなら受けるけど……」
嫌だなあと露骨に顔に出ている。好きな人のお願いと心の底から嫌いなもの。天秤にかけたらどちらに傾くかは結構ギリギリの差。嫌悪感と不安が入り交じった顔をしているフォルティシームの頭にトレーナーの手が置かれ、髪が少し掻き回される。
「言わん。俺だって態々目立つような所には行きたくない。URAは文句を言うだろうが……まあどうでもいいだろ」
安堵感で揺れる尻尾と、撫でられる心地良さに少し細められる目。離れていく手にもっと撫でてと言えないのは臆病さ故か。
「ありがと、トレーナー君」
「どうでもいい事を無理強いして臍曲げられても困るからな。なにせ、お前のお陰でボーナスに祝い金に……まあ稼がせてもらってる」
「トレーナー君が喜んでくれるなら勝った甲斐もあるよ」
レースに興味の無い、勝ちに価値を認めていない彼女はそんな事を言う。自分自身の価値を、他人に見出して貰わないと認識できない。自己肯定感というものが身につかないまま育ってしまった弊害である。彼女の行動原理は褒められたい、求められたいというもので、しかし心に穴が空いている故に満たされることは無い。
別の生きる理由を見つけるか、心の穴を埋めるか。きっと幸せになれるのはそれからだ。
「ところでトレーナー君、お金何に使ってるの?」
「パチスロ」
「最悪だよ!」
「冗談だ」
時は流れて、ジャパンカップで薄氷の勝利を得て、有マ記念で惜しくも破れた頃。
フォルティシームは、かつてないほどに落ち込んでいた。耳も尻尾もずっと垂れ下がりっぱなしで、トレーナーと会うのも避けてネットの世界に大逃げするくらいには落ち込んでいた。
しかしトレーナー室で話そうというメッセージが飛んできて、とうとう逃げを封じられた。いつもなら挨拶が飛んでくるだけでも幸せな気分になるのに、今回ばかりは気が重い。
恐る恐る扉を開けて、先に来ていたトレーナーの姿を確認して。声をかける前に、或いは声をかけられる前に、負けた罪悪感とか今まで一人で抱え込んでいた不安だとかが爆発した。具体的には、泣いた。
「すてないで、とれーなー……」
ポロポロと涙を零しながら、出てきたのはそんな言葉。彼女にとって人間関係は互いに利用し合うものだったから。彼女にとって父親は見捨ててくるものだったから。
「まけてごめんなさい……もうまけないから、なんでもするから。おねがい。すてないで……」
泣きながらごめんなさいと繰り返すフォルティシームの姿は誰がどう見ても異常で、それはつまりトレーナーから見ても異常ということだ。
泣いてないでこっちに来いと手招きして。縋り着いて泣く彼女を撫でてやる。
「バカか。負けるのなんざ当たり前だろう。気にしすぎだ」
「すてない?」
「三冠ウマ娘を一回負けただけで手放すバカが居るかよ」
言葉の冷たさとは裏腹な手の温かさと、手放さないという宣言への安堵感からまた涙が溢れる。結局そのまま、五分か十分ほどトレーナーに縋り着いて泣いていた。
まさか一回の敗北でこうなるとは思わなかった、というのがトレーナーの正直な感想である。次は勝とうなとか皇帝相手に良くやったとか、考えていた慰めは何一つ使えなかった。
何となくそんな気はしていたが、きっと何かトラウマを抱えているのだろうなと思う。捨てないで、という言葉から推測するに幼いうちに親が離婚でもしたのか、ネグレクトでも受けていたのか。
頭を撫でながら、内心で溜息。トレーナーはフォルティシームの事を結構好意的に思っている。自分を慕ってくれるというのは嬉しいものだ。
だからこそ、距離感に悩んでいる。フォルティシームを見ているとどうしても思い出してしまう人がいるから。重ね合わせてしまっていると自覚しているから。そしてどうにも、彼女の方も自分に誰か……恐らく父親。或いは兄。を重ねているようだ。
人は誰かの代わりになれない、なんていうのは嘘っぱちだ。求められているモノと成りたいモノが一致してしまえば人はどんな役割でもこなせる。
自分が父親なり兄なりをやって、フォルティシームが娘、或いは妹になる。それは余りにも甘美な誘惑で、実に苦々しい共依存だ。相手を通して、忘れられない誰かを見る。イカれた関係になりかねない弱さがあると自覚しているし、どうにも彼女も危うそうだ。
いつか、お互いに腹を割って話す必要がありそうだ。慕ってくれる彼女の為にも、未だに過去を引きずっている自分の為にも。それが、大人の責任だ。
凱旋門賞。世界で一番名誉あるレースに、見事招待されたフォルティシーム。海外まで来て外国のウマ娘達を見て、闘争心を高める……つもりで、しかしその前に圧倒されていた。
イギリスのウマ娘、ダンシングブレーヴ。彼女に会った。走る理由を聞いた。誤解を恐れずに言えば、ビビった。それでも、勝ちたいと思った。
ダンシングブレーヴを止めてやる為に。トレーナーに誉めて貰う為に。強いフォルティシームでいる為に。捨てられる恐怖から逃れる為に。
しかしやはり不安は消えなくて。頼った相手はトレーナー。勝てると言って欲しかったから。強くて自信満々なフォルティシームに戻りたかったから。
「別に、勝たなくてもいい」
トレーナーから返ってきたのは、職務放棄ともとれるそんな言葉。
「お前、俺が勝てって言ったら本当に勝つだろ。何してでも。嫌なんだよ、そういうの。有マでお前が倒れた時、本当に心臓が止まるかと思った。……少し、つまらない話を聞いてくれ」
トレーナーが語ったのは、彼の妹の事。フォルティシームと同じ芦毛のウマ娘で、生意気な所が少し似ていて、もう世界のどこにもいない女の子の事。
自分は口が悪いから、つまらない事で良く喧嘩したと語る。それは、最期の時も。
他愛の無い口喧嘩のはずだった。些細な事で言い合いになって、熱が入って。でも何日か経って頭が冷えたらお互いに謝って元に戻る、そんな良くある喧嘩。その時の彼はそう思っていた。病状が急変したと聞くまでは。
良くなったらすぐに謝ろうと思って、面会出来るようになるのを待って、待ち続けて。次に会えた時には、もう言葉は届かなくなっていた。
彼は今でも、妹を殺したのは自分だと思っている。人の思いが奇跡を起こして不治の病を治すのなら、逆もまた然りだ。
自分があんな事を言わなければ、今もまだ妹は生きていたんじゃないか。そんな事をよく考える。殺してやりたいほどに自分の事を憎んだし、今もそうだ。トレーナーになったのだって、妹の代わりにウマ娘を幸せにしたら少しは薄汚い自分もマトモになれるんじゃないかという自慰行為だ。
「──だから、俺はお前に勝てなんて言わん。無理して勝つぐらいなら今からでも出走を取り止めて日本に帰った方が良いと思ってる。それでお前を捨てたりなんて絶対にしない」
それは紛うことなきトレーナーの本心。金も、名誉も。命と引き換えにしてまで得るべきものでは無いと知っているから。
「俺に、もう一度妹を殺させないでくれよ……」
絞り出すような、最後の言葉。
フォルティシームは、素直に嬉しいと思った。勝たなくても、逃げ帰っても捨てられない。それはきっと、ずっと求めていた無償の愛というもので。トレーナーの言葉に従ってしまえばきっと楽になれるのだろう。世間から何と言われようと二人とも気にしないことだし。
その後は、シービー先輩やルドルフ先輩と一緒に遊んで、トレーナーとももっと仲良くなって。ルドルフ先輩の夢を一緒に追うのもいいかもしれない。トレーナーが初めて会った時に言っていたように、今まで稼いだお金でさっさと引退してしまうのも一つだ。別に今逃げたって人生が終わる訳じゃないんだから。ダンシングブレーヴだって、自分のしようとしている事は余計なお世話でしかなくて、彼女は今の方が幸せかもしれない。
「……ごめんね、トレーナー君」
なのに、出てきた言葉はそんなもの。
「今逃げたら、ダメな気がするんだ。私が私を好きになるために。私が、生きてていいんだって思えるようになるために。……それに、案外あっさり終わっちゃうかもよ! 私達二人とも悲観的になってるけど、別に何か起きるって決まってるわけじゃないからないんだからさ!」
前半は本心で、後半は空元気。或いは嘘。
ウマソウルなるものが教えてくれているのか、三女神からの警告か。このレースの結果は、ロクな末路じゃないんだろうなという直感がある。
それでも。今逃げたら一生心から笑えなくなる気がしたから。胸を張れる自分でいたいから。運命を乗り越えて、神様に中指を立てて笑ってやる為に、走る事を決めた。
「……そうかよ。それを心から望むなら、俺に止める権利なんて無い。お前は勝てるよ、フォルティシーム」
「トレーナー君が名前で呼んでくれるの、初めてじゃない? ……勝つよ。勝って、杞憂だったねって二人で笑おう。約束だよ?」
「ああ、約束だ。無事に帰ってこい」
小指を絡めて、子供のように約束をする。
凱旋門賞が始まる。
レースは当然のように激戦で。最後に立ちはだかるのはやはりというかダンシングブレーヴ。
必然のように、運命はフォルティシームに選択を迫る。傷だらけの勝利か、無事の敗北か。
さっさと諦めるのが賢い選択だ。凱旋門賞で二着、十分すぎる結果だ。誰も責めたりしないし、トレーナーは無事に帰ってきた事を喜んでくれるだろう。
でも、ごめん。私はバカだから。命より、何より優先したいものがあるから。何としてでも勝利を掴む。勝って、誇れる自分になって、トレーナーに好きだと伝える。何からも逃げなかったと笑うために。
意地と根性と執念で勝利を掴む。代償に脚が折れたが、その程度なら安いものだとトレーナーを探す。勝ったよ。帰ってきたよと伝える為に。一緒に笑う為に。
脚を引きずりながらも踏み出そうとして、視界が傾いた。何かが変だなと思う間もなく意識が途切れた。
「巫山戯るなよバカ野郎が!」
ザワついてる観客達を押しのけてコースへと飛び出す。手にはAED。こんなもの要らなかったと笑い飛ばしたかったが、悪い予感に従って正解だった。
ダンシングブレーヴが救護を呼びに行っている。ならば自分は自分に出来ることを。最悪に備えてシミュレーションしてきた。心臓マッサージ、人工呼吸、電気ショック。とにかくやれることを。
「死ぬんじゃねぇよ! 約束しただろうが!」
胸を押す。息を吹き込む。電流を流す。その繰り返し。
死なないでくれ。もうごめんだ。
俺のせいだ。二度目はもう、耐えられない。
「頼むよ神様……大切な人なんだ……まだ好きって言えてないんだよ……」
哀願とともに、秘めてた想いが零れる。何を言っているのか自分でも意識していないからこそ、それは心の底の本心だ。
どこか妹に似ていて、少し生意気で、いつも寂しそうにしている彼女が気になっていた。いつの間にか恋をしていた。
想いは時に人を傷つけ、殺す。ならば逆もまた然りだ。
胸骨圧迫を行っていた手が、弱々しく握られる。次いで、咳き込む音。
「……両想い、じゃん。私……達」
聞こえてきた彼女の声を幻聴ではないかと疑い、握られている手の感触に現実を理解して。衝動のままに抱えるようにして抱き締めた。
「ちょ……苦しいよ……」
「我慢しろ。どんだけ心配したと思ってる」
「……ただいま、トレーナー君」
「おかえり」
血を採られたりよく分からない機械に突っ込まれたり、脚の治療を受けたりして個室へと叩き込まれた。
少なくとも飛行機に乗れるようになるぐらいまでは入院が確定しているから、これは大層暇になるだろうと予感していたけれど、案外そうでも無かった。トレーナーが四六時中付いていてくれたから。
「トレーナー君、ずっと居てくれるけど、大丈夫なの?」
「迷惑か?」
「そんな事無いけど。お仕事とかさ。いいんだよ? 私にそんな気を遣わなくて」
「……目を離してる間に死なれたら困る」
心配性だなと言おうとしたけれど、彼の妹の話を思い出して口ごもる。もしかしたら、彼は余り病院を信用していないのかもしれない。だから違うことを言う。
「ね、トレーナー君」
「何だ?」
「いつ結婚する?」
トレーナーは思いっきりむせ込んだ。
「唇も奪われちゃったしー、胸も見られたしー。責任取って貰わないと」
「……救命行為だ」
「でも私の事好きなんでしょ?」
「…………ああ」
ニヤニヤといいネタが手に入ったと喜ぶフォルティシームと、苦々しげな顔をしたトレーナー。
人間を信じられなくなった女と、自分を許せなくなった男。傷を抱えた凸凹な二人で、だからこそ噛み合わせは良いのかもしれない。
フォルティシームは父親のように愛情を注いでくれる人を求めていて、トレーナーは妹のように愛せる人を求めている。一見すると代償行為のような関係で、しかしその視線はきちんと相手の事を見ている。
しっかりとお互いに向き合い、傷を見せ合いお互いを理解して。
きっと二人は、幸せを掴むのだろう。
このままだと感想が『いる』に支配されそうだったので特急で書き上げました。
書いてるうちにこの2人の話をしっかり書きたくなりました。書くとしたらリクエストを消化してからですが。
しっかり書いてもいいって言った人は責任をもってお気に入りを外さず待っていてください
男トレ×フォルティシーム
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焼き直し部分はカット
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被りも書く