ユウリとホップが近付いてくる。
聞こえて来た会話の流れからして、確実に俺達に話しかけるつもりだ。
明日になれば開会式で嫌でも邂逅する為、今晩中にはこの世界の主人公と顔を合わせる覚悟を決めるつもりではあったが、今はまだそんな覚悟出来ていない。
スローモーションの様に思考が加速する。
ジムの入り口から受付まで数十メートル。即座に何食わぬ顔で離脱すればまだ避けられる。
本当なら今すぐにでも知らん振りしてこのジムから抜け出したい。
だが、それを目の前の
「何処見てるんですか?この僕が怪我でもしたら責任とれるのかと聞いているんですけど」
「大体ですね。後ろに目は付いていませんけど、こんな至近距離に並んでいたんですから人の気配くらいわかりますよね?それなのにぶつかるって気が抜けすぎなんじゃないですか」
「それとも何ですか、故意にぶつかったんですか? 確かに僕は最も次のチャンピオンに近い男ですよ。貴方が警戒心を抱くのは当たり前でしょう。だからと言って場外で怪我させようとでも考えていたとしたらとんだ卑怯者ですよね」
うっっっっっっっとうしい!!!
ただひたすらに鬱陶しい!!
逃げようとする俺に対し、ビートは絶対に逃がさんと眼光で俺に釘を刺してくる。人間って『くろいまなざし』使えるんですね……。
出会って早々こんなに小言を言われるとは考えてもいなかった。
ピンク堕ちする前のビートがこんなに捻くれてる奴だったとは想定外もいい所である。
確かに剣盾をプレイした時、初めの頃のビートの言動に「んん?」と思ったことはある。だけどその時は、それはあくまでキャラのセリフとして捉えており、イラついたりすることは無く、キャラ付けの一環として子ども特有の可愛いモノだと受け止めていた。
だが、現実世界で面と言われると死ぬほどキツい。
第三者の立場で感じるのと、当事者の立場で受け取るのとでは当たり前のことではあるが、天と地ほどの差があった。
ビートの小言は続く。
此方としても加害者である以上、下手なことが言えず、ビートの溜飲が下がるまで頭を下げ続ける。段々、部活動やバイト先の嫌な先輩に理不尽な暴言を言われ続けているかの様な、圧迫された感情が一方的に胸に溜まっていく。
流石にイラついてきた。ちょっとぶつかっちゃった位で言い過ぎではなかろうか。
大体今くらいの接触で怪我なんかするわけねぇだろスペランカーじゃねんだから!Bの種族値0か?そもそもこっちは(身体は)乙女やぞ!お前が俺の心配しろやこの全身ピンク野郎!
言葉にしない抗議を念として送っていると、そんな俺の心の声が届いてしまったのかビートは、俺の顔を覗き込むように顔を近づけて来る。
「さっきから黙ってますけど僕の話聞いてるんですか?」
「聞いてますよ。ピンク似合ってますね」
「全く聞いていませんね」
しまったつい反射的に応えてしまった。
ビートは右手を頭に置き、やれやれと人を小馬鹿にするようなポーズをとる。そして、俺の態度に反省の色無しと見たのか、列を抜けて、こっちにこいと手招きのジェスチャーをした。
恐らく目的は小言の続きか本格的な説教の何方かだろう。本当に許して欲しい。
いざとなったら日ノ本仕込みの
「あの~何かあったんですか?」
「流石に可哀想だぞ」
ユウリとホップ合流。
ビートの足止めが長すぎた上に、衆目の前で明らかに良くない雰囲気だったこともあって、素早く話しかけるきっかけを作ってしまった。
初めて至近距離で見るこの世界の主人公たちは、何処にでも居る女の子と男の子に見えた。
だが、その行動は普通ではない。
普通なら君子危うきに近寄らずと、ジムチャレンジ登録という大事な時に発生した他人の問題ごとに態々顔を突っ込む人はいないだろう。だが、彼女たちはポケモンシリーズ主人公の例に漏れず、『ド』が付くほどのお人好しで、
初対面の人にもグイグイ突っ込んで来るし、きっとその行動に何の疑問も感じていない。
だから余り関わり合いたくなかった。
英雄の道は英雄にしか通れない。凡人は光に押しつぶされてて消えるだけ。
俺は凡人だ。バトルの才能なんか無い。伝説を御せるような力もない。胆力も精神力も人並み。何処にでもいるモブの一人。
今だってそうだ。何も出来なかった俺に対し、ホップは初対面であるにも関わらずビートを肩を組むようにして宥めてるし、ユウリはいつの間にか俺の背中に心配そうに手を添えている。
深い意味など何も考えていなのだろう。ただ、
その在り方で眼が潰れそうになる。
時間にして3分にも満たないだろうか。声こそ聞こえてこなかったが、ホップがビートとの話を切り上げたのが見て取れた。ビートは未だに不機嫌そうにしていたが、それでも一時の興奮は収まったようだ。ホップのコミュ力に感謝である。
話を切るならここであろう。
「あの…申し訳ありません…私の不注意で迷惑をかけてしまって…」
聞いてもいない名前をいうような不用意な真似はしない。これで話は終わりだと言外の意思で伝える。
兎に角今はこのネームドキャラのバミューダトライアングルから脱出したかった。
「それでは…」
身体を丸めて縮まり、出来るだけ静かに挑発しないようにサンドの様にこの場から抜け出す。こんな所に居られるか!(まだチェックインしていないけどホテルの)部屋に帰らせてもらう!
「ちょっと待てよ!」
ビクン!とホップからの呼び止めに身体が跳ねる。え?なんで呼び止められたのん?
首だけを後ろに向けると、ホップはとてもいい笑顔を浮かべていた。
「ポケモンバトルしようぜ!」
これからの予定がガラガラと崩れる音が聞こえる。
あの…本当にどうしてこうなったんだ……?
☓☓☓☓☓
エンジンジムの前。大きな通路を挟みビートと向かい合う。
突然発生した野良バトルに周囲はガヤガヤと騒がしい。
どうしてこんなことになってしまったのか。何故呼び止めたホップでは無く、ビートとポケモンバトルする事になったのか。
それは、ホップとビートの話し合いから産まれた結果の産物だ。
ホップの提案はこうであった。
『相手が悪意を持っているかどうかはポケモンバトルをすれば分かる。だから決着は口論では無くポケモンバトルでつけるべき』
ダンデの受け売りだというホップのこの俺からすれば意味の分からない理論で、ビートが丸め込まれ、この野良バトルにつながっているのだ。
何というか凄まじい
まぁ、実際は目ではなく身体がぶつかっているのだが。
「そういえば自己紹介がまだでしたね 僕はビート。ある方の推薦でジムチャレンジをおこなう未来のチャンピオンです」
「……私はナズナ。何処にでもいる一人のトレーナーだよ」
「ナズナ?何処かで聞いた名ですね」
「気のせいでしょ」
今更ながらビートと自己紹介を交わす。
ビートは俺の名前を聞いた時に聞き覚えがあったのか少し考える素振りをした。もしかしたらローズから何か聞いていたのかもしれない。
この反応を見て俺は、ビートの境遇が俺と似ていることに思い当たる。
ビートは養護施設出身だ。
詳細は不明だが、家族とトラブルを起こし、幼い頃から施設に放り込まれ、その施設では従来の性格から馴染むことが出来ず荒んでいってしまう。
それを救ったのが養護施設に訪れたローズだ。ローズは、ビートにミブリムを与え、孤独から救うだけで無く、彼のポケモントレーナーとしての才能を開花させた。
こうして挙げてみると何というか……
何だかぶつかったことでさえ運命的な不思議な縁を感じなくもない。
急に親近感が湧いてきた。
「バトルなんだけど1対1のエース対決でいい?」
「まあいいですけど」
「そ。ありがと」
正直。ホップの期待を裏切ることにはなるが、未だに纏わりついている『呪い』を振り撒いて、強制的にポケモンバトルを終わらせても良かった。
だけど、そんな気は無くなった。
不可思議な出会いとなってしまったが、よく考えれば才能のある強者と戦えることは貴重な経験になるし、ジムチャレンジ前の『景気づけ』にも丁度いいだろう。
いつまでもクヨクヨと、後ろを振り返っていても仕方が無い。
鞄を降ろし、腕を回し、腰ポーチからボールを一つ取る。
せっかくのエース対決だ。少し早いがお披露目するのはこの子しかいないだろう。
俺は、マフラーを上にあげ、
「此方は準備出来ましたよ」
「私も大丈夫」
お互いに向かい合う。心配事はあるが……まぁ、
「それでは」
「うん」
息を吸い込む。
俺とビートの声が空気に共鳴した。
『『バトル!』』
ポケモンがナズナに対し嫌悪感を感じるには一定の条件があります。
次回は1月初旬になると思います。まだ出ていないネームドキャラの登場回です。エミュが大変すぎる…
よいお年を。
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