転生者にとってポケモン世界は甘くない   作:かにかに銀

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思い付き。


プロローグ 小さきもの
理想と現実


『ポケモン世界に転生』

 

 一番好きなゲームに転生出来るなんて俺はなんて幸福なんだ。そう転生した瞬間は思った。

 

 俺の前の人生については、特に語る事は無い。人並みに生きて少し早くに死んだ。ただそれだけだ。殊更思い返すことなんて無い。

 

 そんなことよりも。神の気まぐれか世界のバグか何らかで、『ポケモンが本当に実在して』、『しかも自分のよく知る世界観に』、『赤ちゃんとして産まれることが出来た』この三つだけで、宝くじの1等が当たるよりも何百倍も幸福だと思えた。

 

 何故かって? それは勿論ポケモンが大好きだったからに決まってる。

 

 ポケモン世界の全ての地方を冒険し、毎週放送されたアニメをワクワクしながら観て、カラオケではポケモンの曲ばっかり歌った。部屋はポケモンのグッズで埋め尽くされてたし、休みの度にポケセンに通ったりもした。    

 ありとあらゆる方法でポケモン世界にのめり込んだ。

 

 そんな俺が大好きな世界に転生できたのだ。これが妄想でも一夜の夢でも非実在だったとしても全てどうでもいい。生きている限り───俺はこの世界を楽しみ尽くす。

 

 そんな決意と共に大きな泣き声をあげながら、俺はこのポケモン世界に新たな生を受けたのであった。

 

 

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 

 

 

 このポケモン世界に転生して約6年の月日が過ぎた。

 

 その間は、特にイベントなぞ起きず、前世の子どもの頃宜しく、朝起きて、友達と遊んで、夕方には帰り、早寝する。そんな毎日だった。

 

 ただ、日々の生活にポケモンが関わっているのを見るのはとても感動した。

 

 転生先の両親はポケモントレーナーでは無かった為、残念ながら家にポケモンがいるなんてことはなかったが、テレビでは常にポケモンが映り、大迫力のバトルを観ることが出来た。他にも、ペリッパーが手紙を運んできてくれたり、アーマーガアタクシーで他の街に旅行に行ったり、ゴーリキーが運んだ荷物を受け取ったりもした。

 

 まさに『ポケモンとの生活』

 

 俺は毎日幸せだった。まぁ、これらの光景も今では日常の一部と化しており、流石にはじめの頃の様な感動をすることはなくなったが。……時折ふと「ポケモン世界サイコー!」と叫びだしたくなったりはするけどね。

 

 

 あ、そうだ。転生先の世界についてなんだけど、俺が転生したのはガラル地方の何処かの街。つまり、『ポケットモンスターソード/シールド』の世界であった。

 

 何処かの街とぼかしたのは、ボケでも物忘れでもなんでもなく。俺の産まれた街がゲームのマップには載っていない街だったからだ。

 ガラルマップには観光地などの大きな街だけが載っており、人が住むだけの小さな街は載っていない。俺はそんな『世界の何処にでもある小さな街』に産まれた。

 

 アーマーガアタクシーで空から見たときにシュートシティが近くに見えた為、恐らくガラルの中央北ら辺に存在する街。それが俺の新たな故郷だ。

 

 空から見下ろす故郷の街は、シュートシティと比べてありきたりで平凡だったけど、いい街だと自然に思えた。……何故かアーマーガアが酷く暴れてタクシーがとんでもなく揺れたのは苦い思い出だが。

 

 それはさておき、この新たな故郷。つまりガラル地方に転生したことは、とても『当たり』だと感じる。

 その理由は、個人的にだが、ポケモン世界において、ガラルが最も安全な地方だと思うからだ。

 

 ポケモン世界には必ず悪の組織がいる。

 

 カントー地方・ジョウト地方では【ロケット団】

 ホウエン地方では【マグマ団アクア団】

 シンオウ地方では【ギンガ団】

 イッシュ地方では【プラズマ団】

 カロス地方では【フレア団】

 アローラ地方では【スカル団エーテル財団】

 

 本編ナンバリングだけでもこれだけいるし、コロシア厶やダンジョンなど外伝作品も含めるともっといる。

 

 これらの悪の組織は、全年齢対象作品としてぼかされていることも多いが、その実態として、平気で殺人を犯したり、ポケモンを誘拐したり、裏社会、作品によっては表社会までも牛耳ったりと、異常な権力を持っていたりする。時には天地に異常を発生させ、時には全てのポケモンを牛耳ろうと暗躍し、時には外宇宙からの生命体を降臨させたりもする。それがポケモン世界の悪の組織。

 彼らのおこなう悪事は、主人公(プレイヤー)たちに阻止されるのが定めではあるが、()()()()()()()()()()()()()。おこらなければ物語が始まらないからだ。

 幾ら念願のポケモン世界に転生と言っても、これらの明らかにヤバい組織がいる地方に産まれたとしたら、常に自衛の為のアンテナを張り、早急に何らかの対策を講じなくてはならないところであった。

 

 だが、ガラル地方の悪の組織は、そんな必要がない。何故ならガラルの悪の組織枠である【エール団】はただの傍迷惑なフーリガンの集団であるだけだからだ。そんなもの前の世界にも沢山いた。

【エール団】のおこなう悪事なんて通行妨害や、マリィグッズの押し売り(ぶっちゃけ欲しい)程度のもので、他の地方の激ヤバ連中と比べたら可愛いもの。そもそも現状【エール団】自体が見当たらない。

 

 ガラルでは悪の組織に狙われて突然のデッドエンドゲームオーバーなんていう心配は無いと言ってもいいだろう。俺はこの世界を老衰で死ぬまで楽しみたいのだ。

 

 

 

 さて、俺は6歳の誕生日を迎えた日に速攻でトレーナーズスクールに申し込んだ。理由は勿論、自分だけのポケモンを手に入れることと、ジムチャレンジ挑戦権を得る為だ。

 

 ガラル地方は、他の地方よりもポケモンバトルがエンタメとして注目されており、ポケモンの所持や、ジムチャレンジをする為には、専用のスクールに通い資格を得る必要がある。そのスクールに入学できる最低年齢が6歳というわけだ。中には、委員長やチャンピオン、ジムリーダーの推薦枠でスクールに通わずポケモンを手にし、ジムチャレンジに旅立つ子もいるけど、そんなのは基本的には関係のない話。

 

 一般的にはスクールで最低4年はポケモンについて理解を深め、特性や危険について学び、10歳になった時、初めてポケモントレーナーとなれるのである。10歳なのはこの世界において『大人』と認められるラインがそこであるからだが、これに関しては絶対早すぎると思う。戦国時代の元服でさえ12歳辺りからなのに。

 まぁ、結婚可能年齢も男女共に前世より早いし、色々早熟な世界なのだろう。サトシも10歳で大人顔負けのアジリティとボキャブラリーしてたしね。

 

 

 話を戻そう。俺が6歳の誕生日に申し込んだトレーナーズスクールだが、そこはなんと【マクロコスモス】傘下のスクールだった。これにはとても驚いた。ワクワクしてスクールの門をくぐったらローズの銅像があったんだ。声を上げなかっただけ褒めてほしい。

 

 だが、よく考えれば当たり前のことであった。競技としてのポケモンバトルに力を入れているローズ率いる【マクロコスモス】が、自社で次代のポケモントレーナーを養成するトレーナーズスクールの経営をしていない筈がない。孤児院でさえポケモンを教えていた男だ。そりゃやる。

 

 俺はここで『ローズが少し若いし、ダンデがチャンピオンになっている。恐らく今は本編開始前10年以内の何処かだな』と、この世界の時間軸について考察。その結果、早くて数年後にはガラル全体を巻き込んだ【ブラックナイト・ムゲンダイナ動乱】(今名付けた)が起きるという考えに行き着いた。

 

 もし、動乱が発生し、ローズが失脚したらこのスクールもどうなるか分からない。ダイマックス暴走時の身の安全自体は、ジムリーダーたちやダンデ。…恐らくいるだろう主人公(ユウリ)が守ってくれるとは思う。それでも、安全マージンを取るにはやはり最低限の力は欲しい。

 

 俺は、ポケモン世界を存分に満喫する為にも、最短の4年でスクールを卒業し、降りかかる脅威に対抗できる力をつけてさっさと旅に出ようと決意を固めたのだった。

 

 

 

 そして、ここまでが俺の楽しい記憶だ。

 

 

 

 10歳。同級生が何十人も新品のモンスターボールとキラキラのスニーカーと相棒のポケモンとで旅に向かう中、俺は───旅どころかポケモンの所持すら認められていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 

 

 

「先生ー! 今までありがとう〜〜! ジムチャレンジ頑張るねー!」

「はい、頑張ってください! 先生は貴方のことを見守ってますよ!」

 

 吐く息もすっかり白に染まる様になったある冬の日。

 その日、同級生がまた一人ジムチャレンジに旅立っていった。座学ではいつも最下位近くで、俺が何度も教えてあげた子だ。今だってタイプ相性を半分理解しているか怪しい。なのに卒業していった。

 

 俺はタイプ相性どころか、全てのポケモンのタイプを覚えている。なのに卒業できていない。

 理由はただ一つだ。

 

『彼女もついに卒業しましたか……これで☓☓年は、あの子一人ですね』

『そうですね……はぁ……。神様っていうのは気難しい。座学は常に満点。授業態度もポケモンに対する接し方も完璧。このスクール歴代でも最高の頭脳を持っているあの子に───たった一つ。一番大切な才能を渡さなかったんですから』

 

 

 ───俺にはポケモンに愛される才能が無かった。


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