『すっげぇ! ●●の奴またテスト満点かよ!』
当たり前だろ。俺はポケモンが大好きだからな
『●●さんここ教えて欲しいの』
勿論いいよ。何でも俺に聞いてよ
『素晴らしい知識量だ。●●君ならプロトレーナー……いやジムリーダーにだってなれるかもしれないね!』
ありがとう先生! 俺もっともっと頑張るよ
ガラルポケモン協会の規定する年齢制限により、バトル授業がおこなわれず、座学とフィールドワークが中心だった8歳までは、俺はスクールの中心だった。
先生には『天才』だと期待され、同級生や先輩達にも注目された。
前世の知識チート様様なんて言うつもりは無い。ゲームの情報とは違うことも沢山あったし、上手くいかないことも沢山あった。
確かに同級生全員よりも知識を得る時間は多かっただろう。でも、ただそれだけだ。
これは、チートでも何でもなく俺が勉強を続けてきた成果。例え、ポケモンの知識が転生でほとんど消えたとしても、心にポケモンへの愛さえ残っていれば、きっと俺は今と同じ量の知識を収集した。
俺には不相応な才能なんか必要ないし、これから願うことも無い。ただ、ポケモンと共に暮らせればいい。これからも愛するポケモンの為に頑張り続けるだけ。それが俺の新たな生き様だと。
そう8歳までの俺は思っていた。
全てが変わったのは、9歳になってからだ。
トレーナーズスクールに入学して3年目。9歳の年からスクールでは
テレビや動画では何度も見た、トレーナーがポケモンに技を指示する光景。このスクールでも、先輩方が使用を許可されたポケモンで摸擬戦をしているのを指をくわえながら見てきた。ついに俺も夢にまで見たポケモントレーナーになる為の第一歩を踏み出せる。興奮と嬉しさで身体が震えたのをよく覚えている。
『次!●●君!』
『はい!』
俺の名前を呼ばれたのを聞いて、グラウンドの端から先生の元まで駆け寄る。
ポケモンが暴走した時の為に、順番の来た生徒以外は安全な位置で待機するのだ。
俺が来たのを確認した先生は、モンスターボールから再びポケモンを出した。
光線が弾け、実体化したココガラは、ブルリと一度身体を震わせると、先生の首の後ろに顔を隠す。これまでも多くの生徒の指示を受けていたのだ。疲れがたまっているのかもしれない。
先生はそんなココガラを気にした様子もなく俺に課題を出した。
『ココガラにあの木の的を攻撃する様に指示を出してください。技については特別に自由とします。期待していますよ』
『! 、はい!』
先生にも、同級生の多くにも期待されているのが空気で伝わってくる。
『あの天才はどんな指示を出すのだろう』という無言のプレッシャーが。
緊張と高揚で胸が昂ぶる。ついにこの日が来たのだと。
俺は、二度両頬を軽く叩き気合いを入れ、思考を飛ばす。
これまでの全ての生徒は、先生に言われた通りにココガラに【たいあたり】を命じて、的を攻撃させた。俺も同じことをするか? ──否。せっかく期待されているんだその期待に応えたい。
ふと的を見つめてみた。グラウンドに佇む的は、これまで何十回というココガラの【たいあたり】を受けてきたはずなのに、大きな傷がついていない。只の木の的のはずなのに。威力が足りていない? そんな訳が無い。仮にもポケモンの【たいあたり】だぞ。木の的くらい粉々になって然るべきだ。
そこまで考えて一つの事に気が付いた。
ソードシールドにおいて、ココガラは野生・孵化問わず【たいあたり】という技を覚えなかった。
ゲームでは、覚えていない技は使うことが当然できない。だが、今は現実だ。覚えていない技でも見様見真似で出来る技ならポケモンは行動するのかもしれない。
人間だってそうだ。碌に技を覚えていない柔道の真似事をしたり、アイドルの振り付けをコピーしたりする。それがポケモンにも当て嵌まるとしたら?
そして先生はこう言っていた『技については特別に自由とします』と。
(……よし)
出す技は決まった。大きく息を吸い込む。
俺は、
『ココガラ!【つつく】だ!』
【つつく】。ココガラがゲームだとレベル1の時から覚えている技だ。この技ならトレーナーに指示されたポケモンの『本当の動き』が見えるはずだ。
瞬間。ココガラはこれまでの動きとはかけ離れた俊敏性で的に向かって飛翔した。
先生は大きく頷き、同級生たちは『おぉ……』と感嘆の声をあげたのを見て、俺は成功を確信する。初めての指示にしては上手く出来た。トレーナーの第一歩としては上々だろう。後は、ココガラが的を穿てば終わりだ。
ココガラは錐揉み回転しながら的に接近し───的を通り過ぎていった。
『『『え?』』』
何人もの声が重なった。
教師も同級生もそして俺も何が起こったのか理解出来なかった。…技を外した?いや、もしかして
『コ、ココガラ! どうしたの!? 戻りなさい!』
先生が慌てた声で、的を通り過ぎグラウンドの大木に着地したココガラにモンスターボールを向ける。だが、ココガラはボールに吸い込まれるのを拒否し、木の上から降りてこようとしない。明らかな嫌悪を示していた。
『こんなこと一度だって……もしかして怯えているの?』
ココガラの様子を見た先生の声が聞こえた。
怯えている? ココガラが? 誰に? 何で?
訳も分からず、俺も木の下に駆け寄り、ココガラに声をかけた。すると、ココガラは『‐▲✘! ●⊷▲▲‼』と悲鳴のような鳴き声をあげて俺を威嚇する。
何で? どうして? こんなこと今まで無かったのに……。
これまで何度もポケモンと触れ合ってきた。
スクールのウール―だってワンパチだってホシガリスだって俺に撫でられた時に、驚いた様に身体を震わせることはあっても逃げ出すことは決してなかった。
それなのに何でココガラだけ怯えるんだ。技を、指示を出しただけなのに。
「……ッ!?」
パラパラとこれまでのポケモンとの思い出が脳裏に過る。
─ピシリと心で何か致命的なモノが割れる音がした。違うそんな訳が無いと言い聞かせるも心臓の音が大きく早くなっていく。
『先生……』
『! ごめんね●●君……。あの子体調が悪いみたい……。でも、いい指示だったよ!』
『先生……あの……』
『ん?どうしたの?あ、評価の事?勿論満点だよ!次の授業も楽しみにしててね……わわっ!どうして泣いてるの?大丈夫だよ!君は何も悪くないから!今日はきっとちょっと運が悪かっただけ!ポケモンもちゃんと分ってくれる。君には悪いことなんか無かったんだから!先生保証しちゃう!だから自信もって!ね?』
ああ痛い。先生の気遣いが痛い。でも、確かめなければ。この推論が正しいとしたら──。俺は真実を知らなければならない。そうでなければ、前に進めない。
『先生……確認したいことがあるんです』
☓☓☓☓☓
結論から言って俺はポケモンに技を唱えさせることが出来なかった。いや、技だけじゃない。
一秒前まで、俺の手の中で包まっていたポケモンたちが、俺が声を掛けると急激に怯え、逃げ惑う様になるのだ。そして、その怯えたポケモンの態度は治ることが無かった。
ポケモンに指示を出せないトレーナー。それだけならまだよかった。トレーナーになれなくともブリーダーにだったらなれる。
だが、現実は俺を更に苦しめた。
一定時間俺に触られているポケモンの状態をドクターが検査したところ、例外無く異常な恐慌状態であることが判明した。
数秒程度なら特に異変は起きない。だが、至近距離で目を見つめたり、声で指示を出したり、1分以上触れ合うとそのポケモンは必ず恐慌状態になった。
これまでの授業で数十分触れ合っても撫でられていてもスクールのポケモンが逃げなかったのは、懐いていたのではない。恐れから俺に
どうしてポケモンが怯えるのか、その原因は幾ら調査しても不明のまま。
思えば、ポケモンの方から抱き着いたり、頬を舐めたりみたいな親愛のアクションをおこしてくれたことはこれまで一度たりとも無かった。俺のやっていたことは、只の一方的な傍迷惑の愛。
初めからポケモンに受け入れられてなどなかった。
俺は存在自体がポケモンに忌避される怪物だったのだ。
☓☓☓☓☓
教室から外の幸せそうな光景を眺めている内に、いつの間にか眠ってしまっていた。枕にしていた机は濡れ、纏めていたレポートは強い力で折れ曲がっている。
天井に登っていたはずの太陽は、茜色と共に沈み始めていた。
目尻に溜まる涙を拭き、ダラリと腕を降ろす。
嫌な夢を見た。昔の夢だ。俺の忌まわしき過去の話だ。
あれから1年以上過ぎたのだ。心の整理はもうとっくについたはずなのに。胸が痛くなる。
─ピシリ ─ピシリ
また、嫌な音が聞こえる。
ポケモントレーナーなんてとっくに諦めた。今は博士への道を模索している。
先生も、バトル試験免除の代わりになる実績として、大学に入学できる最低年齢である13歳までに論文を一つ仕上げてくれれば、特別に卒業させてあげられると色々掛け合ってくれた。感謝してもしきれない。
ポケモンだって触れ合えなくとも、数秒頭を軽くなでること位は出来る。近寄らなければ、声をかけなければ、見つめなければ、掃除やご飯などの世話だって出来る。そこに何の不満があろうか。
─ピシリ ─ピシリ ─ピシリ
五月蠅い。割れるな。本来ならポケモンに会えるだけで幸せなことのはずだ。高望みをしたのがおかしいことなんだ。
研究者結構じゃないか。いい未来だ。ポケモンと触れ合えなくても大好きなポケモンの役に立てるのだ。俺には過ぎた幸福じゃないか。
─ピシリ ─ピシリ ─ピシリ ─ピシリ
ポケモンとの生活はこの世界の当たり前? ポケモンバトルはこの世界の花形?
そんなの出来なくたってポケモンへの愛があれば別にどうってことない。俺はポケモンを陰ながらサポートする。そう決めた。だから、もう、いいんだ。踏ん切り、は、ついた。───ついた、ん、だ。
パキリ
「うっ……うっ……ッ! あっああぁ……!!」
グシャリと潰した紙の上に涙が零れ落ちる。一度決壊した感情は、もう溢れて止まらなくなった。
何もかも煩わしくなって机の上にあるものを全て投げ捨てた。文字と図式で埋まったレポートが教室を舞って床に散らばる。
埃に塗れたそれは、俺の心そのものだった。
「何がポケモンとトレーナーの生活を豊かにする研究だ! 何がポケモンの為になる実験だ! 何で俺がそんなものを研究しなければならない! 俺をあんな眼で見つめてくる奴らの為に!
肺にある空気を全て出し切る様に叫ぶ。
俺の独白は、人のいない校舎に吸い込まれてきっと誰にも届かない。
塞いでいた筈の傷跡から蛆虫が這い出てくる。それが、俺の心を蝕む。
そのせいで、嫌な気持ちに気が付いてしまう。
「何で俺……この世界に転生してしまったんだよ……」
転生さえしなければ、こんな気持ちになることは無かったのに。
このままだと、このままだときっと、きっと俺は───
「ポケモンを嫌いになってしまう」
そんなの、そんなの嫌だ。あんなに愛していたのに。ずっとずっと大好きだったのに。
俺の存在がいけないのか。俺はそこにいるだけで●●●●を不幸にさせてしまうのか。
「こんな気持ちを抱くならいっそ…」
宙に浮いていた腕が目的を見つけたように首にかかる。
少し力を入れると簡単に血が出た。
「嗚呼…これで…やっと悪夢が覚める」
呼吸が薄くなる。意識が遠くなる。俺はやっと解放されるのだ。
消える。無くなる。暗闇に落ちる。何か致命的な線を踏みつける。
最後の一線を越えるその時───突然教室の扉が開いた。
驚きの余り思わず首から手を放し、平衡感覚を失った俺は倒れこむ。
ガツン!と床に体をぶつけ、その衝撃で「ケホッ!ケホッ!」と、急激に酸素が脳に送り込まれた反射の咳をした。
熱に浮かされた心が一気に凍える。
俺は何をしていた?死のうとしたのか?
冷や汗が全身に沸き出た。
俯いていた顔を上げ、扉を見上げる。
教室に入ってきたのは、先生や生徒の誰でもない一人の男。
だが、その男は俺が前世からよく知っている男だった。
その男は聞いたことのある軽薄な声で俺にこう話しかけた。
「やあやあこんにちは。いいタイミングだったね いや、悪いタイミングだったかな?まぁいいや。私の名前はローズ。───君に会いに来たんだ」
君の●が揺れる時
評価感想ありがとうございます。感謝のあまりアカシア歌っています。