『ローズ』
ガラル一の大企業マクロコスモス総帥にして、この世界特有の神秘物質である【ガラル粒子】を電気エネルギーに変換する方法の開発に成功した稀代の天才。また、総帥と兼任でポケモンリーグの委員長を務め、ガラルポケモンリーグを興行的に世界トップクラスへと押し上げた実績も持つ。
まさに『ガラルの父』
そしてソードシールド最大の事件であるガラル動乱の犯人でもある。
彼がムゲンダイナを無理やり呼び起こし、ガラル全体を巻き込んだ大事件を起こした理由はただ一つ。
『きみから すれば わたくしはひどいことを しているのだろうね微塵も 理解できないのだろう』
『だがね わたくしにはガラル地方が 永遠に安心して 発展するために無限の エネルギーを もたらす信念と 使命が あるのだよ!』
『そのために ムゲンダイナに ねがいぼしを 与えていたのだ!』
『いいかね? ガラルの 未来を守る 計画を ジャマするなんてもってのほか なんですよ!』
彼の思想は
エネルギーの枯渇が百年後の未来の出来事なら理解されたかもしれない。だが、ローズが見据えていたのは千年後だった。
誰も彼と同じ視座に立てなかった。
彼は、異質で異常で異様で孤独だった。
そんな男が俺の目の前に立っている。
口元は薄く笑っているが、───その座った眼は、俺を真っすぐ見つめていた。
☓☓☓☓☓
茜が差し込む教室。
すっかり冬を迎えた空気が普段より乾いている。何故かそう感じた。
冷えた風が身体を通り過ぎて行く中で、俺とローズは互いの様子を窺うように相対する。
「はじめましてだね。私のことは知っているかな? 私は君のことをよく知っているよ」
「……はじめましてローズ委員長。ケホッ…すみません見苦しい所を見せてしまい」
「いやいやいいんだよ。そういう日もあるだろうからね。」
口調は穏やか。身振り手振りで見る人に親近感を抱かせる。それでいで、そこに居るだけで強い存在感が伝わる。これがローズ。これがガラルを背負う男の姿か。
成る程。確かにこの雰囲気だ。誰からも好かれ、慕われているのだろう。そう感じさせるだけの威圧感が確かにローズにはあった。
だがそれと同時に、俺はローズの存在そのものを何処か気持ち悪いモノの様に感じた。
ローズのことが嫌いだから?違う。俺は前世からローズの主張に理解は出来なかったが、決して嫌いではなかった。
大人に対する畏怖?これも違う。ローズからはそんなものを感じない。
これはきっと異質な物に対する嫌悪感だ。
「もう少し近付いても?ここだと廊下からの風が寒くてね」
「……どうぞ」
ローズがコツコツと教室にブーツの音を立てながら歩いてくる。
俺の心臓は相も変わらず早鐘の様に脈打つ。思わずゴクリと口の中に溢れた生唾を飲み込んだ。
コツリ、と。ローズは俺の目の前で立ち止まった。そして、息のかかりそうな至近距離で俺の全身を隈なく見渡すように眼を動かす。片手で顎髭をさすりながら何かを確認しているようだった。無言でジロジロみられるのは気分が悪い。
やがて、何か結論が出たのか。彼は一つ大きく頷くと鈍い目を更に細めた。
「君はこの世界の人間なのかな?
「ッ!?」
驚きの余り声に詰まった。
この男は、この短時間の接触で、見た目只のガキである俺のことを
転生者であることがバレている───?まさか、そんな訳無い。これまで会って来た人に、前世の知識があると仄めかすような不用意なことはしなかった。今の両親にすらも言っていない。
確かに、子どもにしては知識や態度が早熟過ぎたかもしれない。けれど、
「ああ答えなくてもいいですよ。私が勝手に言っているだけですから。…いやね、他の地方に居る知り合いが『ウルトラビースト』と呼ばれる異世界からの生命体に悩まされているとぼやいてましてね。君は歳の割に落ち着いていますから、そんなこともあるのだろうかと勝手に思っただけですよ。 あ、この話はどうかご内密にお願いします。
ローズは首をすくめながら笑う。
良かった。どうやら完全に俺が転生者だとバレた訳では無いらしい。生唾を飲み込み、落ち着くように心に呼びかける。
『ウルトラビースト』
【ポケットモンスターサン/ムーン、ウルトラサン/ウルトラムーン】の舞台であるアローラ地方を脅かす異世界からの流れ者。危険性が高く、その存在は国際警察により厳重に監視され、情報規制もされているという話だったか。
何故そんな話を急にしたのか。そもそもどうしてこのスクールにローズが居るのか。──俺に会いに来た? なんで?
今日はただでさえ色々あった上に、分からないことが多すぎて頭がおかしくなりそうだ。
脳内に渦巻くごちゃごちゃとモヤモヤで黙り込み何も答えられない俺に、ローズはまるで心でも読んだかの様に、己がここにいる理由を話し出す。
「君についての噂を小耳に挟みましてね。何やら『大学生並みの知識を持っている子どもがいる』とか。そんな優秀な子を
───ちょっとした問題、ね。
手のひらに爪が食い込む。強張るな。笑え。
「それは…ありがとうございます」
「これまでの君の研鑽と功績に報いる形として、三つの選択肢を用意したよ」
そういいながらローズは、手に持っていたケースを開け、3つの種類の違うモンスターボールを机の上に置く。
左からスーパーボール、ハイパーボール、そしてダークボール。
チクリと、並べられたボールを見ただけで、拒否反応かの様に眼が鈍い痛みを発する。
「これはなんですか?」
「君の未来の分かりやすい具現化だよ」
「未来……」
「まず1つ目。『スーパーボールコース』これは、スクール卒業後我がマクロコスモスの社員になれるコースだね。倍率凄いんだよ?」
君が優秀だから開けたコースだと、ローズは手に取ったスーパーボールをクルクルと回す。
「次に、『ハイパーボールコース』。これはそのまま研究者の道を進めるというコースだね。君には卒業後マクロコスモスの保有する研究室で存分に研究できる様に手配しよう。予算もたんまりだ」
「殆ど同じじゃないですか。それに『研鑽と功績に報いる』って、これ要するに強引なヘッドハンティングですよね。こういうのローズ委員長の立場からしてよくないんじゃないですか?」
「いやいや、私は選択肢を示しているだけ 選ぶのはあくまで君自身。 誰の物でもない畑で芽吹いている若葉に勝手に水をあげることは、非難されることじゃないだろう?」
とぼけた声を出しながらローズは、スーパーボールとハイパーボールでポンポンとお手玉する。俺に会いに来たと言っていたが、どうやら青田買いに来ただけの様だ。悪い大人だ。その
……あれ。俺ローズに嫌悪感を抱いていたんじゃなかったっけ。
ハッとする。
たった数分間の会話で俺は、いつの間にかローズの雰囲気に飲み込まれていた。ファーストコンタクトの時に抱いた言葉にできない嫌悪感が今では薄れている。
数分の会話だけで、ローズは警戒心を抱いていた俺の心に入り込んだのだ。
これが『ガラルの父』。人としてのレベルが違う。思わず身震いした。
そんな俺の様子に気付いてか気付かずか、ローズは弾ませていたボール二つを机の隅に置いた。机の中心に残っているのは、ダークボール。これも例に違わず。俺の未来への舗装された道を現わしているのだろう。
それにしても何故『ダークボール』なのか。
ローズが示した最後の選択肢。それは、俺にとって信じられないものであった。
「そして最後『ダークボールコース』 これは君に───ポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出させるコースだ」
☓☓☓☓☓
空気の音が聞こえる。今この場は静寂だけが支配していた。
ローズは何を言ったのか。聞き間違いじゃないのか。その言葉を俺に言ったのか。この俺に。俺に?
「ポケモントレーナーとしての第一歩ってどういう……」
「その名の通りだよ。このコースを選べば君は今日を持って晴れてスクールを卒業。ポケモントレーナーの仲間入りできるという訳だ」
ローズはポケットから何か丸まった紙を取り出す。
それは、トレーナーズスクールが卒業者に渡す、【ポケモン所持及びジムチャレンジ許可証】だった。風に吹かれてひらひらと揺れるそれには、既に俺の名前が書かれてある様だ。
混乱している脳が徐々に言葉を認識し始める。
つまりローズはこう言っているのか。
このダークボールを手にするだけで、『自動的にスクールを卒業させてやるし、ジムチャレンジもさせてやる。その為にここまで頑張ってきたのだろう?』と。
それを嚥下した時、頭に一気に熱が籠った。
俺がそんなもの貰って喜ぶと本気で、そう、思っているのか?
「巫山戯るなッ!!!!」
身体の中全ての物を吐き出すように叫ぶ。
「俺がどんな気持ちでこれまで過ごしてきたと思っている!お前は俺の何を知っている!俺を馬鹿にするのもいい加減にしろッッッ!!」
ポケモントレーナーになれる?ああ結構結構、素晴らしいことだよ。その為に頑張ってきた?全くもってその通りだ、
でも現実は俺を谷底に叩き落とした。
存在そのものをポケモンに否定され続けてきた。
そんな俺に今更肩書だけのトレーナーになれと?空っぽのモンスターボールと、
虚仮にするな。そんなもの選ぶくらいなら死んでやる。
瞋恚の炎が心を支配する。これ以上俺の魂を汚すなら唾を吐き捨てて、その顔面に一発くらい叩き込んでやると、ローズを睨みつける。
だが、ローズはそんな俺の激情を受けても眉1つ動かしていなかった。
「
その言葉には、嘲りも、憐憫も乗っていなかった。
拳に入っていた力が抜ける。思わずローズの瞳を真っすぐ見つめる。
ローズの瞳は、俺を捉えて離さない。目を逸らさない。
数秒間の沈黙。
やがてローズは静かに語りだした。
「君は
「…何が言いたいんですか」
「大事な質問だよ」
「……危険だから」
「違う。
ローズは言葉を続ける。話し方に今まであった軽さが消えていた。
「この世界の全ての生物はね『波長』を出しているんだ。例を出そうか。人間は『Aの波長』を、ポケモンは『Bの波長』を出している。種族によって出す波長は違うものなんだ。そして、同じ波長を持つモノを同族と無意識に認識する様に出来ている。よく言うじゃないか
「波長が違うからといって『Aの生物』と『Bの生物』が拒否反応を起こすといった事は無い。その理由は、『Aの生物』も『Bの生物』も波長は違えど
少し難しい話だったかな?と、ローズは一端話を区切る。
俺の頭に昇っていた血液は、いつの間にか落ち着いていた。
「……それが一体なんだと言うんですか」
「ここからだよ。ウルトラビーストが嫌われる理由はこの
「ウルトラビーストの出す波長がこの世界の生物にとって気持ち悪いモノだから嫌われるとでも?」
「
「理解しかねます。波長が無いなら。嫌い様が無くないですか。だって何も感じないってことですよね」
その波長とやらが無いなら知覚されることも無いのでは。
そんな俺の疑問に対しローズは、例え話をする。
「何も見えない暗い部屋を想像してごらん。そこが根源だ。君は手に赤い火を放つ蠟燭を持っている。いつの間にか隣に人の気配がする。見知らぬ人だ。その人は、青い火を放つ蝋燭を持っている。話しかけると向こうも言葉を返してくれた」
言われた通りにその光景を想像してみる。
顔は見えなくとも隣にいるのなら、雰囲気はきっと伝わってくるだろう。それに言葉も通じたのだ。
俺は恐らく安心する。
「そのうち君は、その部屋にはもう一体見知らぬモノが居ることに気が付く。それは暗闇に佇む君の前に居た。それは火のついた蝋燭を持っていない。言葉をかけても帰ってこない。雰囲気も読み取れない。大きさも体型も分からない。分かるのは、そこに
「怖い、と思う」
「それがウルトラビーストが嫌われる理由だよ。外宇宙から来た彼等は波長を発さないし、そもそも根源からして異なる。それはつまり、私たちにとって彼らは
『もしかしたら次の瞬間には襲ってくるかもしれない』『もしかしたら』『もしかしたら』
理外の怪物に出会った時、出会ったモノは数多の悲観的な『if』を瞬時に積み上げる。それが恐れを産み、存在そのものに対する嫌悪へと繋がる。
ドクンドクンと、また、心臓の音が激しくなる。今日何回目の激しい動悸だろう。
ウルトラビーストの話を聞いている途中から、鼓動が五月蠅くてかなわなくなっていた。
「もう分かったかな」
ローズの顔を見れない。両手で顔を覆う。
『理外の怪物』『他世界からの異邦者』『根源外の生命体』
パラパラとキーワードが繋がっていく。知りたく無かった答えが勝手に導き出されていく。
「あ、…ああ……あああ……」
「それ」を言葉にしたらとっくに手遅れだとしても、取り返しのつかない決定的なモノになってしまう。そんな気がした。
口から零れた声は掠れて、……我ながら震えて醜かった。
「それが君の正体だよ。君は───
設定は完全オリジナルです。「この作品のポケモン世界ではこうなんだな」と思ってくださると助かります。
感想と評価ありがとうございます(涙)頂いた感想はネタバレを考慮してプロローグが書き終わり次第全員に返信させて頂きます。