君は───この世界と繋がっていない。だからポケモンに拒絶されている。
それは余りにも短く、そして単純で、残酷な真相だった。
この世界で過ごしたこれまで10年の記憶が、走馬灯の様に脳裏を過る。
オレは、今この世界に居ることをあくまで異世界転生だと考えていなかったか?
オレは、この世界について何処か夢みたいだと浮かれていただけじゃないか?
─────オレは、俺そのものがこの世界を
視界が歪む。足の力が抜け、身体は力を失い、教室の床に無様に蹲る。
今更後悔したところで、都合よく時間が遡ることは無い。
「ウッ……ぐッ…うぅぅ…っ…」
涙がポタポタと零れ落ちる。
ポケモンと共に生きることを諦めていた。受け入れていた。…そんな訳が無い。
蜘蛛の糸を見つけた
現実を悲観することもあった。目の前が真っ暗になり、どうしたらいいのか分からなくなった日もあった。───それでも一筋の光を追うことは辞められなかった。
願いをくしゃくしゃに丸めてごみ箱に投げ捨てても、どうしてもまた、拾いに行ってしまう。
憧れは、大好きは、簡単に無かったことに出来るモノでは無かったのだ。
「顔を上げてください」
落とした肩にそっと手が置かれた。力強い大人の手だ。
希望を刈り取った
「嫌な言い方をしてしまいました…私の悪い癖です。ガラルの愛し子よ、絶望するのはまだ早い。私はこう言ったはずです。
「もう……いいんです……慰めも同情も俺には……」
「私は
その言葉は、俺の胸に真っ直ぐに入ってきた。
心に小さな篝火がつく。凍っていた頭が、泣き喚いても手放さ無かった魂が、縋りつくように反応する。
俺とウルトラビーストの違い……。
今になって思い出す。ローズは冷徹な
両頬を叩く。いつかの日よりも強く。強く。
切り替えろ。もう一度思考を回せ。絶望するのは、この邂逅が終わってからでも遅くない。
『異邦者』 『領域外』 『根源』 『波長』
『現実』 『生命』 『世界』 『異世界』
これまでの会話で得たキーワードが浮かぶ。
ローズは初めから俺に何かを伝え様としていた。 俺とウルトラビーストの決定的な違い。そこにこの腐りかけの未来を変える一縷の望みがあるのではないか。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ──────
……………あっ。
一つだけ、思いついた。ウルトラビーストと俺の決定的な違い。
「そうだ……」
一度辿り着けば、何でこんな簡単なことを思いつかなかったんだと。呆れる様な、そんなレベルのこと。
「俺……
俺の
☓☓☓☓☓
「君のことは、この場所に来る前に入念に調べています。本名・年齢・身長・体重・出身地・両親・交友関係…。家族に愛されて、貰った愛を周囲に返して、健やかに育ったことも。
───君は
両親は、俺のことを目一杯の愛で包んでくれた。
友達は、俺のことを認めて受け入れてくれた。
先生は、俺のことを期待して親身になってくれた。
「なら、何故ポケモンにだけ拒絶されるのか。世界と繋がっていないから?これは恐らく正しいでしょう。ですが、それだけでは説明がつきませんね。拒絶される原因が世界に認められていないことだけなら、人間からもポケモンと同じ様に避けられて然るべきだ。これでは矛盾します」
ローズは、ブーツの音を再び響かせながら教室を歩く。
その姿は、前世の学校でよく見かけた、授業中に席を回る教師の姿みたいでありながら、ドラマの1シーンのように、
「ポケモンにだけ拒絶される理由。それは恐らく
乱雑に置かれていたマジックの一つをローズは手に取ると、教室のホワイトボードに図を記していく。
描かれた図形は、交差する真円。数学的に言うのならば、『ベン図』の様なもの。
左の真円には、『本能』。右の真円には『理性』そして両円の交差する部分には、『魂』と、それぞれ文字が書き加えられていく。
「この世全ての生き物は大きく分けて二つに分類されます。それは、『本能的』か『理性的』か。人間は後者です。知恵を生存競争の武器にした人間は、その対価として、動物的本能を薄れさせた。」
円に書かれた『理性』の下に、人間と付け足される。
「一方で、厳しい生存競争の晒され、時には、人間との共生という道を選んだ大多数のポケモンは、生き残る為に、己の中にある感覚を鋭敏化させていった」
『本能』の下にポケモンが書き足された。
「これが、『生物の深層原理』です。 人間は、世界に弾き出されている君の違和感を、『理性』で処理しようとし、ポケモンは『本能』で処理しようとする。───これが私の推測した君がポケモンにだけ嫌われる理由です」
『理性』と『本能』。
それが俺を苦しめていたモノの正体……?
正直な所、今一ピンと来ていない。疲れもあるのだろう。哲学的な話ばかりで頭が痛くなってきた。
俺の理解が追い付いていないのを、ローズも感じ取った様で、彼は再び例え話を始める。
「君の住んでいる部屋の隣に住民が引っ越して来たとしましょう。その住民の顔は恐ろしく、体格も立派。おまけに、過去に凶悪な犯罪を起こしたこともあるという噂も聞こえてきました。どう思います?」
「……それは嫌ですね。恐ろしいと思います」
「普通はそう思うでしょうね。では、ある日その住民が人助けをしている所を君は偶然目撃したとします。様子を窺うと、どうやら礼儀正しく真面目な性格の様です。それでも君はその住民を恐ろしいという理由で嫌い続けますか?」
「嫌い続けない…と思います。偏見に惑わされず、事実を知ろうと行動するかもしれません」
「私もそうするでしょう。そして、それが人間の特徴です。『本能』では忌避したとしても『理性』をもって真実の究明に動く。過去、人間は『恐ろしい』と感じるモノを乗り越え続けてここまでの文明を創り上げて来たのですから」
少し分かったかも知れない。
火山、海嶺、稲妻、宇宙。有史以来、人間は理解の及ばない場所、理解出来ない存在を恐れた。だが、人間はそれを多くのトライ&エラーを持って解明し、征服に至る。
『本能』はその行為を危険だと警鐘を鳴らし続けただろうに、人間は、『理性』と探求心を持って、恐怖を飲み込んだ。そして、
例え命の危険に晒されたとしても。
「しかしポケモンは違います。彼等は、『本能』の比重が人間のそれとは比べ物にならない程大きい。人間で言うところの知恵の代わりに、それを頼りにして、これまで命を繋いで来ましたから。彼等にとって『理性』はあくまで『本能』の副次品に過ぎない。だから、基本的には未知の究明なんかにチップを賭けようとは考えない。だって
生きていく上での『行動原理』
これが人間とポケモンの大きな違いです。と、ローズは長い長い話を締めくくった。
ここまで懇切丁寧に説明してもらえれば、幾ら頭が回らないとはいえ、流石に理解出来る。
そして、自分がポケモンだけに嫌われる理由もはっきりと認識した。
簡単な話だ。
波長を発さず、認識できない異邦者の『魂』と、
波長を発し、この世界と同じ根源にある『身体』。
ツギハギだらけの気配を持って産まれた転生者の俺は、この世界の住人にとって、さぞ気持ちの悪いモノに映っただろう。
それを人間は『理性』を持って俺を理解してくれた。
ポケモンは『本能』を持って俺を敬遠した。
只、それだけの話。
これが、俺を蝕んで来た現実の正体。
言葉にすると至って単純なアンサー。
この事に気付いた時、これまでの苦悩が嘘のように、俺は簡単に過去と現実を受け入れ、飲み込むことが出来た。
あの日から垂れ下がり続けていた視線が、前を向く。
涙はいつの間にか乾いていた。
本作品の世界観と主人公君の状況を出来る限り分かりやすく解説しようと頑張ったらこうなりました。哲学の講義かな?
この辺に当初「プロローグは1万字位だな!」と想定してたアホがいるらしい。
小難しい話はやっとお終い。次回から本当の意味で、
『ポケットモンスター』が始まります。