転生者にとってポケモン世界は甘くない   作:かにかに銀

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お待たせしました。


そして物語は始まりを告げる

 主のいないダークボールをリオンの頭に軽く当てると、揺れることも無く静謐に収まった。

 

 初めて手に取った自分だけのモンスターボールは、子どもの手には少し大きく、気を抜くと落としそうになる。

 手放さないように両手で包むように持つ。機械的な感覚が肌を揺らすが、そこには確かに一つの命が入っているのだ。

 それを、心でハッキリと感じ取れた。

 

 実感はまだ湧かない。

 だが、言葉にならない高揚感が身体中を覆っていた。

 

 

 「新たな未来の誕生に拍手を」

 

 

 小さな乾いた音が耳を揺らす。

 振り返ると、ローズがオーケストラのオーディエンスの様に、気障な拍手を俺に向けていた。

 

 お礼を言おうとして固まる。

 今になってこの人に見せてしまった醜態の数々を思い出したからだ。

 顔が赤くなる。精神が今の年齢に引っ張られているとはいえ、前世の年齢と合わせると立派な大人だ。それがあんな……。

 

 「涙は恥ではありませんよ。成長の過程に最も必要なことです」

 「……何も言っていないんですけど」

 「顔で語っていました」

 

 窓に映る自分の顔が茹でタコの様に真っ赤になった。

 しかし、それと同時に、幾らローズが領域の違う人間だからとはいえ少しはやり返したいという思いもまた、フツフツと沸いてくる。

 

 元から俺は負けん気は強い方なのだ。

 

 「ローズさんは何でここまでしてくれたんです?」

 「言っていませんでしたか? 若者はガラルにとって宝物以外の何物でもないからですよ」

 

 その言葉は予想出来ている。

 嘘ではないのだろう。ただ、ローズは隠していることがある。

 

 「()()()()()()()()()()()()()?」

 

 確かにこの男は、博愛主義的な気質を持っているのしれない。だが、それと同時にバランス感覚に優れた指導者であり、効率と損得でものを考えられる非情な男だ。

 俺の知能は同年代と比べた時には確かに優れているだろう。だが、所詮それまでだ。前世の知識があってもこの世界で何十年と研究してきた学者には敵わない。

 

 【知識は子どもの中では優秀、バトルの才能は不明、ポケモンに嫌われる体質有り】

 これが、客観的に見た俺の評価だろう。地雷要素の塊。ローズがわざわざ救いの手を差し伸べる程のスペックではない。

 

 それなのに、ローズは態々俺に会いに来た。

 それも導く為の理論と手段を用意してだ。それには明確な意図がある。

 

 俺の指摘に対し、ローズはゆっくりと眼を瞑る。

 それは、言葉を選んでいる様にも、誤魔化しを飲み込んでいる様にも見えた。

 

 

 「君は『世界の声』を聞いたことがありますか?」

 

 

 ペルソナが剝がれていく。

 ローズの表情がこれまで見たことも無い、形容し難いモノに歪む。

 

 「声が聞こえるんです。頭の中に、誰のものでもない声が」

 

 瞑られていた眼が開く。

 新緑を思わせるローズの瞳が一層深みを増している様に感じた。

 

 「ある子どもの話をしましょう。その子どもには、家族がいました。慕ってくれる弟、愛してくれた両親、絆を育んだポケモン……何一つ不自由はありませんでした」

 

 ローズが窓に触れる。透明だったガラスが時間と共にモザイクに曇って行く。

 

 「ある日その子どもは、カンムリ神殿にふと立ち寄りました。(はぐ)れてしまったゾウドウを探す為です。そこでその子どもは───聞いてしまった」

 「『世界の声』を…ですか?」

 「……()()()()()()()()

 

 シクシク、シクシクと。

 

 「子どもはその声を聞いた時、直感的に思った。嗚呼これは()()()()()だと。()()()()()()()()()()()()()んだと」

 

 窓の曇りをローズは指で消していく。それはガラルの暗雲を晴らすという決意の暗喩のように見えた。

 

 「その日からです。その子どもは人に理解されなくなった。慕ってくれる人はいます。愛を持って接してくれる人もいます。嫌っている人も沢山いるでしょう。それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…誰も想像していないでしょうね。周りを顧みず、何十年もただ走り続けた男の本質が『子どものころに聞いた泣き声を止めてあげる』為だなんて」

 

 誰のことを言っているのか考えなくとも理解出来た。

 

 これは、ローズの過去だ。

 そしてきっと、ローズの()()なのだろう。

 

 俺の脳内にあるシーンが流れる。

 ムゲンダイナを背に主人公に啖呵を切った一人の男。それに相対する二匹と二人。

 『今の』ガラルを救う。その理想を掲げた英雄に敗れた男の姿。

 

 「私が君を選んだ理由は言葉にしなくとも分かってしまいましたか?」

 「……ええ。充分です」

 

 人に理解されない怪物(ローズ)

 ポケモンに理解されない怪物(ナズナ)

 

 俺とローズは同じ生物だった。

 俺を選んだのは、自分の野望の為に利用しようとか、洗脳してやろうとかそういう思惑じゃない。

 

 きっと、ただ同じ気持ちを共有できる仲間(友達)が欲しかったのだ。

 

 「ローズ委員長」

 

 今、初めてこの男のことを理解した。

 この感覚は、転生者である俺にしか、───()()()()()()()()()()宿()()()()()()分からないものなのであろう。

 ローズと同じ所に立てるのは……きっと一人しかいない。

 

 だから素直な思いを告げる。

 

 「俺強くなりたいです」

 

 ある決意が胸に灯る。

 彼がもうすぐ本懐に辿り着く。遂げられない本懐へと。

 それまでに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 物語の英雄の様なチートなんてない。あるのはデメリットばかりだ。先行きも細い道でしかない。

 

 だが、彼を理解してあげられるのが俺一人というのなら、彼を救えるのも俺一人しかいない。

 

 「何かあるんですよね。方法が」

 「……目的を見つけたのですか?」

 

 ローズは否定しない。つまり方法はあるのだ。

 これからの目標は決まった。なら、後は俺も追いかけるしかない。

 ずっと考えて来た。俺がこの世界に来たその意味を。()()()()()()。それはきっとこれなのかもしれない。

 

 

 「ええ。走り出す理由が」

 

 

 

 ガラルの物語は全員ハッピーエンドで終わるべきに決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

☓☓☓☓☓────☓☓☓☓☓      

 

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☓☓☓────☓☓☓

 

☓☓────☓☓

 

☓────☓

 

 

 

 

 「お客さん着きましたよ!お客さん!」

 「……んん、…ん?あぁごめんなさい!完全に寝ちゃってました!」

 

 強い力で身体を揺すられて、自分がやっと寝てしまっていたことに気が付いた。

 数年間ずっと、他地方の移動を繰り返してばかりの生活を送っていた影響で、久しぶりのガラルの空気に触れて、気が抜けてしまったみたいだ。

 

 跳ね起きて、膝の間で寝ていたリオンをマフラーの中に仕舞い、急いで出発の準備をおこなう。

 

 シンオウの寒さ対策にと買ったマフラーだが、すっかりこの子の定位置になってしまった。近頃は気温も暖かいし、そもそもリオンが重くなったから外したい気持ちも強くなっているが、我慢している。……まぁ口元が隠れる点は優秀だしいいのだが。

 

 「1、2、3、4、5。6。うん、みんな居るね」

 

 荷物を纏めるついでに、腰ポーチのボールもチェックする。 

 ポーチにはダークボールがキチンと6個。その内5個は、中の主と共にぶら下がっていた。

 順番にボールの上から軽く撫でていく。

 ボールに控える主たちは、腰止めのストッパーを弾くようにボールを揺らし、中から存在感を主張していた。

 

 いそいそと支度を続けていると声が掛けられた。

 振り返ると、起こしてくれた運転手さんが申し訳なさそうに頭を搔いている。

 

 「すまねぇな、アーマーガアが珍しく騒いじまってよ。初めの1時間くらいは大人しかったんだが…一体どうしたのやら」

 「全然大丈夫ですよ!()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その証拠に数時間眠りこけてしまったのだ。気に病むようなことは何もない。

 

 「アーマーガアにはよく頑張ったねと伝えてください」

 「ん?おお……。いや、嬢ちゃんが言うなら伝えるが……」

 「それじゃ、準備出来たので、私行きますね!長時間ありがとうございました!」

 

 早々に会話を打ち切り、籠から飛び出す。

 仕方ないとはいえ、ただでさえ遅刻寸前なのだ。少しでもリカバリーしなくてはならない。

 せっかくの『はじまりの日』。この眼で確かめなければならないことが沢山ある。

 鞄を肩にかけ、籠から飛び降りると、俺は急いで走り出した。

 

  

 

 

 

 残された運転手は、大股で駆けて行った子どもを見て不思議そうに呟いた。  

 

 

 

 「もしかして坊ちゃんだったかな……?」

 

 

 

 

☓☓☓

 

 

 

 

 

 『みなさま ポケットモンスターの世界へ ようこそ!』

 

 息を切らしながらスタジアムのスタンドに辿り着くと、スピーカーを通して男の声が鳴り響いてきた。

 力強い、多くの物を背負って来た声が。

 

 『ここ ガラル地方は 豊かな 自然と 美しい 街』

 

 一拍、一声。観客の興奮を煽る様に男は言葉を紡いでいく。

 

 『そして たくさんの ポケモンと 共に 暮らす すばらしい 場所!』

 

 スタジアムのボルテージが徐々に高まっているのを肌で感じる。反対側の観客席の声がこちらまで届いてくるような、そんな異様な熱気を帯びていく。

 

 『いいですか? わたくしたちは ポケットモンスター! ちぢめて』

 

 男はポケットからモンスターボールを取り出し空に投げる。ボールは空中で開くと、その中からゾウドウが現われた。

 

 『ポケモンという 不思議な 生き物と 力を あわせ 暮らしていますよね そう! ポケモンたちは 海や 空 街の中 いたるところに います』

 

 男の身振り手振りが大きくなる。 

 その一挙手一投足を見逃すまいと、無数の目線がスタジアムの中心に立つ男一人に注がれる。

 

 『そして ポケモンを 育て 戦わせ 競い合う 人たちを』

 

 男は大きく息を吸い込む。

 武者震いで、ビリビリと肌の震えが大きくなる。

 

 これまでの十数年の思い出が心を揺らす。

 

 この世界に産まれてから14年。あの黄昏から数えると3年と数か月。

 泥と、血と、涙に塗れ、才能に打ちひしがれ、身体は傷だらけだ。だけど、後悔は一欠片も無い。やれるだけのことはやった。

 

 

 俺は、この言葉を聞くために頑張り続けてきたのだ。

 

 

 『───ポケモントレーナーと いいますよね!』

 

 

 スタジアムを震わせる大きな歓声が辺りを包む。 

 

 「ようやくここまで来たぞ……」

 

 ついに来たこの時を。待ちわびたこの時を。

 俺は全身で、噛み締める。

 誰も見てないことをいいことに、右手を前に伸ばし、人差し指を真っ直ぐ男に向ける。

 これは俺の決意表明だ。

 

 

 「待ってろよ俺の『友達(ローズ)』───俺が必ず未来を変えてやる」

 

 

 

 

 この物語は、華々しい英雄譚の裏側の物語。ガラル地方で数百年伝わり続けるある時代のお話。

 その少女の名を知るものは殆どいない。ある年のトーナメント表に小さく乗っているだけ。語られる英雄は他に居る。

 だけど、少女のやったことは紛れもなく()()()()()()()()()()()()

 

 

 これはそんな、泣いている少年を抱きしめるだけに走り続けた一人の子どもの話だ。




これにて前日譚終了です。

思い付きのノリだけで、SS書いた経験0なのに、3万字余りまでエタらずに書くことが出来たのは、評価や感想を下さった皆様のお陰です。本当にありがとうございます。拙い所は多いと思いますが少しずつ投稿していくつもりなので、これからもどうかよろしくお願いいたします。<m(__)m>

細かいキャラや世界観の設定は、次に投稿する予定の登場人物設定でもう少し詳細に語ろうと思います。

本編開始前に一本番外編を書く予定なのでその内容についてのアンケートにご協力お願いします。

番外編どの話が読みたいですか?

  • ローズの過去編
  • ユウリの今の話
  • とあるモブとナズナの話
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