ナズナの話も何処かで書くことにします。
『どんな試合でも負けないぜ! リザードンダイマックスだ‼』
掛け声と共にダンデさんのリザードンがキョダイマックスする。
身体を何倍にも膨らませ、スタジアムを飲み込むように咆哮を轟かせるリザードンの姿は、『我こそが最強である』と謳っているようでとてもかっこいい。私が男の子だったらもっと瞳を輝かせて大声をあげていたかも知れない。
バトルのことは未だによく分からないが、リザードンの強さが圧倒的なのはよく分かった。
『リザードン 敵を焼き尽くせ!キョダイゴクエン!』
力強い声と同時に放たれたリザードンのキョダイゴクエンが対戦相手のジュラルドンに直撃する。ジュラルドンは、一度は起き上がろうとしたが、力尽き倒れてしまった。
これで、エキシビションマッチはダンデさんの勝ちだ。
「すごいなぁダンデさんは」
誰かに聞いてもらう為でも無く、思わず独り言が口に出てしまった。
スマホテレビの中、大観衆の声援に手を振って応えている一回り年上の幼馴染の姿は、何処か違う世界の人の様に感じたのだ。
「私になれるのかな…」
立派に勤めを果たし続ける大人の背中を見ると、どうしても心配になってしまう。
今日は約束の日だ。
この日の為に色々準備はしてきたのだが、如何せんワクワク感よりも、不安の方が大きい。
未知に踏み出すのはやっぱり怖い。
そんなこともう一人の幼馴染は全く思ってないんだろうけど。
コンコン
「おじゃましまーす!」
噂をすれば何とやら、その幼馴染がドアをノックしながら家に入ってきた。これではノックの意味が無い。
ソファーから振り返ると、その幼馴染は既に居間入ってきていた。
「おっ、ユウリ それオニューのスマホか?というか、アニキのエキシビションマッチ観てたか?」
「質問は一つにしてよ…」
「アニキかっこよかったよな!最後のキョダイゴクエンとかさぁ!」
「話聞いてないし……」
この突然家に押しかけて、楽しそうに試合の感想を語っているのが、もう一人の幼馴染ことホップだ。
テレビに映っていたダンデさんの弟なのだが、ダンデさんが仕事で各地を飛び回っている為あまり会えていないのに対し、ホップは1年の中で顔を合わさない日の方が少ないとまで感じる竹馬の友人である。
ダンデさんは遠くの親せきという感じだが、ホップとは、付き合いが長すぎて、半ば家族の様な関係になっている。ホップもホップでこの通り、女の子の家に入るのに躊躇一つしていない。第二の家とでも思っているのだろう。
「ホップくん今日は大事な日じゃないの?」
「あ、そうだ!だから走ってユウリを呼びにきたんだった」
ホップのマシンガントークを受けていると、お母さんが助け舟を出してくれた。ありがとうお母さん。
どうやらホップが家に来たのは、ただ一緒にエキシビションマッチの感想を言い合う為じゃなく、私を呼びに来たかららしい。
「ユウリも早く来いよ!あ、プレゼント貰えるらしいからバッグ忘れるなよ!」
お邪魔しましたー!と大声で挨拶をしながらホップは家の前の坂を駆けて行った。相変わらず台風のように賑やかな幼馴染である。
だが、お陰で張っていた肩の力が抜けた。
「よしっ!」
立ち上がり、服のよっていた皺を軽く伸ばすと、帽子とバッグを取りに部屋に駆け込む。
目的の物二つは、ベットの横に立て掛けてある。昨日の夜、ベットから体半分出しながら、眠りにつく最後の一秒までチェックしていたからだ。
「よい…しょと」
バッグを持ち、帽子を被る。両方ともこの日の為にお母さんと選んだ新しい物なのに、昔から愛用していたかのように身体に馴染んだ。
鏡に映った自分を見てみる。……うん、悪くないんじゃないかな?
髪の跳ねとスカートの裾を軽く直すと、
人生で一度しか経験できない日だ。せっかくだし、最初の第一歩は後悔の無いよう元気よく踏み出そう。
「お母さん行ってきます!」
目指すはホップの家。さぁ、私の相棒に会いに行こう
☓☓☓☓☓
「ユウリ!バトルは苦手って言ってたけどちょー強かったぞ!」
「ははは…偶然だと思うけど…」
「偶然でも凄いぞ!!」
霧の濃い森を歩く中で、ホップが興奮した様子で話しかけてくる。まだ、さっきのバトルの余韻に浸っているみたいだ。
初めての一歩を踏み出した後、私とホップは久しぶりに帰省して来たダンデさんに会い、ホップの家の庭で、約束通りポケモンを譲ってもらった。
いい子にしていたご褒美と、冒険の第一歩を踏み出す選別として、ヒバニー・サルノリ・メッソンの3匹から1匹だけ選んでいいよとのことだった。
私はヒバニー、ホップはサルノリをそれぞれ新しい家族に決めた。メッソンはダンデさんが育てると言っていたが、無敵のチャンピオンに育てて貰えるなんて、途轍もなく強くなっちゃうかもしれない。今から末恐ろしい。
私がどうしてヒバニーを選んだのかというと、…正直、
……多分だけどこの直感は間違っていないと思う。
そう思ったのは、ヒバニーを受け取った翌日…つまり今日のことだ。
昨日はあれから新しい家族との絆を深める為に、ホップの家で疲れて眠りにつくまで親睦パーティーをおこなった。パーティーでは、庭でバーベキューをしたり、ダンデさんの話を聞いたりと、非日常感を全身で感じることが出来て、とても楽しい夜を過ごすことが出来た。
それで、パーティーを楽しんだ翌日の今朝。突然ダンデさんの提案でホップとポケモンバトルをすることになったのだ。
これまでお母さんのポケモンと一緒に暮らしてはいたが、ポケモンバトル何て一度も経験したことが無い。しかも、相手はガラル最強の男の弟だ。始める前から勝負にすらならないと思った。
だけど、新しい家族になったヒバニーに不甲斐ない所は見せられないと、戦う前から諦めるのは止めて、せめて善戦くらいはしようと覚悟を決めたのだが、───勝ってしまった。
それも、何というか…
ホップはウールーとサルノリの二匹のポケモンを出して来たのだが、私のヒバニーがあっという間に捌いてしまったのである。
バトルを見ていたダンデさんは、私の指示が良かったと褒めてくれたし、ホップも、『クソー!』と悔しがってはいたものの、ひとしきり悔しがると『楽しかったな!』と満足そうにしていたから、いい勝負ではあったのだろう。
だけど、私には…圧勝に見えた。
何故かはよく分からない。どうしてそう思ったのかも分からない。もしかしたら私の勘違いだったのかな…。いや、でも……
ムムムムムムムムム……
「ユウリ!」
「!?は、はいっ!」
「?どうしたんだボーっとして ウールーを探しに来たんだろ? 早く見つけて帰ろうぜ」
「あっ……そうだったね……ごめん考え事してた」
「別にいいけどよ~」
…そうだった。いけないいけない。考え事なんかしている場合じゃなかった。
今、私とホップは柵を越えて『まどろみの森』に居る。
私たちの住むハロンタウンの最南にあるこの森は、普段は危険だから絶対に行かない所なのだが、目の前でウールーがこの森に入って行ってしまったのを見てしまったのだ。
今追いかければ、森の奥地へと迷い込む前に捕まえられる。…と、考えて急いでウールーの後を追ったのだが、霧が濃くて捜索は思うように進んでいない。
気が付けば、当初考えていた場所よりも随分奥まで来てしまった。
「霧、濃いね…」
「そうだな…この霧さえ無ければもっと簡単に見つかるのに。…こんなに濃い霧は初めてだぞ」
ホップも私と同じことを思っていたらしい。
この森のことは大人たちから「入ってはいけない」と何度も聞いたことがあるが、その理由が少し理解出来てしまった。森にかかるこの霧が何というか…
「なんだかイヤな感じの霧だな 入っちゃいけないのもわかるぞ…」
『ウルォーード!!』
「「!?」」
突然響いた声に身体が竦む。
本能的な恐怖が全身を駆け巡る。
「なんだ、コイツ……!?」
ホップの驚く声と共に、私も気付いた。
いつの間にか、私たちのすぐ近くに何かが居ることに。
姿はよく見えない。だけど確実居る。
その生物は私とホップの間を通る様にゆっくりと歩いてくる。
「ヒバニー!『たいあたり』!」
考えるより先に身体が動いていた。
ヒバニーは私の声に応え、ボールを出た勢いそのままで謎の生物に攻撃を仕掛ける。が───
「すり抜けた…!?」
隣からホップの驚いた声が聞こえた。
謎の生物は、ヒバニーの攻撃を避けるでもなく受けるでもなく、透過させたのだ。
文字通り
「あの霧が攻撃を透けさせているのか…? ユウリ!多分だけど目の前にいるのは
「それなら!ヒバニー『ひのこ』!霧を飛ばして!」
ホップの考察を聞いて直ぐ、ヒバニーに指示を出す。
この濃い霧がホップの言う通り、目の前のポケモンの能力で、この霧を晴らさないと本体に攻撃が通らないというなら、霧ごと空気を燃やすしかない。
ヒバニーは私の指示を聞いて、炎を吐こうと、口を大きく膨らませる。
だが、その行動がかなうことは無かった。
「今こっちを見て……」
『…………』
謎のポケモンから出る霧が濃度を急速に増していく。
それと同時に放たれたプレッシャーで呼吸が困難になる。
あ、ヤバイ
身体を支えていた線が切れ、地面に倒れ込む。
朦朧とする意識の中、最後の力でモンスターボールの開閉スイッチを押す。……よかった。ヒバニーはこれで大丈夫。
ホップも私と同じように倒れてしまったのか、地面との衝突音が横から響いた。
「あ……な………は…だ…れ……?」
地面から謎のポケモンを見上げる。
その時、霧が少しだけ薄くなった。
これまで見えていなかったそのポケモンの姿が、一瞬だけ露わになる。
青い体躯、折れた左耳、夕焼け色の体毛、鋭い眼光。
その姿は何というか───
「美しいポケモン……」
意識を現実に保たせていた最後の力が抜ける。
私は意識を失った。
☓☓☓☓☓
目を覚ますと全てが終わっていた。
霧は視界が保てるほど薄くなっていたし、あのポケモンもいなくなっていた。
結局、迷子のウールーはダンデさんのリザードンが確保し、私とホップは危険なことをするなとダンデさんに怒られてしまった。
悪いのは100%私たちだったし、言い訳する気も、そんな気力もなかった。
せっかくの始まりの日だというのに初っ端から疲れ果ててしまっていた。
トボトボと帰り道を歩く。
「とんでもない目にあったなユウリ…」
「そうだね…」
隣でホップも項垂れている。疲れもあるだろうが、尊敬している兄に怒られたのも少し効いているのかもしれない。
「それにしても……すごい体験をしたよな!オレの伝説の1ページになるぞ!『ホップチャンピオン自伝』の第1章はこの話で決まりだな!」
訂正。全然反省してなかった。
ホップは、ケラケラと両手を頭の後ろに組むよくするポーズをしながら、大声で笑っている。
幼馴染の陽気な性格は重々承知していたが、あの体験の直後にこのノーテンキさを発揮している様子には少しだけ呆れてしまう。
でも、そんな底抜けに明るい幼馴染の姿を見ると、何だかこっちも面白く感じてしまった。
二人して見つめ合い、笑い合う。
そのまま笑いながら歩いていると、いつの間にか我が家の前まで帰ってきていた。
「ブラッシータウンに行く前におばさんに話しておかないとな」
「うん、そうだね。色々話してくるから1番道路の前で待っててくれる?」
「おう!早く来いよな!」
ホップと家の前で一端別れる。
新しく出来た頼れる相棒のこと、ポケモン図鑑を博士から貰えること、ついに遠くまで冒険に旅立つこと、───今体験した不思議な出来事のこと。話したいことが沢山出来た。
坂を駆け上がり、家に入る前にもう一度だけまどろみの森の方を見る。
森は不自然なほど静かに揺らいでいた。
結局、姿は一瞬しか見えなかったけど、圧倒的な威圧感を発していたあのポケモンのことを思い出す。
ダンデさんの言う通り、もしかしたら本当に二度と見ることの出来ない『幻』のポケモンだったのかもしれない。
それでも───
「またいつか」
───何となくまた会えるような気がした。
この作品において、ユウリとホップは幼馴染です。公式ではライバルとしか明言されていませんが、あんだけ距離が近いのはどう考えても近所付き合い程度ではない(断言)
ダンデともゲームでは初見設定でしたが、昔何度かあったことがあるに改変しています。幾ら忙しいとはいえ十年来の幼馴染の兄貴初見はおかしいでしょ……。
ユウリ:ちょっとだけ片鱗が見えている女の子。この後お母さんから貰ったお小遣いをでんせつTシャツに溶かす
ホップ:底抜けにいい奴。ユウリのことは特に恋愛感情があるという訳では無い。デフォで距離が近い男。そういうとこやぞ
ダンデ:弟とその幼馴染の成長が嬉しい