私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第10話

 鬱蒼と生い茂る森林の中で、彼女はペタンと座り込む。ここグリードアイランドに来てどれほどの時間が経過しただろうか。彼女は大樹に背を預けてそっと、空を見上げる。本日の天気は晴れ、空には雲一つない晴天であった。

 

「ここはどこですの…」

 

 あぁ父の書斎に入るべきではなかった。そう後悔するものの、後の祭りである。謎のお姉さん(イータ)に説明されるがままに指輪をはめて、気が付けばこの場所である。小学4年生である彼女は本来ならば小学校に行っている時間帯であるというのに…。

 

 森で迷う事1日、思えば今日という日は激動の連続であった。謎の建物と草原に降り立ってから、訳もわからず周囲を歩いてみる。気が付けば、この森林地帯へと迷い込んでしまったのだ。時折周囲を周回するスライムから隠れつつ、さまよう八百万(やおよろず)

 

 今も又、物音がすると彼女は怯えるようにして草むらの蔭へと飛び込んだ。ここ数日ですっかり身についてしまった習慣である。もう限界であった、飛び上がりたくなるような恐怖を抱きながら、隠れ潜む。彼女がここまで怯えるのには理由があった。

 

個性が使えないのである。

 

 最初は何かの間違いだと思った。けれども何度能力をひねり出そうが塵一つ産み出せない。少し前にはハサミであったり箒であったりと簡単な材質や形状をしたものであれば創造できるようになってきた筈なのに…。

 

 彼女は泣き出しそうな顔をしながら必死に力を込めるのであった。電話はない、周囲には頼れる大人もいない。何より個性が使えない。絶望的な状況である。それ以上に問題であったのが…

 

 

「おなかが空きましたわ…」

 

そう、空腹の問題である。

 

 サバイバルにおける三の法則というものがある。食料を取らなければ3週間程度、適切な水分を取らなければ3日程度しか生きられぬという法則である。彼女は以前読んだサバイバルに関する本を思い出していた。知識だけは、ある。父の書斎に籠って色々な本を読んできたのだから。

 

 とはいえ、彼女は生粋のお嬢様である。実家が両家の豪邸でもある彼女には当然、飢えるような経験などない。いつだって彼女が望めばテーブル一杯の御馳走も世界中の甘味も食べられる立場にいたのだ。そんな彼女が現在飢えて野草に手を伸ばそうというのだから、きっと実家の執事やメイド達が知れば卒倒するに違いない。彼女はそれ位空腹なのであった。

 

 もう限界であった。空腹と疲労で森を歩き回ること数時間。ふらふらと消耗した頭で泣きそうになりながら、おなかをさする(もも)。あぁ死んでしまうかも、彼女は涙を零して嗚咽を漏らしながらとぼとぼと周囲を歩き…

 

「え…この匂い…」

 

 ふと、顔を見上げる。どこからともなく漂ってくる芳醇な香りに思わず喉を鳴らしてしまう。間違いない、この香りは…っ!そのまま彼女は無我夢中で森を駆けていく。転げそうになりながらも必死で駆けたその先にはなんと巨大な樹木があるではないか。

 

【豊作の樹】がそこにはあった。

 

 林檎が豊富に実った大樹がそこにあった。否、林檎だけではない。ふっくらと膨らんだ桃が、美味しそうに色艶を放つバナナが、今にもこぼれ落ちそうな葡萄が沢山実っている。色とりどりの、様々な種類の果実が所狭しと実っていた。

 

 カードNo.9【豊作の樹】である。ありとあらゆる果実が実る樹木とされており、例えどんなに収穫をしようが次の日にはまた果実が豊富に実るという伝説の樹木である。実はこのカードは指定ポケットNo.9のSランク。

 

 かなりのレアなカードでもあるのだが…実は果実を取るだけならば序盤でも可能である。が、カード化して手に入れるには恐ろしいほど手間と時間がかかるのだが…これはまた後の機会に説明するとしよう。

 

 ありとあらゆる果実が豊富に実る樹木。彼女は無我夢中で果実を収穫し、それにかぶりつく。久方ぶりに食べる食物のありがたみに涙を流して感謝する。今まで食べてきたどの果実よりも美味かった。彼女は夢中で林檎にかじりつき、思う存分空腹を満たしていった。

 

 彼女は大地に大の字になって倒れこむ。これでおなか一杯に食べる事はできた。近くには飲み水として利用可能な泉もあった。ここを仮の拠点としても良さそうだ。そうして人心地ついた彼女はぽつりとつぶやいた。

 

「近くにけーさつしょ…あるのでしょうか…」

 

 ぽつりと、つぶやく。迷子になったならば近くの大人に助けを求めるべきだと彼女も分かっていた。だが周囲にはそんな助けを求められるような大人などいない。

 

 救援を呼びに行かなければいけない。その為にはどうすれば良いのか、彼女はひょいと起き上がると弾むような声でそれに思いつく。

 

「そうだ!個性をつかえばいいのですわ!」

 

 ここにくるまで上手に使えなかった個性。だが、それは未知の場所に行って緊張していたからに違いない。それにきっと空腹だったからだろう。おなかが満たされて満足感で一杯の今ならば、何故だか個性が使えるような気がしてしまう。そうして彼女は正座をすると、瞳を閉じて集中し始めた。

 

想像する

自身が造りたい物の姿を、明確に想像する

 

 遭難用の発煙筒にしようか。それとも大声で助けを求められるように拡声器にしようか。彼女は自身の拙い知識の渦から今の状況に適した物を選び出そうと頭をひねる。記憶の書庫、その中に埋もれたある一つの物に気が付く。

 

 それは状況を救う一手にはなりえない。けれども何故だか、ひどくソレに惹かれてしまう自分がいる。やがて彼女はそれを選択してしまう。心の引き出しにしまっていた大切なそれを、明確に思い出そうと努力する。これを出そう、これしかないと、彼女自身の魂が訴えかけるのだ。それに関わるあらゆる情報を可能な限り思い出す。

 

形状

大きさ

手触り

色彩

 

 それは大好きな祖母が使っていた一つの道具。祖母といる時間が好きであった。八百万(やおよろず)にとって祖母とは、何よりも大切な人であった。あの人は和服を着て、いつだって(もも)の事を笑顔で迎えてくれた。縁側に行ってお菓子でも摘まみながら学校であった事を彼女と話す、そんな時間が何よりも楽しかった。

 

 彼女が裁縫を教えてくれた時間が、自身の為に作ってくれた暖かい料理が、何よりも大切な思い出なのであった。百は無心で祈り続ける。

 

 GIは個性が封じられた空間である、元より創造できる筈もない。けれど彼女はなおも健気に無心となって唱える。それは純粋な願いであった。やがて長考の末に、彼女はそれを産み出してしまう。ぎゅっと固くつむった瞳を開いてみると、彼女の手には()()()()()()が握られていた。

 

「やった…できましたわ!」

 

 大好きな祖母が愛用していた風呂敷を個性で創造(念で具現化)する。それは何一つ変哲のない、布であった。どこにでもあるような地味な色をしたその風呂敷を手にしてほくほくと笑顔を見せる八百万(やおよろず)。彼女は嬉し気に頬を緩ませながらせっせと果実を風呂敷に包み始めた。

 

 無論、ここグリードアイランドでは個性が使用できない。これは八百万が念によって具現化した物である。念にも目覚めていない子供が具現化出来た事を疑問に思う方もいるかもしれない。しかしこれは珍しくはあるが、決して不可能な事ではない。

 

 念の本質を知らぬまま発へと至るのは、特質系の子供にとっては稀にある事であった。本篇での占い士『ネオン=ノストラード』が発現させた【天使の自動筆記】(ラブリーゴーストライター)などはその最たる例であろう。彼女はオーラはおろか、四大行すらろくに知らぬまま、占いという自己の素質に見合った能力を発現させたのだ。

 

音楽家の天才

歴史に名を遺した偉人

芸術界における著名な画家

 

 他にも【支配者】【超能力者】【仙人】【超人】など、数こそ少ないものの念という知識や訓練も無しに無意識的にこれらの能力を操る事ができる人間は確かに存在する。最もこの世界において、無意識的に発にまで至る事ができるのは非常に稀有な存在ではあろうが。

 

 またもう一つは個性と念能力はどちらも共通性があるという事である。個性は身体エネルギーを元としており、オーラは生命エネルギーから作られる。両者は異なるが、また重なる部分も多い謎に満ちた存在でもある。

 

 ましてや彼女は個性『創造』という何かを作成することにかけては天賦の才能を持つ個性持ちである。別の言い方をすれば、彼女は生まれながらにして長けた特質系よりの具現化系の素質があったという事だろう。

 

 そういう意味で言えば(もも)は100万人に1人、天性の素質を持つ少女であったのだろう。その素質が、ここグリードアイランドに連れてこられた事で何らかの変化を受けその才能が開花したと、或いはそう言えるのかもしれない。それが幸運であれ、不運であれ。

 

 風呂敷を具現化した彼女。(もも)は意気揚々と風呂敷に果実をいっぱいに詰め込み始める。まずは周囲の探索だ、食料の心配はこれでする必要はないのだから目一杯冒険するとしよう。空腹が満たされるとそれまで抱いていた恐怖が薄れていくのだから人間とは現金なものである。

 

 そうして彼女はほんのちょっぴりの恐怖とそれ以上の好奇心を抱いて行動を起こし始める。生涯使い続ける事になる風呂敷を具現化してしまったことに気が付きもしないまま。

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