私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第14話

 八百万が森をさまよって早数日が経過した。近隣を捜索し、時折大樹にまで戻り果実を回収してまた探索を行う。やっとの思いで道に出来た独特の土の痕跡、馬車道を見つけた彼女はそこで腰を落ち着けて待ち続ける事を選択した。

 

 道路にある車輪の跡、それはつまりここを通る人間が居るという事だと予想したのだ。そうしてその道を通りかかった馬車に乗車する行商人を見つけた時、彼女は両手を挙げて歓喜の声をあげたのであった。

 

 その後アントキバの街まで行くという行商人の荷馬車に載せてもらった彼女がアントキバの街に着いたのが数時間前の事である。ヨーロッパのような美しい外観とその街並みに圧倒される。漸く見つけた念願の人が住む街である。さぞ喜んでいる事かと思いきや、彼女の顔は存外に曇っているのであった。

 

「あ、あの…交番はどこにあるか御存じですか…」

 

「’交番’?なんだいそりゃ」

 

「あっ…な、なんでもないですわ…」

 

 店で商品を売っている男性からの返答に肩を落としてしまう八百万。そんな彼女の元へ杖を着いた老人が現れる。ゆっくりとした歩みをするその老人に対して八百万は再び問いかけた。

 

「あ、あの…ヒーローか警察官はどこにいるか御存じですか」

 

「’ヒーローか警察官’?なんじゃそれは?」

 

「…なんでもないですの…」

 

 何度も聞き飽きた返答に対して肩を落としてしまう。もう何度目だろうか。幾度尋ねてもおかしな返事しかしない街の住人に辟易してしまう。街を歩む人間の目つきもおかしい。どこか無機質で機械的な行動。

 

 そこには人間特有の感情や行動の癖などどこにも存在しなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()、恐怖を抱かぬ人間がどこにいようか。これではまるで…機械か人形のようだ。定められた行為を繰り返しているだけの造られた街そのものではなかろうか。

 

 どこか人間味のない行動に、背筋の寒い恐怖すら感じてしまう。まるでたちの悪い夢でも見ているようだ。泣き出したくなる衝動を押さえる八百万

 

「言葉がつうじているという事はここは日本のはず…ヒーローはどこですの?」

 

 ヒーロー飽和社会とまで呼ばれる現代社会である。定期的にパトロールだって行っているはずなのにこの返答は一体何なのだろうか。ヒーローの存在すら知りえないだなんてあり得ない。思わず祖母の風呂敷を握りしめてしまう。

 

 風呂敷はなくしてはいけないと彼女は風呂敷を何重にも折りたたんでいた。折りたたんだ後は細いバンド状にして自身の右腕へと巻いてある。固く縛ったこの風呂敷が、折れかけそうな彼女の心を支えていた。そんな彼女に対して親切そうな青年が声をかけた。

 

 

「君、ヒーローを探しているのかい?」

 

「し、知ってるのですか?」

 

「あぁあっちの方で見かけたよ…何人か固まっているのを見たかな」

 

「ほ、ほんとですか!?どこにいましたか!」

 

「うーんちょっと分かりにくい場所だったからなぁ…それじゃあお兄さんが近くまで案内してあげるね」

 

「ありがとうございます!」

 

 親切な男性からの言葉に嬉し気に声を弾ませる八百万。ここで漸く出会えた人間らしい人間である。目つきも行動も、機械的なそれとは違ってどこまでも人間らしさがあった。彼の年齢は…21歳前後であろうか。彼女は嬉しくなってその青年のそばへと走り寄る。

 

「それじゃあ迷子にならないように手をつなごうか。ここは人が沢山居るからね」

 

「はい、分かりましたの!」

 

 手を差し出してくる成人男性。彼の手をそっと握り返す。彼の暖かい掌の体温が、八百万の心を少しだけ温めた。彼は優しそうに微笑みながら八百万に対して親切に問いかけた。

 

「君のお名前はなんていうの?」

 

八百万百(やおよろずもも)ですの!」

 

「それじゃあ年齢は?」

 

「うーんと…小学生4年生です」

 

 幾つかの質問を問いかける青年。そんな青年の問いかけに対して嬉し気に返答を行う八百万。久々に行った人間らしい会話である。

 

 杖をついた老人の隣をそっと通り過ぎる。そうして青年と八百万はそのまま楽し気に会話を交えながらアントキバの街並みを散策していくのであった。太陽の光に照らされながら、店先にならんだホットドックの屋台から香ばしい匂いが立ち込める。

 

 そんな匂いに連れてつい視線で追ってしまう彼女。そんな彼女を青年が微笑まし気に見つめた。そうして彼女と彼は手をつないだまま15分ばかり歩くのであった。徐々に街の中心部から離れていき、人の姿がまばらになっていく。

 

「それじゃあ八百万ちゃんは将来はヒーローになりたいんだね」

 

「はい、学校でもいっぱいがんばってますの!」

 

「へーそれは凄いね…あっ着いたよ。ここだね」

 

「へ?」

 

 成人男性が指を指した先…それは()()であった。今にも崩れ落ちそうな見た目をしたその家屋、屋根の塗装ははがれかけており、壁には亀裂が走っていた。思わず後ずさりしてしまう八百万。そんな彼女をにこにことしたまま手を握りしめて逃がそうとしない男性。

 

「あ、あの…ここにヒーローがいますの…?」

 

「うん、中にいるよ。お兄さんと一緒に入ろうか」

 

「あ、あの…やっぱり私…帰りますの」

 

「あはは…帰すわけねーだろ」

 

「なっ!?」

 

 突如下卑た笑みを浮かべる男性。舌なめずりをすると青年は八百万の身体を嘗め回すように見つめた。突如変貌した青年の形相に、八百万は言いようもない恐怖を感じてしまう。そんな彼女に対して青年はニタリと笑みを浮かべながら嘗め回すように彼女の肢体を観察し始めた。

 

「NPCはヤっても切り刻んでも反応しないんだ、まるで人形みたいでつまんねーんだよな」

 

「えっ…あっ……」

 

「だから君みたいな可愛い子が来てくれて本当に助かったよ」

 

 笑みを浮かべる男性。その笑みがどこまでも狂気的で不気味であった。恐ろしいほどの力を込めて握られる事に心底から恐怖心を抱いてしまう。彼女の背筋にゾクりとした恐怖が走る。

 

 まさか…この人間に騙された?あれほど知らぬ人の誘いにのってはいけないと言われていたのに…優しい言葉に騙されてしまった自分に不甲斐なさを感じてしまう。彼女は全力でもがくと必死に大声で助けを求めた。

 

「い、いや!はなしてください!!」

 

「こんな可愛い子が捕まるだなんて俺ってついてるな」

 

「だ、誰か…助け…っ」

 

「ここには助けてくれるような警察もヒーローもいないさ…全く最高な場所だよなァ!!」

 

 こちらに対して強引に掴みかかってくる青年。その青年の力強さに反射的に悲鳴をあげてしまう。彼女はもがくようにして暴れるものの、青年の手から逃れる事は叶わなかった。

 

 八百万は腕を振り回す。暴れまわって振り回したからだろうか。彼女が腕に巻いていた布切れは徐々に解けていき…やがて一枚の布切れへと戻っていく。そうして青年と少女の間に一枚の風呂敷が現れた。

 

風呂敷?

 

 つい最近では見慣れなくなってしまった古びた道具を見つめてしまう。首をかしげる青年に対して八百万は大きな声で叫んだ。

 

 助けを求めても周囲には誰もいない。彼女の叫びなど、誰にも届きはしないだろう。そんな誰も聞くことのない願望を、その古びた風呂敷だけが聞き届けた。彼女の強烈な願望によって、その風呂敷は能力を得てしまう。

 

()()()()()()()()()()()()

 

「て、てめーいきなり何を……なにィっ!?!」

 

彼女の願望によって

風呂敷は突如巨大化する

 

 男性の声が、途切れた。突然自身の肉体を覆えるほどの巨大な布にまで巨大化した布に、仰天する。慌てて後ろずさり逃れようとする青年。3m…5m、風呂敷は巨大化し、男の脚から頭までびっちりと包み込んだ。

 

 まるで蜘蛛の巣に囚われた餌のようだ。そうして男はじたばたと哀れにもがいてしまう。ビクビクと惨めに布切れの中で動く男性の身体は…やがてぴくりとも動かなくなった。

 

 そこは光も、音すらも届かない世界。やがて青年の存在はこの世界から痕跡一つ残さずに消えてしまう。後には再び小さく縮小した、手のひらサイズの巾着状態の布切れだけが残った。

 

 

不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)

 

 

 具現化された風呂敷にありとあらゆる物を包み込み、包んだものを小さく縮小する事が出来る能力である。金庫一杯の宝物も、人が乗った車も、対象物を包み込めるほどに大きくなり、あらゆるものを包み込む

 

 特徴的なのはその万能性である。この風呂敷に触れればあらゆる物は即座に無力化され、包み込まれてしまう。殴りかかってきた人間がほんの欠片でもこの風呂敷に触れてしまえば…それだけでこの風呂敷の餌食にされてしまうのだ。

 

 利便性と稀少性からあの幻影旅団からも高く評価されている。団長【クロロ=ルシルフル】があの世界でも最強の能力者でもあるゾルディック家を相手にする際に迷わず使用する程の強力な念能力なのである。

 

 その能力を何故彼女が使えてしまったのか。並行世界においての妙な縁でも出来た結果なのか、それは誰にも分からない。確かな事は、彼女は本来手にするはずのなかった能力を得てしまったという事だけだろう。

 

「えっ…き、きえた…?」

 

 人間が一人消えていなくなるという現象に尻もちをついたまま混乱する八百万。バクバクと鳴り止まない心臓を無理やり押さえつけながら彼女は弾けるようにして立ち上がる。そのまま彼女は廃屋から逃れるように全力疾走を行った。

 

 怖くなってその場から立ち去ってしまう八百万。最早全てが恐怖であった。彼女は無我夢中で駆けていく。そんな彼女の後を一人の男性が隠れるようにして見ていた。どうやら一部始終を目撃していたようだ。彼はかけていた眼鏡を押し上げると絶の状態を保ったまま追跡を行った。

 

 5分程、八百万は必死で走り抜ける。アントキバの街の端、泉が吹き出している広場へとやってくるとそのまま彼女は倒れこむようにして地面に腰をついた。胸元を押さえて荒れ狂う呼吸をなんとか押し付けながら、彼女は泉の傍に設置されたベンチへとこしかける。

 

 そんな彼女の元へやってきた男性。彼は彼女の前方からゆっくりと、けれどはっきりと大きな声量で声をかけた。

 

「こら、見ていましたよ」

 

「ひぃっ…!!」

 

「全く、オーラを具現化出来るという事は君も相当な念能力者なのでしょう?逃げるなり何なりもっと他の方法もあったでしょうに…」

 

「こ、今度は一体なんですの…!?」

 

「念能力者が一般人に能力を行使するのは感心しませんよ。まぁあの状況では正当防衛でもあり仕方ない部分もあったでしょうが…」

 

 ゆっくりと、諭すように声をかける男性。まるで教師が子供を説教しているかのようなその光景、しかし現在の彼女にとってはいきなり現れた未知の男性である。当然、まともな心理状態になどなれるはずもなかった。

 

 耐えきれずに嗚咽を漏らし始める八百万。まるでせき止めていた堰が切れたかのように、泣き出してしまう八百万。痛いほど握りしめた拳の上に、ボロボロと彼女の涙が零れ落ちた。

 

「も、もうやだですのぉ…っ」

 

「え?いえ私は責めている訳では…な、泣かないでください!」

 

 もう限界であった。突如地面へと崩れ落ちるようにして泣き出してしまう八百万。べそをかきながら大声で泣き出してしまう彼女。そのまま家族の名を求めて泣き叫んでしまう。

 

「も、もうこんな場所いやですわ!…おうちに帰りたい…っ!!」

 

「済みません!決して私はそんなつもりで言った訳では――」

 

「うぅ…ひっぐぅ…あぁぁっ!!…」

 

「君もどうか泣き止んでください…っ!」

 

「おい、そこで何やってんだ不審者」

 

 そんな実に混乱した場面に、相澤がやってきた。どうやら八百万の悲鳴を聞いて駆けつけてきたようだ。オーラを纏ったまま屋根の上を走ってきた彼は少しばかり呼吸を乱しつつも、少女と彼の間に割って入るようにして着地した。

 

 相澤はその男性に対していぶかしげな視線を向けるといつでも動けるようにと拳に力を込める。そんな相澤に対してその男性は慌てるようにして弁明を行った。

 

 少女の前で慌てふためく眼鏡をかけた男性。その男は白いシャツに黒いズボンを身に着けていた。彼は困ったように苦笑をすると相澤に対して穏やかな口調で返答を行った。

 

「え、いやぁ私は怪しいものでは…」

 

「いや見るからに怪しいだろ…というか何者だお前は」

 

「えーと今名刺を…あぁ名刺はないんだった!どうしましょう?」

 

 慌てて自身のポケットをまさぐる男。それはなんともだらしのない男性であった。男の服装を見てみると、なんとシャツの片側がズボンからはみ出してしまっているではないか。

 

 彼はふにゃりと柔らかい笑みを浮かべると、八百万と相澤に対してにこやかに自己紹介を行った。

 

「私は…ウイングと言います。どうぞお見知りおきを」

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