アントキバの街はずれにある赤いテラスが特徴的なカフェテリア。そこはこのゲームに強制的に連れてこられた住人たちにとっても味が良いとの事から評判となっている店でもある。
幾つもの白いテーブルにウッドチェアが並んだその空間。店の外では燦燦と輝く日光の元、彼らはその店先に居た。一つのテーブルに、彼らは同席する。
テーブルの上には美味しそうなパスタと豆から引き立いた上質なコーヒーが並んでいる。そんな中、眼鏡を掛けた男性、ウイングは申し訳なさそうに彼らに対して頭を下げた。
「面目ないです…」
彼女と相澤の話を聞いて自身の判断が間違っていた事に気が付く。危うく少女が乱暴を犯される所であったという事からウイングは目で見て分かる程に落ち込んでいた。彼は申し訳なさそうに相澤達に向けて語る。
「兄妹というには違和感も有りましたし…妙な気配もあったので少し跡を追けていたんです」
「それもどうかと思うがな」
「なにせこれほど明確にオーラを具現化できるほどの念能力者です。普通に戦ったり逃げる事位なら出来ると思ったのですが…」
「こんな幼い子だぞ…そんな器用な事出来る訳ないだろ」
「あはは…普通はそうですよね。普通は…」
「あぁ?」
「い、いえ…念能力者は見た目の年齢だけでは分からない事もありまして…」
そう行って肩を落として少しばかり意気消沈するウイング。
「ともあれ、彼女には怖い思いをさせてしまったようです…申し訳ない」
「俺にじゃなくてこの子に謝ってくれ」
「えぇ、八百万さんにも…見過ごしたり勝手に跡を追けて、大変怖い想いをさせてしまいました。本当に申し訳ありません」
「むぐむぅ…べつにかふぁいませんの」
「…お前は全部食ってから喋ろ。女の子がはしたないだろ」
パスタを夢中で口いっぱいにほおばる。彼女からしてみれば数日ぶりのまともな食事、である。お嬢様らしくない行動をとっても仕方ないだろう。相澤から指摘を受けた彼女は頬を赤らめて恥ずかし気な表情を浮かべてしまう。八百万は気まずさをごまかすようにナプキンで口をぬぐった。
ちなみに、出会った当初こそ乱暴される寸前でもあったことから大泣きしていた彼女。ウイングの穏やかな話口調と相澤のヒーローライセンスを見たことから漸く泣き止んで、今ではすっかり元気を取り戻していた。
嬉しそうな表情で元気いっぱいにパスタや前菜を食べていく八百万を横目で見ると、相澤はウイングに対して言葉を投げかけた。
「それでアンタがさっきから言ってる念能力ってのは何なんだ」
「え?」
「だから念とかなんとか」
「貴方達が今使っているものですが…」
そういって困ったように首を傾げるウイング。彼の目から見れば相澤と八百万の身体からは確かにオーラを纏っているのが良く見える。
無論、出ているとはいってもそれも中途半端な物だ。心源流拳法師範代の彼からすれば、練り出すオーラの質も量も稚拙にすぎるものだ。
達の悪い外法による被害者であるのかと想い話をしてみるものの、オーラを使用しておきながら念の存在すら知らないというのはどういう事なのだろうか。ウイングは八百万の為にスープの追加注文を行いながら、自身の意見を述べた。
「まずはお互いの事情を話し合うべきではありませんか?」
「…確かにそうだな。だがその前にアンタが何者かどうか教えてくれませんかね」
「おっとこれは失礼、私は…
「NGO?」
「はい、普段は海外で難民支援活動を行ったりしているんですよ」
そういって楽しそうに自身の仕事について語る彼を相澤はいぶかし気な表情で見つめる。彼は普段は海外の発展途上国へ行き、難民の為の支援を行っているらしい。食糧支援や住居の提供、現地の子供たちに対して識字や算学の教育を行ったりと幅広い分野で活動を行っているらしい。
今回は仕事の一環でとある国へと講義の為に出かけた際に、オカルトマニアの知人からこのゲームの存在について聞いたらしい。人が消えてしまう不思議なゲーム機があるから意見が欲しいと言われ、その調査の際にゲーム機に手が触れてしまったとの事だ。
どうにも嘘くさく思えて仕方がない相澤。ともあれ、聞いた法人の名前は自身も聞いたことあったような覚えもあるし、活動内容も聞いた限りはごく自然である。むしろ世間一般では立派だと評価されるような仕事内容だろう。相澤は少しばかり不審に想いながらも自身の経緯を話し始めた。
無論、全てをありのままにという訳ではない。こちらの事情を少しごまかした状態で、相澤は事情を語ったのである。ヒーロー協会、行方不明事件、これまでのオーラに目覚めたと思われる事件について要所をごまかした状態で説明を行っていく。一通り話し終えると、ウイングは深く頷いた。
「なるほどにわかには信じがたい話ですが…納得はいたしました」
「他の国でもグリードアイランドによる被害者がいるのか?」
「日本が主流だとは思いますが。この街の住人の様子を見ると…」
「……厄介だな」
コーヒーを口に含みながら考える。日本だけの現象とも丸きり信じきってはいなかったが…まさか海外でも例が確認できる程とは。このアントキバの住人でも外国人が幾人か確認は出来ていた。が、アントキバの住人に関してはウワバミに管理を任せていたので詳しくは知らなかったのだ。
相澤は報告すべき事項を頭の中でまとめながら珈琲を口に含む。そんな彼に対してウイングは視線で伺うようにして話しかける。
「しかしその様子では応用技はおろか基礎の四大行すらも知らなそうですね」
「そもそも念とは…オーラとは一体なんなんですか?」
「オーラとは誰しもが内に秘めている生命エネルギーの事ですよ」
「…そこまでは聞きましたね」
「’纏’から始まり’錬’を覚え、’絶’を経てそして’発’に至る……それ即ち念であると」
「……」
「そして発に至ったオーラこそが新たな能力の発露となる。私たちはこれを念能力と呼んでいます」
「念能力…それを扱うものが念使いか」
「えぇそうです。貴方たちはまだ念能力の真価を欠片も理解出来ていません。その恐ろしさもね」
「…言ってくれますね」
「事実ですから。念を駆使すれば…こんな事もできます」
そういって彼はテーブルに備わっていたカトラリーボックスに手を伸ばす。スプーン、フォーク等が詰まったその長方形の箱から一枚のナプキンを取り出した。どこでにもある白い、変哲の無いナプキンである。
いぶかし気な視線を向ける相澤の目の前で、ウイングはナプキンにオーラを込める。徐々に増していくオーラに比例して、ナプキンそのものの硬度もまた上昇していく。そして軽くスナップを利かせてテーブルの隣にそびえたつ大樹に向かってソレを投げ飛ばし――
「おいおい…嘘だろ…」
「今のはただ念を込めただけですよ」
そういってクスリと笑みを浮かべるウイングに対してひきつった表情を浮かべてしまう相澤。なんという事だろう。その大樹を見てみると柔らかい筈のナプキンを投げられた事によって深々しい傷跡が付けられていた。
(ナプキンが中心部にまで貫通している…っ!)
大樹の表皮を軽々と貫通し、その中心にまで深く突き刺さっているナプキン。巨大な斧を力いっぱいに振り下ろさなければここまで深々と突き刺さることもないだろう。
自身の手元にあったナプキンを確認してその柔らかさにゾッとする。
「これは一体…」
「この程度で驚いてはいけませんよ…八百万さん、先程使っていた例のものを出していただけませんか?」
「え、ですが…」
「大丈夫です、貴方ならきっと出せますよ」
「…いいんですか?」
「はい、私が許可します」
ウイングの指示に対して戸惑いながらも答える八百万。彼女は右手に力を込めて瞳を閉じると、そのまま宙に向けて腕を突き出した。彼女に込められたオーラによってその念は発露していく。やがてそのオーラは徐々に形をまとっていき、やがては一枚の風呂敷へと変貌していく。
唖然とする相澤に対してウイングが眼鏡を押し上げながら問いかけた。
「相澤さん、これが何に見えますか?」
「…布だ」
「はい、正解です。より正確には風呂敷といった方が正しいでしょう。しかしただの道具ではありません」
「グリードアイランドの何らかのアイテムなんじゃないのか?」
「いいえ、まさか。これは彼女自身のオーラによって具現化した物ですよ」
「は?」
「オーラは強化したり、別の何かを創造する事も可能なんです。そして創造したものには特殊な能力を付与する事ができる…こんな風にね」
「なっ!?」
そういって彼が
まるで巨大なアメーバのようにグニグニと姿を変えるその風呂敷。見る見るうちに傘を飲み込めるほどに大きくなり、そうして包んだものをすっぱりと覆ってしまうとそのまま風呂敷は包んだ物ごと縮んでしまう。見る見るうちに縮んでいき、やがては数cm程度の大きさにまでなってしまった。
「どうやら風呂敷に触れた物をその性質問わず全て閉じ込める事ができるようですね。そして包んだ物をそのまま小さくもできる…と。
「こ、これが念能力…?」
思わず呆然とつぶやいてしまう相澤。念とはただ身体能力を強化させる物ではなかったのか。
個性にも、様々な物が存在する。それでも自身の個性から逸脱した能力などは備わってはいない。ましてや彼女の本来の個性は創造というではないか。創造したものが勝手に能力を身に着ける…?これではまるで二つ目の個性の発現にも等しいではないか。
全く違う系統、異質な能力。これまで培ってきた常識とは外れた理の存在に、戸惑いを隠せない相澤。きっと無意識だったのだろう。彼の口からは知らず知らずのうちにぽつりと、ついその言葉が漏れ出てしまう。
「これと同じ事が…俺達も出来るのか…?」
「その質問にはYesでもあり限りなくNoでもあるのですが…ともあれもうお分かりでしょう」
「……」
「分かりますか?中途半端に学んだ念能力など誰かを傷つけてしまうだけです」
そういってこちらを真剣なまなざしで見つめてくるウイング。その視線に対して思わず言葉を返すこともできない。この技術は劇薬だ。社会へ、世界へ絶大な影響だって与えかないのではないだろうか。彼の言葉は念に対する知識も経験も不足している自分に対する忠告だろう。
だがここで疑問が生じてくる。プロヒーローである相澤だって見たことも無いような技術と異能である。
2人の間に無言の緊張が走る。そんな相澤とウイングの両者を見つめて八百万。彼女は困惑したように間に入ると力強い言葉で主張した。
「あ、あの…これは’ねん’という物ではなくわたしの個性ですわ」
「…なるほどそれは申し訳ない。ちなみに八百万さんの個性とは一体?」
「わたしの個性は『創造』です!とってもべんりな個性なんですの!あ、あの…これって個性が進化したってことですよね!」
「…えぇそうですね、きっと君の個性が成長したのでしょう」
「やりましたわ!これでわたしもヒーローになれるでしょうか!」
「うーん、それはどうでしょう。きっと沢山お勉強しなければいけませんね」
「でも…お勉強もすきですわ!一杯がんばりますの」
そういって顔をほころばせて喜ぶ八百万。そんな彼女を微笑まし気な表情で見るウイング。この男を信用すべきか否か、まだ決心できないでいた。そんな相澤の目の前でウイングは肘でわざとテーブルからフォークを落とした。
あっとわざとらしく声をあげるウイング。そのまま彼は困ったように頭をかくと八百万に対して申し訳なさそうにお願いをした。
「おっと済みません…八百万さん、フォークを落としてしまったので店員さんに替えのフォークを貰いに行っては頂けませんか」
「はい?分かりました」
「ありがとう…一本だけでいいですよ」
店員さんに相澤も視線で後を追うとレジの方へと行ってフォークを貰いに行くのであった。彼女に対して礼を述べながら、行く末をそっと視線で追うウイング。彼女が店の奥へと行ったのを確認するとウイングは相澤に対して改めて向き合った。
どうやら彼女が居る場所ではしにくい話をするつもりらしい。彼は少しばかり声量を落として相澤に対してそっと告げた。
「さて…先程聞いた通りです。彼女は念能力に目覚めてしまった…彼女自身は個性だと勘違いしているようですが」
「…彼女の個性がゲームマスターに偶然奪われなかった可能性もある。それが何らかの形で変質した可能性も」
「念使いである私が保証しますがそれはあり得ませんよ。貴方の言う
「……」
「それに話はまだあります。これを見てください」
そう言って懐から小さな包みを取り出すウイング。あれは…先程の八百万の創造した風呂敷だろうか。それは巾着状の形をしており、手のひらに乗るような小さなサイズをしていた。視線で話の先を促す相澤に対してウイングははっきりと告げた。
「彼女と出会った時の経緯はお話しましたね?」
「まさか…この中に?」
「はい、先程話した件の男性が入っています」
「…まだ生きているのか?」
「おそらくですが…機会を伺って彼女には能力を解除させなければいけませんね」
自身の手にオーラを纏い、二つの棒をまるで箸のように駆使しながら器用に巾着状の風呂敷を掴むウイング。この中に人間がいて、しかも生きているか死んでいるかも分からないとは…。
「男性の生死の確認、包んだ物品が破損するのか否か。調べる事は山程ありますが…まず第一に彼女に念能力をコントロールする術を身につけさせねばなりません」
「そうしなければ現実世界でも同じ事故が起こりえると?」
「現在あなた方の周囲には念について詳しい方はいません、その詳しくない技術で事故でも起こされたら大変でしょう。それは彼女の将来にも関わってきます」
「能力が暴走して人が巻き込まれたら大変…確かにな」
「はい、彼女が現実世界へ帰還する前に…念に関する修行が必要です。それも念に長けた人間から」
「…それが貴方であると?」
「そうです。私、こう見えても
そういって自信をにじませた笑みをするウイング。相澤からすればオーラとはゲーム内での技術だ。しかし警察署へ帰ったときには確かに使えた技術でもある。この矛盾…いいや、謎は一体どういう事なのだろうか。
つまり、念とは元々現実世界にあった技術でもあるという事ではなかろうか。犯人たちはこの技術をなんらかの形で知って、それを利用してこのゲームを造った…?いいや、この男が犯人達そのものだという可能性だってある。
「念能力は学べば誰でも習得できます。…だからこそ、それを学ぶものには責任が伴う」
この男が犯人とその関係者である可能性も否定できない。むしろその可能性の方が高いのではなかろうか。接触してきたタイミングといい話の内容と言い、あまりにも怪しすぎる。
「……」
眼前の男は何かを知っている、それは間違いない。念に関する事。そしてこのグリードアイランドや犯人たちの正体に関しても。
ここで捕縛して尋問するか?
そう想い、僅かに身体を強張らせる相澤。テーブルの下では彼に気づかれぬようにと密かに拳と両足に力を込める。そんな彼に対してウイングは苦笑しながら答えた。
「まぁいきなり言われても信じられませんよね。良ければ取引をしませんか?」
「…内容にもよる」
「そう難しい話ではありませんよ。彼女とあなた方に念について講習を施します。対価は…現実世界に戻った時に一仕事頼みたいのです」
「仕事?」
「えぇそうです。そちらである人を探してほしいのです。ただそれだけですよ」
そういってにっこりと微笑むウイング。なぜだか憎めない笑顔であった。彼の人柄に、ほんの少しばかり毒気を抜かれてしまう相澤。
もしも念とやらに精通しているのなら…ここで戦闘を仕掛けるのは返り討ちに合うだけで愚策だろう。手を出すならば学びきった上で複数人で奇襲を仕掛けるしかない…。
そこまで考えて相澤は深い溜息をついた。何よりここで彼との繋がりを逃す事は出来ない。相澤は渋々といった表情で彼の提案に応じるのであった。