私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第16話

 アントキバの街から20分程度歩いた場所には森林地帯がある。様々な種類の樹木があり、近くには食べられる果実や動物もいないという事から人間にとっては何も見どころがない空間である。そこのすこしばかり開けた空間に彼らはいた。

 

 木と木に囲まれた空間である事から彼らの秘密の修行を覗き見る住民もそこにはいない。相澤はその場に集った仲間をそっと横目で伺った。ミルコ、ウワバミ、八百万。こうして思えば随分と不可思議なメンバーだ。ミルコとウワバミに至っては現実世界ではとんと縁がなかったというのに、今ではこうして共に修行する仲になったとは…。

 

 そんな彼らを指導するのは眼鏡をかけた謎の男性ウイングである。謎の男から指導を受けるという行為、半ば誘拐同然で連れてこられた少女の件で随分と揉めるかと思ったが、相澤の杞憂をよそに彼らは随分と仲が良くなっていた。

 

 知識がないよりかはあった方が良いだろとのミルコの鶴の一声もあり、晴れて講習会の実施が決まる。こうしている今も彼女達は今も和気藹々と、かつ真剣に修行に取り組んでいるのであった。

 

「そうです、もっと丹田辺りの精孔の位置を自覚してみましょう」

 

「ん…こうかしら?」

 

「えぇ上手いですよ。相澤さんはどうですか?」

 

「ダメだな…この絶ってやつは難しすぎる」

 

 そう言って頭をかく相澤。精孔を開くならばともかく意図的に閉じるのがこれほど難しいとは…。先程から開いたり閉じたり、意図的に精孔を刺激したりと自らの感覚を研ぎ澄まそうと試みているのだがどうにもかんばしくなかった。

 

 そんな彼らに対してウイングは顎に手を当て考える。ふむ、と唱えると彼は彼らに対してより具体的に身になるようなアドバイスを行った。

 

「それではお二人とも、ガスコンロをイメージしてみましょう」

 

「ガスコンロ?」

 

「えぇそうです。自分の肉体がガスコンロであり、オーラとはガスの事です」

 

 スイッチを捻る事で点火し、レバーを回す事で火力を調節する。そしてガスの元栓を閉める事で絶を行う。特に精孔を閉じる際には頭の中で実際に元栓を閉めるイメージを持てと彼は言う。

 

 ウイングの理解し易いんだかよく分からない説明に苦笑しながらも指示に従うウワバミ。先程彼から受けた纏と絶について改めてその説明を思い出す。

 

 (テン)とは肉体から流れ出ている生来のオーラを自身の周囲に留めて維持する技術である。これを行う事で身体機能は大幅に向上する。また、肉体の若さを保ったり健康状態の維持もできるらしい。

 

 絶とはその逆。肉体から流れ出ているオーラを精孔より完全に絶つ事である。これにより、人間が無意識的に放っている気配すらも絶つ事が出来る為、隠れたり尾行したりする時にも役に立つ。また、回復力を大幅に増幅させる事も可能である。

 

 言われてみれば、成る程とも思う。(テン)(レン)(ゼツ)。このことをふんわりとした感覚的にしか捉える事が出来なかったが改めて言語化してみればずいぶんとしっくりくる概念であった。

 

 ちなみにこの事を体感的にいち速く理解したのが八百万であった。彼女の纏はこの中の誰よりもゆらぎが少なく、まるで穏やかな小川のようになだらかであった。そんな彼女の様子をウワバミが嬉しそうに見守った。

 

「あら、(もも)ちゃんは覚えが速いわね」

 

「でもあの人には負けてますの…」

 

「まぁアレに比べたらね…うん…」

 

 

 二人の視線の先では森林地帯で暴れるミルコが居た。よほど覚えが、いや才能が合っていたのだろう。ウイングの指導をまるで乾いたスポンジのようにして吸収してしまったミルコ。数時間も立たぬうちに彼女は正しいオーラコントロールを学習してしまったようだ。

 

 オーラとは生命の源。纏を行えばそれだけ身体能力は桁違いに上昇する。攻撃力も、防御力も、素早さもすべてのステータスが上昇するのだ。

 

 かつて強化系であるウボォーギンは殺傷能力の高いライフルを頭部に喰らってもピンピンとしていたという。つまりは特化型のステータスになりがちな個性に比べ、念とは汎用性に優れた異能なのである。まぁ彼の場合はかなり特殊な事例ではあるが。

 

 身体があまりに軽い。大樹が音を建てて崩れていくのを横目に彼女はなおも空中での疾走を続ける。どうやら大樹同士を蹴って高速で移動しているらしい。時折肉体がぶつかるような音がする事からも体当たりの練習でも行っているのだろうか。時折彼女の高笑いが聞こえる事からも、随分と機嫌が良い事が伺える。

 

 

「アハハ!サイコーだなァ!!この感覚は久しぶりだッ!」

 

「はい、兎山さんもそこまでにしてくださいね」

 

 手を叩いて兎山ルミの行動を止めるウイング。彼の呼び止めに渋々応じたミルコは相澤たちの傍に戻ると軽く呼吸を整える。あれだけのことをしておきながらまだまだ体力には余裕がありそうだ。そんな彼女達に対してウイングは次の修行の指示を行った。

 

 

「では今度は4人でもやってみましょう皆さん、オーラを練っていただけますか」

 

「オーラを…錬って奴ですか?」

 

「えぇそうです、皆さん自由な態勢を取って頂いて構いませんよ…それでは、始め!」

 

 ウイングの言葉で各自覚えたばかりの錬を行う。相澤も又そっと直立しながら瞳を閉じて指示に従う。どうにもどこかファンタジックな感じであり、いまいち現実味が感じられないのだ。指示に従いなんとか力をひねり出そうと試みるが…自分だけでは上手くいっているのかどうかも分からなかった。

 

 

「八百万さん、力いっぱいに両手で握りこぶしを作る必要はありませんよ、もっと脱力をしましょう。…あと瞳をぎゅっと固くつむる癖も治しましょうね」

 

「あぅぅ…」

 

「相澤さんはオーラにムラが出来ています、脚先のオーラが少なすぎるのでもっと全体を馴染ませるイメージを持ちましょう」

 

「……はい」

 

「はい、そのままの態勢で…あと30秒です」

 

 

 やがて、時間が経過し終わりの合図を告げられる。その合図と同時に地面に倒れこむ八百万とウワバミ。かくいう相澤も腰に両手を付けて大きく呼吸を荒げていた。

 

 深呼吸をしながら呼吸を整える。息も乱していなかったのはミルコだけであった。ミルコは倒れている二人に手を差し出すと優しく声をかけた。

 

「おいおい大丈夫か?ほら、水やるよ」

 

「あ、ありがとう…結構疲れるわねこれ」

 

「レンって全力疾走を行っているみたいだよなー」

 

「言いえて妙ね…でも個性の使い方と似通っている部分はあるかも…」

 

「ほぉそうなのですか?自分は()()()()()()()()()()()()()()()()…その感覚は大事にするべきですね」

 

「え、えぇ…そうですね?」

 

 ミルコから水筒を受け取るウワバミ。呼吸を整えるウワバミに対してウイングは疑問に思ったことを問いかける。少しばかり会話に違和感を感じるウワバミも、疲れからか水筒の中身を飲むことに集中してしまう。

 

 彼らの会話から察するにどうやらオーラと個性の使い方には重なる部分も多いらしい。あるいはミルコや八百万が異常なまでに念の使いに長けているのもまた、そのような事情があったからかもしれない。

 

 そんな会話を隣でうっすらと盗み聞いている相澤。そんな彼らに対してウイングはにこりと笑みを浮かべながら語りかけた。

 

「さて次の修行をする前に…まずは皆さん、両手を前に出して貰えますか?」

 

「両手を…なんですって?」

 

「各自右手と左手を自由な形で組んで下さい。なに、ちょっとした心理テストのような物ですよ」

 

 そう言われてウイングの指示に従う女性陣。相澤もまた、困惑しながらも手と手を繋ぎ合わせる。左手の手首を右手で掴み、そのまま左手を包み込むような形である。

 

 相澤のつなぎ方を見たミルコは首をかしげながら彼に対して近寄った。

 

「あん?お前変わった組み方してんなイレイザー」

 

「そういうミルコは…なんだそりゃ、握手みたいな形だな」

 

「普通こんなんだろ…ってあれ?」

 

 ミルコ達の方を見てみると彼女たちは全く違う手の組み方を行っていた。八百万とウワバミは…右手の指と左手の指を交互に絡まるという、まるで修道女が祈りを捧げているような姿勢であった。

 

 たかが手のつなぎ方でこうも性格が分かれるものかと関心する相澤。そんな彼らの手の様子を見て回りながら観察するウイング。彼はそれぞれの手を見て、興味深げにうなずいた。

 

「今のはオーラを練る際のイメージの参考になります」

 

「言っている意味がよく分かりませんが…」

 

「傾向をおおまかに判別したのですよ。オーラを練る際は幾つかの傾向に区別できます」

 

祈り(プレイ)型は両手の指を互い違いにからませ、掌をあわせる方法。

 

握手(シェイク)型は両手で握手の形を造り、そのまま両手で握りこむ方法。

 

片手主導(キャッチ)型はどちらか片方の手でもう片方の手の部位を掴む方法。

 

「このように傾向によってオーラの練り方は変わっていきます…では今度はそれをイメージして再び錬を行ってみましょうか」

 

 そういって傾向とそれぞれのオーラの練り方を具体的に指示するウイング。どうにも彼の指示によると腕の組み方によって以下のようなオーラの練り方があるらしい。

 

 

祈り(プレイ)型は瞳を閉じて水を掬うイメージ

 

握手(シェイク)型は輪を元に時計回りにオーラを流していくイメージ

 

片手主導(キャッチ)型は空中で綿菓子を作るようにかき混ぜるイメージ

 

 

「相澤さんはオーラを空中からかき集めてそれを支配するイメージを持ちましょう…無色の空気に自分という色を付けていき支配域を徐々に広めていくイメージです」

 

「空中からかき集めるイメージですね、分かりました」

 

「或いは空っぽの風船に空気(オーラ)を詰めていく、なんてイメージでも良いかもしれませんね」

 

 ウイングの言葉に頷いて納得をする相澤。相澤は瞳を閉じて両手をゆるく前方へと突き出す…そのまま静かにオーラを練り始めた。先程までの不安定なオーラよりも確かに、はっきりとしたオーラの練り方にウイングは嬉しそうに頷いた。

 

「センセー、私はどうだ?」

 

「ルミさんは握手(シェイク)型…貴方にとってオーラとは自身の心臓から産み出す物です。血液の巡りのように心臓から足先へ、やがては頭へと回っていく血液循環を参考にしてみて下さい」

 

「あの、先生…私達は」

 

「八百万さんと蟒爬美(ウワバミ)さんは祈り(プレイ)型です。海と一個のコップを想像してみてください。オーラの海から身体という器でオーラを掬い出すイメージです」

 

「オーラの海から…」

 

「まずは小さな器で少しづつ掬う事、やがて慣れていけば大きな器で一度に大量のオーラを掬い出す事もできます。まずはオーラを一定量抽出する事を目標にしましょうね」

 

「はい!」

 

 ウイングの言葉に片手を挙げて元気よく返事を行う八百万。随分と正直で純真な子供である。かつて教えてきた心源流の門下生達を思いだす。

 

 ウイングはコホンと咳ばらいをするとその場にいる者たちに向けて問いかけを行った。

 

 

(テン)をし、その後(レン)を行い、(ゼツ)をする…この一連の行為にはどんな意味があるのか。ウワバミさんは分かりますか?」

 

「えっと、オーラを安定させる事かしら…?」

 

「はい、正解です。スイッチを入れ替えるように機械的に出力を行えるようになる事も目指しましょうね。そしてもう一つ意味があります」

 

「はいはーい!一度にたくさんのエネルギーを出すことですわ!」

 

「ふふっその通りです。オーラは使えば使うほど総量が増えますし…効率的な扱い方も覚えていきます。『安定と総量の上昇』まずはこの2点を心がけましょうか」

 

 ウイングにほめられた事で満面の笑みを浮かべる八百万。彼女に尻尾でもあればきっと左右にびゅんびゅんと振り続けている姿が良く見えた事だろう。ウイングは彼女たちに対して更に具体的に指示をする。

 

「この一連の行為を1セットとし、一日10セットを目安に行いましょう。ですがオーラの質と量の向上を無理に目指すのではなく、まずは自身のオーラを安定運用できる事を目標にしましょうね」

 

「おっしゃー!気合入ってきたな!!」

 

「勿論、これは基礎訓練です。他の修行も並行して行っていきますよ」

 

 ウイングの指導は…なんというか非常に安定感があった。修行というよりはまるで授業のような感覚であった。裏打ちされた知識と確かな経験の元による指導。

 

 まずは状況を自身と対象に認識させ、何が不足しているかを認識させる。指導方針を明確にし、それを行う意図と共に説明を行う。

 

 時折生徒に対して質問を問いかけるようにする事で受動的な授業にさせない。能動的に学ばせる事で知識と経験の定着を促しているようだ。

 

 そして具体的な物をイメージさせ、力のコントロールを行いやすくさせる行為。アドバイスも行いつつ自身の思考する幅をもたせる。その教え方に相澤はそっと息を呑み――

 

 

……いやいや

アンタNGO法人の職員だったよな

 

教えるのうますぎないか?

 

 

 教え方があまりにも洗練されている気がしてならない。まるで何十人と指導してきたかのような口ぶりである。随分と教え方の前提となる知識体系が確立しているとしか思えない。

 

 怪しさを感じつつも日々進歩していく自分に何とも言えない充足感すら感じてしまう。相澤はそっと握りこぶしを造り、傍にあった木に向けてボクサーのようにストレートパンチを放った。

 

 木に拳がめりこむ。ずしんという重苦しい振動によって大量の木の葉が堕ちる中、相澤はその光景にしばし感慨を感じてしまう己を自覚していた。かつてあれほど焦がれていた増強型の個性を手にしたかのような感覚。個性を手にしたばかりの子供のような感覚である。この力をもっと伸ばしていけば…一体どんな事ができるのだろうか。

 

 徐々に確実に強くなっていく自身の肉体とは裏腹に、やはりどこかきな臭い想いは隠せない相澤なのであった。

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