こちらをうるうるとした上目遣いで見上げる八百万。その視線につい罪悪感を感じてしまう…訳もなかった。相澤は自身の腰にしがみつく八百万に対してぶっきらぼうな態度のままそっけなく告げる。
「おい、離れろ」
「……」
「あら凄い…見事にひっついてるわね」
相澤の腰にしがみついて離れようとしない八百万。ミルコが彼女の腰を掴んで放そうと試みるがまるで離れようともしなかった。これではまるで丸太にひっつくコアラのようだ。
どうやらまだ自分も修行がしたいとの事らしい。相澤とミルコはこのまま残ってウイングと共に修行を行う。が、八百万は年齢が幼いためここで修行は一時中断させるべきとウイングが語ったのである。
念においては安定した精神力が不可欠である。ましてや家族とも離れたこの状況では根を詰めて指導を行っても余計に効率が薄れてしまう。彼女には子供らしく遊び、ストレスを発散させるだけの時間と心の余裕が必要だとウイングが判断したのである。
幸いここには未知の物で溢れており観光名所としては十分であろう。修行を行い、余った時間を観光を行ったり遊ばせることで彼女自身のストレスを発散してもらおうという大人たちの配慮であった。
だが本人からすれば憧れのヒーロー達に修行を付けてもらえる機会でもある。まるで爪弾きにでもされているかのような児童特有の疎外感を感じてしまう。或いはまだまだ彼らと一緒に修行をしたいという背伸びをしたい年頃の感覚なのかもしれない。
「……」
「いいからお前は遊んで来い」
「……ッ…」
「…無視はするなよ」
自身の腕を相澤の腰元に回して全力で抵抗を試みる八百万。そんな八百万に対して相澤はわざと、大きく溜息をついた。だいたいなぜ自分に執着するのだろうか。ウワバミでもミルコでもいいし、教えを受けているのはウイングだろうに…。
八百万は小学生である。現代の小学生がたった数日でも家出をしただけで警察沙汰である。ましてや八百万の家は彼女の証言と言動から相当の資産家の可能性が高い。
幾ら念に関する修行が必要とはいえ、そんな家庭の出身である彼女を数カ月単位で放置したまま隠し続ける事などとても出来ない。現実世界ではどのような騒動になっているのだろうか…。というよりも倫理的に考えて彼女のような子供は今すぐにでも現実世界へと帰還させるべきである。
とはいえ、念に詳しい人間はこの場ではウイングしかいない。その彼も現実世界へ戻っての指導はとある理由から難しいとまで言っているのである。諸々の事情を鑑みて数週間…なんとか時間をひっぱって数週間のみの指導で最低限の事故を起こさぬ程度の講習を施すという事になったのである。相澤は呆れたように彼女に対してこう告げた。
「じゃあ遊んでこなくていい…その代わり仕事をしてこい」
「し…ごと…?」
「そうだ、お前にしか出来ない任務だ」
「任務ッ!」
「作戦実行においては情報が大切だ、街の様子を自分の目で見て俺に報告してこい」
「分かりました!行ってまいりますの!」
相澤の言葉に弾けるような笑顔を見せる八百万。こいつチョロすぎないか?将来悪い男にでも騙されそうな予感がする。
まぁ彼女との付き合いなどあと数週間もしないうちに終わりか。そう考える相澤は愛想笑いを浮かべるとそのまま彼女に対して手を振った。そんな相澤と八百万をウワバミが苦笑しながら見ていた。
ウワバミは彼女の手を引いていく。流石に日本のプロヒーローでもないウイングと八百万を二人きりにするのはまずいという事でヒーロー達が交代で彼女の面倒を見る事に決まったのである。
何かあれば呪文カードによって直ぐに飛んでいく事も出来る。今の自分たちがするべきは、より念という物の練度を上げる事である。そうしてこのゲームの攻略と情報収集及び、犯人達の調査を行っていく事が必要だ。
嘘も方便
合理的虚偽という物である
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「さて…それでは六系統の判別から行いましょうか」
「系統があるって事は教えて貰ったけど…詳細は全然分からないままなんだよな」
「余計な先入観を持たれても困りますからね」
「…系統って言うけどさ。そもそもどうやってそれを知るんだよ」
「
「
「えぇそうです。その前にお二人は四元素の考え方は御存じですか」
ウイングの言葉に腕を組んだまま首をかしげるミルコ。相澤もまたウイングの言葉に対して疑問を浮かべながらも彼の説明に対して聞き入った。
4元素とは古代ギリシアにおいてエンペドクレスが提唱した理論である。世界とは四つの元素から構成されるという。即ち「火、風、水、土」の4つの要素である。大地も空も海も、生命を含めたあらゆる事象はこの4つ要素から構成されている。それらが循環、相互干渉を繰り返す事で世界は成り立っているという思想である。
この思想は世界各国でも同様にみられる。ローマ、イスラーム世界、錬金術思想が広まったヨーロッパなど。またこの4元素に4つの性質の組み合わせや第5元素としての『エーテル』の存在を提唱したアリストテレスという存在。「火・水・木・金・土」の5元素からなるとする五行思想とも言われる理論が中国でも存在したり等、その拡大解釈理論は多岐に渡る。
つまり、生命エネルギーでもあるオーラはこの4元素思想に大きく影響するという事である。即ち4元素、とりわけ火と水は最もオーラの影響を受けやすい。
火見式では火を灯した蝋燭にオーラを込める事でその人間の六系統を判別する。
火が大きくなれば強化系
火の温度が変われば変化形
火の色が変われば放出系
火の形が変われば操作系
火や蝋燭、周囲に不純物が現れれば具現化系
蝋燭の土台やその他の変化が現れれば特質系
このようにして炎の変化によって判別するのが火見式である。しかしこの方法では細かい系統の判別が行えないというデメリットがある。特に変化形とは炎にオーラを作用させる事によって火の温度に変化を促す系統である。火の温度による色変化は下記のように分かれる。
赤:約1500度
黄:約3500度
白:約6500度
青:約10000度
緑色であったり黒色であったりと色の変化があれば放出系だと判別できる。が、上記のような温度による色の変化があった場合は放出系なのか変化形なのかが分からない。青い炎を出した場合、その人間が変化形なのか、放出系なのか分からない。そもそも藍色やサファイアブルーの可能性もある。つまりこの方法では単純な判別が難しいのである。
かつては一般的に利用されていたという火見式。蝋燭や火種を用意する不便さや強化系による火事が起きやすいという問題点から、次第に安全で効果も判別しやすい
「まぁ今回も
「よっしゃー!」
グラスを用意し、その中に水筒から取り出した水を注いでいくウイング。そうして彼は周囲においていた一枚の葉っぱを浮かべると相澤とミルコに対して向き合った。
方法等といった説明は既にウイングから受けている。ミルコは腕まくりをしながらニヤリと笑みを浮かべた。瞳を閉じる。そうして彼女はコップを両手で包みこむように手を添えるとそっとオーラを練り始めた。
彼女のオーラによって、徐々にそのグラス内の水の状態は変わっていく。ビチャンと音を建てて堕ちる水滴。やがて彼女が瞳を開けると…グラスから零れ出るほど大量の水がそこにはあった。
「これは…何系だっけ?」
「私と一緒ですね、兎山さんは強化系です」
「強化系…おぉ!響きが恰好良い…っ!」
「道具や生命の持つ性質、働きを高める能力です。攻守に優れ、戦闘においては最もバランスの取れた系統であると言えるでしょう」
「身体能力とか筋肉を高めるっていうのは分かるけど…道具?」
「はい、こんな事が出来ます」
「うぉおおお!!すっげーー!!!」
そういってウイングはレストランから拝借したナイフと、人間の腕程もあるような太い枝を取り出す。彼はそのままそっとナイフを枝に押し当てる。すると…ナイフによって枝がすっぱりと切れたではないか。まるで太刀で斬ったのではないかと見まごう程の、ツルツルとした見事な切り口であった。
強化系によるナイフの強化。この場合はナイフ自身が持つ斬るという属性、刃物自身が持つ性質の強化とでもいうのだろうか。その太刀筋に興奮するミルコをよそに、相澤自身もグラスの前に立ってみる。
そっと固唾を呑む。そうして相澤は少しばかり緊張した面持ちでオーラを練ってみる。かつて抹消という個性のせいで味わってきた苦労の数々を思い出す。可能であれば自身の弱点でもある多戦闘や範囲攻撃が可能な能力が良いと、そう願いながら。その想いにグラスが答えるかのように変化を帯びてきた。
「これは…」
「葉っぱがかすかに動いています…相澤さんは操作系ですね」
「操作…」
「自身のオーラを消費して物質や生物を操る系統です。自由自在に武器を操ったり対象に命令を施して操ったりする事ができますよ」
「出来れば強化系が良かったんだが…自身の系統を変える事は出来ないんですか?」
「残念ながら、系統は変える事ができるのは一部の例外を除いてありません。ま、その事も後で話しましょう」
「操作系…正直あまり強そうな気がしませんね」
「とんでもない、操作系も優れた系統ですよ」
グラスの中の葉が僅かに揺れる。先程のミルコの変化に比べればあまりにも貧弱な動き方である。錬の精度が整っていないウワバミ達はまだ系統判別も行えないとは言っていたが…自身もこれで上手に水見式とやらが行えているのだろうか。
「操作系と具現化系は戦況を覆す一手を創り出せる事にあります。例えどんな強敵、どんな状況においても場を切り崩す
「……」
「全ては使いようです。足りない物を求めるのではなく、今有る自分の長所を伸ばす事が大切なのです」
「自分の長所…」
「貴方自身が何を操りたいのかをよく考える必要がありますね。ひいてはそれが貴方自身の、貴方だけの念能力にも繋がるでしょう」
そういってウイングは微笑んだ。彼の言葉に相澤自身も押し黙ってしまう。かつて目の前で親友を失ってからどれほど後悔を重ねてきただろうか。この新たな力を積み重ねれば、失ってきた物にも手が届くのだろうか。
自分は一体何を望んで何を求めているのだろうか。その答えはきっとこの先にあるのかもしれない。