ふと、目が覚めるとその男性は見知らぬ部屋にいた。男は数秒ほど呆然としてしまう。慌てて周囲を見渡すものの、そこが何らかの部屋であるという事以外は何も分からなかった。
「あ、あれ…ここは」
「おい」
意識が混濁している。自分はなぜこんな場所にいるのだろうか。そう困惑している男性に対して後ろから、相澤が声をかけた。その声色の恐ろしさに、反射的に凝固してしまう。男性は恐る恐る後ろを振り返ると――
「今の状況、どこまで把握している?」
「な、何がなにやら…僕は何もしてないですよ?」
「とぼけるな、お前が子供に手を出そうとした事はもう知っている」
「ひぃっ!?ごめんなさい!出来心だったんです!!」
胸倉を掴まれる。恐ろしいほどの腕力で衣服を掴まれた男性はそのままひきつった表情を浮かべながら相澤を見上げる。
どうやら八百万の不思議で便利な大風呂敷に囚われていた男性らしい。八百万が睡眠状態に入った事で自然と念能力が解けたのだろうか。何はともあれ、多少の意識の混濁こそあれどその男性は五体無事な状態らしい。
そんな哀れな男性に対して相澤は自身の素性やこれまでの経緯を放しながら視線で脅しをかけるように男を見下した。
「もう一度同じ事やってみろ…どうなるか分かってんだろうな」
「ど、どうなるんですか…?」
すると部屋の陰からもう一人、眼鏡をかけた男性が突如現れる。どうやら気配を絶って様子を伺っていたらしい。突如部屋に現れたもう一人の男性に対して恐怖の色を見せる男性。
ウイングは薄く微笑みながら壁に手をかける。一体何をするのだろうか。相澤に掴まれたままウイングの様子を観察する男性。そのまま瞳を閉じたウイングが力を込めると…壁には巨大な圧迫傷ができていた。数mにも及ぶような巨大な凹みと傷に唖然とした声をあげてしまう。
「こ、個性…?」
震えるような声色で言葉を放つ。まるで車でも激突したかのようなその痕に、恐怖してしまう。そんな男性に対して相澤はにらみつけるように言った。
「
「もうしません!!」
「よし…なら今からいう事を必ず実行しろ。現実世界に戻っても絶対にやれよ」
そう言いつつ相澤は自身の本から離脱のカードを取り出した。
貴重な離脱のカードを使うのは気が引ける。とはいえ、自治組織がないこの世界に危険人物を放置する方もまた問題であると言える。相澤は男に対して現実世界へ帰還させるからそのまま塚内警部補達が務める警察署に自首するようにと厳命する。
もしも指示に従わなければこの場からとんでもない呪いでもかけてやるぞと脅されると、男は必死に首を振りながら相澤の指示に従う事を誓った。無論、そんな呪いなど掛けられるはずもない。
相澤の離脱のカードは正しく効力を発揮する。やがて数秒の光の後、男はその存在ごとこの世界から消えていく。その光の痕跡を眺めながら相澤は深い溜息をついた。これで漸く懸念事項の一つが消えてくれた。現実世界との細かい情報伝達はできない。あとは現実世界の警察やヒーロー達に任せる他ないだろう。
「ウイングさんの言う通り…睡眠時は強制的に術が解けるのか」
「まぁそれ自体は珍しい解除条件ではないですよ」
「…ともあれ、これで八百万が殺人を犯さなくて済みましたね」
「えぇ、何よりです」
じっと押し黙ったまま男性が消えた痕跡を眺めるウイング。一体彼は今何を考えているのだろうか。眼鏡をおしかけたままじっと黙るように彼がいた場所に佇むウイング。
そんな彼の横顔をそっと盗み見ながら相澤は彼の観察を行った。どうやら未だに心底から彼の事を信頼している訳でもないらしい。
やがてウイングは部屋の隅へと移動する。そのまま扉のドアノブに手をかけるウイングに対して相澤は声をかけた。どこへ行くのかと尋ねる彼の問いかけに対してウイングは軽やかにこう答えた。
「少しお酒でも買いに行こうかと…どうかしましたか」
「いいえ、別に。一人で行動するのは危険では?」
「街へ出かけるだけですよ。あっ、相澤さん達の分も欲しいですか?」
「要りませんよ…明日も速いんで俺は先に眠ってます」
「そうですか、それは残念です。」
相澤のそっけない返答に苦笑するウイング。そのまま彼は足音もたてずに器用にこの部屋から出ていく。今は深夜と言ってもよい程の時間帯だ、きっと数室離れた部屋では女性陣やら件の少女は眠っている事だろう。ウイングはそのまま一切の音もたてぬまま静かに廊下を歩くと屋敷から出ていった。
玄関の扉を開けて、屋敷から外へと出る。そのまま彼は五分ばかりアントキバの街を歩いたのち、呪文を唱えると本を取り出した。人影すらもいない小さな木陰のベンチに腰かけながら彼は呪文カードを取り出した。
【スピリットに対して
呪文を使用するウイング。数秒の後本を通して、スピリットなる人物から応答が来た。どうやら仲間に連絡を取っているようだ。その声の主は同時期にこのゲームに入った男性らしい。少しばかり笑いを交えながら、交信先の男性はウイングに対して軽やかに挨拶を交わした。
『よう、そっちの様子はどうだ?』
「順調ですよ、そちらも無事で何よりです」
『そうかい。じゃあ経過報告と行きたい所だが…今から会えないか?』
「
『現物を渡したい。それにやって貰いたい事もあってな』
「なるほど…?それでは今から向かいますね。
『ソウフラビの赤い屋根がある例のバーにいる。
訪れたことのある街まで移動する事ができる
光の弾丸となって移動する。
そのまま少しばかりの時間の後、彼はとある街並みへとたどり着く。どうやらソウフラビの街の外れに居るらしい。そのまま彼は視線を前方へと向けると…そこにはカウンターチェアに腰かけた一人の男性が店の中に居るのが見えた。
彼の視線の先にはスピリットなる人物がいた。無論、彼がゲーム内に入る際に適当に付けた偽名である。その人物は中年層の男性であり、随分と大柄の男性であった。グレーのシャツと赤いネクタイを身に着けた特徴的な男性。
目元にお洒落なサングラスを身に着けている彼。彼はタバコをふかしながらウイングの事を見つけると、片手をあげて陽気に挨拶を行った。
「ようウイング、一緒に一杯やらないか?」