「極めつけにこれだ。個性の没収とオーラの徴収だな」
モラウの言葉に、思わずウイングもまた自身の身体の事を考える。このグリードアイランドは膨大なまでのプログラムと恐ろしく緻密な神字と念能力の複合的要素から成り立っている。だが念能力である以上はそれを動かす元となるエネルギーが必要である。
車にとってのガソリン。家電にとっての電気。それこそがエネルギーである。このグリードアイランドの場合は『ゲームに参加した人物の個性、または体内オーラを3割徴収する』といった所だろうか。
正確な仕組みまでは分からぬが強者から弱者まで、等しくオーラを徴収されている事からこれこそがゲームにおける参加権なのだろうか。
或いはオーラそのものが徴収されたからこそ正確な身体操作が要求される個性が使えなくなっている、という解釈もできるのかもしれない。それにしては異形型などの例外もある為、結局の所どういう法則の元ゲームが行われているのかは誰にも分からぬが。
「モラウさんの個性といえば…」
「煙さ」
今は使えないがな、そういってガハハと笑うモラウ。彼は元々一定量以上の煙を放出し、それを煙幕のように張ったり煙の一部を物質状態に変える事が出来るヒーローであった。
彼がハンター協会に引き抜かれ、念能力という物を覚えた際に直感したのは煙の個性の強化であった。即ちより強力で柔軟な煙操作こそが自身の得るべき能力であると直感したのである。自身が操作系統の能力者であった事もあり、他の念能力と比較してかなり速く発を習得できた。
このように、自身の個性を生かして念能力へと応用した場合必要なメモリと上達速度は乗算的に上昇する。つまり、0から習得するよりかは遥かに容易く能力を会得することができるのだ。これを仮に個性類似強化型とでも言おうか。
八百万がこのグリードアイランドに来ていきなり能力を具現化できたのはこの法則のせいである。彼女が普段から何かを産み出すという行為を個性で行っていたから、何かを産み出すという念能力を容易に行えたという意味でもあるのだ。ウイングは悩まし気に溜息をつきながらそっとつぶやく。
「やはり個性と念能力はかなり重なる部分が多いのでしょうか」
「そういやウイング、
「……」
「おっと、気に障ったなら謝るよ」
「…別に今はどうも思っていませんよ」
モラウの言葉に対して気落ちしたように答えるウイング。口調と矛盾するようではあるが、今の彼は本当にこの無個性の事については気にしてはいなかった。
かつて無個性が原因で親戚から捨てられ孤児になっていたウイング。当時の両親は既に事故によって死別しており、彼は行く当てもなく放浪とする日々を送っていた。目的もなく、夢も持てず、ただ日々を過ごすだけの無情な日々。そんな人生をただ過ごしていた彼。
そんな最中に敬愛すべき師に拾われたのだ。そのまま彼女の祖国、アイジエン国に連れていかれたウイングは心源流拳法と念に関する技術を彼女から教わったのだ。あれ以来、ウイングの人生は劇的に変化した。
故に、ウイングの忠誠心は師にある。彼女の勧めでハンター協会にこそ所属しているものの、協会と心源流拳法のどちらを取るかと言われれば迷わずに後者を取る。並行世界線における彼とは違い、この世界におけるウイングにとってハンターとはその程度の存在でしかないのだ。
とはいえ、近年ではNGO法人に所属したりハンターとしてのフリーランスの活動を行ったりと幅広い分野で働いてもいるのだが。
ちなみにNGO法人として活動する傍ら念に関して素質がありそうな孤児や成人がいればその存在をハンター協会へと報告する。つまりヘッドハンティングのような役割がウイングの仕事でもある。無論その際は本人とハンター協会の双方の合意が必要となる、極めてホワイトな職務である。
本来の仕事を隠すために所属し始めたNGO法人。当の本人は世界中を見て回ったり、難民として困っている人々の役に立てるこのNGO業を存外に気に入っているとの事は公然の秘密である。
「話を戻しましょう、それで私に何をさせたいんですか?」
「あぁこれだ」
「それは…?」
ソレを取り出したモラウ。ウイングは、彼が手に持つソレを眺めてつい首を傾げてしまう。彼は一体何を言いたのだろうか。そのまま次のグラスに酒を注ぎながら、彼はモラウに対して話の先を促した。
「これがあれば簡単にゲーム外へと帰還出来ちまう。
「しかしそれだけでは…あぁなるほど」
「それじゃ都合が悪いからな。他の連中に気づかれる前に対策する必要があるだろ」
「そうですね、巻き込まれた人々には申し訳ない事ですが」
ソレを自身の手に持ちながら苦笑するモラウ。ソノの存在を見て少しだけいぶかしげな表情を向けた者の、直ぐにその意味をウイングは察する。
ゲーム外…いや、このグリードアイランドからの離脱方法には二つある。離脱の呪文と港からの脱出である。故にこの方法は三つ目の方法にあたるのだろう。
確かにこの方法を使えば前者二つを使う理由が無くなる程、効率良く大量の人間を離脱させる事ができるだろう。それも低コストかつ確実に、である。
しかしそれではハンター協会にとっては都合が悪い。もしも今ゲーム内で生きている全ての住人が一気に現実世界へ帰還させられたら世界では未曾有の大混乱が起きる可能性だってあるだろう。これまで消えていた世界中何百人という人間がこの場所について語ってしまえば…
ハンター協会の会議と対策の結論が出るまでは、少なくとも世界にとってはこのゲームの存在を受け入れるだけの時間的な余裕が必要なのは当然だ。ウイングは自身の本を取り出しながら『とある作業』を行った。
この作業を行っておけば他の人間に対する対抗策となるだろう。確かにモラウ一人では行えない行為だ。今日、ウイングの事を誘ったのはこの行為をさせるからだったに違いない。その行為をしながらモラウは彼に対して諫めるような口調で話しかけた。
「しかし念の事を教えるのはいいのか?勝手な行動は慎むべきだろう」
「遅かれ早かれどうせ知られてしまう事でしょう」
ウイングの行動に対して眉を潜めるモラウ。相澤や八百万に対して念の指導をしていることについて言っているのだろう。モラウからすれば念についてどのように情報を開示していくのか、それをまさに上層部の連中が話し合っている最中に現場の人間が勝手に情報開示するのはまずいのではないかと言っているのだ。
彼の言う事は至極尤もである。とはいえウイングが指示を受けたのはグリードアイランド内の情報収集のみである。彼は現在、ハンター協会員としてではなく、心源流拳法師範代として指導を行っているのだから。
「どうせいつか知られる事です。それなら日本のヒーロー達とコネクションでも作っておいた方が後々活用できるかもしれないでしょう」
「それが勝手だと言うんだ。それを判断するのはお前じゃなくて
「それに、これはハンターとしてではなく心源流師範代としての判断です。心源流では師範代級以上の者の判断により、『念に関する情報の開示と指導を許可する』と規則で決まっていますし」
これも事実である。ハンター協会現会長と心源流には深すぎる繋がりがあるのだ。師範代以上の役職の人間の自己判断で指導を行う事は可能である。弟子に近い形になるし、もしもその人間が念に関してべらべらと口外したり念に関して不用意な事件でも起こせばその責任をとらざるをえないが。
もっとも、このゲームによって事態は変わる。身も蓋もない言い方をすれば、ハンター協会よりも敬愛する師が教えてくれた心源流の方がウイングにとっては大事なのだ。有能な人間に予め唾をつける位の行為は許されるだろう。
そんなウイングの心境などお見通しとばかりに、モラウは口角を上げると彼に対して問いかけた。
「あぁ建前は分かったさ、で本音は?」
そういってニヤリと笑うモラウ。どうやら全てお見通しらしい。彼の笑みに溜息をつきながらウイングはその作業を行う。そんなウイングの肩を肘でつつきながらモラウは意地の悪い笑みを浮かべつつ問いかけた。
「お前程の男がらしくない行動をするもんだ…そんなに気になる奴でもいたのか?」
「…えぇ何人か居ましてね」
「ほぉ!さぞ将来有望なんだな」
「否定はしませんよ。今から鍛えれば相当の念能力者になりそうですし」
正直に答えるウイング。八百万という少女の実力はあの年齢ではとびぬけている。相澤も気になる。なによりも…
そこまで考えた所で二人の作業は終わる。無事に終えた事で増えたソレを見ながら、満足げに頷くモラウ。彼はそれらをあるべき場所に収納しながら大声で笑った。どうやら酒も回って随分と機嫌が良いらしい。彼は懐から一本の煙草を取り出すと上機嫌に火を付けた。
「よし…作業は完了だ。これで十分だろ」
「しかし、これでも時間伸ばしにしかならないのでは?」
「それでもいいさ、一カ月…いやあと三週間も伸ばせれば俺達なら攻略寸前までいける。その頃には上の連中の話し合いも終わってゲーム内外問わず本格的に行動できるだろうさ」
煙草をふかしながらモラウは答える。彼が吹き出した煙が形を変えて、バーの天井付近で留まった。窓から吹き抜ける風によって、煙は宙へと消えていく。その白雲を目で追いかけながら、ウイングはそっと溜息をついた。
もう後戻りはできない。これから世界は嫌がおうにも変わらざるを得ないのだろう。ハンター協会、念能力、ヒーロー。速すぎる時代の変革に、自分はどのように対処していくべきなのだろうか。今もなお行方をくらませてしまった自身の師の事を考える。美容のために亜細亜の温泉に浸かってくると言い残して消息不明となった彼女。
彼女の強さから生死の心配こそしていないが…弟子としてはもう少しまめに連絡位してほしいものだ。亜細亜と言っていたから中国か韓国、日本のどこかの国にはいると思うのだが…。彼女の姿を想い浮かべながらウイングは独り酒を呑む。
「変わりますね、時代が」
「変わるな、間違いなく」
タバコをふかしながら海を見つめる。時代の変革と男達の心境とは裏腹に、海はどこまでも深く透き通るように美しかった。
個性類似強化型(感想欄にてこの名前について考えてくださった方がいたのでその御方のアイディアをお借りして書かせて頂きました。感想欄にて書いてくださった匿名様、ありがとうございました)