私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第24話

「俺も元ヒーローだった…君と同じだな」

 

 珈琲を淹れながら男は語る。食事を取って人心地付いた彼女、レディナガンはそんな男を眺め、ぼんやりとその背中を見つめていた。背後しか見えないがすらりと長い手足、整ったバランスの良い体躯。ヒーローよりもモデルか俳優の方が似合ってそうだ、だなんて事を想いながら。

 

 そんな彼女の様子など露知らず、彼は尚もキッチンに立ちながら語り続けた。キッチン、といっても廃ビルに隠すようにして備え付けられた隠れ家である。設備など簡易的な調理器具と保管庫がある程度であり、たかが知れているものだ。こうしている今だって割れた窓からは小さく夜風が吹きすさんでいた。

 

「アンタみたいなヒーロー見たことがないんだが」

 

「本拠地はヨーロッパだからな。ヨルビアンという国で育ち、EUのヒーロー協会に所属していた」

 

「ヨルビアンか…」

 

「ヒーローとしてはまぁ…そこそこ名が通っていたよ。悪を憎み、正義を貫き人を愛す…自分で言うのもなんだが模範的なヒーローだったな」

 

 珈琲がたんまりと詰まった瓶を掴みながら微笑む仙水。こうしている今も、まるで友人に話しかけるような気軽さで犯罪者であり自身に話しかけてくる。先程まで警察やヒーローと戦闘していた者とはとても思えない。

 

「世の中には善と悪があり、自分は正義の人間なんだと。そんな安易な二元論に疑問すら持たなかった」

 

「……」

 

「戦争も良い国と悪い国が有ると思っていたんだ。可愛いものだろう…さ、珈琲でも飲もうか」

 

 そう言ってマグカップを片手に微笑む仙水。今更だがこの男、結局何者なのだろうか。名前も見た目も東洋人だし…結局年齢も素性もよく分からないではないか。判別できるのはその強さだけだ。勝てないと、レディナガンにおぼろげながらイメージを抱かせるほどの強さ。

 

 そう、かつて彼はあまりにも強すぎる力を持ち、誰よりも純粋な精神を持つ男であった。故にヒーローになった、それだけである。食事をしていたレディナガンの座席の前に座った彼は、そのまま軽く笑みを浮かべる。さっきまで戦闘を行っていたとは思えない。脱獄犯を目前にして、なんと落ち着いた態度なのだろうか。

 

 ヒーローとして活躍していた所を見込まれ念能力者としての指導も受けた仙水。彼は念能力という概念においても比類なき才能を示したのだ。ヒーロー協会とハンター協会から実力を見込まれ、次代を担う人間として大いに期待されていたのだ。完璧な精神を持つ超人、世界は…人類はこれで繫栄し安定する筈であったのだ。

 

 

「だが違っていた、俺が護ろうとしていたものですらクズだった」

 

「……」

 

「人間という同じ生き物としての血がこの身体に流れている…その事実にすら耐えられなくなった。だから殺すとそう決めた」

 

「…人間を?」

 

「あぁ殺した。全てをな」

 

 そういって何気なしに応える。まるで気にかけていないといった軽い口調、それが彼女にとって更に恐怖と違和感を与えた。だがこれも並行世界の彼の所業を知っているものからすれば何らおかしな事ではない。きっと彼は純真だったのだ。人として生きるには、あまりに純粋すぎたのだ。強すぎる光が闇を産むように、純粋な存在が変じた時の振れ幅が大きかったという。ただそれだけの事。

 

白が黒に転じるように

善が悪に転じた

 

 言ってしまえばそれだけの話だ。並行世界において仙水が霊界探偵を辞めたように、この世界の彼もまた同じような末路を辿ったという事だ。かの並行世界と違う要因は様々だ。この世界には妖怪はおらず、友人も恋人もおり…そして何よりも最愛の親友「(いつき)」を失った事であろう。

 

(いつき)を失った

 

 それがこの世界の彼において致命的な要素となった。全てを失って壊してもいいと思わせてしまうほどの、言ってしまえばこの世界線が犯した最大のミス。サイドキックであり、最高の親友でもあった彼と共に見たのはとある地獄であった。そして…その地獄の最中で樹を失った。

 

 それがどんな光景だったかは誰にも分からない

 

 何故ならばその場にいた全ての存在を仙水が殺し尽くしたからだ。後からやってきたヒーロー達がみたものは幾重にも飛び散った人間の肉片であったとされている。されている、といったのはその肉片と呼べるものが僅かにしかなかったからだ。

 

 その場にいたとされるヒーローや政治家達はおろか年若い少年少女達、後進国の住人や敵達はどこへ行ったかすら皆目見当もつかない。これは想像でしかないが…きっと並行世界の彼が見たものと同じような物を彼もまた見てしまったのだろう。

 

 それから彼は黒の章と呼ばれる映像を求めた。【黒の章】人間の陰の部分を示した犯罪録である。強姦、虐殺、拷問、殺人、殺戮。この世で最も残酷で非道なものが何万時間という量で記録されている人類史が残した負の遺産。噂ではこのデッドコピーが裏の世界で数億単位で取引されているとすら言われている。

 

 そして黒の章を見た彼は壊れてしまう。言葉にしてみればただそれだけの話だ。念を教えてくれた師を、故郷に暮らしていた友人を、かつて愛を語り合った女を、関わってきた人間達全てを殺した。故郷に残っていた痕跡と呼べる全ての物を壊し尽くし、そして孤独になった。

 

 同僚であったヒーロー達を殺し、止めに来た警察官達を殺し、殺しに来た軍人達を殺し返した。そうして彼はヨーロッパでは稀代の殺人鬼として語られるようになった。

 

 何か明確な目的があった訳ではない。ただ人間という物に嫌気がさし、そんな人間を滅ぼし尽くすのにヒーローと念能力者という物が邪魔になったのだ。

 

 そうやって大切だったものを壊せば何かが変わると信じていた。いいや、大切だったものを失う事で彼は知りたかったのかもしれない。

 

自分が何を求めて戦っていたのか

己は何が欲しくて生きていたのか

 

 そうして人という種族に嫌気が指した、そんな時に彼が現れたのであった。

 

「オールマイト…俺が初めて苦戦した男だ」

 

 そういって脳内で思い返す。仙水にとってそれは初めて体験する出来事であった。なにせ初めて己に匹敵しうる程の実力を持つ存在である。生涯で初めて感じる戦闘の愉悦。浦飯幽助と殺し合った別次元の仙水のように、この世界の仙水もまたオールマイトと出会えたのだ。

 

 衝撃波で天が切り裂かれ、大地は粉々に砕けた。地震・嵐・津波…災害のような、だなんて陳腐な言葉でしか言い表せないような別次元の戦いであった。そんな戦いが三日三晩も続いた。戦いの最期、地面に倒れこむ彼に対して仙水が優しい声色で問いかけた。

 

 

【俺の勝ちだな】

 

【……】

 

【最期に…言い残した言葉はあるか?】

 

 全身から夥しいまでの血液を垂れ流す八木俊典。全身の骨折は数十か所に及び、臓器損傷をしていた。壊れた右腕を押さえつけるように、ねじ曲がった右脚で持ち堪えていた彼。彼は全身傷だらけの身体で仙水に向かって立ち向かう。そうして彼は…仙水に対して懇願するようにこういった。どうか思いとどまってくれないか、と。

 

【そのまま他人を殺し(否定し)続けていては、いずれ貴方は本当に孤独になってしまう】

 

【……】

 

【だから思い出してくれ…かつて人に愛され、誰かを愛せた貴方なら出来るはずだ。もう一度、その愛を誰かに向けることだって…きっと……】

 

 そういって、彼は静かに気絶する。まるで失神するように地面へと倒れ付す彼。そんな彼の言葉に動揺し、思わず立ち止まってしまう仙水。思えば随分と勝手な言葉だ。仙水の事情も知らずにのんきに愛と正義を訴えかける等と。だがそんな彼に対して、仙水は止めを刺すことが出来なかった。

 

 恨みごとを言ってきた雑魚(ヒーロー)はいた。命乞いをするクズ(ヒーロー)もいた。それでも敵である自身まで助けようとした人間は初めてだった。臓器をつぶされ、四肢を壊され、かろうじて生きながらえるだけの状態になりながらも正義の為に立ち上がる事が出来る人間がどれほどいるだろうか。ましてや敵である己まで救おうとする等…。

 

 汚職をする政治家、犯罪を犯すヒーロー。強姦や殺人、暴力…詐欺や恐喝を行う人間達。汚いものを見て、見て、見続けた末に仙水が見た物は誇り高き英雄の姿であったのだ。それは心底まで透き通るような誇り高き黄金にも等しい善の精神であった。

 

 話に聞き入ってくれている彼女を見つめながらそっとその時の興奮を思い返す。思えばあの時、きっと自分は生まれ変わったのだろう。人間というクソを煮詰めた負の存在の中で確かに光輝いていた誇り高き精神が、彼の中の何かを呼び起こしたのだ。それは確かな感動であったのだ。

 

 

「俺はそれを美しいと思った」

 

「…オールマイトを、か?」

 

「あぁ。彼のような生き様が俺には眩しく思えたんだ」

 

 そう、つぶやく仙水。彼はそれを見て美しいと想ったのだ。

 

彼の精神の気高さ

その心の有り様が

 

 まぶしく、尊い物に思えた。そして何故そう思ったのかを知りたくなったのだ。だから彼は人を殺すことをやめた。

 

ヒトというものは尊いのかもしれない

そのほんの僅かな可能性に、もう一度かけてみたくなったのだ

 

 余談ではあるが、もし彼がオールマイトに出会わなければこの世界の人間はとうに殺し尽くされていたのかもしれない。そうして彼は表舞台から去っていった。自分が本当に欲していたものは何かを、もう一度探すために。

 

「そんな時に二人の人間に出会った」

 

「天沼とAFOだ」

 

「そこから俺の人生は変わった」

 

 【遊熟者(ゲームマスター)】天沼月人が産み出したグリードアイランド。たった一つのゲームソフトによって、この世界の歯車は大きく動き出す。

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