「天沼月人…その男が何をやったんだ?」
「彼はまだ子供だよ。だがそうだな…計画には欠かせない存在だ」
「計画ね…それに私も参加しろと」
「そうだ、まぁ断ってくれてもかまわないさ」
「……」
「これは俺の直感だがね。君からは昔の自分と似た匂いを感じたんだ」
「…はっ、そうかよ」
珈琲をすすりながら仙水に問いかける。2杯目の珈琲はすっかり冷え切っていた。窓から覗ける夜月の明るさに目を奪われてしまう。あぁタルタロスに居た頃にはこうして穏やかに月夜を眺める事などできなかったなと。
愁いを帯びた瞳で夜空を見上げるレディ・ナガン。そんな彼女に対して仙水は軽く微笑みながら手元の電子端末を操作していた。連絡を取っているのは…仙水が言っていたお友達とかいう奴らだろうか、まぁこの男の交友関係になどさして興味もないが。
話を戻そう。この世界線の仙水はかつてオールマイトとの戦いの後、虐殺を止めた。そして彼はもう一度考え直したのだ。人類は滅ぼすべきか否か。オールマイトのような輝きを持つ人間は他にいないのかと。天沼と出会ったのは彼が焦燥の旅に出かけた時の事である。
天沼月人
年齢11歳、B型。11月7日産まれ。共働きの両親との3人暮らしを行っている、平凡な人間。そう、全く持って平凡な少年である。この日本ではどこにでも有りうるようなありふれた日常を行っていた彼。天沼の個性は「増強」。ほんの少し、自身の能力を増強させる個性である。仙水がどうして彼に目をかけたのか、或いは彼がどうして仙水と手を組むようになったのか。その詳細は分からない。
仙水が彼の持つ異能の才に気が付いていたのか、はたまた並行世界故の縁故か。なんにせよ月人もまた、この社会に対して漠然とした憤りのようなモノを感じていた。
周囲の人間の愚かさ、それに同調できぬ自分。自身の中でくすぶる何か。言語化できぬ一連の感情に対して仙水は真摯に向き合い、月人に対して問いかけたのだ。一緒に世界を変えてみないか、と。
その後とあるツテによって知り合ったAFOに対して仙水が取引を行ったのだ。彼に対して相応しい新たな個性を与える事を。そうして与えられた幾つかの個性、これががっちりと当てはまったのだ。まるで欠けていたピースがあてはまるように、彼に対して眠っていた【ゲームマスター】の才能が目覚めたのだ。
AFOも
天沼も
仙水自身すらも
恐らくは誰も予期していなかっただろうイレギュラーな事態が発生した。或いは彼もまた天性の念能力者というものであったのかもしれない。なにはともあれこの世界線の彼が本来は目覚めるはずのなかった異能
それこそがグリードアイランド
存在するべき筈でなかった幻のゲームだったのだ。
本来の世界線、幽遊白書において彼の異能はゲームを再現する能力であった。グリードアイランドの本当の正体は仙水にも分からない。分からないが…彼の目的に合致する事は容易く認知できた。それは実際にプレイをすればする程その深みと価値を理解をする。これは念能力者を育成するに長けたゲームであると。はるか遠くの未来か過去か。あるいは並行世界か、誰かが作製したゲームへとアクセスした結果の異物だと。
「結局お前は何がしたいんだ…お前の目的は何なんだ?」
「もう一度人間という存在を見定めたいのさ」
「人間を?」
「あぁそうだ、俺は世界に対して問いかけたいんだ。グリードアイランドはその切っ掛けにすぎない」
筒美の問いかけに対して返答をする。仙水が浮かべるその表情は真剣であった。どうやら覚悟はあるらしい。並々ならぬ彼の雰囲気に気圧されるように、彼女も又押し黙ってしまう。
個性
それは産まれながらに定められた障害だ。個性が有るが故に人同士の間には差が生じ、そこに差別が産まれる。個性が無ければ産まれなかった栄光と繁栄の裏には、個性のせいでおきた悲劇と苦しみが存在するのだ。今の社会はこの個性という歪で不確かなバランスによって成り立っている。その均衡はふとした拍子にあっけなく崩れ去ってしまう程に脆いものだ。
だがもしも念能力という概念が広まれば、この社会は一変する。
今のハンター協会による管理と制限された上での秘匿技術ではない。グリードアイランドを通して行われるそれは、無差別に行われる選別にも等しい行為だ。個性が使えぬ空間だからこそ、そこには平等な世界が産まれる。なにせこのグリードアイランドは人間を放りこめばあとは勝手に死ぬか、念能力者へと目覚めさせてくれるのだから。それも従来の方法とは段違いに早く、強力な念能力者が産まれやすくなるという桁違いに異質な環境なのだから。
そこから人類は生き残り、念という概念をまた別の人間へと広める事だろう。その連鎖は終わる事のない変化の連続だ。
きっと新たな社会が構成される。その存在こそが、仙水が視たかった社会そのものなのだ。人は非常時にこそその人間の本質が現れる。ならばきっとその社会こそが仙水が追い求めていた答えと人類の可能性を見せてくれるのだろう。
人を傷つける為に念能力を学ぶものも出るだろう
人を守るために念能力を学ぶものも出るだろう
新たに得た能力で犯罪が行われディストピアのような社会が産まれればそれも良し。或いは念能力という可能性を手にした人類が、新たな秩序を形成するのかもしれない。利権に走る者、私利私欲を求める者、他者を慈しみ守る者。個人も組織も国も全てが変わらざるを得なくなる。
その時に人の本性は曝け出される。ある意味個性社会の黎明期の再現にも等しいかもしれない、違うことは個性とは違い、念能力はその意思さえあれば誰でも習得と技術の向上が可能という事だろう。
その時に産まれた人間の秩序。それが善であるのか悪であるのか。オールマイトが示した人間の輝きという物がそこにはあるのか。それこそが仙水の追い求める【光景】なのだ。
「人の本性が見分けられる。人が本質的に善なのか、或いはやはりどうしようもない悪なのか…な。俺はその答えが知りたい」
故に、広めた。このゲームの存在を暴力団や反社会団体に広めたのだ。彼等からすれば不都合な人間を影ながら殺し、死体の処理までやってくれる便利な存在としか思わぬだろう。だが、やがて人々がこのゲームの本質に気が付けばあとは勝手に広まるだけだ。まるで病原菌のように、裏と表の世界を通して徐々に感染し広まっていくのだ。
どうかしているな
彼女は彼に対してそう思う。異能だのグリードなんちゃらだのという事を鵜呑みにしたとしてだ、まちがっても社会全体を狂わそうだなんてのはまともな人間が考える事ではない。なまじ思想だの理想だのを持ってるから一層タチが悪いものだ。
だが彼の思想はレディナガンの願望にも似ている。ヒーロー(個性)に依存しない社会の形成。それはまぎれもなく現代社会の否定だ。
念能力
グリードアイランド
訳が分からぬ事ばかりだが、あの冷たい監獄の中にいるよりかはマシだろうさ。そういって彼女は自嘲交じりに溜息をついた。
「異能が使える人間はまだいる、君にも念を習得して働いてもらうぞ」
「…ま、いいか。どうせ行く当てもないしな」
「それでは拠点を移そう。そこで俺の仲間達を紹介するよ」
「はいよ…ところでだが」
そういって部屋を出ようとする仙水。そんな彼の背中に対して彼女はそっと問いかけた。
「人間の本質が悪だったらどうするんだ」
「その時は滅ぼすさ、この俺が一人残らず始末する」
その言葉の冷たさに、思わず動揺して見つめてしまう。あぁなんという事だろうか。振り返った彼の表情はうっすらと微笑んでいるではないか。彼が薄く微笑んだその表情にはどこまでも無機質で冷たい瞳があった。
AFO:念能力という物事態に興味を抱いたが個性扱いで吸収する事も出来ないし、その異能の習得事態に数年単位の時間がかかる。また能力の研鑽には10年近くもの時間がかかる事からあまりに使い勝手が悪い個性の亜種能力程度に考えている。
彼が遭遇した念能力者があまりにレベルが低く、本当の意味での念能力者の真価を知らなかったせいでもある。ただしグリードアイランドの存在自体は仙水によって隠されている為まだこの騒動の全貌を知らないらしい。