私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第27話

 すっかりおなじみとなった懸賞の街アントキバ、その一角に佇むカフェテリアの中に彼らはいた。白いテラスに腰かけて、穏やかな昼食と午後の一杯を堪能する。相澤はかたひじを付きながら食事に勤しむ百に問いかけた。

 

「…うまいか?」

 

「むぐむぐぅ…美味しいですの」

 

「…そうか」

 

 どこまでも不器用な会話をしてしまう相澤。気分は休日に娘と行動を共にする父親といった所だろうか。彼はテラスに腰かけながらゆっくりとカップを傾ける。どこまでも真っ黒な珈琲とは対照的に、向かいに座った彼女、八百万百は真っ白なミルクとカルボナーラを食しているのであった。

 

 どうやら昼食の最中らしい。彼らが拠点としている場所からはもっとも近いここは懸賞の街アントキバである。そっと視線を傾けるときまりきった行動を取るNPCに混じっておっかなびっくりに店主とカードで買い物を行う中年男性がいた。また別の方角ではベンチに座って(バインダー)を傾けながら何事かをせわし気に語り合う若い二人組の男性がいるのであった。

 

「相澤先生…あの人たちは一体…」

 

「ここのシステムに気が付き始めたんだろうな。感の良い奴はそろそろ行動しはじめるか」

 

「はぁ…なるほど?」

 

「あと先生って言うな。俺は別にお前の教師でもなんでもない」

 

「じゃあお師匠?」

 

「……それはもっとやめろ」

 

 目元にクマを作った男性、相澤は珈琲を呑みながら百の言葉に返事をする。最近はウイングからの指導の元、めきめきと念能力の鍛錬を行っている彼女。そんな百は他のヒーロー達にも積極的に指導を願い、幅広い実力を身に着けているのであった。そんな教育の一環からか、何度注意をしようがしばし彼らの事を先生といったり師匠といったり…まぁそこは些細な事だろう。

 

 相澤の視線は件の若い男性二人に向けられていた。いつまでもここに籠りきりという訳にもいかないだろう。若くて行動力のあるやつならぼちぼちゲームシステムにも気が付き始めるだろう。或いは念という存在にすら…

 

 念能力

 

 ここに残留を決めた連中はコミニティを築くことを選んだのだ。GMT…現実には戻りたくないの会である。名称こそふざけているがその実態と彼等彼女らの悲劇を知っている身としてはとても揶揄する気分にはなれなかった。あの毒ガスの個性を持っていた彼が名誉会長としてここでの暮らし方や本システムの情報をコミニティ内で共有しはじめているらしい。

 

 そう、ここには定職も生活を共にできる人間(NPC)もいる。酒やギャンブルといった少数ながらも生きていくのに不自由しない程度の娯楽だってあるのだ。かの世界のハンター、モタリケを初めとした帰還難民達もこのアントキバで定職を見つけて中には妻子を儲けた例もあるのである。つまり何が言いたいかと言えばここで生活することは決して不可能ではないという事だ。或いは、個性に悩まされぬグリードアイランドは個性によって悲劇にあってきた人間にとっては楽園とも呼べる…のかもしれない。

 

 ともあれ彼らに念能力に対して知識を与えてもいいものかどうか、それは相澤達の間でも意見が分かれていた。自立生活の為にはここで生きていく力が必要だが街から出なければモンスターとエンカウントする必要もないのだから。結局のところ現実世界の上司たちの判断をあおぐという結論で流れたのである。

 

 とはいえそれはこちらの事情、自分たちで気が付く可能性は大いにあるだろう。そうなったらどうなるのか、どう変化してしまうのか。それは相澤にも分からなかった。穏やかに照りつける午後の日差しとは裏腹にどこまでも陰鬱な気分を引きずってしまう。バツが悪そうな顔をしたまま、彼はそっと眼前の百に対して言葉をかけた。

 

「くどいようだがあれは使うなよ」

 

「私の念能力ですか?」

 

「あれは危険だからな」

 

「分かりました!ウイング先生とヒーロー達の前以外では使いませんの!」

 

「…あぁそうだな」

 

例え現実世界であっても絶対に使うなよ

 

 そう口に出かけてしまう言葉。その言葉をぐっと押し止めて、彼はごまかすように自身のを操作する。ヒーロー達に相談して彼女の念能力に関する記憶を消してもらう事だって考えた。が、ギャングオルカを初めとした、他のヒーロー達に断固として反対されたのである。彼女の記憶を操作するのは人権に反すると。

 

 相澤からすれば彼らの甘い考えに辟易としてしまう。強すぎる能力など誰かを不幸にしかしないだけだ。ましてや念能力などという爆弾を小学生に持たせるべきではないだろうに。そこまで考えて相澤はもやもやとした気分を振り払うように頭を振った。

 

情を移してどうする。

責任が持てないなら深く関わるべきではない。

 

 自分の成すべきことだけを考えよう。パスタを美味しそうにほおばる彼女の事など放って他人に任せてしまえばいい。そんな事をつらつらと考えながら、相澤はそんな彼女の事をそっと横目でみやる。

 

残留する住人達

211人という半端なプレイヤー数

グリードアイランドのクリア報酬

 

 考えるべきことは山ほどある。そして念能力が今後の社会や世界に及ぼす影響を考えると嫌でも憂鬱になるというものだ。大人になってしまえばその影響の大きさに気が付いてしまうのだから。間違っても誰もが満足するようなハッピーエンドになどなるまい。ふと、その言葉が口をでた。

 

「お前はどうしてヒーローになりたいんだ?」

 

 ぽつりとつぶやかれた相澤のその言葉に、思わず百は首をかしげてしまう。相澤からしてみれば疑問であったのだ。確かに創造という個性は強力な個性だろう。この年頃の子供は誰だって一度はヒーローに憧れるものだ。そんな彼女は目を輝かせながらヒーロー達にひっつく様を、相澤は危険視していたのだ。

 

 わざわざ死ぬ危険だってある職業に付く必要はないだろう。家が裕福であろう彼女ならば猶更だ。自分でも上手く言語化できぬ思考にもやもやとした想いを感じてしまう。そんな相澤に対して彼女はあっさりと、何気なしに答えた。

 

「困っている人の一番そばにいられるのがヒーローのはずだから…そんな人達の助けになりたいんです」

 

「…困っている人を助けたいだけなら警察でもなんでも幾らでもあるだろ。この際だからはっきりと言うがヒーローなんて茨の道だぞ…嬉しい事の百倍はつらい事ばかりだ」

 

「でも嬉しい事もあるんでしょう?」

 

「さぁどうかな…」

 

「…それでも自分にその力があるのなら、それを困っている人の為に使いたいですわ。この街で色んな人を助けていた貴方みたいに」

 

「……」

 

「困っている人を…見て見ぬふりなんてしたくありませんの」

 

 屈託の無い顔を浮かべてそう述べる彼女。子供特有の甘ったるい幻想だ。それでもその顔が、過去と重ねて思い返してしまうのは何故だろうか。似ているな、なんてぽつりとつぶやいてしまう。きょとんとした顔を浮かべる彼女に対して苦笑気味に返事をした。

 

「昔の友人を思い出しただけだ」

 

「先生って友達いたんですの!?」

 

「ほっとけ」

 

 ごまかすように、手元に広げられたメニュー表へと視線を移す。確かに自身はこの街でよく人助けを行っている。それは現実世界にいた自身ではあまり考えられないような出来事だ。これまでのアンダーグラウンドの戦闘ヒーローとして仕事を行っていた。現場にかけつけ、用が終ればすぐに退散する日々の繰り返し。

 

泣いている人間の世話は他人に任せる方が効率的だ

傷ついた人間の手当は救急隊員に任せた方が合理的

 

 そういって他人と交流を拒んでいた日々。確かにここでは人手が足りないだろう。だから仕方なく自分がやっている、ただそれだけだ。それ以外に理由だなんて…そういって考える。

 

 心に残ったシコリのような感情だ。これまでの自分ならばここまで他人と接しようとしただろうかと。泣いていた蜘蛛の個性を持つあの女性や目の前の八百万のように、きちんと接して悲しみをまぎらわせてやりたいなどと考えただろうかと。そう考えて、相澤はハッとしたような表情を浮かべた。珈琲を持つ手がとまる。あぁそうか、自分はきっと… 

 

「猫を……助けられるようになりたかったのかもな」

 

「猫…?」

 

「あぁ…ハハっ。なんだ我ながら馬鹿らしい話じゃないか」

 

 自嘲気味に笑ってしまう。なんだからしくない行動ばかりとっていた自分の中の矛盾に、目の前の彼女の言葉で漸く気が付いたのだ。きっと自分は学生の頃の過ちにひきずられていたのかと。

 

 そう、学生の頃道端で捨てられていた子猫。そんな子猫を救えずに…けれど見捨てる事も出来ずにいた過去の自分。いつまでたっても半人前。いつかどこかへ届くのかもしれない、けれどどこで、どう在りたいのかも分からない。そうやってうじうじ悩んでいた自分の前で颯爽と猫を救ってみせたアイツの姿。

 

 大人になってからは自分の仕事ではないと言い訳をして他人と積極的に絡むのを避けていた。いいや、きっと恐れていたのだろう。心の中では俺もアイツのようにありたいと、困っている人をさっそうと駆けつけて救って見せた親友のようにありたいと、そう願っていたのだろうに。

 

 

「そうか、やっぱり俺は…あいつに憧れてたのかもな」

 

 

 他人の将来まで背負えないと勝手に決めつけて拒絶を選んでしまう。それを不器用な優しさだ、なんて歪んだ自己解釈までして。白雲朧、あいつが生きていたらどうしていただろうか。道端で雨に濡れた子猫の為に自分まで濡れてしまうような優しさを持つアイツなら、きっと。

 

 そう考えるとほんのちょっとだけ、心が晴れた気がした。戦闘向きの個性ではないからと、明るい性格ではないと決めつけていたこれまでの自分。

 

 そんな自分はこの場所で何か変われるのだろうか。気が付けば自然と、ぽつりとつぶやくように言葉を重ねていた。

 

「……この後は別の街にでも行ってみるか」

 

「いいんですの!嬉しいです!」

 

「たまには…らしくない寄り道も悪くないかもな」

 

 そういって微笑む相澤。空には雲一つない青空が広がっている。彼はそっと不器用な手つきで彼女の頭を撫でてやる。きっと馬鹿みたいに明るいあいつなら、目の前の彼女に対してそう接するはずだから。

 

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