第28話
桜の花弁も散りだした頃合いの今日この頃。幾つかの雲の切れ間から覗く穏やかな春の陽光に照らされながら雄英高校新1年生である彼らは集団移動を行っていた。彼らが目指しているその場所。巨大なドーム型に建築されたその建物こそが、ここ雄英高校が誇る巨大演習施設【USJ】であった。
USJ
「なぁ…うちの担任って本当にヒーローなのか?」
つぶやかれた上鳴電気の言葉。そんな彼の台詞に思わず八百万百がぴくりと反応してしまうのは、無理もない事なのだろう。そんな八百万の様子に気が付く事もなく、上鳴は隣にいる女生徒【蛙吹梅雨】に対して尚も言葉を重ねた。
「ちょっと失礼じゃないかしら」
「でもよぉ蛙吹だってそう思うだろ」
「梅雨ちゃんって呼んでいいわよ…でも確かに気になる話題ね。八百万ちゃん、貴方もそう思わない?」
「え!?あぁー…そ、そうですわね…」
突如蛙吹から話を振られてしまう。そんな彼女の言葉に思わず視線をおどらせ動揺しながら返答してしまう八百万。指をもじもじとさせながら当たり障りのない返答を行う彼女に対して詰め寄るように上鳴が言葉を返した。
「雄英に居る位ですもの。あの人もきっと凄い人に違いないですわ」
「えー無精ひげ生やしてるし全然強そうに見えないぜ」
「それに今日までなんにもヒーローらしい事しなかったのも事実よね…」
蛙吹と上鳴の言葉に思わず顔をしかめてしまう八百万。それも無理はない、この世界線は本来の史実とは少々異なった経緯を辿っているのだ。
入学式と個性把握テストを行った彼等。とはいえ、グリードアイランドにて様々な体験をしたせいだろうか。この世界線の相澤が最下位を離籍させるなどという不条理な事を起こらせるはずもなかった。入学式を終え所定のガイダンスを終えたのち、ただ淡々と運動テストを行って終わっているのだ。
日本史上最高峰のヒーロー養成教育機関、そう伝えられてきた彼等。数多の志願者達の中からくぐりぬけてきた彼らにとってあまりにもまっとうすぎる学園生活だったのだ。相澤自身も積極的に自身の噂の否定、つまり実力を示そうとしなかったのもこれに加担した。
プレゼント・マイク
ミッドナイト
セメントス
そしてオールマイト
何れも名だたるヒーロー達である。ましてや隣のクラスのB組などあのブラッドヒーロー【ブラドキング】に率いられているというのに自身の担任はよくわからない中年男性なのである。しかもその男性は寝袋にくるまって無精ひげまで生やしているのだ。これでは実力その物も疑われるというものだ。
本当は強くないのではないか
ハズレの教師を引いてしまったのではないか
俗な言葉ではあるが、A組の生徒達がそんな感情を抱いてしまうのも無理はないだろう。そんな一同に対して、一人の生徒が近寄ってきた。彼は彼女たちの会話に加わるように、軽い口調で言葉を紡いだ。
「確かに上鳴の言う通りだな」
「轟さん!貴方まで」
「実力が伴っていない人間に指導を受けるなんて時間の無駄だろ」
「そ、そんな言い方…」
「でも事実だろ。プロヒーローに指導を受けられるっていうのはここに来た立派な理由だ」
「……」
「なのに入学してから今日まで他の高校とあんまり変わんないしな。担任だってやる気があるんだか無いんだかよく分からない」
「……あの人の実力ならちゃんとあります」
轟の率直な言葉に対して、ぷいっと顔をそらしながらふてくされるように呟く八百万。事前にグリードアイランドの事、何よりも自身を初めとしたヒーロー達との関係については他言するなと指導をされている彼女からすればそれが今放てる限度の言葉であった。
ともあれ、それは教師たちの裏事情である。彼等からすればむしろなぜ八百万が担任教師をかばうような発現をするのかが分からないのだ。思わず首をかしげてしまう蛙吹。そんな一同に対して上鳴が声を弾ませながらこういった。
「担任と訓練指導の先生は別なのかも…けろっ」
「まぁどっちでもいいじゃん。それよりも今日はいよいよ…」
「ハッハッハ!諸君おまたせ!今日は私が講習を担当しよう!」
「きたぁー-!オールマイトだ!」
両手を挙げて大いにはしゃぐ上鳴。一様に目を輝かせる生徒たち。テレビで何度も見かけてきた、あの憧れのヒーローである。まるでアイドルにであった子供のようにはしゃぐ彼等。事実、彼らにとってはまぎれもなくアイドルであり文字通りのヒーローなのだろう。
文句なしのNo1ヒーロー。正義の象徴がそこにはいた。腰に手を当てて大きく胸を張るオールマイト。その威風堂々たるたたずまいに。さぁ今日から輝かしい高校生活が始まるのだと、彼らはその期待に胸を躍らせている。
ちなみに件の相澤はというとオールマイトが用意し忘れた授業に必要な教材、担架や安全用ハーネスを倉庫から取り出しに行っていた。本来は13号とオールマイトが用意するはずであったのだが伝達事項のミスか、或いは本人の単純ミスかで用意し忘れていたらしい。教師失格だとオールマイトは相澤に対して平謝りしていたとかなんとか。
『相澤君…本当にごめんね…』
『別にいいんで、先に授業を始めちゃってください』
額に汗を浮かべて深く謝罪をするオールマイトに対して何の気なしに答える相澤。この判断が良くも悪くも起こり得る筈の歴史を大いに狂わせた。本来辿るべき筈の歴史軸から大きく異なり、物語は別の道を辿っていく。
この後彼らは悪意に晒される。
どうしようもない悪意
とほうもない悪意に
敵連合が、やってくるまであと五分
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敵は待ってはくれない
奇しくもそれを自身の身で痛感する若き彼等。ヒーローの蕾達はどうしようもない悪意に晒された。敵連合襲来。本来の史実とは幾つか異なる点も存在する。まず第一に担任教諭の存在。ここにくるまでに授業に必要な道具、安全帯等の装備を倉庫から取り出すために少々離脱した点、最初からオールマイトがいる点。そして何よりも…
「……」
突如現れた謎の敵。黒いワープホールのようなもやもやから降り立った一人の男。青年とまで形容できそうなその若い男性こそが死柄木弔であった。身体に身に着けた幾つもの不気味な手、青白い肌から覗く瞳がどこまでも貪欲に不気味に笑う。
脳無の存在であった。
生徒集団、その上空から突如発生するワープゲート。そんなゲートから現れた脳無は地面に着地すると同時にその二つの巨椀を地面へと叩きつけた。そう、ただそれだけの話だ。ただそれだけで生徒達は分断されたのだ。
突如現れた悪の存在から生徒を守ろうとした13号は不意打ちによってやられてしまう。たった一発の剛腕によって地面に生じるクレーター、そしてその中心部で横たわる13号。この間わずか5秒である。何が起きたか分からない、そんな生徒達に対して更なる猛腕がふるわれようとし、
「みんな、逃げろ!!」
「きゃぁあああああああ!?」
脳無の剛腕を肉体全体で受け止めるオールマイト。衝撃を受け止めたことで、地面には大きなヒビが幾つも走ってしまう。ビキビキと筋繊維が断裂していく音、生徒たちの悲鳴のような声。額に汗を浮かべる正義の象徴の姿を、死柄木弔がにやにやとした笑みを浮かべながら見守った。
「オールマイト!!危ないッ!!」
緑谷出久の言葉に反応をしてこちらに噛みつこうとする脳無の顎に掌底を喰らわせるオールマイト。時間をかけてはまずいと、培った長年の経験が鳴らす警鐘に従わんとする彼。幾つもの連撃を重ねていく。それはあまりにも単純にして至高の腕力の姿。真正面からの殴り合いであった。
打撃が、強靭なる敵にのめりこむ。オールマイトの連打が敵の巨体をえぐりぬき、歪めていく。拳と拳がぶつかりあう風圧だけで押し飛ばされてしまいそうになる程の衝撃。一発ごとに放たれる拳の弾丸が空を切り裂く度に爆発音のような音が戦場に鳴り響く。強靭なるアッパーが、敵の顎元にクリーンヒットした。
「す…すげぇ…っ!」
呆然とつぶやく上鳴の言葉に誰もが沈黙したまま同意してしまう。あぁそうだ、これこそがヒーローなのだろう。晒される脅威に、悪意に対して一歩も引かずに全力で立ち向かうこの姿。そして全てを薙ぎ払う…これこそが人々の象徴なのだと。
「うぉぉおおおおッ!!!!」
「グォ…!?」
「スマァー--ッシュ!!!」
巨体の腹に突き刺さる必殺技。その余りの衝撃から上空彼方へと飛ばされていく脳無。彼の悲鳴のようなうめき声と共に、彼方へと消えていく。やがて天上へと到達しそのまま…。なんてパワーだと、誰かの呆然とした声がどこからか聞こえてくる。思わず肩で大きく呼吸をするオールマイト。
戦いをした反動故にだろうか、彼は臓腑から押し寄せてくる吐血をぐっと押し堪えるとそのまま不敵に笑みを浮かべた。悲しい性である。たとえ半死半生の傷を負おうとも、背後に救うべき人がいる限り彼は弱みを見せまいとするのだから。そんな彼に対して生徒たちは大きな歓声をあげた。
「オールマイトすげー!!」
「っ!君たち、今すぐ避難を!いやそれよりも教師たちに連絡を…っ!」
「オールマイト先生!13号先生の出血が酷すぎます…っ!それに携帯は不調で電波が…っ!」
手を震わせながら答える生徒、そんな生徒に対してオールマイトは慌てることなく冷静に対処しようする。視線は未だに動こうとしない謎の男へと向けたまま、彼は生徒達へと指示を下した。
「八百万君、今すぐ布を創造して貰えるかい!飯田君は個性を使用して今すぐ学校へ向かうんだ!他の皆も個性の仕様を許可する!防衛体形を取るんだ!」
「分かりました!」
オールマイトからの指示に遅まきながらも従う彼ら。八百万も又白い布切れを創造し、直接圧迫止血法にて13号の出血個所に布をあてがう。あまりにも拙い手つき、それでも彼らは生き抜くための術をまっとうすべく努力していく。
じりじりと汗を流しながらも、意識だけは悪に屈してはならないと。生徒たちは不安と恐怖を押し殺して敵へと立ち向かい始める。そんな尊い努力をあざわらうように、死柄木弔は声をかけた。
「あぁやっぱり正義の象徴様はすごいなぁ。それに生徒達だって…間抜け面晒して立ってるだけかと思いきや…やっぱり将来有望なんだな」
「……」
「そういう奴らってさ…クソ目障りだよな。あぁうん……だから今のうちに潰すべきなんだよな」
ぶつぶつと陰鬱な独り言を呟く死柄木。その得体のしれない様子に、女生徒が怯えたような表情を見せる。オールマイトはそんな生徒達をかばうように前方に立つと死柄木に対して勇ましく声をかけた。
「さぁ君の自慢の部下はもう倒したぞ。出来れば降伏して貰いたいのだが」
「降伏…降伏ね」
「あぁそうだ。君達が何の目的で来たかは分からないが今ならばまだ…きっと」
「あぁ流石だよ正義の象徴…だけどさ」
にやりと笑う死柄木。あぁそうだ、このヒーローがたった一体の脳無にやられるはずがない。だからこそ、用意してきたのだ。『先生』の言う通りに、保険を用意してきた彼にとってこの事態は想定の範囲内であったのだ。彼は引き裂かれんばかりに深く口端を上げると不気味に笑みを浮かべた。
「秘密兵器が一体だけとは言ってないだろ」
「う…そ…」
その姿を目撃してしまい、思わず漏れ出た生徒の悲鳴のような絶望の声。そう、彼の背後のワープホールから降りてきた新たな2体の脳無。それこそが死柄木が用意してきた保険であったのである。あぁこの顔が視たかったのだ。オールマイトですら苦労した相手。それが更に2体もやってきたのだから。さらにダメ押しとばかりに彼は指を鳴らす。その合図によって脳無が降りてきたゲートからやってくる更なる絶望。
それは38名ばかりなる野党の群れであった。
強盗、強姦、殺人。あらゆる犯罪を行ってきた札付きの悪達。果ては戦闘狂いの強個性者など。その素性や経歴を不問にして全国からかき集めてきた生粋の悪党達である。刀や拳銃、あらゆる武装を施したその悪人たちの姿に、今度こそ生徒たちは唖然としてしまう。
「おっと俺達も忘れたもらっちゃ困るぜェ!」
「ぐひひ…ガキどもだ…若い女もいる」
「……臓物ハ俺ガモラウ」
筋肉隆々の半裸の男性が、舌なめずりをしながら女生徒達を眺める。その下劣な思考と欲望を隠そうともしなかった。周囲にいるものもまた同様だ。目出し帽を身に着けていたり、返り血まみれの衣服をみにつけていたり。どこまでも醜く、歪な集団であった。最低のクズ共を率いた死柄木は両腕を高く掲げると響き渡るように宣言をした。
「俺たちは本気だよ…本気でお前らを殺しにやってきたんだ」
「いかん!!」
「さぁ始めようかヒーロー共。死ぬ覚悟はできたか?」
「クソがッ!!!!」
「やられっぱなしは性に合わねぇ…っ!」
個性を使用して両腕に爆火を灯らせる爆豪。轟もまた全力で個性を使用する準備を整える。一触即発、今まさに戦いの火蓋が切られようかというその瞬間に彼は現れた。
「やれやれ、遅刻だなんてするもんじゃないな」
彼は勢いよく地面に飛び降りると、そのまま生徒達をかばうように敵連合の最前線へと降り立った。誰かの呆然とつぶやく声。唖然とする敵連合、そんな集団たちのど真ん中へと降り立った彼はゆっくりと捕縛布を構えると穏やかな声色で語りかけた。
「もう大丈夫だ」
「相澤先生…っ!」
「俺が来た」
八百万の声に対して反応をする。そのまま彼は背後にいる生徒たちに対して安心させるかのように声をかける。たった一人の救援者。だがその一人はこの場に居る誰よりも強く、特異な能力を秘めている。
イレイザー・ヘッド
彼が、やってきた。