私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第29話

「なんだぁこいつ」

 

 (ヴィラン)の一人が呆れたように呟いた。多勢に無勢。誰がどう見ても不利であり絶対絶命のこの状況で現れたのは無精ひげを生やした中年男性だったのだからそれも無理はない。敵達はニタニタとした笑みを浮かべたり呆れたように見下すのも仕方ないだろう。

 

「へへっ馬鹿が…またノコノコ現れやがったぜ」

 

 刀に舌なめずりをしながら相澤を見下す一人の異形型敵。だがそんな嘲笑の視線など露知らず。彼はゆったりと歩きながら捕縛布を取り出す。よどみのない動きである。そのまま彼はそっと背後にいる彼女達に向けてそっと告げた。

 

「今から’錬’を使う…意味は分かるな?」

 

「っ!?」

 

「”発”は使うな。お前も”錬”を使って身を守れ」

 

「レン…?」

 

 そういって敵達へと向き合う相澤とそんな彼の言葉に心中で頷く八百万。あえて名前を指定しなかったそれは、念を使える者にのみ通じるメッセージだ。そしてこの場でそのメッセージを正しく受け取れたのは彼女、八百万百だけである。彼女はそっと丹田を巡らせてオーラを練り始めた。

 

 一方、そんな彼女とは対照的に懐疑的な声を出してしまった轟は思わず苦い顔を浮かべてしまう。周囲の生徒もまた同様であった。状況は考え得る限り最悪である。いきなり現れたこの男がこの状況を打開出来るとは到底思えなかったのだ。轟は舌打ちをしかねんばかりに顔を歪めてしまう。

 

 一体なにをする気なのか

 

 その場に居た全ての者がそう考えた次の瞬間、戦場に形容しがたいプレッシャーが張り詰める。場の空気が一瞬にして狂気へと変貌した。

 

「キャァッ!?」

 

 そう悲鳴が出たのは後ろにいたとある女生徒であった。この場合、声が出るだけ良かったと形容するべきだろう。なにせ目の前にいた(ヴィラン)達はもっと悲惨であったのだから。相澤が何かをした。その何かをした途端、その場にいた十数名の(ヴィラン)が突如事切れたように倒れ伏してしまったのだ。かろうじて無事であった敵もまた似たようなものであった。

 

 その場に張り詰めたプレッシャーが心身にとてつもない負荷をかける。まるで心臓を握りつぶされているかのような衝撃。直接敵意を向けられていない男子生徒ですら、過呼吸のような状態を引き起こしてしまっているというのだから一体どれほどの圧迫感なのであろうか。

 

「な…なんだよこれ…」

 

 誰かが呆然と呟く。それが生徒か敵によるものだったのかは分からない。まるで刃物を首筋に付きつけられたような殺気と恐怖。ふと自身の掌を覗いてみると、べたつくような汗をかいている事が分かった。それは形容しがたい恐怖であった。

 

 相澤が行ったことは至極単純な事、即ち念を全力で練ったのである。かつて天空闘技場でヒソカが二人の少年に対して行った事と同じだろう。全力の錬によるオーラを、敵に向けて叩きつけたのだ。

 

 

【邪念をもって無防備の人間を攻撃すればオーラだけで人を殺せる】

 

 これはウイングによって伝えられた教えである。5年間鍛えに鍛えた相澤の念は熟練の…とは言わずとも相応の念使いとしての実力を持つ。最早彼にとって念を持たぬ敵等ただの烏合の衆にも等しい。

 

 彼が全力で錬を行い、そこに少しばかりの敵意をアクセントとして加えればただそれだけで多数を圧倒できる。それはあまりにも異質で暴力的で…何よりも圧倒的な力であった。

 

 相澤が錬を行ったのと同様に八百万もまた全力で錬を行う。生徒たちの前線にたち、自身の拙いオーラを膨らませて生徒達を守るように包み込んだのだ。無論、彼女のオーラ操作は相澤のそれよりも拙い。しないよりはマシ程度のあまりに拙いオーラ操作だが、それでも効果は確かにあった。相澤自身が敵意を生徒に向けていない事も相まってか生徒達の恐怖は多少は軽減されているようだ。

 

 悲惨なのは敵達である。念を持たぬものにとってオーラを叩きつけられるというその行為は、例えるならば極寒の中全裸で凍えるようなものだ。誰かが両手から武器を落としてしまう。膝をついて顎をガクガクと震わせて恐怖に怯える彼等は最早、牙を折られた獣に等しい。また一人、誰かが地面に向けて顔から崩れ落ちていく。

 

 

「さて、後はお前か」

 

「グォォオ!!!」

 

 だがどうやら脳無にはプレッシャーが通じなかったらしい。いや、通じたからこそだろうか。怯えた恐怖を隠すようにして雄たけびを挙げながら相澤に向けて走り出す脳無。だがそんな脳無の攻撃を相澤は軽やかに躱していく。オールマイトと互角に殴り合った、あの暴力的なまでの乱打が相澤へと襲い掛かったのだ。

 

右腕の打撃―――― スウェーで避ける

 

左腕の薙ぎ払い―― 飛び上がって避ける

 

豪脚による前蹴り― 踝へと拳を叩きつけて衝撃を上空へと逸らす

 

 それは実に軽やかな動作であった。その行為に恐怖など微塵も抱かない相澤。彼は極めて冷静にその攻撃を見極めると冷徹に対処を行っていく。危なげなく避け、時折反撃を行うその技は熟練の領域ですらあった。彼は元よりアンダーグラウンドヒーロー。対人、対敵戦闘にかけては誰よりも長けているのだから。捕縛布を脳無の頭部にまきつけて動きを阻害させた所で緑谷出久が大声をあげた。

 

 

「思い出した…彼はイレイザーヘッドだ!」

 

「イレイザーヘッドって…確かアングラ系ヒーローの…」

 

「個性は抹消!視ただけで相手の個性を消滅させる抹消ヒーローッ!」

 

「個性は消滅って……冗談だろ?あの動きはどうみても増強型だろ!?」

 

「そのはず…なんだけど」

 

 上鳴の悲鳴のような言葉に緑谷もまた動揺する。どうみてもそこらの増強型も顔負けな程の動きである。身体能力を増強させているならばともかく。相澤が脳無の身体に放ったパンチの衝撃と打撃音はオールマイトにも匹敵しそうな勢いである。捕縛布を使い鮮やかに攻防を繰り返していく彼らを視ながら緑谷は呆然とつぶやいた。

 

「凄い。脳無の攻撃を紙一重で躱している…」

 

「でもそれだけでは決定打が…っ!」

 

『……アイ』

 

 ぽつりと何かを呟く相澤。その感覚に、死柄木は思わずぞくりとした恐怖を抱いてしまう。

 

何かやばい事が起きる

 

 そう直感した死柄木は急いでもう一人の脳無に対して突撃を命じる。相澤に注意が向いている今ならばと感じたのは当然の事である。一方の生徒達もまた相澤の攻防に目を奪われていたのだろう。故に脳無への対応が遅れてしまう。

 

 生徒たちに向けて弾丸のように突撃する一体の脳無。その危険性にオールマイトと八百万だけが気が付いていた。彼女は他の生徒達を守るように前線に立つとそのまま彼女は念を込め始めた。今は緊急事態である。相澤によって止められたものの今こそ自身の念能力を発動させる時だと彼女は瞬時に判断をする。

 

「オールマイト先生!私に任せて下さい」

 

「いかん!だめだ八百万君…なっ!?」

 

「えっ…?」

 

 突如大きな布切れを創造した八百万。それはこの戦場にあまりに似つかわしくない巨大な布、いや風呂敷であった。彼女はまるでスペインのマタドールのようにその風呂敷をかざす。その危険性を脳無が正しく理解できる筈などなかった。あぁなんという事だろうか、巨大な剛腕が彼女へとふるまわれてしまう。あのオールマイトとですら互角に戦ったあの剛腕である。彼女程度の体躯等簡単に消し飛ばされてしまうだろう。その悲惨さに目を背けるように反射的に目をつむってしまう麗日。

 

「…え?」

 

 そうつぶやいたのは誰の声だったのだろうか。驚くべきことに、脳無の身体がその風呂敷にふれた途端消えてしまう。文字通り消失してしまったのだ。

 

 相澤の方もまた動きがあった。相澤がつぶやいたその瞬間、何かが彼のバックパックから飛び出したのだ。その飛び出した何かは主人の命令によって素早く飛び跳ねると一早く脳無の咥内へと飛び込んでゆく。反射的に口を閉ざすもののもう遅い、ぎょっと瞳を見開く脳無に対して相澤はニヒルにつぶやいた。

 

「美味いだろう。存分に味わえ」

 

 脳無の中でソレが暴れる。喉へするりともぐりこみ、胃の臓腑へと入り込んだソレは念によってコントロールされたとある動物である。相澤の指示と与えられたオーラによって強化されたソレは、主人の命令に忠実に従う。そうして敵の体内で存分に暴れまくるのだ。

 

 どんなに強靭な生物でも体内から暴れられては敵わない。胃の臓腑へと噛みつき、体内の筋繊維を喰らわれるのだから。念によって身体能力を向上させられたその生物は最早生物兵器にも等しい。やがてぴくりとも動かなくなった脳無の身体が地面へと横たわった。

 

 無論、傍から見れば何が起きたのかすら分からないだろう。組み合っていたと思えば突如地面に倒れこんでしまったのだから。

 

「勝ち確だったじゃないか…なんだよ…なんなんだよォ!」

 

「…」

 

 髪をかきむしって怒りを露わにする死柄木。万全に準備を期したというのにこの結末。個性社会に順じてきたきた彼らにとってはあまりに異質で異常な事態。地団太を踏んで動揺してしまう敵連合のリーダーに対して緑谷はわずかばかりの憐みすら抱いてしまう。

 

「ふざけんなよチート野郎がぁ…!!」

 

 脳無を失った死柄木の声だけが虚しくその場に響き渡った。

 

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