「これは…驚いたな…」
溜息を、つく。相澤の目の前にある光景はどうみてもゲームのものとも思えなかった。ここにくる直前までは幻惑系の個性の可能性も疑っていたのだが…大自然が広がる草原に降り立った時からそんな希望はとうに捨てていた。まるでアフリカのサバンナを思わせるような大草原。この頬をなでる風も、踏みしめる大地も、とても幻惑や
思い切り、走り抜ける。始まりの塔を叩いて材質を調べたり落ちていた石ころを可能な限り遠くまで投げる。無論、それで景色がペイントされた壁が確認出来る訳でもなく、幻惑が解除されたりだのといった事もない。そこに広がっているのはどこまで現実の光景であった。相澤は今度こそ、気落ちしたように地面に寝そべった。
「……そろそろ30分か」
あの
相澤が消えた事を不審に想い、あの事務所にだれか駆けつける。そうしてゲーム機に触れればこの世界に来ることも可能なはずだ。事件直後まで同僚のヒーローと会話をしており、ゲームの件についても会話している。あの優秀な同僚ならばあるいは…この始まりの塔からもうじき誰か来てもおかしくはない。
「……行くか」
そういって草原から立ち上がる相澤。ゲームをスタートした人間が別の箇所から現れる可能性もあるし、時間が等間隔で流れているという保証が有るわけでもない。最悪の場合ゲームで百年過ごしても現実では1時間も経っていない…だなんて浦島太郎のような現象が起きても不思議ではないのだ。考察を重ねても答えが出ないのなら、これ以上時間をかけて待ち続けるのは非合理的だろう。そうして相澤は腰をさすりながら小さく、一歩を踏み出した。
そして始まりの場所からほどなく、獣道のような場所を見つける。不自然でない程度に整備された道路だ。まるでここを行けとばかりに馴らされたその道筋に対して眉をしかめながら、相澤は歩き出す。
ただ、歩き出す。時間にして10分程度だろうか。ほどなくすると遠目から建物の景観が現れだしたではないか。その道を辿ってほどなくすると、彼はとある街へとたどり着いた。
それは巨大な街であった。ヨーロッパのような街並みであろうか、まるでフランスのパリあたりでも彷彿とさせるようなどことなく洋風の街であった。
北欧風の建築群であった。2Fから3F建て程度の小さな建築物が群れるようにして並んでおり、そのどれもが橙色やライトイエロー色といった明るい傾向の塗装色が施されていた。街を歩くNPCも髭を蓄えてパイプを嗜む老人や会話を楽しむ少女たちといった個性的な人物ばかりであった。
「『たずね猫』を見つけてくださった方に『呪われた幸運の女神像』と少額の謝礼金を差し上げます……か」
おしゃれなカフェテリアの横に張られた掲示板を眺めながらそうつぶやく相澤。どうやらここではこの掲示板に張られた小さな用紙がクエストに該当らしい。中世風の小説で冒険者にクエストを紹介するギルドのような役割なのだろか。新聞紙を読んだまま没頭する恰幅の良い中年男性の隣で相澤は無言のままその掲示板を見つめた。
ふと空を見上げてみる。すると、街の入口付近の垂れ幕には見たことも無い象形文字が連なっているのが観察できた。そっとその文字に集中してみると、驚くべきことにその文字の意味する内容がすっと頭に浮かんでくるのだ。
『懸賞の街アントキバへようこそ』
「…まずは情報収集か」
溜息を、つく。そうして彼は再びとぼとぼと肩を落としながら歩き出した。どうやら捕縛布やスマートフォンといった道具はゲームマスターにとって異物であると判断されたらしい。ここには持ち込むことすらできなかったのだ。ともあれ、ここが本当にゲームの世界であるならばまず序盤はゲームの情報を集める事が先決であろう。
「ゲームなんて学生の頃以来全くやってないんだが…」
どうやら肩を落としている理由はそれにあるらしい。彼自身、このゲーム大国日本の産まれである。RPGと言わず有名どころのゲームには一通り触れてはきた。とはいえそれも小さな子供の頃の話である。いつしか成長するにつれゲームとは疎遠になっていき、高校に入るころには自然とテレビゲーム等卒業してしまったのだ。
もしもここに友人である山田がいれば心強かったのだが…そう一人ごちながら彼はアントキバの街を歩いて行った。
「アイヤー!お兄さん旅人アルか!」
「現実へ戻れる方法について、何か知ってるか」
「’現実へ戻れる方法’?なにアルか、それ」
「……いやなんでもない」
店員である中華服を着た女からの、聞き飽きたセリフに眉をひそめる。どうにも情報収集が芳しくないようだ。このゲームの情報、カード、現実へと帰還できるアイテムに関してNPCである街の住人に根気よく聞いているのだが帰ってくる返事は決まって「〇×?なんだそりゃ」であった。どうやら特定の会話にしか返事をしないルールとなっているようだ。
こうして街で入った小さな中華料理屋の中で彼は溜息をついた。そんな男に対してNPCである中華服を着た女は朗らかな笑顔と共に楽し気に他の客に対して注文を取っていく。その様子を眺めながら、相澤は小さな声でブックと唱えた。その本から街で収集したとあるカードを手に取ると、彼は改めて小さな声でこう唱えた。
「ゲイン」
呪文を唱える。するとその呪文に応じてカードが実体化しとあるアイテムが彼の掌へと戻った。手のひら大に収まるそれは…
No.21449 石
入手難易度: H カード化限度枚数:∞
道端にあった何一つ変哲のない石である。そっと掌でなでれば石特有の感触があるのが分かる。もう一度ゲインと唱えるものの何も起こらない。どうやらこれもまたルールらしい。一度ゲインと唱えた物はもう二度とカード化しないようだ。
「おそらくは攻略にはこれが関係するのか…次は武器の入手か」
RPGの定番で言えば「情報収集」→「雑魚モンスター狩り」→「武器を入手」→「更に強い敵へ挑む」といったプロセスが一般的である。ここでは石、のように武器を入手してゲインして使用。そしてその武器で戦うというといった順序がこのグリードアイランドでの攻略定番の流れなのだろう。独り言をつぶやきながら、思考にふける相澤。
そんな彼のもとへチャイナドレスを身に着けた女がやってきた。弾けるような笑顔をした彼女はニコニコと嬉しそうな顔をしながら相澤に料理を持ってきた。
改めて、目の前の女を観察する。彼女は紅く、中華風の竜の装飾が施されたチャイナドレスを身に着けていた。深いスリットからは女性の脚や太ももがちらりと見えており、頭部は
よく出来ている…どころではない。NPC自身が定型の行動や特定の会話しかしないという縛りがあるからこそ判別できた。が、その縛りすらなかったらどう見ても普通の人間としか思えないのだから。相澤自身、ここに来た当初は出会う人間全てに話しかけ回ったものだ。
ここグリードアイランドでは彼女同様に、NPCの造形は凝った外見をした人物が多かった。相澤自身、幾つかの店で全く同じ外見をした派生NPCを見なければとても信じられなかっただろう。とはいえよくよく見れば特定の動作を繰り返していたり特定の言語にしか反応しなかったりと、特徴自体が丸きり無いわけでもないらしいのが救いである。
「アイヤー!おまちどさんネ!ラーメンアルよ!」
「…どうも」
中華娘の持ってきたラーメンをずるずるとすする。ゲームに来てまでラーメンかよ、と思わなくもないが先程の小クエスト<困っている老人のお手伝い>程度では小銭程度しか稼げなかったのだ。そもそもゲームの世界だというのに腹は減るし、身体は疲れるしでもう訳が分からない。
VRゲームというものを究極的に突き詰めていけばこのような世界が産まれるのだろうか。そうレンゲを動かしながら考察を行った。ともあれ、まずは定期的な収入先の確保と情報収集である。
「アイヤー!またお姉さん来てくれたアルか!」
「あはは…い、いつものでお願いします…」
ふと店の入口から声がする。その声の先へと視線を向けると先程こちらにて接客をした店員ととある一人の女がいるのが見えた。店員の弾むような声とは裏腹に、その女は疲れきったような表情をしながら肩を落としながらとぼとぼと、相澤の隣のカウンター席に座った。
この女…どこかで…
そう思った相澤。ふと彼の視線を感じたのだろう、その女も相澤の方を見返した。交わる視線、2,3秒の後、女は突如大きな悲鳴をあげた。
「あ、貴方…イレイザーヘッド!?イレイザーよね!!」
「…けほっ!?」
口に含んだラーメンを思わずむせてしまう。突如こちらににじりよってきたその女は相澤の肩を抱きながら大きな声で問いかけてきた。両肩を掴んでゆさぶるように、その女は今にも泣き出しそうな顔で更に問いかけてきた。
「ごほっ…だ、誰だお前は…」
「あぁ良かった…応援が来てくれたのね…漸く助けが…っ!」
「だから一体誰だ!というか一体何を…っ!」
「私よ、ウワバミよ…っ!」
「ウワ…バミ…っ!?」
「気が付いたら
スネークヒーロー ウワバミ
個性『蛇髪』を持つプロヒーローであった。彼女は自身の髪に蛇を宿した異形型のヒーローであり、その蛇特有の感知機能から偵察や潜入任務を得意とするヒーローである。なによりも彼女の目を引くのはその持ち前の美貌である。様々な企業の広告やCM出演も担当するアイドル活動に長けた女であり、男性や若い女性からの支持が高いプロヒーローである。
相澤自身も何度か仕事で接点を持った事もある。ある…のだが、これは一体どういう事なのだろうか。相澤の目の前では彼女の特徴であった蛇髪が消えていた。ただの、普通の無個性となってしまったウワバミが涙を零してすすり上げるようにして泣いていた。