私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

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第30話

 あぁなんとか上手くいった

 

 八百万は自身の心臓が高鳴るのを感じてしまう。興奮のせいか顔をほてらせ、額には一筋の汗を流していた。一歩間違えればこちらまでやられていたと、事が終わってからその危機の重大さを漸く自覚する。

 

 ふと自身の右手を見てみると、中には念能力で捕獲した(ヴィラン)がいた。掌に収まる程度のこの小さな風呂敷の中にはあの化け物のように巨大で恐ろしい怪物がいるのだ。彼女は改めて風呂敷の口を強く塞いでオーラを流し込めた。

 

 捕獲をした後にオーラを垂れ流す事で何かが変わるのかまでは分からない。それでも気休め程度の価値はあるだろう。或いはその気休め、自身の中の価値観こそが念能力においては肝要なのかもしれない。そうやってほんの一心地息をついた彼女に対して一人の男子生徒が詰め寄った。

 

「おいテメェ。今何ヤリやがったんだ」

 

 どうやらその男子生徒は同級生である一人の少年のようだ。彼の名前は確か…爆豪勝己だっただろうか。驚いた八百万は彼の方を振り返る。すると、こちらの方を憎々し気に見つめる彼がそこにはいた。

 

「な、なにがですか?」

 

「…てめぇの個性は創造のはずだろ!どういう事だって聞いてんだよ!」

 

「あ…その…」

 

 彼からの詰問に視線が泳いでしまう。ふと背後の同級生たちを見てみると彼等もまた困惑したような表情を浮かべているのが見て取れた。風呂敷を創造、これはまだ理解できる。個性把握テストでは自身の個性は創造であると確かに公言したし、念能力やオーラの類は一切使用しなかった。

 

 だが風呂敷に触れた物を収納する、ましてやそれを掌サイズに収縮させる。それはまぎれもなく異質な能力だ。創造の個性の応用というのは少し…いやかなり心苦しいかもしれない。顔を引きつらせて答えに詰まる八百万。そんな彼女に対してさらにもう一人の生徒、轟焦凍が問いかけてきた。

 

「俺からもいいか。お前の個性は創造と聞いてたが…今手に持ってるそれは何なんだ」

 

「と、轟さん…」

 

「もしかして…最近流行りの”ダブル”って奴なのか?」

 

「っ!」

 

「もしそうなら事情が聞きたい」

 

「え、えーと…それは……」

 

 轟からの鋭い指摘。その指摘につい視線が泳いでしまう。

 

 ダブル。それはつい最近現れた新たな概念。つまりは個性に合わせて新たな能力、または発展能力が現れるという現象である。近年、ごく一部のプロヒーローが本来の個性とは大きく逸脱した能力を発動している事から一部のマスメディアがこぞって取り上げている内容でもあった。

 

ミルコの”増強”

ガンヘッドの”放出”

 

 他にも幾つかのプロヒーロー達がこの”ダブル”の能力を使用し、活躍し始めているのである。中には見た目すら大きく変わるダブルを身に着けたものまでいるというのだから驚きである。

 

 これまでの戦闘スタイルからの変化はファンや特定メディアの間で大いに騒がれた。無論、二つ目の個性など医者や学者達からすれば起こりえない話である。度々起こる討論番組でも都度否定されていた。また、本人たちもこぞってこの現象については口をつぐんでいる為、真相は一般大衆には分からなかったのだ。

 

 尤も念能力、ひいてはあのゲームの一端に触れてしまった八百万にとってその正体はなんとなく予想がつくものではある。あるのだが、現実世界へ帰還した際に絶対に公言するなと相澤を初めとしたヒーロー達に口止めされている。なんと彼女自身にも定期的に監視までついているのだ。そういった理由からも彼女がここで公言なぞできるはずもなかった。

 

 あぁ失敗した。

 

 彼女が心中でそうつぶやいていると、ふとどこかから助けの声が聞こえてきた。どうやら彼女の担任教諭の声らしい。そっと振り返ると、遠くで男性教諭が手を挙げているのが見て取れた。

 

「八百万、ちょっとこっち来い」

 

「す、済みませんですわ!相澤先生が呼んでますので!」

 

「あっ!おい…っ!」

 

 その時に相澤からかかる救いの声。堪らずに逃げ出すようにかけていく八百万。済みませんですわ、お二人ともと。心中で謝罪をしながら離れた場所へと移動する。移動をしたその先には相澤先生がいた。

 

 周囲を観察する。どうやら敵の親玉は移動用の個性を使用して別の場所へと逃走したらしい。周囲には地に倒れ伏す幾人もの敵と謎の怪人だけが残っていた。もう連絡は済ませているらしい、どこからかあわただしく聞こえる背後の声を背に、八百万は相澤へと向かい合った。

 

 どうやら相当の御冠の様子だ。彼は無表情のままじっとこちらを見つめてきた。相澤の厳しすぎる視線につい縮こまってしまう八百万。そんな彼女に対して彼がそっと言葉を投げかけた。

 

「あの時俺はなんて言った?」

 

「緊急事態でしたのでついとっさに…」

 

「……」

 

「す、済みません…」

 

 八百万の返答に対して大きく溜息をつく相澤。彼からすればイレギュラーな事態ばかりで溜息の一つもつきたくなるというものだ。この場合はヒーローの弱さを嘆くべきか、用意周到な敵の狡猾さを憎むべきか。

 

 敵の襲撃によってすっかり荒れ果ててしまったusjの設備を眺める彼。相澤はそれとなく視線を脳無へと向けながら八百万に対して語りかけた。

 

「発は使うなと言ったろう」

 

「……」

 

アレ(念能力)を使えるだなんて知れたら厄介ごとにしかならない。それが分からないお前じゃないだろ」

 

「…済みません」

 

 相澤の言葉に対して力なく答える八百万。全く持って正論である。彼女はまるで叱られた子供のように肩を落として気落ちしてしまう。きっと彼女は相澤に対して成長した姿を見て貰いたかったのだろう。せっかくここ、雄英高校で再び合えたというのに件の男性はこちらの事を無視するのだから堪ったものではない。他の生徒たちの手前あの事件について尋ねるだなんて無神経な事が彼女に出来るはずもなかったのだ。

 

 とはいえあの場合は非常事態、とっさに身体が動いてしまった彼女を責めすぎるのも酷というものだろう。そう考えた相澤はそれ以上彼女に言及する事を辞める。味方を守るためにとっさに行動してしまう、それは紛れもなくヒーローの最たる素質であろう。特に彼女の念能力は近接戦闘においては絶大なまでの効力を発揮するのだから、あの場面においては確かに有効であった事は間違いない。

 

 彼女のおかげで、脳無という貴重なサンプルが手に入ったとでも思うべきか。相澤はそっと視線を八百万へと向ける。彼女が手にもつその小さな風呂敷はもぞもぞと時折動きながら彼女の手から逃れようと試みている。相澤は苦い顔をしながら言葉を紡いだ。

 

「あの大型(ヴィラン)はその中だな…念能力はどれほど持つ?」

 

「この状態ですと…私が寝ない限りは一日程度は確実に保ちますわ」

 

「改めて聞くが…中からは出られないんだよな」

 

「大型哺乳類でも試しましたので大丈夫かと」

 

「…よし、ならいい。警察の護送車両が来るまで待機してろ」

 

 近くにいた警察官に合図をしながら手元の電子端末を操作する相澤。一方八百万はどことなく居心地悪そうに身じろぎをした。

 

「そ、それまで授業は?」

 

「できる訳ないだろ。…いいか、絶対にその風呂敷は手放すなよ」

 

「それよりも生徒達へのフォローをしませんと。使っておいてなんですかどう言い訳をしたら…」

 

「お前の個性の一端とでも言っておけ。後は知らん」

 

「そんな投げやりな…」

 

「どう言い訳してもいいがアレ()に関しては絶対に公言するなよ。護送車が到着したら後はオールマイト先生の指示に従え。以上、じゃあな」

 

「あの!相澤先生のあの念能力は…」

 

「言う必要があるか?」

 

 力強い言葉で拒絶を示す相澤。話は終ったとばかりに電子端末へと目を向けてどこかへと連絡を行っていく。いや、ちょっと待ってほしいと。そんな彼に対して八百万は両手で拳を握りこんで相澤に詰め寄った。

 

「酷いです。というか結局グリードアイランドはあれからどうなったんですか!?」

 

「おい、その単語はこっちでは使うな」

 

「私がいなくなってからもう何年も経っている筈です。相澤先生は今もあの世界に行っているのでは!」

 

「お前を現実世界に戻してから一回も行ってない」

 

「うそですわ!」

 

「この際だからはっきりと言うがあれは事故だ。もうあんな場所の事は忘れて…学生らしく本分を全うしてろ」

 

「……あの、所でこの敵は死んでるんですか」

 

「死んではいない」

 

 ふと、思い出したように問いかける八百万。先程まで剛腕をふるっていた怪物級の存在である。いつ起き上がるかも分からないその化け物に対して怪訝な表情を浮かべてしまうのも無理はないだろう。おそらくは相澤の念能力が関係してるとは思うのだがこれは一体…。

 

 そんな彼女、いや遠巻きから視線を向けてくる生徒たちの事を相澤は意図的に無視をする。自身の念能力の効果はよく知っている。こうして話している今も、意識の隅では脳無の体内で油断なくとぐろをまいて警戒している毒蛇の姿が分かるのだから。

 

裏窓(リトルアイ)

 

 それが相澤が新たに開発した念能力である。オーラによって捉えた小動物を使役し、自在に操る事が出来る操作系能力である。これは操作している動物が見聞きした情報も操縦者に共有できるという非常に優れた能力でもあった。自身の能力が操作系であると、彼がそう自覚した時に直感して思いついたのが動物の操作であったのだ。

 

 動物に諜報活動を行わせ情報収集を行う。それはプロヒーローである相澤からしても非常に稀有で優れた能力であると思われたのだ。ネズミや蜘蛛に建物内を散策させ、鳥に上空から監視を行わせる。それが叶えばこれほど有用な能力もそうない事だろう。中でもこの念能力を会得した際に相澤が好んで使役した生物は毒蛇、マムシであったのだ。

 

マムシ

 

 爬虫網有鱗目クサリヘビ科マムシ族に分類されるソレはここ日本においてはメジャーな生物である。

全長は60cmにも成長し、非常に優れた赤外線感知器官を備える地上生物である。

 

 マムシはハブと比較し2倍から3倍もの毒性を秘めている。が、毒そのものによる死亡例は少なく迅速に血清を投与すれば数日で回復できる程度の毒でもある。つまり相澤にとっては都合が良かったという事だ。毒というものは上手く扱えば極めて効率的な武器になりうる。それを自身のオーラで強化し、自在に身体まで操れる動物が放つともなれば猶更である。

 

 マムシは臆病な性格。念によって操作されていなければ基本的に自分から他者を攻撃する性格でもない。またやたらめったらに動き回らずじっと堪えて獲物を待つ「待ち伏せ型」の蛇でもあるため仮に逃げ出したとしても比較的捕まえやすい、とまぁこうして条件を挙げてみると彼にとっても非常に都合が良い生物であったのだ。

 

 故に、相澤は戦闘時には爬虫類用の小型携行ケースを持ち歩くようになったとの事。ちなみにこのケースはサポート科の人員達と相談した上で制作した特注品らしい。また、ペット用タグを埋め込んでおり、対象のマムシの居場所は常に追跡できるようにしているとの事。当然、血清も万全の備えとして常に携帯している。

 

 地を這わせ情報を収集し、いざという時に戦闘を行う。その際に毒牙を使用する事で即座に敵を行動不能へといざなう一連の必殺技。これこそが念能力を学んで数年、相澤が探し求め好んで使用し続けている戦闘スタイルである。

 

 学び舎に毒蛇なんて持ち込むなよ、と言われればその通りであるとしか言えない。それでも彼が蛇を持ち運んだのは文字通り虫の知らせというものであろうか。それとも近日噂されている例の噂によるものか。相澤は誰にも聞かれぬように深く、大きな溜息をついた。

 

 

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