私のグリードアイランド   作:葉隠 紅葉

31 / 38
第31話

 放課後の校舎に居ると人はどうしてこうもノスタルジーに襲われるのだろうか。人気のない静けさは得てして人に孤独を感じさせるものだ。

 

 時刻は夕刻、すっかりと日が暮れ夜へと差し掛からんとする頃合いであった。オールマイト…いや八木典則は医務室のベッドの中からそっと窓の景色を眺めている。どうやら彼はまた怪我をしたらしい。

 

 帰りがけ、大型フェリーをハイジャックする犯罪者集団がいたのだ。授業によって活動限界時間を越えてしまった八木。彼はそれでも全速力で現場に駆けつけ、ハイジャック犯を確保しようとしたのだ。確保自体は無事に済んだものの、その際に彼は銃弾をその身体に受けてしまったらしい。幸い大事には至らなかったものの、こうして入院する事になったとの事である。

 

 すっかり生徒達がいなくなったこの空間、雄英高校の医務室に残されたのは最低限のスタッフと警備員だけだ。先程彼の治療を行ったリカバリーガールも帰ってしまったのだから、いよいよもって孤独である。

 

自身の肉体が正常であったならば

 

 彼は自身の拳を痛い程握りしめる。血が出んばかりに固く、硬く握りしめた拳を黙ったまま彼は見つめた。すると、この医務室にドアをノックする音が響き渡る。彼は驚きながらも反射的に許可を出すと、そのドアからは彼もよく見知った友人が現れるのであった。その友人の不安そうな顔を見て、八木は顔をほころばせた。

 

「今、入っても大丈夫かい?」

 

「やぁ塚内君。こんばんは」

 

「…傷は大丈夫かい?」

 

「ハハ、ふいに一発貰ってしまったよ。昔はこんな真似しなかった物だけどねぇ…。老いる自分が嫌になるよ」

 

「……」

 

「それにこの間はこの学校に襲撃を許してしまった…本当にふがいないよ」

 

「けど君はしっかり生徒達を守ったそうじゃないか」

 

「まさか、同僚の相澤君と八百万君が居なければ…もっと被害が出ていたかもしれない」

 

「けれど君なら絶対に諦めない、きっと全員を命がけで守ったはずさ」

 

「そうかもしれない…でもね、もう私は駄目なんだ」

 

「……っ」

 

「頑張ってはみたんだけど…もうとうに限界なんだよ」

 

 そういって自身の上衣をめくる八木。彼の曝け出された肉体を見て、塚内は大きく息を呑んだ。あぁなんという事だろうか。それはおよそ、まともな人間の身体とは思えなかった。胃袋は痛々しい程ズタズタに引き裂かれ、胸元部分には大きく残酷なまで巨大な手術痕があるのであった。

 

 以前視た時よりも傷の具合が更に悪くなっている。どうやら、八木は再び手術を行ったらしい。そしてそれは…そうしなければ生きる事すら叶わぬ事を意味している。彼のカルテを視た時の衝撃を未だに思い出す。これが正義に身を捧げた男の、残酷な末路なのかと塚内はそっと息を呑んだ。

 

「生きているのが奇跡だと…別の医者にもそう言われたよ」

 

「オールマイト…君は」

 

「私の命はもう長くないだろう。残された時間は…予想よりもずっと短いのかもしれない」

 

「……」

 

 そういって彼は力なく微笑んだ。末路を受け入れた者の…悲哀に満ちた実に悲しい笑顔であった。この生涯に悔いはない…等とは言わない。それでも成すべき事を成し、誇りと愛に溢れた人生であったと今ならばそう言える。だからこれは仕方ない事なのだと、八木はそう想い心底からその末路を受け入れたのだ。

 

 心残りがあるとすればそれは自身の個性。OFAを託した緑谷少年の事である。それだけではない、後進のヒーロー達、これからの時代を担う若者達。後は彼等に一つでも多くの何かを残してやりたいとただひたすらにそう願っていたのだ。

 

一つでも多くの経験を

一つでも多くの知識を

 

 それを伝える事こそが残された使命であると彼は考えているのだ。だからこそこんな身体になり果てようとも、常人としての活動時間が短いにも関わらず教師になったのだ。

 

 だというのに肝心の授業には参加できず、この間は学校に襲撃してきた敵にやられかけた。授業だって新米教師同然だ、上手く行く事の何倍も失敗ばかり。そして今ではこうして惨めな老体を晒している。八木は自分のふがいなさが我慢ならなかった。ぐっと痛いほど固く握りしめたシーツの端からは、彼が吐いた血痕が見て取れた。

 

「もしも…」

 

「うん?」

 

「もしも一度だけ、自分の怪我が治せる手段があるとしたら…君はどうする?」

 

「……」

 

 塚内からの問いかけに思わず困惑してしまう八木。仮定の話ではあるが、この身体が治せるのならば自分はどうするだろうか。健康で正常な身体に戻れるのならば…自分はきっと全財産を差し出したって惜しくないだろう。そんな奇跡のような手段が在るとすれば…あぁそうだ。自身の答え等とうの昔に決まっていた。彼は一切の躊躇いなく、そう言い切った。

 

 

「その時は他人に譲るかな。私よりもそれを必要とする人に」

 

 

 一切の迷いなくそう、言い切る。その時の彼の表情はいつも通りの笑顔であった。オールマイト、正義の象徴とまで言われたあの誇らしい笑顔。例えやせ細り、血を吐き続けながらも彼らしさを損なわぬあの笑顔だ。そんな彼の表情に、塚内もまた苦笑するように声をかけた。

 

「あぁそうだね、君はそういう人だ。だからこそ皆…君の事が大好きなんだ」

 

「ハハッ、照れるじゃないか。私をおだててもサインしか出ないぜ!」

 

「そんな君にプレゼントがあってね」

 

「え、大阪出張のお土産かい?」

 

「違うよ…はい、これ」

 

「これは…」

 

「今の君に必要なものだ」

 

「これは…玩具のカード?」

 

 やせ細った手で塚内からその何かを受け取る八木。それは一言で言うならば玩具のカードであった。上部に女性のイラストが描かれており、下記には何かしらのテキストのような物が描かれている。更にその上部にはカードの番号と【SS‐3】というアルファベットが描かれていた。

 

 塚内とは長い付き合いであるが、彼がこのような物を好むとは初めてしった。八木はそのカードに書かれたテキスト内容を見てみる。

 

 

17 (SS-3)  【大天使の息吹】

 

瀕死の重症 不治の病

なんでも一息で治してくれる天使

ただし姿を表してくれるのはたった一度だけ

 

 

 カードの内容にはそう書いてある。それは掌におさまる程度の小さなカードであった。まるで子供が扱う玩具のようなチープさとどことなく不可思議な香りを放つ奇妙なカード。八木はその内容を見て苦笑してしまう。それでも大切な友人からの贈り物だ、彼は軽く微笑みながらその一枚を受け取った。

 

「ありがとう、大事にするよ」

 

「いや、いたずらで渡した訳じゃないんだ。それを手に入れるのにイレイザーヘッドやミルコ…他にも大勢のヒーロー達が協力してくれたんだよ」

 

「な、なんだって?それは一体…」

 

「その話をする前に…君に秘密にしていた事があるんだ」

 

「えっと…」

 

「そう、秘密だ。この事件の事を話したら君はきっと一目散に飛び込んでしまうと、そう思ったから我々は言えなかったんだ。君ならその重傷を押してでも誰かの為に駆けつけてしまうから」

 

「……」

 

「全て話すよ。でもその前にやるべき事がある…あぁちょうど良いタイミングで来たな」

 

「失礼、こちらにオールマイトは居ますか?」

 

「ギャングオルカ…?あ、あぁこんばんは」

 

 ふと、来客が訪れる。ドアの向こうからノシリと巨体を揺らしながら訪れたその漢は、八木と塚内の方へと歩いてきた。どうやら彼はギャングオルカらしい。身長2m2cmという巨体にして厳めしい顔をした彼は、近年では更に実力を伸ばし切っての実力派としても大人気である。

 

 手を差し出してくるギャングオルカ。八木は動揺しながらも、その彼の手を取って挨拶を行う。そもそもこの場にギャングオルカが来た理由が不明である。少々不思議に想っていると、塚内は八木に対して声をかけた。

 

「今は少し忙しくてね…他の皆は今でもゲームをプレイしているんだ。あいにく僕はこのカードの使い方をよく知らないしね」

 

「ゲ、ゲーム?」

 

「今から起こる事はゲーム関係者以外は見るべきではないのだろう。だからこれは僕たち…いや、君を慕うヒーロー達から送る恩返しなんだ。ではギャングオルカ、宜しくお願いします」

 

「承知した。それではオールマイト、そのカードを貸してくれ」

 

 八木から手渡されたカードを眺めるギャングオルカ。そう、これはヒーロー達が死に物狂いで手に入れた希望なのである。今もなおゲームをプレイしている一部のヒーロー達が時間と犠牲を払ってゲームをクリアし、手に入れたもの。数年という歳月を払って手に入れた希望なのだ。

 

 ギャングオルカの中ではほんの少しだけ不安がくすぶってしまう。ゲーム内では散々に利用してきたこのスペルカード…本当に現実世界で使えるのだろうかと。ふと隣に視線を向けると、塚内が少し不安そうにこちらを見ているのが分かった。八木もまた、困惑したように彼らの間で事態を見つめている。

 

 逆俣はその光景を見てほんの少しばかり口端を上げてしまう。なんてことはない、普段通りにやればいいだけだと。彼はいつも通り、普段グリードアイランドに潜っている時と同様に宣言を行った。

 

「ゲイン」

 

 そうつぶやいた、その瞬間カードから光が溢れ出す。あまりにもまばゆい、その閃光。目を焼き尽くさんばかりの光の衝撃に、八木は思わず目を覆ってのけぞるように逃げてしまう。反射的に目をつぶり…そして目を細めながらも目を見開いてみるとそこには…。

 

 天使

 

 天使としか形容できぬ何かがそこに居た。八木は呆然と口を大きく開けながらその天使の存在感に見入ってしまう。それは全身から光をまき散らす美しい女の姿をしている。背中には羽を漂わせ、頭には二つの輪を身に着けていた。

 

大天使…

 

 誰かがそうつぶやいた。或いは自身が知らずのうちに言葉に出していたのかもしれない。そう、塚内から貰ったカードには確かにそう書かれていた。個性では有りえない現象。それは紛れもなく超常現象であった。

 

 ふと隣を見てみると、塚内もまた口を開けて呆然とその光景を見つめていた。無理もあるまい、それは個性社会に染まり切った彼等にとっては起こらざる奇跡の光景なのだから。そんな中、その天使はそっと瞳を開くと、そのままその美しい口を開く。まるで天上の楽器のように滑らかで清らかな美声で、彼女は傍観者達に問いかけた。

 

【わらわに何を望む】

 

「対象を八木俊典。彼の体の全快を…悪い所を全部治して貰いたい」

 

【お安い御用。ではその者の身体を治してしんぜよう】

 

 天使が口を開く。彼女は祈りを捧げるように両手を合わせると…そのまま八木に向けて呼吸を吹きかけた。オーラがその空間に降り注ぐ。光の粒子となって美しく散ったソレは、彼の身体を駆け巡りその効力を遺憾なく発揮した。

 

「ッ!」

 

 最初に異変を感じたのはギャングオルカであった。明らかに、オールマイトの内在オーラ量が跳ね上がったのだ。まるで乾いた大地に水を注ぐように、その空っぽの身体に溢れんばかりに降り注ぐオーラ量は尋常ならざる量である。八木も又、その異変を全身の肌で感じ取る。

 

「おぉっ!こ、これはッ!!」

 

 身体に何かが蘇ってくる。空っぽであった筈の臓器が、胃が満ちていく。音を立ててその存在を再構築させているのだ。ドクドクとうるさい程に鳴りやまぬ心臓の音が、悲鳴を上げそうになる身体に染みわたる。

 

呼吸器官半壊

胃袋全摘出

 

 かつてそう診察された彼の身体。その身体が恐ろしいほどの速さで回復していく。ミキミキと音を立て筋肉に張りが戻ってくるのだ。やがて彼の身体には艶と張りが戻っていき、生命のエナジーに溢れていく。

 

 骸骨のようにやせ細っていた漢などもういない。くぼんでいた眼孔が、傷だらけの手足が瞬く間に修復されていく。全盛期同然にまで膨れ上がり、一秒ごとに蘇っていく自身の肢体の感覚に彼は無言で酔いしれる。

 

 同席していた二人も又、その光景に見入ってしまう。重傷であった病人が、瞬く間に筋骨隆々の逞しい男性へと成っていくのだから。まるで時間の巻き戻しのような光景、それはまぎれもなく奇跡の光景である。塚内もまた心中で涙を流していた。誰よりも頑張り続けた友人に漸く訪れた奇跡の光景に、彼は静かに見入る。

 

 八木が着ていた衣服が、音を立てて破れさる。そうして彼はまるで大木のように太く強靭な二本の脚でベッドの淵から立ち上がる。そして筋骨隆々の逞しい腕で自身の肉体を熱く抱きしめた。そこに居るのはまぎれもなくNo1ヒーローの姿であった。ゴールデンエイジと呼ばれ、正義の象徴とまで崇められた強靭な肉体がそこにはあった。そして彼は取り戻す、健康で健全な…完全なる身体へと。

 

「私が…全快した私がッ!戻ってきたッッ!!!!」

 

 涙を流して床に膝をつく、正義の象徴。そんな彼の姿を二人の友人が暖かく見守った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。