グリードアイランド内に存在する、懸賞の街アントキバ。その街からほどなく離れた場所に岩石地帯が存在する事は以前述べた通りである。そのエリアは渓谷と巨岩が跋扈する、言わば褐色の世界であった。植物が一切生えていない不毛のモンスター生息エリアとしてゲームプレイヤーには知られている。
かつてはここでゴンやキルア達が一つ目巨人やリモコンラットと対峙していたのは記憶に新しい。なにはともあれそんな岩石地帯に彼はいた。
彼の名前は轟炎司。日本の第一線で活躍するプロヒーロー「エンデヴァー」である。身長195㎝、118kgの彼は体躯にも恵まれた戦闘特化ヒーローであった。そんな彼もまた、少し前からここ、グリードアイランドでプレイしているプレイヤーの一人なのであった。
彼、エンデヴァーにとってゲームとは子供が遊ぶ物であった。自身の子供たちが幼い頃は小さなビデオゲーム機で遊んでいたのをちらりと視た事を記憶していたが、言ってしまえばその程度だ。成人して以来そのような物にはとんと無縁な人生を送っていただけに、こうして自身がゲームの世界に居るという事態は彼にとって予想外の事であった。
ゲーム、と聞いて彼が想像していたのはVRゲーム機のような体感型遊戯であった。だがテレビのニュースで見たことがあるようなソレとはまるで違う。というよりもどう見ても現実にしか思えない。彼はどうにも、このグリードアイランドという存在が好きになれなかった。彼は苛立つように上空を忌々し気に見つめる。
どうやらここ、グリードアイランドにおいても昼夜という概念は存在するらしい。本物同然の太陽が街から離れたここ、地平地帯にも等しく光を降り注ぐ。簡素な衣服を身に着けた轟炎司の身体を焼き尽くすように照らした。周囲には何もない、その空間。かさついた土と硬い岩壁に覆われたその空間は、まるでアメリカのグランドキャ二オンのようでもあった。
「ふぅぅ……」
深く、長く息を吐く。それはまるで武道における基礎修行のようだ。彼は瞳を閉じて全身に力を込める。ただ悲しいかな、それはただ力を込めているだけであった。やがて、筋肉を緩めると彼の体内に込められたオーラが霧散する。彼は少々汗ばんだ掌を眺めながらぽつりと呟いた。
「この程度か…」
「エンデヴァーさん…そろそろ休憩された方が良いのでは?」
「先に帰ってくれ、まだ少し鍛えたい」
「しかし…」
「構わない。いざとなれば渡されたスペルとやらを使う」
自身に対して忠告をしてくれたヒーロー。そんな仲間の忠言を無視するように、エンデヴァーは再び一人で立ち尽くす。訓練を見守っていた男性ヒーローは少々心配そうに見つめるものの、彼の言葉どおり先にアントキバの街並みにある仮拠点へと帰還するのであった。
轟からすればきっともどかしかったのだろう。個性が通じぬこの空間、それでも彼がそこにいるのは何かしらの手がかりを掴む為だったのだから。
エンデヴァー。彼がなぜここグリードアイランドにいるかと言うと、それは政府より密命が下ったからである。これまではNo2ヒーローとして活躍していた為か、彼はこのグリードアイランド事件には関与していなかった。政府からしても公私共に忙しいエンデヴァーを徴集する理由が見いだせなかったのだ。
なにせ個性が使えない空間である。エンデヴァーを投入した所で無駄死にするだけだと思われたのだろう。だがそんな事情も最近では変わってきた。
それは中に閉じ込められたヒーロー達の帰還と調査報告によって研究が進んだ事。これによって生きて帰れぬ死のゲームから変わったのである。また、何よりも例の集団が現れた事であろう。それにより事態を重く見た政府によるグリードアイランドへの戦力投入が決定したのである。
更なる力を望んでいた彼がオーラの秘密に気が付いた時、この地に降り立つ決心をしたのは無理もない事だろう。
だが、入って早々に彼は現実に打ちのめされてしまう。個性が使えない、話には聴いていたが想像以上に厳しい空間であった。メタバース、或いはVRのような物をイメージしていたのだがこれではまるで現実世界そのものだ。
現在ではヒーロー達が率先して一般人の避難と衣食住の充実を行ったため、環境は遥かに良くなったらしい。少なくともイレイザーヘッドを筆頭に第一陣達が暮らしていたころよりも遥かに効率的になったらしい。が、それでも依然としてこのゲームは死のリスクを含んだ高難易度のゲームである。
この空間に入って最初、始まりの街でカードの使い方、ゲームのルール・モンスターの情報や出現位置などは拠点でブリーフィングを元にした情報共有を行っている。彼が望めばすぐにでも通信によって他プレイヤーと会話をすることができるし、同行によって他のプレイヤーと合流する事もできる。
ちなみにこの世界に住みつく事を選んだ団体もいるらしいが…まぁ彼等の事を語るのは後の機会にするとしよう。ともあれ、エンデヴァーにとって関心事項など一つしかない、即ちオールマイトである。オールマイト、正義の象徴。誰もが認めるNo1ヒーロー。彼を越えるただそれだけがエンデヴァーの目的だ。
彼を越える為の力
新たな力
それは彼にとって実に魅力的な言葉であった。強力な個性の有無、それはこの個性社会における人生をも左右する何よりも重要な要素である。かつては個性婚、それによる強力な個性のかけ合わせまで願った過去が有る轟炎司。そんな彼が新たに第二の個性を手に入れる事ができるのならばどれほど強くなれるのだろうか。
だが念という物を実際に経験して感じた事は落胆であった。こんな程度か、という冷たい感想。たしかにこのオーラという力は使い勝手は良く、汎用性も大きいのだろう。だが、最大出力は自身の個性よりも遥かに劣る。ただの増強的個性、としか思えなかった。
控えめに言って外れ個性である。彼は早くもこの空間に来た事を後悔し始めていた。
「……」
オールマイトの事を考えながら彼はそっと思考にふける。最近消息を不明にした彼は一体どこで何をしているのだろうか。そんな彼の眼前に誰かが現れた。崖の上から視線を下して見てみると、それは一人の女性のようであった。いや女性、と言うよりも随分と幼く見える…どうやら年頃の少女のようらしい。
「ッ!」
その少女の存在を認識した瞬間、彼は駈け出していた。個性が使えぬその空間で、彼は全速力でかけていく。彼女の背後から迫るモンスターの影に、いち早く気が付いたからである。
山のように巨大なトカゲの存在に、その少女は未だ気が付く様子がない。このままでは、あの少女はきっと喰われてしまう事だろう。彼は叫ぶように大声を上げた。
「逃げろッ!!」
彼の叫びに呼応するように漸く彼女は振り返る。それは美しい容姿をした少女であった。シルクのように滑らかで、流れるような金色の髪をした少女。整った目鼻立ちをしている彼女は髪をツインテールにまとめている。ふわふわとしたレースのついた衣服を身に着けている事からも、戦いとは無縁の存在のように思われる。こんな場所になぜこんな少女がいるのか、そのギャップに気が付く暇もないまま彼はなおも駆け続ける。
だめだ、喰われてしまう。彼女は未だ遥か遠く、例え自身がかけつけたとしてもかの敵を倒すことができるかどうか。だが、例えそれでも構わない。せめて、彼女だけでも逃がさなければならないと、そう判断を出来たのはNo2として培ったプロヒーローたる経験か、それとも己の中の英傑さ故か。
個性さえ使えれば…っ!そう想いながら全力で駆けつける彼の目の前でそれは起こった。
巨大なモンスターが、突如上空に吹き飛んだのだ。
「なっ…!?」
メラニントカゲが悲鳴をあげながら宙へと浮かぶ。恐ろしい程巨大な打撃音が彼等の周囲に轟いた。そのトカゲはくの字に折れ曲がりながら地面に巨大な跡をつけていく。その巨体が地面でバウンドする度に、小さな地鳴りが響き渡った。それはあまりに異様な光景であった。
彼は絶句してしまう。個性が使えないこの空間であれだけの質量を持った存在を吹き飛ばせる。その馬鹿げた光景に、絶句したまま驚いてしまう。そんな彼の事を、振り返った彼女がいぶかし気に見つめ返した。
「うん?誰よあんた」
「……」
これが念を教えてくれる師との出会いになるのであった。後に生涯付き合う事になる最強の師弟。その始まりの瞬間であった。