「’ブック’」
本を取り出しながら自身のコレクションを眺める相澤。先程入手したガルガイダーを取り出す。名前の響きからして貴重な武器だと思ったのだが…。出てきたのはなんとも厳つく不気味な姿をした魚であった。
肩を落とす。だがいつまでも落ち込んでいる暇など彼にはない。気持ちを切り替えた彼はその目的地へと向かう。向かっている先はこのアントキバに建てられた教会である。オーラ、おそらくこれが攻略においての鍵となるだろう。ほんの少しだけ晴れやかな気分のまま彼は教会の前まで来た。
【オーラの事が知りたければ教会まで行きな】
情報屋に言われた言葉を思い出す。どうやらここで、漸くオーラの謎について知ることが出来るのかもしれない。相澤はそっと眼前の建物を見つめるのであった。それは随分と古めかしい教会であった。白い壁にはガラス窓が嵌められており、中央には巨大なステンドグラスによる絵がはめ込まれている。厳かな雰囲気を持つ建物は、聖堂と呼ぶに相応しい威厳を兼ね備えていた。
「おや、お祈りですかな」
教会の扉を開く。するとそこには随分と体格の良い神父が居た。彼は黒衣に十字架をあしらえた恰好をしており、いかにも聖職者といった姿をしている。
相澤は溜息をつきながら階段を昇り教会の扉を後ろ手で閉める。内装はカトリック調というのだろうか。絨毯が敷かれ、いくつかの礼拝用の長椅子がおかれている。長椅子には静かに祈りを捧げている老人や女のNPCの姿が幾人も見受けられた。相澤は本から幾枚かのカードを取り出すとそれを神父に見せながらこう問いかけた。
「とあるエネルギーについて知りたい…」
「おぉ探求人でしたか…それではどうぞこちらへ」
神父が手招きをする。どうやら歓迎をしているようだ。これもまたプログラミングを施されたNPCの動きというやつなのだろうか。淀みなく動くその足取りに違和感は感じられない。やがて彼らは小さな部屋へとたどり着いた。
これは…祈りの部屋という奴だろうか。キリスト教をベースとしたように見受けられるそのデザイン。
中央には天使のようなモニュメントが存在し、部屋の隅には幾つかの香を炊かれた香皿やら水壺が置かれていた。神父はそこで振り返ると、おごそかに相澤に対して言葉を告げた。
「オーラとは即ち生命エネルギーです。全ての魂が持つ生命の源です」
「続けろ」
「オーラの力に目覚めれば、きっと貴方は超人的な力を得る事が出来るでしょう」
「…一般人がオーラに目覚めるにどうすればいい」
「
「なるほど、精孔ね」
「おぉ貴方の精孔は閉じてしまっている…宜しければ私が開けて差し上げましょうか」
(来た…っ!)
内心で笑みを隠すことが出来ない相澤。話から察するに、これこそがこのゲームを攻略する鍵なのだ。武器でも道具でもなく、オーラと呼ばれるゲームのスキルを用いる事で攻略を進めていくのだろう。漸くだ、漸く本格的な攻略を行う事ができる。
この教会、実は本来は没データとして処理されるべき筈であった施設である。本来は精孔が開き切っていなかったり、不調な人間の為に精孔を整えるために造られた施設である。であるのだが、流石にそれはプレイヤーに甘すぎるとのゲームマスターの意見から、作成途上で正史において閉鎖された施設でもある。なぜだかこの世界の住人が触れた際には、その没データまで復活してしまったらしいが。その理由とは一体…。
ともあれ、思えばここで相澤は気が付くべきだったのだろう。あまりにも話が美味すぎやしないかと。そうして相澤はその事実に気が付かぬままぜひお願いしますと神父に先を促すと…
「ではコースを選んでください」
「は?」
「Aコースは50000J。Bコースは300000Jとなっております」
「ぶん殴るぞお前」
教会の癖に金を取るのか
そもそも料金高すぎないか
そう心の中でごねる相澤。内心では怒り心頭である。こちとらさっさとこんなクソゲーのイベントをこなして一般人を救出したいのだ。ましてやBコースなど全財産をはたいてもまだ足りやしないではないか。
貧乏ゆすりを抑える事ができない。そのまま彼は苛立ちを声に交えながら神父にどういうことかと更に問いかけた。
「ちなみにコース内容はどうなってる」
「はい、Bコースの場合は祈りの部屋にて瞑想を行って頂きます。薬効を煎じた飲み薬を飲んで気分の落ち着く各種リラックス効果のあるアロマが満ちた空間。その空間にて祈りを捧げる事によってゆっくりとオーラをなじませていく物でして――」
「期間はどの位かかる」
「平均して数週間、中には一カ月以上かかるケースも在りますが本人の才能によってこの期間は大きく前後して――」
「Aコースでやれ」
「…宜しいのですか?確かに短時間で目覚める事は出来ますが、激しく起こすパターンでは身体に負担とリスクが生じますが…」
迷いなく、即答を行う相澤。一カ月も待って等いられれなかった。ここで追記をするならば、瞑想によって一カ月で目覚める事ができるのならばそれは異常とも言って良い程の素質と成長速度である。あの天性の才能を持つと言われるズシですら、全身の精孔を開けるのに三カ月かかった。更に【纏】をマスターするのは追加で三カ月もかかったのである。つまり、念とは誰でも扱える代わりにそれなりの時間と覚悟が必要な技術なのである。
ここで相澤はミスを犯す。これは念に目覚める際の外法にあたる。もしも念についてきちんと知識があったならば高い料金を払ってでも瞑想によってゆっくりと起こす方を選ぶべきだったのである。なぜならばこの外法には明確な死のリスクが伴うのだから。
ちなみに天空闘技場ではこの外法と呼ばれる手法が用いられる。悪意を纏った念による一撃、それは容易に人間の肉体というものを壊してしまう。200Fクラスまで昇りつめられる程の鍛え抜かれた武闘家でさえ、この手法によって半身不随や臓器不全、各種身体能力の欠損などが起きている。
また、キメラアントによる選別という手法の際にもこの外法と呼ばれる手段が用いられている。一般人に対して外法を用いた場合、99%が死別するとまで言われている。
もしもこの外法を可能な限り安全に行うとすれば、攻撃をする際に悪意や意図を表面化させぬ程の並外れた経験・卓越したオーラコントロール・そして何よりも才能が必要になるのである。
だが、そんな事情を欠片も知らぬ相澤。まだここをゲームの世界であるとしか思っていないのだろう。あろうことかAコースを選んでしまう。これは最早『自分の事など殺してくれて構わない』とまで主張するのと同義であろう。
「そういうゲーム的なご都合はいいから、早くやれ」
「分かりました、では御覚悟下さい」
「あぁ?覚悟って大げさすぎや…」
瞬間、言葉が途切れてしまった。神父の渾身の威力が籠った全力の掌撃が相澤の心臓を穿った。
オーラを伴った渾身の一撃、それはまるで眠っている赤子を揺さぶって強制的に起こすような行為である。後遺症が残るし臓器や各種肉体器官に悪影響を及ぼす。無論、死亡するリスクすら起こりうる。
それは地獄のような苦しみであった
全身を筆舌に尽くしがたい衝撃が襲う。強制的に起こされた体内のオーラが、身体に無理やり挿入された神父のオーラが、相澤の中で狂わんばかりに暴れまくる。
発狂せんばかりの苦しみが彼を襲った。地をのたうち回る相澤。彼は腹を押さえて、嘔吐物をまき散らしながら転げまわる。
それ以上に悲惨なのはオーラである。一秒ごとに自身の中から膨大なまでのエネルギーが放出され、宙へと消えていくのが感じられる。このままでは死んでしまうのではないか、そう思いながらも激しい苦痛と衝撃に耐えるので精一杯であった。気絶する寸前、彼が見たもの。それは憎たらしい程に良い表情でサムズアップを行う神父の笑顔であった。