最初の火   作:Humanity

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実に2、3年ぶりの更新となりました、皆様。お久しぶりです。ぼちぼち更新を再開して参ります。
続けてもう一話投稿いたしますので、今回は短めになっています。


第一一層

………

 

 

ドルミゥの脳裏には、あの夜に見た火の無い灰の顔が残っていた。

彼女の持つ願いについて知った灰がした、あの苦しそうなそして哀しげな相貌である。普段は冷静に努めているだけに、彼のその気の乱し方は異様そのものであった。

 

 

「うぅ〜ん…」

 

 

唸りながら探窟家教本を閉じる。青笛になるためのものだ。先に探窟家の教練を始めていた灰に少しでも追いつくためにと急遽教練に加わり、赤笛取得から始めるため火の無い灰がすでに使い終えたものをお下がりとして使用しているのである。とはいえ先天的に視力の悪いドルミゥにしてみれば、本の内容よりも教導役の話を聞くことのほうが重要であった。

 

さて、ドルミゥは、灰の身に過去何があったか何が気掛かりなのか何がそこまで思い詰めさせるのかがわからない。またそのことを灰が明かす日はまだ遠いことだろう。

 

 

「…本日の教練はこれまでだ。…それと、卿より伝言がある」

 

 

うんうんと唸りながら頬を揉んでいたドルミゥに彼女の教練を担当していた祈手——灰のギャリケーがそう言った。

 

 

「——灰の方が、月笛になられた。」

 

 

黎明卿ボンドルドの直弟子という稀有な立場は、公表されていない。もしオース(地上)でその名が知られていれば、師のアビス開拓にも似た最速記録を謳われたに違いない。

そしてそれを聞いたドルミゥは心に刃を突き立てられるような気分がした。

 

 

「…嬉しいですね…!」

 

 

ドルミゥが無理のない笑顔を浮かべてそう口にした。

しかしギャリケーはドルミゥの反応を見つつも無言で部屋を後にする。祈手の重い足音が廊下を遠ざかるのを聞いて、ドルミゥは胸を押さえつけた。

 

 

「届かない…!」

 

 

まだ自分の願いすら火の無い灰その人に認められたわけでは無いゆえに、焦り逸る。気持ちが自らの腕の届くところから遠ざかる。その苦しさがドルミゥの胸を締め付けているのだ。

 

 

「このままじゃ、ぅ黒笛、なっても」

 

「——置いて行かれる…!」

 

 

教本を胸に抱えながら教練の部屋を出たドルミゥは、内側に渦巻く感情を処理しかねながらやや上の空で灰の部屋へ向かう廊下を歩いた。そのためにすぐ視界のすぐ正面が真っ暗になるまで気が付かなかった。

 

 

「ゎぷ…っ!ご、ごめんなさい…!」

 

「おやおや、ドルミゥ。顔色が優れませんね。どうしましたか。」

 

 

火の無い灰の教練を担当する黎明卿。彼がドルミゥの上方から声をかける。ドルミゥは階段室の件もありボンドルドへ不信感を抱いていた。

 

 

「…なんでもございません。」

 

 

だからこそ平静を装ってそう応えたのであった。

対する黎明卿の調子はあいも変わらない。

 

 

「そうむくれないでください。灰の方のことですね。」

 

 

言い当てられるのは容易だろうと心づもりをしていた筈であったが、いざ口にされるとドルミゥは少し反応を示してしまう。ピクリと動いた彼女の肩を、ボンドルドは肯定と受け取った。

 

 

「灰の方は優秀なお人です。かの方も分野は違えど研究者ですから当然のことかもしれません。」

 

「…そう、ですね。」

 

 

重く口にするドルミゥの様子を見て、ボンドルドは屈み込みながらドルミゥへと言葉を送った。

 

 

「ふむ。ドルミゥ、あなたは灰の方に追いつけないことを不安に思っているのですね。それもやむを得ないことです。少しだけ趣向を変えてみてはいかがですか。」

 

 

その発言の意図を汲みかねているドルミゥに対し、ボンドルドは短くこう応えてからその場を立ち去った。

 

 

「半身として灰の方と共に歩む方法は何も一つではありません——それではこれで。」

 

 

黎明卿の足音が遠ざかるのを聞きながら、ドルミゥは記憶を巡らせ思考を回す。

ふと、脳裏につっかえるものがあったことに気がついたのだ。それはつい最近の記憶、あの火の無い灰が珍しく感情を露わにした夜のことである。あの時灰が溢れさせ零した彼自身の断片だった。

 

 

『、それとも…一度でもそう考えたぼくが…悪いのか…?』

 

「…あっ…」

 

 

灰があの時口走った「そう考える」、その内容は未だ不明なまま。しかしそれこそがドルミゥが灰の傍に在るべき最適解なのではないか、と思い至ったのであった。

たとえそれが灰の不興を買おうとも、ドルミゥの歩むべき道筋にかかった雲がようやく晴れた。そう感じた彼女にとって、黒笛はもはや目的であり得なかった。それは手段となったのだ。

 

 

「…ただいま戻りましたよ、灰の方」

 

 

部屋へドルミゥが入るとすでに机へ向かってペンを走らせる灰の姿があった。

ドルミゥ自身に割り当てられた部屋も無論在るのだがそちらへ行くことはとうに少なくなって、今や祈手なども食事や着替えなどはこちらへ運ぶようになっているのだった。

 

 

「む…あぁ、戻ったか。」

 

 

机を照らす明かりはドルミゥの方へ顔を向ける灰の後ろから照らしている。白い髪が照らされて輝き、影の中にあっても灰の顔は穏やかに見えた。

ドルミゥは抱えて帰ってきた教本を机の上に戻すと灰の座る背後にある狭いベッドへ腰掛ける。そして教本を机の端の棚へ戻す灰へそれとなく、声をかけるのであった。

 

 

「…灰の方。」

 

「どうした?」

 

「その…えっと」

 

 

彼女はどうすれば伝えられるのかと逡巡する。

これから提案することをそのままに伝えれば間違いなく、あの夜のように灰は拒否することだろう。しかしかと言って口実をつけて言いくるめるという方法は避けるべきだ、とドルミゥは結論づける。

 

 

「灰の方。…私はどうすれば、あなたのお役に立てますか?」

 

 

灰がドルミゥの方へ半分振り向く。細くサラサラとした白い髪の向こうに垣間見える瞳は、潤み揺らいだ後で定まった。

 

 

………




因みにこの話は書き溜めしてあった分を投稿する前に一話付け加えておこうと新しく書いたものです。

ドルミゥパートがあってもいいかなと。
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