最初の火   作:Humanity

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続いていないです。

つまり少し戻ります。



第一層

………

 

 

灰の残滓が火を熾すその三か月前、すなわち火の無い灰と深淵(アビス)が邂逅したころからある男によって保護という名の捕縛と監視をつけられてもなお、絶え間なくその灰には考えることがあった。

それは不死の宝でありまた灰の宝でもあるエストおよび灰エスト瓶の補充方法である。

 

 

「いっ…うく…」

 

 

ぽたぽたと赤黒い血が紙面に滴り落ちる。そのうえではどくどくと手甲の節の合間から血を流す右手の親指が痛みに耐えようとする灰によって震えていた。そこにエストを滴下すると素手で火に触れたような熱さを感じるも、指にできた傷は次の瞬間には元の通りにつなぎ合わされその表皮に弾かれたエストが手甲の中を伝って紙面に落ち血痕と置き換わってしまった。

残り火のようにじわと燃えたが、間もなく血が燃え尽き灰となる。

 

 

「…うぅ…ん…。」

 

 

灰の気力は切れていないために使うことはないが灰エストもまた紙面に滴下してみる。それはエスト瓶から離れた瞬間にエストに似た輝きを失っていき紙面に落ちるときにはすでに一片の燃え滓のようなものに変わっていた。

 

 

「…。」

 

 

灰が再び自身の指を盗人の短刀の刃にあてがったとき、背後の扉が開いた。

 

 

「おはようございます。朝ですよ。」

 

 

灰を「保護」した男、「黎明卿」ボンドルドと名乗った男がその戸口に立っていた。背後には不気味な男の配下が数人連れられている。男のほうは手にトレーを持っており背後の男たちは大量の紙とインクの詰まった瓶の木箱を持って来ていたので灰はまた五日間を過ごしたらしいと確認し、机上に置いてあった黒い兜を被って顔を隠してから振り返った。

 

 

「もう五日か。」

 

「えぇ。その様子では以前私があなたに差し上げた糧食に手も付けなかったようですね。また恐らく眠ってもいないのでしょうか。」

 

「必要がないからしないだけだ。」

 

「…ふむ。そうですか。では私の部下たちに紙とインクを持ってこさせましたのでどうぞお使いください。」

 

 

ボンドルドは遠慮なく部屋に入り灰のすぐ背後までやってきて棚を見渡しまた視線を灰の手元に移した。灰はもうすでに短刀を仕舞っている。

 

 

「また随分と書きましたね。すべて綺麗な論文の形式になっているようですが、…貴方の用いる筆記言語は解読が難しいのが悔やまれます。また少し持って行ってもよろしいですか?」

 

「ああ貴公、構わない。すべて持って行ってくれ。」

 

「有難い限りです、()()()。」

 

 

そう男の言う間に配下の者たちは以前から指定していた置き場に木箱と縛ってまとめた白紙を置き、空の木箱を回収していた。もう用は済んだらしい。

 

 

「これで言語研究が捗りますね。あなたが咄嗟に発する単語の意味も、文書に並ぶ用語もその註釈もよくわかりませんから未熟さが目立ちますが。」

 

「…そうか。よかったな。」

 

「ええ、良いことです。それはそうと貴方の研究は進んでいますか。」

 

 

灰は椅子の上で振り向き、棚の文書——祈手(アンブラハンズ)たちが持っていこうとしているものら——を見やって言う。

 

 

「貴公には滞っているように見えるか。」

 

 

対して男は首を振りさらに応えた。

 

 

「いえ、あなたがたった今机に広げているそれらのことです。見たところ…灰ですか?あなたの名乗りの由来でしょうか。」

 

「あぁ…そうだ。貴公の言う通り滞っている。…もう少し鈴に頼るべきやもしれないが、いかんせん私の精通するところではない。」

 

「ふむ…?鈴ですか…?」

 

 

鈴の指す語の意味については理解が回らない——と言うよりもまず灰がそれに関する文書を作っていないのであるが、——ボンドルドは不可思議に首を傾げた。

机上には灰の入った瓶が光輝く二つの他にもう一つと、なんらかの骨、布に包まれたなんらかの灰が数種類、さらに捻れた金属片が何かの区分に従って分けられている。

 

 

「まあいいでしょう。我々はこれでお暇しますので。…ではまた五日後に、灰の方。」

 

「…うむ。」

 

 

見ればすでに棚へ収まっていた文書のほとんどが配下の男たちによって運び出されており、薄暗い部屋へ差し込む扉の外の光が閉ざされるとその内側に一人残る灰にとってすでに見慣れた光景ながらひどく色を失ったように感じた。

 

 

「…。」

 

 

とはいえそれは灰にとって「ただ感じられた情報」でありまた「思考の雑音」でしかないのであるが。

話を灰の思索に戻す。エストの補充方法から転じてそもそもエストとは何なのかという問題に当たるそれは、いまや遠い記憶の中にあるロスリックの地をもとに考証を進めていた。自身と同じ火の無い灰はもちろんとしても、それ以外のアンリや闇霊「放浪のクレイトン」などの不死人ですらその炎に似たナニモノかを嚥下することで傷を癒し疲れを取ることができるのはなぜなのか。そこから考察できるエストの中身は何であろうかと。

 

 

「………。」

 

 

そんな思考のなかで灰はまた、初めてロスリックの地を駆けまわった時のことを想起していた。柱か何かと勘違いするほどに大きなハルバードをもった一人の羽の騎士に追い回されて、空のエスト瓶を見間違いでないかと何度も確認しながら亡者兵を駆け抜け階段を登った先。偶然ショートカットを開通しそのほんの安心感から、途中壁より湧いて出た亡者どもを最低限に扱えるという程度のブロードソードで切り伏せたこと。そしてなんと灰はあの時無いはずのエストを呷ったではないか、と。

 

 

「…!ああ、そうか。その手があるじゃあないか、なんということだぼくは忘れていたぞ!」

 

 

そうと決まれば灰の話は早いのだ。

宮廷魔術師の杖を取り出し聖木の鈴草、さらにフィリアノールの聖鈴を持って部屋の扉へ駆け——(「どうせ鍵が閉まっているんだろう」という諦観をしながら)その戸を蹴破った。

 

 

「んあ…。」

 

 

どうせ出られないと思っていた彼にはひどく意外な事であり、気付けば廊下に出ていたうえに足元には扉の破片が散乱していたのである。がしかし彼は自身でも意外なほど冷静だった、幻視の指輪を指に着けてその場から歩き去ったのである。

連行されて部屋へ入った際には袋をかぶせられていたが、目が奪われたという程度では道がわからなくなるはずもなくまるで勝手知ったるかのようにすたすたと歩いた灰はイド・フロントの外へと出て行ったのだ。

 

 

———

——

 

 

「おやおや…。」

 

 

その事実を「黎明卿」ボンドルドが知ったのは、その蹴破られた扉を次の持ち場へと向かっていた祈手(アンブラハンズ)が見つけたときでありそれは灰が外へと小走りで去った2時間後のことであったという。

 

 

「これは困りましたね。扉を壊されたことも問題ですがそれ以上に、彼の行方を捜さねばなりません。」

 

 

そうボンドルドが発する側に居合わせる祈手(アンブラハンズ)はなんとも居心地の悪いものであろう。あるいは逃げ出した灰へのふつふつと沸く怒りに耐えているのやもしれないが。

 

 

「あの方は上昇負荷の影響を受けるのでしょうか。知りえませんね。灰の方はこれまで()()()()()部屋にいましたし外出を願うこともありませんでしたから。」

 

 

ボンドルドの静かな口調に見え隠れする感情は怒りであろうかそれとも、なんとも気まぐれに漂う灰への呆れであろうか。

扉の破損を検証した配下曰く、扉を()()()()()()()()形跡はなく立ち向かうや否や蹴りを放ったのだとみられるといった旨の報告を受けていた。

 

 

「扉の鍵については怪しまれないよう極めて静音なものを使用したはずですが…いえ状況判断からの推測は容易ですか。これは失敗でした。では連れ戻す算段ですが、あなたがた祈手(アンブラハンズ)に加えて私も出るとしましょう。場合によっては()()することも必要であるかもしれませんので。」

 

 

仕方がありません、と言いつつ配下十数人を引き連れてイド・フロントをあとにしたボンドルドはその直後、部屋に灰が帰宅したということを知りすぐさま反転して前哨基地への帰路に就く。酷く消沈した様子であることや上昇負荷の影響は見られないなどといった、部屋の警備へ回っていた配下の思考を右から左へ流して処理しつつ、ボンドルドは灰の方を問い質さなくてはならないと決意するのだった。

 

 

………




 
初回投稿時に非ログインユーザーからも感想受付を行う設定をし忘れていたので、後から導入しましたHumanityです。

連載区分「短編」の名の通りごく短い一話一話をゆっくり、時には早く出しながら書きたいと思っていることや展開をできる限り書いていこうと思います。
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